まず研究チームが探したのは、メタルケーブルに替わる軽量で、車内での取り回しが簡単で、厳しい使用環境に耐える素材だ。これにはプラスチック製の中空のチューブが適切と考えられた。
柔軟性があり、変形してもすぐに復元し、押しつぶされても簡単には破断しない。これに電波を閉じ込めて、必要な箇所まで届けられればよい。うまく閉じ込めるためには、ホースに導電性塗料をコーティングすればよいのではないか。この発想が画期的な発明につながった。
研究チームは現在利用されるワイヤハーネスの直径6.7ミリにならい、外径6.5ミリ、内径6ミリ、樹脂の厚み0.25ミリの一般的なポリオレフィン製のチューブに、やはり安価な市販導電性塗料をコーティングした。
一般的な自動車で必要とされるワイヤハーネスの長さと同じ4メートルのホースと、受信モジュールを加えると、約520グラム程度だ。これを4系統備えれば2キロ超になるが、現行のメタルケーブルによるワイヤハーネスの10分の1以下の重量にできる。
果たしてこれで十分な品質で高速通信ができるだろうか。自動車への適用イメージは図2に見るようなもので、単に2点間を結ぶだけでなく、各所に散在するECUが互いに通信し合えるように複数チャネルを途中で分岐できるマルチチャネル通信が必要になる。これが実現できるかどうかも重要なポイントだ。
研究チームは電波ホースのアイデアを実証すべく、試作品で次のような実験を行った。動画再生などのエンターティンメントを想定し、3Gbps程度の速度での通信を目指す。
無線技術を使う場合、電波法で決められた周波数帯域と送信出力を順守する制約がある。一般に普及している無線LAN規格(IEEE 802.11)は2.4GHz帯と5GHz帯が使われるが、利用できる帯域幅は約0.1GHzまたは約0.4GHzにすぎない。
さらに広い帯域を求めると、2011年の電波法改正で57〜66GHzの9GHzの帯域で4チャネルが使えるようになった60GHz帯(ミリ波帯)しかない。この帯域で10ミリワット出力までなら無線局免許が不要であり、技術の産業適用には好都合だ。
通信の遅延や停止が大事故につながりかねない車両への適用において、通信品質は何よりも重要だ。電波ホースの伝送特性を知るため、1メートルの電波ホースの両端にコニカルホーンアンテナ(導波管)を接続して伝送損失を計測した。
その結果、伝送損失は14.8dB、ビット誤り率の目安となる遅延スプレッド(遅延量の平均からの広がり)は0.08nsとなった。空間伝送の場合の伝送損失が68dBであるのに比べ、これは非常に優秀な数字で、電波は電波ホース中に閉じ込められて効率よく伝送されることが分かった。
また、この結果から10ミリワットの送信電力(60GHz帯の無免許での最大送信出力)で3Gbpsの情報を送信した場合、4メートル離れた受信側に誤りなく伝送するための受信感度マージンは約30dBであることも分かった。
つまり、送信した信号が4メートル離れたところで1000分の1程度に減衰していても大丈夫ということだ。折り曲げたり、押しつぶしたり、破断しても、伝送損失が30dB以下であれば十分実用可能ということになる。
曲げの実験では、図3のように90度に曲げた場合に約4dBの信号減衰があることが分かった。車内での設置で90度に曲げる箇所は2箇所程度なので、トータル約8dBの減衰なら十分な数値だ。
圧搾の実験は2ミリ、4ミリ、6ミリの圧搾深さで計測した。その結果は図4の通りで、穴がなくなるほどすっかりつぶしても20dBの減衰にとどまり、それが1箇所だけなら十分に伝送品質が保てることになる。
ホースが破断したらどうなるかも調べた。ホースを切り、切り口を離れた距離に置いて計測したところ、切り口が5センチ離れても伝送損失は16.5dB程度だった。何らかの事故で切断されても、かなりの確率で通信は途切れないと推定できる。
このように想定される屈曲、圧搾、破断の条件のそれぞれで電波ホースの伝送損失は、信号強度の余裕(マージン)の範囲内に収まることが分かった。また各実験での遅延スプレッドは0.1?0.3ns程度であり、リアルタイム通信に問題はないことも証明できた。
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