ある老舗着物店は顧客の着物離れや顧客接点の希薄化が課題だった。データを使って解消できないかと考え、「Microsoft Power Platform」を駆使しながら従業員一丸となってデータ活用に取り組んだ。従業員の平均年齢は61歳。どうやって課題を解決したのか。
佐賀県に本社を置く創業124年の老舗着物店の鈴花は和装小売業の他や着物、宝石、バッグの製造と卸売業を営み、西日本を中心に約70店のグループ直営店を運営している。
着物の市場規模縮小に危機感を感じていた鈴花は、従業員がBIツールを使って身近な課題を解決したことをきっかけに、本格的にデータ活用に乗り出した。従業員の平均年齢は61歳。どのようなプロセスで進めていったのか。
データ活用を本格化させたのは、社内のちょっとした出来事からだった。
2018年に全店舗および本社事務所に100台の複合機を導入したところ、カラーコピーの量が一気に増え、当初想定したコストを大幅に上回った。そこで複合機の利用状況を「Microsoft Power BI」(以下、Power BI)を使って可視化し、印刷コストを削減しようと考えた。
情報システム課の従業員の提案でPower BIによって各店舗のカラー印刷枚数を可視化したところ、異常値を示す店舗の中には印刷設定の初期値がカラーになっていた店舗もあった。こうして、複合機の利用状況の可視化と印刷コストの削減に成功した。
また、鈴花は2020年に創業120周年を記念して10月29日を「和服の日」に設定し、毎年イベントを開催している。イベントでの一体感を出すため、各地で撮った写真をリアルタイムに共有している。情報システム課の従業員が「Microsoft Power Apps」(以下、Power Apps)でアプリケーションを作成し、「Microsoft Power Automate」で撮影データを蓄積、そしてPower BIで可視化した。アプリケーションで位置情報から撮影場所が分かるようにし、AIによるスマイル分析を取り入れるなどの工夫が功を奏した。
こうした小さな成功体験を通じて、鈴花の有田裕次氏(総務部長 兼 DX推進室長)は「BIツールを活用して業務のデータ分析に生かせないか」と考えるようになった。
鈴花の販売管理システムには、「誰が、いつ、何を、いくらで買ったか」という購買データが保存されている。この購買データを分析し可視化したところ、売上額の9割以上が上位2割の顧客によるもので、半数以上の顧客へのアプローチ不足が明らかになった。有田氏は「市場規模の縮小もあり、一層の危機感を感じました」と振り返る。
当時鈴花は「顧客と着物の接点不足」「顧客と会社の接点不足」「顧客情報の属人化」という3つの課題を抱えていた。
着物の着用機会の減少に加えて、顧客と会社との接点が薄まっていた。また、顧客と担当販売員との関係性が緊密であったため、販売員が退職すると顧客が離れてしまうケースがよくあった。買い上げデータは会社で保持しているものの、顧客の趣味・趣向などのデータは担当者個人の手帳や頭の中にあり、会社として管理できていなかった。
鈴花はこれら3つの課題を解決する目的で、「デジタルを活用した新たな顧客体験」「顧客に寄り添い、顧客の課題を解決するコミュニケーション設計」「内製による顧客電子カルテの開発およびデータ分析」の推進を決めた。
鈴花は着物の着用機会の減少課題を解決するために、オリジナルアプリ「和服らいふ」を開発した。デジタルクローゼットに手持ちの着物や小物の写真を登録しておけば、いつでもどこでも自分の持っているアイテムを確認できる。
その他、デジタルクローゼットと連動した「きもの保管サービス」や、着物に関する記事コンテンツ、コーディネートに困ったときに着物の画像を送信して「LINE」で相談できる「コーディネート相談サービス」も提供している。
2つ目の課題である「顧客と会社の接点不足」を解消する目的で開設したのが、公式LINEアカウントだ。会社から顧客に有益な情報を届けるだけでなく、顧客から意見や要望を直接寄せてもらえるように設計した。LINEの友達登録数は2024年6月時点で2万人を超える。
また、クラウドマーケティングツール「Liny」を活用して顧客の興味関心に合わせたセグメントを行うなど、一方的な情報発信を防ぐCRMを構築した。
最も大きな課題だった「顧客情報の属人化」の解消のため、顧客情報を「顧客電子カルテ」としてデータ化した。これにより、主担当の販売員以外でも購入履歴から顧客の好みを確認でき、データを基にしたコーディネートの提案が可能になった。
顧客電子カルテはタブレットで閲覧できるアプリケーションで、情報システム課の従業員がPower Appsで開発した。顧客電子カルテのデータは業務システムのデータベースの情報と密接に連携していて外注が難しいため、内製で開発したという。
顧客電子カルテは一部の店舗でテスト運用しながら改良を重ね、全店舗に配備された。顧客電子カルテには買い上げデータに加えて顧客の顔や購入商品、イベント参加時の写真、接点情報が登録され、現場の声を集めながら常にバージョンアップを続けている。
鈴花は「Microsoft Dataverse」に顧客情報を置くことで、これら3つのサービスの連携を可能にした。現在、各サービスのデータを収集し、顧客の特性や商品購買までのプロセスを分析する計画を立てているところだ。有田氏によれば、「ベテラン従業員の経験と勘だけに頼らず、販売ロジックを明確にすることで若手社員の育成につなげるため」だという。
こうした取り組みを社内に浸透させるために、鈴花はまずペルソナ設定から始めた。ペルソナは既存顧客とは異なる新たな顧客層の開拓に活用しているという。
次に、顧客定着までのロードマップを作成した。初めて販売員と接したタイミングから1年以内の顧客の定着化に向け、オフラインとオンラインの接点のタイミングを模索しながら計画を作成した。
また、社内にDX(デジタルトランスフォーメーション)推進室を立ち上げた。DX推進室は社長直下の組織で、さまざまな部門からメンバーが選抜された。技術的な知識があるメンバーに加えて顧客と直に接する営業店舗にも声をかけ、発言力や発信力があり、あえて反対意見を述べる従業員も含め、約10名がメンバーに選ばれた。
DX推進室主催のリモート勉強会を開催し、従業員のDXへの参加意識を高めていった。またモデル店舗を決めてツールを先行導入し、他の店舗が取り組みたくなる雰囲気を醸成した。有田氏は「ITに不慣れな従業員に寄り添いながら、無理せず進めていったことが功を奏したようです」と成功要因を振り返る。
顧客に対しては、店舗でスマートフォン教室を開催した。教室では店長自らがLINEのインストールからQRコードでの登録方法、スタンプや写真の送り方などを教えた。有田氏によると、この勉強会が鈴花の取り組みの定着を後押ししたという。
こうした地道な取り組みが評価され、鈴花は日本DX大賞におけるUX部門賞と船井総研デジタル賞のダブル受賞を遂げた。
「多数の賞を受賞し、さまざまなメディアに取り上げられたことで、当社のDXはさらに活性化したと考えています。外部から評価を受けたことで自分たちの取り組みが間違っていないと確信できたため、アワードへの参加は非常に重要だと感じています」(有田氏)
2022年に「鈴花DX」を宣言し、DX推進の3つの柱を掲げた鈴花は、着実に成果を積み重ねている。
DXの推進により、鈴花の2023年度の売上昨年対比は105.2%、社歴の浅い社員の売上昨年対比は、入社1〜5年未満で118.7%。入社5〜10年未満で113.6%とそれぞれアップした。また、新しく採用した販売員の定着率も63.1%から78.6%に向上した。
鈴花は今後、顧客の行動データを蓄積してデータ分析の精度を上げると同時に、EC事業やきもの保管サービスで宅配利用も始め、着物好き同士が交流できるコミュニティーの構築を予定しているという。
「当社はオンラインとオフラインを意識しない一貫したサービスと体験を提供し、『モノを売る企業』から『体験を提供する企業』へと成長したいと考えています。鈴花DXのゴールは『バリュージャーニー型モデル』の実現です。データから顧客のニーズをくみ取り、ニーズに合った物づくりを行うことで、全てのビジネスプロセスで顧客のニーズに始まり顧客への価値提供で終わる、バリュージャーニー型モデルを実現していこうと考えています」(有田氏)
最後に、有田氏は「デジタル技術は、使いこなすアイデアさえあれば平等に活用できるものです。これからも挑戦を続け、地方の中小企業でもやろうと思えば何でもできることを証明していきます」と意気込みを語った。
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