メディア

星野リゾートら3社が語る、ゼロから一人でスタートさせたDXの裏話

明治クッカーやANAエンジンテクニクス、星野リゾートのIT施策をけん引してきた担当者が、「たった一人のIT施策担当者として、どのように内製化を進めてきたのか」「現場や経営層の理解をどのように乗り越えたのか」「どのようにデジタルを現場に浸透させたのか」「予算をどのように確保したのか」といったDXの疑問に答えた。

» 2024年08月21日 08時00分 公開
[斎藤公二インサイト合同会社]

 企業規模を問わずDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の必要性が叫ばれているが、必ずしもそのための予算や人材を確保できるわけではない。経営層や現場の理解を得ることが難しいという声も聞く。

 一方で、こうした壁を乗り越えた企業もある。そうした先人はどのように取り組みを進めてきたのか。明治クッカーやANAエンジンテクニクス、星野リゾートのIT施策をけん引してきた担当者が、「たった一人のIT施策担当者として、どのように内製化を進めてきたのか」「現場や経営層の理解をどのように乗り越えたのか」「どのようにデジタルを現場に浸透させたのか」「予算をどのように確保したのか」といったDXの疑問に答えた。

DXをどうやって始めた? 明治クッカー、ANAエンジンテクニクス、星野リゾートの場合

 2024年8月1〜2日にGoogle Cloudが開催した「Google Cloud Next Tokyo '24」のセッションに、明治クッカーの西原 亮氏(代表取締役)とANAエンジンテクニクスの藤井博臣氏(整備課)、星野リゾートの久本英司氏(情報システムグループ)、が登壇し、「Google Workspaceを徹底活用したDX推進の現場のリアル」と題してディスカッションをした。

 明治クッカーは、明治の特約店として千葉県の北西部、中央部を中心に明治の牛乳やヨーグルトなどの宅配サービスをする企業だ。代表取締役の西原氏は、「Google Workspace」活用をテーマにしたYouTubeチャンネルの人気動画配信者として知られる。

明治クッカーの西原 亮氏

 「牛乳配達は超斜陽産業、超労働集約産業で、業界平均営業利益率1%です。私は10年前に2代目として牛乳屋を継ぎましたが、どうやっても生産性が上がらず、人の能力で改善することは限界がありました。そこで出会ったのがGoogle Workspaceです。お金がない状態で活用をはじめて、営業利益率は大幅に改善されました。その後、10年で売上は7倍、従業員も7倍規模になりました」(西原氏)

 ANAエンジンテクニクスは、ANAグループの運航する航空機のジェットエンジンを整備する専門企業だ。藤井氏は、羽田空港のANAエンジンメンテナンスビルで、約250人いる整備士の一人として、エンジンのオーバーホール作業などを担当している。

 「2020年までは、500種類の工具の管理や日常の点検、トラックの輸送など、多くの業務に紙を使っていました。しかし、新型コロナウイルスのパンデミックを機に、DXを推進して生産性を上げようという話になりました。予算ゼロでさまざまな取り組みを進める必要があり、そこで目をつけたのがGoogle Workspaceです」(藤井氏)

 ANAエンジンテクニクスでは、「Google サイト」に活動計画や実行計画、生産能率といった情報を集め「そこを見れば全てが分かる」ようにしたという。500種類の工具の管理、設備の使用実績には「Google Form」を使い、集めた情報を「Google スプレッドシート」で可視化した。「Google WorkspaceがなければANAのエンジン工場はまわらない」と藤井氏は話す。

 星野リゾートは創業110年を迎え、国内外で約70施設を展開する総合リゾート企業だ。久本氏は2003年に入社し、たった一人の情シスとして星野リゾートのIT施策をゼロから担当してきた人物だ。

 「従業員は現在7000人規模ですが、私が入社した当時は従業員も約200人でした。IT施策も自分たちだけの工夫ではうまくいかず、2013年には『成長の足かせは情報システム』と陰口をたたかれることもありました。なんとか挽回しようと2015年にIT戦略を立て、今の基盤を作ってきました」(久本氏)

 星野リゾートのIT戦略の目標は、「変化に対応できるIT能力を備える」ことだ。そのために、「実現可能にする組織能力」として「モデリング」「経営判断力」「内製力」を強化し、また、「変化を前提とした基盤」として「クラウド」「ノーコード」「脱PKG」を推進してきた。これらを実現する手段の一つとして、Google Workspaceを活用しているという。

チームメンバーは1人、予算はゼロ円からのスタート

 IT施策を推進してきた3者は、どのような課題に直面し、その課題をGoogle Workspaceでどう解決したのか。3つのテーマを通して語られた。

 1つ目のテーマは「組織のDXを推進したプロセス はじめは1人で内製化?」だ。モデレーターの西原氏が「全員の共通点は、はじめは1人で内製化をスタートさせたことです。どのように取り組みを進めてきたのでしょうか」と聞くと、藤井氏はこう回答した。

ANAエンジンテクニクスの藤井博臣氏

 「まず本部長が現場業務の改善を決めました。私は当時、半分は整備、半分はDXをやりなさいと言われ、新たに立ち上げた改善チームを任されました。といっても『チームの他のメンバーは誰ですか』と聞いたら『1人だ』と言われ、『年間予算はどのくらいですか』と聞いたら『ゼロ円だ』と言われました。1円も出ないがどうにかしてくれ、そんなところからスタートしました」(藤井氏)

 また久本氏もこう話した。

 「当時はIT担当者が何をするかを誰も認識していない状況で、『オール紙文化』なのでITを使って業務改善することを誰も望んでいませんでした。入社をきっかけに長野に移住したのですが『東京から来たITの人がいるらしい』という状況で、まずは信頼してもらうことから始めました」(久本氏)

 西原氏が最初に何に取り組んだのかを尋ねると、藤井氏は「最初はDXを進めようとはまったく考えておらず、目の前にある課題への対処から始めました。Google サイトに情報を集約すると現場の若手が『この仕組みを作ってみたのですが、どうでしょうか』と提案してくれるようになりました。エンジン工場にはITの専門家はいませんが、現場のために、現場が使いやすい仕組みを自ら作り上げています」と語り、計画よりも行動を優先し、現場の若手が中心となって自発的に取り組みを進めたことを強調した。

経営層の理解を得て、経営層をIT推進のドライブ役に

 久本氏は、自走化のために人材確保からスタートしたと話した。

星野リゾートの久本英司氏

 「当社でもDXの計画を立てる前に、すでに現場が動き始めています。私たちが大切にしているのは、情シスが現場の改善の足かせにならないことです。現場のニーズがあればすぐにサポートできる体制を整えることを心掛けています。そのためには信頼が重要です。最初に取り組んだのは、現場から信頼されている人材で、ITの力を信じ、ITを活用したいと思っている人をIT側に迎えることでした」(久本氏)

 西原氏は、「現場だけでIT施策に取り組む場合、仲間が集まらなかったり、上長の承認を得ることが足かせになったりします」と現場や経営層の理解を得る難しさについて同意した。

 これに対し、藤井氏は「若手がGoogleサイトの管理を名乗り出てくれた際に、編集権限を渡して仕組みづくりを任せました」と当時を振り返る。

 また藤井氏は、新たな仕組みの管理工数を増やさないための工夫として、既存のプロセスをデジタル化するのではなく、プロセスを見直してデジタル化することを強調した。ANAエンジンテクニクスでは、現場のメンバーが自らプロセスを見直しており、一度仕組みを作ればそれを10年もたせることを目指しているという。

 久本氏は、徐々に現場からIT施策をやりたいという声は集まるようになっても、どの施策をするかの意思決定が難しかったという。

 「私の直属の上長は星野代表で、星野代表の理解を得るのに時間がかかっていたという言い方もできます。それがあるトラブルをきっかけに、星野代表自らがITの意思決定をするための、投資判断の仕組みを作りました。経営陣がITのことを分かって判断できるようになりました」と紹介した。

一番の苦労は「理解と現場への100%の浸透」「現場の期待に対して力が足りていないこと」

 2つ目のテーマは「取り組みでの一番の苦労」だ。

 藤井氏は「これは、西原さんのYouTubeで取り上げられていたことですが、ツールは、現場に100%浸透することで効果を発揮します。100%を目指して取り組みを徹底させることが一番の苦労でした」と振り返った。

 また久本氏は、ITへの期待が高まる中で、それに十分に応えられなかったときに「やるやる詐欺」と言われたことと、その後、星野代表と一緒に取り組みを進める中で「星野代表にITを理解してもらうこと」を挙げた。

 「ITの理解が進んで内製力を付けたつもりでも、やるべきこと、やってほしいこと、やりたいことなどに対して自分たちの力がまだ及んでいません。今も外部のパートナーと内製メンバーで大きなシステムを作っていますが、期待と予算に対してパフォーマンスが出せるか、心苦しいことになっています」(久本氏)

 西原氏は「久本さんは経営の中枢として現場を動かしている一方で、藤井さんは現場の整備士として上層部を動かしている」と指摘すると、藤井氏は「上層部に話して了解を得ることはやはり難しい。いくら口で言っても完璧な資料をそろえても、おそらく理解はしてもらえません。現場での取り組みをどんどん進めて、その結果を見てもらうことがポイントです」とした。

 そこで西原氏は「これから取り組みを進める皆さんへのアドバイスとしては、計画や方針はある程度あるものの、まず目の前の課題を改善して成果を出し、現場の人たちを巻き込むということですか」と質問した。

 久本氏は「大きな計画を立てるよりも、ありたい姿を遠くにおいて、それを実現するための能力を付けることが大事」と強調する。

 3つ目のテーマである「Google Workspaceの良さとこれから期待すること」については、それぞれ次のように述べた。

 「Google Workspaceは毎月のようにアップデートがあります。生成AI『Gemini』にも期待しています。当社でもAIを活用したいです」(藤井氏)

 「Google Workspaceはクラウドネイティブで使いやすいことが素晴らしい。企業向けの製品だからといってフォーマルにならずにラフに進化してほしいです」(久本氏)

 最後に西原氏が「YouTubeのネタがなくならないようにどんどんアップデートしてほしい」と会場を笑わせ、Google Workspaceの発展に期待を寄せた。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

会員登録(無料)

製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。