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生成AIの費用対効果、どう測る? 「金ドブ」を回避するための7つのヒントCFO Dive

IT投資を実行する前に投資収益率を把握し、少しでも向上させたいと考える企業は多いが、生成AIの投資収益率はどう測るべきか。生成AIに巨額を投資する前に押さえたいポイントとは。

» 2024年09月10日 11時55分 公開
[Jim TysonCFO Dive]
CFO Dive

 投資を判断する際、ROI(投資収益率)は重要な指標の一つとなる。しかし、生成AIのような新しい技術の場合、「ROIをどう測るべきか」で悩むケースも多い。

 「多額の資金をかけて導入した新技術だが、評価軸を設定していないので投資効果を評価できない」という事態を避けるために企業は何をすべきか。

「金ドブ」を避けるための“7つのヒント”

 先行企業の事例から導き出した7つのヒントとは。

 機関投資家にとって「投機」は避けるべきだが、大きな利益を得られる場合は別だ。

 財務責任者の場合、投機に基づいた行動はしばしば失職の引き金となる。しかし、複数の業界のCFO(最高財務責任者)が、曖昧(あいまい)な見通しに基づいて生成AIに数十億ドルを投入している。

 AIコンサルタント企業であるWorkhelixのダニエル・ロック氏(共同設立者)は、生成AIから得られる利益に関する一般的な予測について「不確かな予測だ。しかし、挑戦する価値がないわけではない」と述べた。

 生成AIは、CFOが顧客サービスを微調整して予測精度を高め、ソフトウェア更新を迅速化し、他のタスクをアップグレードするのに役立っている。

 コロンビア大学ビジネススクールのローラ・ベルドカンプ教授によると、AIが「知識生産の産業化」をもたらす中、CFOは難題に直面している。それは、データからより多くの価値を得る新しい取り組みがもたらすROIを正確に予測するというものだ。

 ニューヨーク連邦準備銀行が2024年2月に開催した生産性に関するシンポジウムで、ベルドカンプ教授は「その性質上、データは建物や従業員といった産業時代の経済を支える資産よりも観察や価格設定が難しい(注2)。通常のROIの尺度では測りにくい課題をもたらす」と述べた。

 ペンシルバニア大学ウォートンスクールのプラサンナ・タンベ准教授は、シンポジウムで「経済全体において、測定が難しく、未だ十分に理解されていないことは多く存在している。測定は依然として課題だ」と指摘した。

 CFOやAI専門家は「曖昧さが残る中でも、投資家や財務責任者、あらゆる規模のテック企業を巻き込んで生成AIへの急速な資金投入がなされている」と述べた。

 ベンチャーキャピタルであるSequoia Capitalのデイビッド・カーン氏(パートナー)は、2024年6月の調査ノートで「技術には投機的な熱狂がつきもので、それを恐れる必要はない」と述べる。同氏は、企業がAI関連のインフラに費やしている支出と、それを正当化するために必要な収益との間に、6000億ドルのギャップがあると見ている(注3)。

 「この瞬間に冷静でいられる人は、企業を成功に導くチャンスを手にしている。われわれはシリコンバレーから他地域、そして世界中に広がっている“幻想”を信じないようにしなければならない。その幻想とは、明日にでもさらに人間に近い知能を持つ汎用人工知能(AGI)が登場し、誰もが資産を築けるというものだ」(カーン氏)

生成AIで成果を挙げるための「7つのヒント」

 CFOやAIの専門家たちは、生成AIへの支出を検討している財務責任者に対し、予測の不確実性を乗り越え、潜在的なリターンを得るために次の7つのヒントを提案している。

1.ROIへの柔軟なアプローチ

 「新しい物事」に殺到する動きに対して、CFOは懐疑的になる必要がある。しかし、物事を大規模に変革する可能性のあるテクノロジーが登場した場合、財務責任者はROIを測る上で、これまで以上に柔軟に考慮すべきだろう。

 経営コンサルティング企業であるEventus Advisory Groupのグレン・ホッパーCFOは、インタビューに次のように答えた。

 「誰かが資金を要求してきたときに、CFOとして最初にすべき質問は『ROIはどのくらいか』だ。しかし、AIのような新しい技術でそれを判断するのは難しい」

 ホッパー氏は「効率向上は最も即効性のある成果の一つだ」と述べる。AIは、商品やサービスの納品から支払いまでの期間に該当する「売上債権回収日数」を最大で3日短縮できるとされている。またジャストインタイムの在庫管理をさらに効率化し、エラー回避にもつなげられる。

 戦略的コンサルティングサービスを提供するEY-Parthenonのグレゴリー・ダコ氏(チーフエコノミスト)は、「予備知識がなければ、投資に対する潜在的なリターンを評価するのは難しい」とインタビューで述べた。各企業における潜在的な利益を正確に特定することで、利益に関する曖昧さを一掃できる。

 「われわれは顧客ごとに対応し、『貴社が所属する業界で貴社が選択している市場ポジションや対象市場に応じて、AIを特定業務に適用すれば、このような投資効果が期待できる』と提案している。業界や企業ごとに状況が異なるため、個別の企業に合わせたアプローチが必要だ」(ダコ氏)

 ロック氏は、「生成AIで成功する企業の多くは、ROIの不確実性にもかかわらず、リスクを受け入れて実験を実施する」と語った。

 また、ロック氏は「失敗したとしても、必ずしも間違った選択だったという意味にはならない。失敗したプロジェクトは中止して、別のものに切り替えられる」とも述べた。ロック氏は、エリック・ブリニョルフソン氏とアンディ・マカフィー氏と共に、生成AIを活用して業務効率化支援を手掛けるWorkhelixを設立した。

 コンサルティング企業であるKPMGが2024年6月に実施した調査によると、企業幹部は、生成AIのROIに対する期待に柔軟性を示している。

 KPMGによると、第1四半期にビジネスリーダーの51%は「今後12カ月間における最大の利益は生産性向上だ」と予想しており、「最大の収益は収益向上だ」(47%)との予想をわずかに上回った。

 KPMGによると、第2四半期には順位が逆転し、100人の回答者のうち52%は収益の向上を最大の改善点として挙げ(注4)、生産性の向上を最大の改善点として挙げるリーダーの割合は40%に低下した。

 ビジネスリーダーは、生成AIによる最大の利益は生産性の向上ではなく、収益の増加から得られると予想している。

 「生成AIに関連する組織の投資収益率をどのように測定しているか」は、2024年第1四半期と第2四半期を比較する際に最初にすべき質問だ。

2.長期的利益に焦点を当てる

 生成AIを稼働させるには多くの場合、「より確実ですぐに利益が得られる他の業務に充てられるはずの多額の先行投資が必要になる」とロック氏は指摘する。

 「新しいやり方、新しい体制、新しいワークフローなど目に見えないものを構築するには機会費用がかかる。多額を投資しているのに何も得られていないように思える。『生産性が大幅に向上している』という目に見える利益は後から得られるものだ」(ロック氏)

 逆説的に、AIに詳しいCFOはその機能や限界、コストを熟知し、メリットを得るまでに3〜5年かかると考える傾向にある。ダコ氏は「AI技術に対する理解が乏しいCFOは、約2年でメリットを得られると考えたがる」

3.「包括的な」戦略計画を作成する

 「潜在的ROIを検討する前に、CFOは、生成AIを企業に導入することで業務を合理化し、成長を促進するための戦略計画に協力すべきだ」とダコ氏は指摘する。既存の業務にテクノロジーを組み込んでも、わずかな利益しか得られないケースはよく起こる。

 「AIの導入は『特定の機能を自動化、または拡張できる』というだけではない。単なるアドオンとしてではなく、AIを企業に統合する方法を包括的に考えることが重要だ」(ダコ氏)

 経費管理ソフトウェアのプロバイダーであるEmburseのCFO、アドリアーナ・カーペンター氏によると、あらゆる戦略計画と同様に、まず目標設定が重要だ。「『達成しようとしている成果は何か』という質問から始めるのが常に最善となる」

 CFOとAIの専門家は、高い視点から幅広い戦略を作成する一方で、最前線のスタッフを含めて生成AIを最大限に活用できるように支援する必要がある。

 「AIに精通した企業文化を育成し、トップダウンの戦略観点とボトムアップの運用観点を組み合わせて従業員を洗練させる方法を考える必要がある」(ダコ氏)

4.AIプロジェクトの優先順位付け

 CFOは生成AIをほとんどの業務に適用できる。しかし、その誘惑に抗って優先順位を付ける必要がある。

 「全て優先順位付けする必要がある。業務は多く、リソースは限られているからだ」(ロック氏)

 戦略との整合に加えて、「生成AIプロジェクトは既存のスタッフが魅力的だと感じてすぐに成功できる見込みのある業務に重点を置くべきだ」とロック氏は述べた。「PoC(概念実証)を開始する前に、成功し、考えを変えることが分かっているユースケースを選択するべきだ。ROIを実証したら、『よし、次に進める』と言えるだろう」(ロック氏)

 生成AIを早期導入した企業の中には、最終的には企業の利益を向上させられると確信していたものの、従業員がテクノロジーに不満を抱くような失敗のリスクを冒すよりも、まず確実なプロジェクトを選ぶことに重点を置いた企業もあった、とロック氏は指摘する。

 カーペンター氏は「達成したいビジネス成果を優先する必要がある」と述べる。「生成AIは、顧客データを分析することで収益を増やすというユースケースで特に効果が出ている」と述べる。さらに、競合他社よりも価格設定を低くしているサービスや、顧客ベースを拡大する方法を特定するのにも、生成AIは役立つ。

5.CTO、CIOと協力する

 CFOは資金の出し手として、最高情報責任者(CIO)やCTO(最高技術責任者)と緊張関係にある可能性があり、彼らは必ずしも主要プロジェクトに資金を得られるとは限らない。CFOは友好的で協力的な雰囲気を醸成すべきである。

 「CFOとCIOの領域はコストセンターと見なされてきたため、互いに争っている」とホッパー氏は言う。「効率性を高めるには両者が協力し、AIが企業の財務実績と運用の卓越性を強化する戦略的機能であることを理解することが重要だ。CIOやCTOと協力してこれに取り組めば全員が“勝者”になる」(ホッパー氏)

 CFOは過去数十年よりもテクノロジーに対する理解を深める必要がある。これまでCFOは主にAIと業務自動化ツールがコントローラー(経営管理)やバックオフィス、財務領域のその他のタスクにどう役立つかに焦点を当ててきた。今、CFOはより広い視野を持って会社全体にわたる生成AIの価値を理解する必要がある。

 「データサイエンティストや開発者になる必要があると言うわけではないが、ビジネスや業界を理解して幅広い知識を身に付ける必要がある」(ホッパー氏)

6.データを定義する

 正確なROI測定の一環として、CFOは生成AIに取り込むデータを会社全体で正確に定義する必要がある。それができない場合、会社のさまざまな部門が一貫性のない結論を導き、生成AIの価値を損なう可能性がある。

 「初期には、独自に実施された市民開発によってデータサイロが発生した」とホッパー氏は振り返る。「一度にパイの一部しか取得しないと、最大の価値は得られない。最大の価値を得るためには、共有のDWH(データウェアハウス)を会社全体で使用する必要がある」(ホッパー氏)

 CFOは、生成AIアプリケーションの開発にかかるコスト(データディクショナリ《データ辞書》の作成や「責任あるAI」の一環として詳細な情報ガバナンスの整備にかかる手間や費用)が見積もりを上回る可能性があることを念頭に置く必要があると、カーペンター氏は述べる。

7.人件費削減目的の導入は失敗する

 「高いROIを達成したいCFOが、生成AIを人件費削減を主な目的として導入するのは間違いだ」と、AIの専門家とCFOは述べている。生成AIは業務を合理化し、従業員満足度を向上させる技術だというのが彼らの主張だ。

 「大量の仕事をこなして難しいことに集中できるようにする増強装置ではなく、人件費を削減するテクノロジーだと見なすのは大きな間違いだ」(ロック氏)

 ペンシルバニア大学とOpenAIの研究者による調査によると、「ChatGPT」は会計士や監査人、金融定量分析者、ブロックチェーンエンジニア、通訳、数学者、ジャーナリストなど、数十に上る職種の雇用を危険にさらしている。

 研究者によると、生成AIを利用したチャットbotは時間の経過とともに、労働者の80%が実施する作業の少なくとも10%と、労働者の19%が手掛ける作業の半分を効率化する。

 労働者の不安を払拭するために、CFOは何をすべきか。ダコ氏は「物事を前進させたいという意欲にあふれる、AIに精通した文化を育む必要がある」と述べた。「従業員が変革に賛同し、失業の恐れが軽減されるようにする必要がある」と述べた。

 生成AIのROIを正確に測定する能力は数カ月では習得できない。成功のためにCFOは決意と忍耐のバランスを取る必要がある。

 「学ぶべきことはたくさんある。さまざまな業界の各タイプのビジネスが進化し、導入スピードを加速させるには試行錯誤が必要で、時間がかかるだろう」と、カーペンター氏は言う。「しかし、生成型AIは今後も存在し続けるだろう」

 技術に精通したCFOは、生成AIにおける高収益のイノベーションをより早く特定する。

 「あらゆる種類のブレークスルーが起きている。毎週、何か新しい魅力的なことが起きている。新しい開発を常に把握し、会社にとって信じられないほど価値の高いイノベーションを検出する独自の“検出器”を整備する必要がある」(ロック氏)

現注:同レポートは、生成AIのROI測定の課題に関するレポートの第二弾だ。第一弾では、財務責任者が生成AIに数十億ドルを投資しているものの、潜在的な利益を適切に見積もれていない現状について、「CFO Dive」が報告した(注1)。

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