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「バーチャルオフィス」はオフィス回帰の抵抗手段となり得るか メリットや製品選定のポイント

ハイブリッドワークの普及に伴い、チームワークを醸成するためのコミュニケーションの場としてバーチャルオフィスが注目されている。バーチャルオフィス台頭の背景や主な機能、導入のメリット、導入時と活用時の留意点、製品を選定する際のポイントを解説する。

» 2023年10月02日 08時00分 公開
[元廣妙子キーマンズネット]

 バーチャルオフィスとは、インターネットの仮想空間に構築されたオフィスを指す。アバターを操作して他の従業員とコミュニケーションを取れる点が特徴だ。新型コロナウイルスの感染拡大によってテレワークを採用する企業が増え、「従業員の様子が分からない」「会議以外の気軽なやりとりが難しい」といった課題を解決する手段としてバーチャルオフィスが注目された。その後ハイブリッドワークの普及に伴い、オフィスワーカーとテレワーカーのコミュニケーションの場として再びバーチャルオフィスに注目が集まっている。

 本稿では、バーチャルオフィス台頭の背景や主な機能、導入のメリット、導入時と活用時の留意点、製品を選定する際のポイントを解説する。

バーチャルオフィス台頭の背景

 バーチャルオフィス「ovice」で知られるoViceで広報を務める薬袋友花里氏によれば、バーチャルオフィスの利用が本格化してきたのは2021年ごろだ。

 「新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、テレワークを開始する企業が急激に増加しました。テレワークを採用した企業は、『従業員の様子が分からない』『会議以外の気軽なやりとりが難しい』といった課題に直面し、コミュニケーションを出社時と同じようなものに近付ける目的で、バーチャルオフィスに注目しました」(薬袋氏)

 コロナ禍におけるテレワークがきっかけとなり、バーチャルオフィスの需要は一気に拡大し、新たな製品が次々に登場した。その後、企業がオフィスに回帰するにつれて、オフィスワークとテレワークの組み合わせである「ハイブリッドワーク」を採用する企業が増えた。

 一方でハイブリッドワークは、オフィスワークのメンバーとテレワークのメンバーの間で得られる情報の密度に差が生じがちだ。これに対応する形で、バーチャルオフィスはバーチャルとリアルを融合する機能を実装するなど進化を続けている。

バーチャルオフィスにはどのような機能があるのか

 企業は、テレワークやハイブリッドワークでバーチャルオフィスをどのように活用できるのか。

 oviceを例に説明する。oviceはオンラインでのコミュニケーションの最大化を目指して開発された二次元のメタバースで、2020年8月にサービスが開始された。各社のバーチャルオフィスを見ると、オフィス利用に強みがある製品の他、イベント利用の機能に注力してきた製品などさまざまだが、oviceの場合はオフィス利用に特化し、さまざまな業種で企業規模にかかわらず利用されている。

 バーチャルオフィスはオフィスの状態を音声や映像で可視化するため、従業員が何をしているのかが一目で分かる点が特徴だ。実際のオフィスであれば、業務の進め方で困っている従業員に他の従業員が声を掛けて手助けすることができるが、テレワークやハイブリッドワークではそれが難しい。企業の中にはこうした課題を解決する目的でバーチャルオフィスを導入し、成果を上げているところもある。

 例えばある企業では、営業部門の新入社員が営業先に電話をかける際、同部門の他の従業員もバーチャルオフィスにログインし、電話の音声を共有して、後から良かった点や改善すべき点を伝えているという。

 音声や映像を共有する機能に加え、バーチャルオフィスにはオンラインでの気軽なやりとりを実現するさまざまな機能が用意されている。例えばoviceは、話し掛けたい相手を自分の元に呼び寄せる機能や、「トントン」という音と共に相手に話し掛けられる「肩ポン」と呼ばれる機能を備えている。また、近くのアバターの声は大きく、遠くのアバターの声は小さく聞こえ、実際にオフィスで話したい人に近寄って話し掛けているのに近い感覚が得られるという。さらに現在の状態を可視化する目的で、それぞれのアバターで「応対可」「離席中」「作業中」のいずれかのステータスを選択できる機能も用意されている(図1)。

図1 ステータスを表示できる機能(提供:oVice) 

 作業に集中するための専用の部屋を作成して利用する機能や、バーチャル背景を選択して背景を気にせずにビデオ通話ができる機能などがあるという。

 また、テレワークでもオフィス勤務と同様に、人事や給与、経営に関する情報を扱う場合は注意が必要であり、oviceをはじめとするバーチャルオフィスには、プライバシーに配慮するための機能が用意されている。例えば個室環境で鍵を掛けて会話ができる機能がある(図2)。他にも、作業に集中するための専用の部屋を作成して利用する機能や、バーチャル背景を選択して背景を気にせずにビデオ通話ができる機能などがあるという。

図2 会議室に2人で入り、鍵をかけた状態で話している様子(提供:oVice) 

 加えて、業務では誤解を防ぐためにも、テキストコミュニケーションだけでなく非言語コミュニケーションでのやりとりが欠かせない。oviceには、会話やミーティング中に拍手や挙手などのアイコンが効果音と共に表示されるリアクション機能が備わっていて(図3)、例えば拍手アイコンが押された数に従って音が大きくなるといったような、リアルに近い体験が可能だという。

図3 リアクション機能(提供:oVice) 

 テレワークに対してハイブリッドワークでは、バーチャルとリアルの垣根を超えるための工夫が必要であり、これを受ける形で、バーチャルオフィスはバーチャルとリアルを融合する機能の実装を図っている。

 例えばoviceは、ビーコンを使ってオフィスワークのメンバーの位置情報を取得し、バーチャルオフィスにアバターとして表示する機能を実装している(図4)。他にも、バーチャルオフィスに「窓」を設置し、テレワークのメンバーが窓に近づくとオフィスワークのメンバーと双方向でコミュニケーションが取れる機能や、外出中の人に「呼び出し」をするとスマートフォンのアプリ「ovice Go」から通知が届き、バーチャルオフィスのユーザーと会話ができる機能を実装しているという。

図4 ビーコンでオフィスワークの従業員を検知して表示(右側の水色のアバター)(提供:oVice)

導入のメリット

 テレワークやハイブリッドワークでは、「バーチャルオフィスを導入しなくても、SlackやMicrosoft Teams(以下、Teams)といった既存のツールで対応できるのではないか」といった意見が聞かれがちだ。

 全国に12の拠点があり、1200人以上の開発者が所属しているあるソフトウェア開発会社は、異なる拠点の従業員同士や協力会社の従業員とのコミュニケーションを活性化する目的でバーチャルオフィスを活用している。

 同社はもともと社内のオンライン会議をTeamsで実施していた。しかし、Teamsを使って他拠点や協力会社の従業員とコミュニケーションを取るのはハードルが高い。一方で、バーチャルオフィス上であれば音声や映像で状況が可視化されるため、面識がない従業員にも声を掛けやすくなる。同社はプロジェクトの打ち合わせや日常的なコミュニケーションにバーチャルオフィスを活用した結果、コミュニケーションが活性化し、生産性が向上したという。

 薬袋氏は、「Teamsなどのオンライン会議ツールを使うときは、あらかじめ決められたトピックが用意されている場合がほとんどです。バーチャルオフィスを導入している企業は、ちょっとした確認などのコミュニケーションを通じて業務の生産性を上げるといったような、オンライン会議ツールでは難しい体験を重視している場合が多い印象です」と話す。

 近年は、コロナ禍で普及したテレワークシフトが落ち着きを見せ、テレワークで生じるコミュニケーションの課題を実感している企業も多いという。企業によってはオフィス回帰を選ぶケースも増えているが、バーチャルオフィスでその課題にアプローチすることで、テレワークという選択肢を残すことができる。

 企業によっては、oviceを導入し、アメリカやインド、ルワンダなど世界各国に在住する優秀な従業員を雇い入れているところもあるという。

導入時と活用時の留意点

 薬袋氏は、「製品を導入する際には、できれば10人ほどで2週間程度、トライアル利用をしてみるのが望ましい」と話す。

 「バーチャルオフィスは従業員同士でコミュニケーションを取るためのツールであり、ある程度の人数で一定期間利用しなければメリットが分かりません。また、トライアル利用の際に大まかに活用のルールを決めておくと、その後の導入がスムーズに進みます。例えばトライアル期間中に、『月次会議はTeamsで実施し、朝会はバーチャルオフィスで実施する』と決めたり、利用するコアタイムを決めたりしておきます。そうすると活用のハードルが下がり、継続的に利用されやすくなります」(薬袋氏)

 バーチャルオフィスの活用は、従業員がアクセスしやすい状態を維持することがポイントになる。薬袋氏は、バーチャルオフィス上に従業員が集まる理由があれば、自然とアクセスが増えると強調する。

 「業務を進める上で必要な情報、例えば業務のノウハウなどをバーチャルオフィス上に集約すれば、従業員はログインしやすくなります。また、そのためには他のツールとの連携が重要であり、当社もSlackやTeamsなどの他のツールとの連携を視野に入れています」(薬袋氏)

製品選定のポイント

 バーチャルオフィスをどのように選ぶべきだろうか。まずは、自社が抱えている課題を認識し、課題を解決するために必要な条件を洗い出しておく必要がある。

 バーチャルオフィスは常時インターネットに接続している状態で利用するため、自社の環境で安定した音声や映像データを得られるかどうかをあらかじめ確認しておかなければならない。製品によってはバーチャルオフィス全体ではなく、コミュニケーションを取る周辺の音声や映像のみを読み込み、最低限の通信料で利用できるものもある。

 他にも、「自社の課題に対応した機能を備えているか」「多言語対応しているか」「必要なセキュリティ対策が取れるか」「利用しやすい価格帯か」といった項目が選定時のポイントになる。

 製品によっては、自社に合った空間を設計する際にセキュリティ対策を講じることが可能だ。また、価格は自社開発だと比較的安価な傾向にあり、さらに必要に応じて機能を後から追加するプランが用意されていると、スタート時の価格は低めに設定されていることが多い。

 バーチャルオフィスは柔軟な働き方を可能にし、人材不足が深刻化する中で優秀な人材を確保する手段になると薬袋氏は話す。バーチャルオフィスによって多様な人材の採用が可能になれば、さまざまな知見が集まり、企業としての強みにつながるだろう。

【潜入ルポ】テレワークの孤独に染み入る温かい歓待

 実は、当社(アイティメディア)も一部の部署でバーチャルオフィスを使っている。普段からとてもお世話になっている方々がいらっしゃるので、日頃のお礼を直接伝えたい気持ちもあり、ドキドキしながらバーチャルオフィスにお邪魔してみた。

 利用前は、アカウントを作るのが面倒なのではないかと思ったが、Googleアカウントの連携ですぐに入室できた。入室すると操作方法のチュートリアルが流れ、そのガイドが始まるか始まらないかのうちに、バーチャルオフィスにいた数人の方々が「○○さん、聞こえますか?」「○○さん……!」のように話しかけてくれた。灰色のシールドに入ると、そのシールド内の人たちで会話ができるようだ。

 普段、テレワークで一人仕事をしている身としては、その話しかけてもらえる状況が思った以上にうれしく、アポなしで突撃したにもかかわらず温かく迎えてもらって本当に感謝しかない。

 お話を聞くと、バーチャルオフィスは1年前から導入しているという。オフィス内はリフレッシュスペースと作業スペースに分かれていて、とても過ごしやすい空間にカスタマイズされていた。アートが得意な従業員の方がデザインをされているらしく、夏はプールを設置したり、秋はハロウィンの飾り付けをしたりと、季節ごとの模様替えをしているというお話だった。ソファやクッションなどの意匠もかわいらしくその空間にいるだけでとても癒される。

 その他、色々な便利機能も教えてもらった。リアクション機能の一つに、話しかける際に使う「肩たたき効果音」があるのだが、実際にやってもらうと「バンバン」と大層な音がしてびっくりした。その他、灰色のシールド内にいる人に画面を共有できる機能などもあり、コラボツールとしても便利そうだ。

 この記事の取材はバーチャルオフィス訪問の前に実施しているので、機能の内容は知っていたが、実際に体験してみてはじめて分かることが多く、学びが深い。何より、普段お世話になっている方々と直接お話ができてとても楽しいひと時を過ごすことができた。お邪魔した部署の方々とは、いろいろなやりとりをさせていただく機会も多いので、文字だけでは伝えきれないことをバーチャルオフィスで相談するのもよいかもしれない。自己満足ではあるが、普段お世話になっているお礼を直接伝えられてよかった。

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