大田区、年1000時間の問い合わせを「AI電話」で削減できるか? 実証実験で見えた課題
「間違いが許されない」行政の現場で、AIによる電話対応の自動化は実現できるのか。大田区はスタートアップ企業と協業してAI電話自動応答サービスの実証実験を進めている。自治体のAI電話対応における難所はどこにあるのか。初年度の取り組みから見えてきたリアルな運用課題と、そこから導き出した突破口に迫る。
自治体における電話対応は、職員の負担が特に大きい。一方で、音声認識の難しさや誤った情報を伝えるリスクが背景にあり、AIによる自動化はそれほど進んでいないのが現状だ。
こうした状況下で、東京都大田区はAI電話自動応答サービスの実証実験に乗り出した。同区は、スタートアップ企業との協働によって地域課題の解決を目指す公共事業の一環として、AI電話自動応答サービスの実証実験を進めている。
2025年度には大田区防災危機管理課で実証実験を実施し、AIによる電話対応の運用課題を整理した。2026年度は年間約1000時間もの問い合わせが発生する建築審査課に対象を移し、年間300時間の電話対応時間削減を目指して検証を進めている。
なぜ大田区は「間違いが許されない」行政の現場でAIによる電話の自動対応に取り組むのか。
自治体のAI電話対応における難所とは 大田区が実証実験で探る突破口
2023年度に内閣府から「SDGs未来都市」に選定された大田区は「イノベーションモデル都市」の取り組みの一環として、大田区実証実験・実装促進事業「HOIP」を推進している。大田区内の地域課題や行政課題の解決に資する先進的な技術を持つスタートアップ企業を、2年間の実証実験を通じて支援するプログラムだ。
自治体では、少子高齢化に伴う職員数の減少が懸念される一方、行政課題の複雑化によって問い合わせ対応をはじめとする日常業務が肥大化している。中でも電話対応は業務負荷が大きく、効率化が課題となっていた。これを受けて、大田区が2025年度の公募テーマの一つとして掲げたのが「DXによる問い合わせ対応の効率化」だ。
自治体の電話対応は、多様な問い合わせに対応する必要があるのはもちろん、専門用語が多いことから音声認識が難しく、単純な自動化では解決できない課題がある。こうした課題に対して、大田区は外部の技術や知見を取り入れながら、実証実験を通じて解決策を探ることにした。
このニーズに応えるためにソリューションを募集したところ、2社から提案が寄せられた。審査の結果、大田区が選定したのが、ソフツーのAI電話自動応答サービス「ミライAI」だ。
行政のAI電話対応 実証実験1年目で明らかになった課題は
ミライAIは、電話による問い合わせ対応を自動化するクラウド型サービスだ。ボタンプッシュによる分岐ではなく、AIと会話形式でやりとりできる。通話内容の文字起こしや応対履歴の蓄積・管理機能を備え、通話ログや応対フローを分析して問い合わせ傾向の把握や自動化の改善につなげられる。これまでは民間企業向けとして、代表電話の取り次ぎなどを軸にサービスを展開してきた。
HOIPにおけるミライAIの選定理由について、HOIPの運営を担当する大田区の中谷建文氏(産業経済部 イノベーション事業担当課長)は次のように説明する。
「HOIPの性質上、対象となるサービスは行政サービスの向上につながるものでなくてはなりません。自治体の中で、AIを利用した電話対応の自動化に取り組んでいる先行事例はまだ少なく、実証実験を通じて運用課題と効果を見極める意義があると判断しました」
2025年度、大田区はまず防災危機管理課でミライAIの実証実験を開始した。対象としたのは、地域住民から寄せられる防災器具(感震ブレーカー/家具転倒防止器具)の支給要件に関する問い合わせだ。
実証実験では、実際に区民からの電話を受け付け、通話データの蓄積と管理画面でログを分析した。その結果、当初目標としていた「職員対応の80%削減」に対し、AIによる有効対応率は約40%にとどまった。
中谷氏によると、背景には「質問の不明瞭さ」や「音声認識上の阻害要因」があったという。
「行政の問い合わせは内容が多岐にわたり、問い合わせる住民側が要件を明確に言語化できているとは限りません。人間同士の会話であれば、曖昧な表現や言葉に詰まる様子から職員が意図をくみ取って会話を誘導できますが、AIにとっては『質問文そのものが不明瞭』となり、聞き返しが連続して途中で離脱されてしまうこともありました。声の小ささや複数人の同時発話などによってAIが音声を適切に認識できなかったことも、AIが有効に対応できなかった要因です」
大田区はこの結果を失敗とは捉えなかった。中谷氏は理由を次のように説明する。
「従来、感覚的に語られがちだった『なぜAIによる電話対応は難しいのか』という課題の構造を、通話履歴のログと応答フローの可視化によって具体化できました。庁内におけるAI活用に対する心理的なハードルが下がり『次のステップに挑戦しよう』という前向きな土壌を作れたことも成果の一つです」
防災危機管理課での実証結果を踏まえ、2026年度の実証実験は建築審査課に対象を移した。同課には、区内の土地や建物に関する用途地域、建ぺい率、容積率、斜線制限など、建築制限についての問い合わせが集中している。年間の電話対応時間は推計約1000時間に上り、その多くは大田区の特設サイト「まちマップおおた」で情報を確認することで解決できる内容だった。
「建築審査課における電話対応は定型的な内容が多くを占めるため、AI電話の効果をより実感できると考えました。一方で、AIが参照するデータの対象範囲は大きく広がります。防災危機管理課での実証実験でAIが有効に対応できた電話の割合が約40%でしたので、対応する項目の数が増える建築審査課での目標は『電話対応時間の30%削減』と設定しました」と、同区の長田風将氏(産業経済部 産業経済課 産業経済担当主任)は説明する。
AIの有効性を高めるシナリオ設計とナレッジ構築の工夫
建築審査課での実証実験に当たり、大田区とソフツーはAIの回答精度と有効性を高めるため、「回答範囲の限定」と「ナレッジのデータ化および言い回し・用語のひも付け」に取り組んだ。
AIの回答対象は「まちマップおおた」で公開されている特定の土地の用途地域や建ぺい率、指定道路の状況など、解釈の余地がない客観的な情報に限定した。「この規定は今回の建築計画に適用されるか」といった個別の判断や解釈を要する問い合わせは対象外とし、AIが回答できない旨を案内する設計とした。
建築審査課の職員の知見を基に「想定QA集」を作成し、AIに学習用データとして読み込ませた。さらに、同じ意味を持つ異なる言い回しや、現場で使われる俗称・専門用語の類語を各QAにひも付けるチューニングを行い、多様な表現の問い合わせにも適切に対応できるようにした。
こうした対応が必要な理由について、中谷氏は「AIによる自動対応の対象となる通話は、ボタンプッシュで要件を分類できる電話自動応答システムとは異なり、全て自然言語で問い合わせ内容を把握しなければならないためです」と説明する。
「防災危機管理課でのシナリオは『Aと答えたらBへ進む』という条件分岐に基づく設計でしたが、想定外の質問には対応できないパターンが多くありました。そこで、想定QAをAIに読み込ませて言い換えパターンや関連ワードをひも付け、文脈やキーワードから相手の意図をくみ取れるようにしています。その結果、想定質問とは異なる表現でも正しい回答を得られるようになりました」
ソフツーによると、ミライAIのバックエンドには「ChatGPT」や「Azure OpenAI Service」を採用している。入力されたデータは、通話テキストの解析や回答生成などのみに使用し、外部サーバへの保存や、MicrosoftおよびOpenAIによるAIモデルの学習・再利用には使用しないとしている。
時間削減だけじゃない 大田区が目指す「AI時代の役所」の姿とは
建築審査課での実証実験は2026年10月1日から始まっており、2027年2月28日までの実施を予定している。
主な利用対象は、重要事項説明書の作成や物件調査をする区民や事業者だ。区のWebサイトに掲載されたミライAI専用ダイヤルに電話をかけると、「用途地域を調べたい」といった建築制限に関する問い合わせに対して、ミライAIが自動で回答する仕組みとなっている。
実証実験中もソフツーと共に、通話ログなどのデータを基に想定QAを含めたシナリオの改善を進める方針だ。
本取り組みは年間300時間の電話対応時間削減を目指すが、大田区が期待する効果は工数削減にとどまらない。中谷氏は、期待する効果として次の3点を挙げる。
1.職員の専門業務への注力:電話による離席や思考中断を防ぎ、建築審査や複雑な相談などのコア業務に集中することで、行政サービスの質向上につなげる。
2.利用者の利便性向上:夜間・休日を含む24時間365日の即座な応答体制の構築が期待できる。
3.デジタルアクセシビリティの確保:Web検索が苦手な高齢者などにとっても、声で利用できるAI電話はデジタルデバイド解消の鍵となる。
最後に中谷氏は、今後の展望について次のように語った。
「今回の実証実験は、全ての電話対応をAIに置き換えることが目的ではありません。行政の業務には、AIに任せた方が迅速で効率的な領域と、職員が直接対話して判断すべき領域の双方が存在します。重要なのは、業務特性を見極めた上で適切にAIを活用することです。今回の実証実験を通じて得られた成功体験と課題のデータをしっかりと検証し、大田区のみならず、同じ悩みを抱える全国の自治体や企業にとっても再現性のある実装モデルを提示したいと考えています」
スタートアップの技術力を柔軟に取り入れ、現場の課題に丁寧に向き合いながら実証実験を進める大田区。AI電話による自動応答への挑戦は、単なる業務効率化にとどまらず、行政と住民のコミュニケーションの在り方を見直す取り組みとして、今後の展開が注目される。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
事例で学ぶ! 業務改善のヒント
この記事の著者
関連記事
こんなメディアも見られています
キーマンズネットに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
「Gemini Notebook」で始める「AI×自動化」実践ガイド
-
2
止まらない不正アクセス、広がる情報漏えい 大手企業・公的機関を襲った10事案
-
3
今、IT資格を取るならどれ? ランキングに見る「急浮上の資格」と「不動の資格」
-
4
48年も愛された名作CPU「Z80」を、引退に追い込んだ“抗えない事情”
-
5
「言い訳文化」から脱却のNECが足立区に伝授した生成AI活用術とは データ活用“逆算”の鉄則
-
6
大田区、年1000時間の問い合わせを「AI電話」で削減できるか? 実証実験で見えた課題
-
7
生成AI導入に失敗する企業「6つの共通点」 情シスヘルプデスクの負担を減らす設計とは
-
8
同業の被害で初めて気付く漏えい 「アラート不発」を起こす攻撃の正体
-
9
相次ぐ不正アクセス、でもセキュリティ訓練は「やりっぱなし」の悲惨な実態【企業調査】
-
10
Microsoftの“あのキャラ”がまさかの復活? 公式「X」乗っ取り事件の珍騒動:901st Lap
キーマンズネット SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
キーマンズネットをフォロー