取手市、生成AIを「使わなくてもいいよ」でまさかの定着成功 その以外な効果とは
生成AIを導入しても、積極的に使う人と全く使わない人に分かれる。多くの企業を悩ませる活用の二極化に、取手市は意外な方法で向き合った。利用者の約半数が答弁書作成時間を半減できた、“驚きの解決方法”とは。
全従業員が生成AIを使える環境を整え、研修や説明会も実施した。それでも、日常的に使う人がいる一方で、一度も使わない人もいる――。生成AIの導入後、企業は、こうした活用状況の二極化の課題に直面しがちだ。
利用者を増やすには、使っていない部署を訪ね、活用方法を説明し、個別に支援する必要があるように思える。しかし、消極的な人への働きかけに時間を費やすほど、推進担当者の負担は増える。意欲のある人への支援や、具体的な活用事例をつくる取り組みが後回しになることもある。
この問題に一つの答えを示すのが、茨城県取手市だ。同市が選んだのは、全職員に一律に利用を求めることではなかった。使いたい職員がいつでも使える環境を整えた一方で、利用のペースは職員任せにした。そんなやり方で、本当に生成AIは広がるのか。
取手市が最初に狙った「20分の仕事」
取手市が生成AIに目を向けた背景には、行政業務の多様化による職員の負担増加と、将来的な人手不足への危機感があった。AIに任せられる業務はAIに任せ、職員は市民との対話や現場確認、最終判断など、人にしかできない仕事に注力する。その役割分担を目指した。
ただし、最初から全職員に幅広い用途で使ってもらおうとしたわけではない。最初に選んだのは、議会広報紙用原稿の要約だった。
取手市議会は、デモクラシーとテクノロジーを組み合わせた「デモテック戦略」を掲げている。取手市と取手市議会、アドバンスト・メディアは2021年4月に「音声テック関連技術連携協定」を締結し、音声認識による議事録作成などを進めてきた。
市議会の一般質問は、答弁を含めて議員1人当たり1時間に及ぶ。その内容を議会広報紙向けにまとめる作業には、慣れた職員でも20~30分程度かかっていた。しかし生成AIを使った場合、要約案は約1分で作成できたという。職員は出力を確認し、議員が重視した論点などを反映して仕上げる。
この成功体験を足掛かりに、2023年には会議の文字起こしや要約などに使える汎用(はんよう)システム、2024年には議会答弁書の作成に特化したシステムへと活用範囲を広げた。
答弁書作成支援を考えるきっかけの一つになったのが、岩﨑弘宜氏(取手市役所総務部次長兼情報管理課長)の異動だ。岩﨑氏は2023年4月、議会事務局から、議会で答弁する側の情報管理課へ移った。
答弁するには、数百ページに及ぶ計画書などを確認し、想定される質問と回答を準備しなければならない。過去に扱ったことのないテーマでも、短期間で情報を集める必要がある。要約で効果を上げた生成AIを、この負担にも生かせないか。そこから答弁書作成支援システムの構想が始まった。
生成AIに期待したのは、文章作成の省力化だけではない。自分では気付かなかった論点を示し、議会での質疑に備える「壁打ち相手」としての役割だった。
「議会の議論の質の向上を図りたいというのが第一の目的で、その次に効率化が来るという順番です」(岩﨑氏)
資料をため込まない答弁書作成システム
AI議会答弁書作成支援システムには「プロンプト実行」「答弁作成」などのボタンがあり、職員が複雑なプロンプトを書く必要はない。質問事項と要旨を入力すると、想定質問と答弁案が生成される。
答弁案に数値などが不足している場合は、担当職員が必要な資料を読み込ませる。取材時のデモでは、スマホ教室の実績資料を追加すると、開催年度や参加者数を盛り込んだ答弁案が生成された。
特徴は、市が持つ全ての計画書や業務資料を共通のデータベースに登録していない点だ。市役所内には部署ごとに保有する資料があるため、情報管理課が全てを把握し、最新の状態に保つのは難しい。そこで、必要な資料を知る担当職員が案件ごとに読み込ませる方式を採った。
資料の選び方によって答弁案が変わる可能性はあるものの、システムが作るのはあくまで素案だ。担当職員が修正して部署内の決裁に回し、市長や部長級の職員が参加する勉強会でも内容を検討する。
「最初から100点のものはあり得ません。そこで完璧である必要はなく、職員が確認し、ブラッシュアップしていけばいいと考えています」(岩﨑氏)
システムは過去の議事録から関連する答弁を探したり、他自治体のプレスリリースを検索したりする機能も備える。想定される追加質問や回答の作成、取り組みの段階に応じた表現の調整も可能だ。ただし、外部情報の正確性や取手市に適用できる内容かどうかは、職員が確認する。
削減率だけでは測れない効果
システムは「Microsoft Azure OpenAI Service」を基盤としている。取手市は導入に当たり、Microsoftとシステム開発事業者との契約によって、入力データがモデルの学習などに二次利用されない環境を確保することを条件とした。生成AI利用ガイドラインも策定し、個人情報を入力しないといったルールを職員に説明している。
2024年9月の市議会定例会では、130件の答弁書のうち38件でシステムが利用された。利用者へのアンケートでは、約半数が「業務時間を50%程度削減できた」と回答した。一方で岩﨑氏は、時間だけでは表しにくい効果として、質疑応答に臨む職員の心理的な安心感を挙げる。
「自分たちだけでは思い付かない視点や論点をあらかじめ確認できるため、安心して質疑応答の場に出席できるようになりました。単なる時間の削減ではなく、議論の質を高め、結果として市民サービスの向上につなげることが最大の狙いです」(岩﨑氏)
岩﨑氏は、内部業務の効率化について細かな効果測定に過度な労力をかけるより、市民が直接利用するサービスで利用状況や声を確認することを重視しているという。
「使わない部署」を追わない“取り残し作戦”
生成AIのシステムは全職員が利用でき、使いたい職員はいつでも自席のPCから利用できる。情報管理課は庁内説明会や個別説明会を開き、使い方に悩む職員を日々支援している。一方で、全職員に同じペースでの利用を求めてはいない。利用するかどうかや、どこまで使いこなすかは、それぞれの職員に任せている。
とはいえ、利用のペースを職員に任せたままで、本当に活用は広がるのだろうか。取手市がこの進め方に手応えを得たのが、2026年2月に本格稼働させた、LINE公式アカウント上のオンライン行政サービス「スマホ市役所」の導入プロジェクトだった。
導入準備では当初、全ての部署から担当者を選び、一律に手続きをオンライン化する計画だった。しかし、デジタル化への積極性には部署ごとに差がある。消極的な部署を説得し続ければ推進側の負担が膨らみ、意欲のある部署への支援も遅れてしまう。そこで副市長の了承を得て、オンライン化したい部署に手を挙げてもらい、意欲のある部署から優先して進める方針に切り替えた。それまでの生成AIの導入方針に合わせた形だ。
先行した部署でオンライン申請が実現すると、市民から他の手続きにも同様の対応を求める声が上がった。それまで参加していなかった部署からも申し出があり、情報管理課の対応が順番待ちになるほど希望が増えたという。
岩﨑氏が「取り残し作戦」と呼ぶこの進め方は、職員や部署の自主性を促しながら、自然な形で利用を広げていくものだ。生成AI導入当初も、身近な職員が仕事を効率化する姿や職員同士の口コミが、利用を後押ししたという。
「『使ってください』とお願いして背中を押すのは、お互いにストレスです。『使いたい』と思う状況を作れば、職員は自ずと動きます」(岩﨑氏)
AIが広がるほど、人にしか拾えない情報が重要になる
取手市は今後、答弁書作成以外の行政業務にもAIを活用する考えだ。岩﨑氏は、保育所の入所判定など、複数の条件を照合する業務を例に、AIエージェントを活用する可能性にも言及した。一方、AIが作った答弁案を確認し、議会で発言するのは人間だ。情報整理や素案作成をAIに任せても、現場でしか得られない情報の把握と最終判断は人が担う。
「どんなにAIが進化しても、現場で市民の声を聞くのは人です。インターネットには載っていない市民一人一人の声を把握し、議論につなげていかなければなりません」(岩﨑氏)
新しいツールを導入すると、使わない人への対応が推進担当者の負担になりやすい。全員を一斉に動かすのではなく、使いたい人がすぐに使える環境を整え、困ったときに支援する。そこから生まれる活用事例や口コミが、次の利用者を動かしていく。取手市が生成AIの運用や「取り残し作戦」で示した進め方は、限られた人数でデジタルツールの活用を進める企業の情シスにも参考になる。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
本記事は制作段階でChatGPT等の生成系AIサービスを利用していますが、文責は編集部に帰属します。
事例で学ぶ! 業務改善のヒント
この記事の著者
関連記事
こんなメディアも見られています
キーマンズネットに関連する情報をお探しであれば、こちらのメディアもお役に立てるかもしれません。
SpecialPR
アクセスランキング
-
1
7歳からのLinux愛好家が、なぜ今「Windows」に? OSの見方が変わった理由:896th Lap
-
2
Googleの自動化ツール「Workspace Studio」×Gemini、4つの業務効率化アイデア
-
3
そのIT資格、これからも評価されますか? 5年のデータで見る「廃れる資格」「化ける資格」
-
4
ゼロから分かる「Python in Excel」 プログラミング未経験の筆者がデータ分析してみた
-
5
「Gemini 3.8 Flash」の狙いは“賢さ”ではない? 発表から見えた3つのポイント
-
6
「Copilot、Word文書まとめて」で社内全滅? 勝手に増殖するAIウイルスで大騒ぎ:895th Lap
-
7
情報処理安全確保支援士試験、10月6日に申込み開始 CBT化で受験対策はどう変わる?
-
8
M365 Copilotを配っても「使われない」 でもAI活用が進んだ福島県庁の"逆張り"戦略
-
9
AIを入れても会社の仕事は変わらない AIに仕事を任せられない「根本原因」
-
10
情シスは「外注の準備」をする暇もない? 7割が負担減でも進まない理由
キーマンズネット SNS
インフォメーション
注目情報をチェック
キーマンズネットをフォロー