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老舗企業が語る、人手を増やさず事業を拡大する「地方企業のDXの戦い方」

経済産業省が選定した「DXセレクション2024」受賞企業が中堅・中小企業のDXの勘所を語った。

» 2024年12月03日 08時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

 静岡県浜松市の浜松倉庫は、人手不足が深刻化する物流、倉庫業界に一石を投じ、デジタル変革によって業務を合理化、効率化して事業の拡大につなげている。三重県伊勢市の老舗食堂「ゑびや」は、かつては食券と算盤(そろばん)を使う地域密着型店舗だった。しかし、現在ではデジタルシフトによって、売り上げと利益を飛躍的に向上させた。

 両社は経済産業省が公表する「DXセレクション」において、2024年3月に選出された32社のうち、グランプリを獲得した浜松倉庫の中山彰人氏(代表取締役社長)と、優良事例を獲得しているゑびや・EBILAB代表取締役の小田島春樹氏が両社の事例のポイントを紹介した。ファシリテーターは小泉耕二氏(IoTNEWS代表、アールジーン代表取締役)、経済産業省の栗原涼介氏(商務情報制作局)が務めた。

本記事は、2024年10月18日開催「内田洋行Business ITフェア」での講演を編集部で再構成した。

浜松倉庫の社長が語る、地方企業のDXの戦い方

 浜松倉庫は静岡県浜松市に本社を置き、117年の歴史がある老舗の企業だ。従業員のうち85%が正社員で、2005年から女性の現場業務への登用を積極的に進め、男女比率は1対1だという。「男性社会だったこの業界を改革したかった」と中山氏は語る。

浜松倉庫株式会社 代表取締役社長 中山彰人氏

 中山氏によれば、地方の物流・倉庫業界における人手不足は事業存続に関わる重大な課題だ。近年は従業員の採用がさらに難しくなり、その傾向は年々強まっている。そこで、2015年に少ない人員でも事業を拡大できる仕組みづくりに着手した。しかし、この時点で目指したのは、デジタル技術の導入ではなかった。

 「当たり前と思ってきた業務が本当に必要なのかという問いかけが、当社のDX(デジタルトランスフォーメーション)の出発点となりました。『FAXや電話は本当に必要なのか、フォークリフトはどうなのか。 一度、社内の“当たり前”を疑ってみよう』と従業員に呼びかけました」(中山氏)

 こうして、経営者だけでなく従業員全員が自問自答を繰り返し、業務改革への意識が醸成された。2015年8月から11月にかけては、「未来の社会と業界のために会社は何をすべきか」を経営者と従業員が徹底的に議論した。この期間では、業務改革の方向性を検討し、全体的な調査と問題点を洗い出した。この一連の取り組みが、同社におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の第一期となる。

 2015年12月から2016年6月までの第二期では、顧客も巻き込みの方向性や問題点を基に具体的な業務改革に着手した。この期間では、事務所業務のスリム化、営業力の強化、現場での品質向上という3つの視点で改革の内容を掘り下げた。

 続く第三期(2016年7月〜2017年3月)では、ITベンダーを巻き込み、具体的なシステム化が始まった。この段階で初めて外部のIT企業が参画し、ITベンダーの選定や選定先に提出するRFP(提案依頼書)の作成のために部コンサルの支援を受けた。候補となったITベンダー5社の中から2社が選ばれたが、若い従業員からの「どうせならゼロからやりたい」という意向を取り入れ、取引実績のない新しいベンダーが最終的に選定された。

 2017年4月から新システムの開発、導入がスタートし、約1年8カ月後の2018年11月にリリースされたのが新基幹システム「SEIJI」(浜松倉庫 倉庫管理システム/WMS)だ。このシステムにより、無線LANやWebを活用した在庫確認、各種帳票の電子化、入出庫情報のデータ化、ハンディターミナルによる入出庫・庫内管理、KPIを用いた荷主別倉庫状況の詳細分析など、業務のデジタル化とペーパーレス化が実現した。これがDX第四期の完了に当たる。

 その後も、ロボット(ソフトウェア/ハードウェア)の活用、AIを用いた予測や営業支援、BIツールによるデータ活用など、同社のデジタル化とシステム化の取り組みは続いている。

図1 浜松倉庫のDXの取り組み

 今回の改革は「DX」を掲げたものではなかったが、成し遂げた内容はまさにDXそのものだった。業務の合理化、効率化により「10人分の労力が削減できた」と中山氏は語る。従来の業務から解放された従業員たちは新倉庫建設のプロジェクトを並行させていたため、新倉庫の初期スタッフとして配属させたという。

 こうした取り組みは、顧客をはじめ外部からも高い評価を得てきた。2022年には経済産業省のDX認定制度によるDX認定を取得し、さらに「DXセレクション2024グランプリ」を受賞した。

 これまでの経緯を振り返り、中山氏は次のように述べている。

 「第一期、第二期はITに頼る以前に、会社をどう変えるかを社員自身が自分の目線で議論する時間でした」

 同社のDXにおける注力ポイントは3つあるという。1つ目は、プロジェクトを自分たちで一から考えるボトムアップ型のアプローチを採用したこと。2つ目は、顧客(荷主)を巻き込み、サプライチェーン全体を意識しながら顧客の協力を得てデータの流通を促進したこと。3つ目は、小さな施策を複数実施し、小さな成功体験を積み重ねることで従業員の意識改革を図ったことだ。

 中山氏はさらにこう語った。

 「地方では人を採用するのが難しい現状があります。対策を講じなければ、事業を維持できません。削減したコストは、給与や賞与に反映させました。また、子育て支援制度を設けるなど、2023年は人事評価制度も変更しました。これからは、これまでの変革の集大成として新しい倉庫を建設し、環境に配慮した倉庫で医療機器物流を開始する予定です」

少ない人員で売上・利益増大と事業多角化を果たしたゑびや

ゑびや・EBILAB 代表取締役社長 小田島春樹氏

 店舗ビジネスは、人材不足が特に深刻な業界の一つだ。その中で「少ない人員で会社を運営する」という課題にデジタル技術を活用して徹底的に取り組み、DXセレクション優良企業に選定されたのがゑびやだ。

 同社は三重県伊勢市で創業し、150年の歴史を持つ老舗の飲食店だ。2012年頃までは食券の計算を算盤で計算する地域密着型店舗だった。しかし、現在では売り上げと利益を飛躍的に向上させ、システム部門をEBILABとして分社化。さらに、データ分析を中心としたシステムの外販ビジネスを手掛けるなど、事業の幅を大きく広げている。

経営を仕組み化して少人数での会社運営が可能に

 この10年余りで劇的な変化を遂げられた理由について、小田島氏は「お金にならない経営作業を排除し、少ない人数でも会社を運営できる仕組みを構築したことが要因」と語る。

 例えば、かつては食券と算盤で行っていた売上集計をExcelに切り替えた。その後、POSレジを導入してPOSデータを活用した需要予測に乗り出し、店長の業務負担を大幅に軽減した。また、人事や経理といった専門職を雇うのはハードルが高かったが、タイムカードのクラウド化や受発注業務のシステム化、購買業務のWeb化、経理業務のクラウド会計ソフト活用、タスク管理ツールの導入など、デジタルツールを次々と導入した。これにより、小田島氏が「経営作業」と呼ぶバックオフィス業務を外部にアウトソーシングし、業務負担を軽減していった。

 「バックオフィス業務のアウトソーシング先は東京です。そのため、伊勢にある会社の情報をシームレスかつリアルタイムでやりとりできる体制が必要でした。その実現にはSaaSが有効です。(セキュリティ面の懸念から導入をためらう企業も多いですが)考え方を変えることが大切です。日々の業務から解放され、新たな事業に取り組むための時間を確保することこそ重要なのです」(小田島氏)

 新しいビジネスを考える時間を確保し、その時間を基盤にデジタル化を進めたことが、同社の成長と事業拡大の出発点となった。この取り組みを支えたのがデジタル技術だ。その成果や取り組み方が、今回のDXセレクション選定の理由の一つとなったと考えられる。

 「需要予測の際に、観光客の人数と入店客数に高い相関関係があると仮説を立てたとします。その実証には、以前は手持ちのカウンターを使い、通行人を一人一人手作業で数える必要がありました。しかし、この方法は非常に手間がかかります。そこで、カメラ画像をAIで解析すれば簡単に通行量を把握できるのではないかと考え、システム導入に至りました。この仕組みを使えば、通行量や入店客数だけでなく、お客さまの属性まで分析できるようになりました。こんなことは5年前や10年前には考えられませんでした。これまで不可能だったことが驚くほど簡単にできるようになるのがデジタルの世界です」(小田島氏)

 同社は、POSデータ分析やクラウドサービス、BIツールなどの最新テクノロジーをフル活用し、マーケティングや経営分析に取り組んでいる。その結果、この10年間で業績を約10倍に伸ばすことに成功した。業務のデジタル化による効率化はもちろん、POSデータの分析にとどまらず、AIによるカメラ画像の解析を活用して通行量、入店数、客層などのデータを収集し、それらを組み合わせてBIで視覚化する仕組みによって大きな成果を上げた。

新しいツールを社内で普及させるコツは?

 1985年生まれの小田島氏は、「物心ついたときにはすでにPCが普及していて、技術の進化とともに生活が少しずつ楽しくなっている感覚がある」と話す。しかし、組織の中にはそうした感覚を共有しない人も多い。

 「従業員を会社の変革に巻き込むだけでは嫌がられる。だからこそ、しっかりとリワード(報酬)の設計をすることが重要」(小田島氏)

 同社では15歳から80歳までの従業員全員がSlackを利用している。当初は、1回のメッセージ送信で20円、返信で50円という金銭的なリワードを設定した。「自分が変わればリワードがある」という期待感から「Slack」の利用が広がり、その後はリワードがなくても便利さのために手放せないツールとなった。また最近では、従業員同士が感謝の気持ちをポイントでやりとりできるビアボーナスツールも導入し、社内コミュニケーションを促進している。

 「人をいじめない、悪口を言わない、他人を排斥しないというのが当社の文化です。たとえ偽善だと言われても、イイ人でいることをテーマにしています。そして、自分たちが変化することで会社が良くなり、その結果、社員旅行の内容が充実したり、昇給やボーナスの増額といったかたちで成果を実感したりできることが重要です。こうしたリワードの設計がとても大切だと思います」(小田島氏)

経済産業省 商務情報制作局 情報技術利用促進課 課長補佐 栗原涼介氏

 経済産業省の栗原氏は「このように成果を上げている企業を、次回のDXセレクションでも大きな枠組みを変えることなく選定していきたい」と述べた。また、現在「デジタルガバナンス・コード」は3.0に改訂されており、それを簡潔にまとめた「中堅・中小企業等向けデジタルガバナンス・コード 実践の手引き」とともに、当省のWebサイトからダウンロード可能だと説明。「これらを企業価値向上のためのDX推進の参考にしてほしい」と呼びかけた。

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