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既存の光ファイバーで量子通信を実現する「スクィーズド光」とは?5分で分かる最新キーワード解説(3/3 ページ)

» 2014年07月02日 10時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]
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スクィーズド光を用いた大容量通信技術のポイントは?

 では、この研究がどんな意味を持つのか、まとめて考えてみよう。ポイントは2つある。

 1つ目の大きなポイントは、スクィーズド光の生成と直接検出を現在の光ファイバー波長帯で高効率に行った点だ。また、それ自身は長距離伝送に適さないスクィーズド光をローカルな参照光として利用することで、光ファイバーインフラを用いた従来の古典通信の受信感度を向上できる。

スクィーズド光生成実験装置全体像 図5 スクィーズド光生成実験装置全体像(出典:NICT)

 しかも、従来観測されてきたスクィーズド光から10倍以上幅広い波長幅(帯域幅)を実現したことで、分波による大容量化も不可能ではなくなる。一般的な波長多重方式のチャネルとはとらえ方が異なるため、ここでは「モード多重」と呼ぶが、大まかにいって50〜100モードの量子通信回線が1本の光ファイバーに収容できることになる。

 今回のスクィーズド光生成実験の装置全体は、卓球台よりも少し小さいくらいの長テーブルに収まる(図5)。中にはミラーやレンズが複雑に林立するが、NICTによれば、ゆくゆくはこれだけの装置を1チップのICに収容できるという。実際に、これらの要素を全て光導波路で実現し、たった1つのチップ上に作りこむための研究開発も進められている。

超伝導技術を利用した計測装置で光子の数が分かる

 研究のもう1つのポイントは、光パルスの中の光子数を識別できる計測技術の開発だ。計測には超伝導技術を利用したセンサーが用いられるが、それが動作する温度は300ミリケルビン(絶対零度から0.3度だけ高い温度)と極めて低い。計測装置の外観は図6に見るようなもので、スクィーズド光は光ファイバーを通じて筒状の冷凍機内に引き込まれ、内部に配置された超伝導転移端センサーでその光子数が計測される。

光子検出装置の外観 図6 光子検出装置の外観(出典:NICT)

 冷凍機の横には、冷却のためのヘリウムガス循環装置が設置されるが、その中には一般的なヘリウム4の他、自然界にはたった0.0001%強しか存在しないヘリウム3(ヘリウム4の同位体)も入っている。そうしなければ計測に必要な極低温が得られない。

 希少なガスを用いたシステムが冷凍装置のコストを大きく引き上げ、装置だけで数千万円の出費となっている。実用化する場合には、この部分のサイズとコストが課題になりそうだ。研究チームでは、海底光ケーブルの陸揚げ地点のハブ施設内に設置するなど、重要かつ効果的なネットワークノードでの活用を想定しており、実用化は企業ネットワークではなく、通信事業者のネットワークから始まることになると思われる。

 量子通信、量子暗号化、量子コンピュータの技術開発が各研究機関で積極的に進められる現在、今回のスクィーズド光による大容量通信の基礎技術開発の意義は大きい。特に既存の通信インフラを利用しながら大容量化が可能になり、将来的には情報量当たりの消費電力を飛躍的に低減できる点にも期待がふくらむ。実用化にはまだ年月がかかりそうだが、研究成果は他の量子力学を応用したITへの適用も期待できるだろう。

関連するキーワード

光信号の多重化

 光ファイバーでより多くの情報を伝送するために、一度に複数の通信を行えるようにする技術。現在一般的に使われているのが「時分割多重」や「波長多重」方式だ。時間軸上で順番に通信するのが時分割多重、まるでAMラジオで選局するように、通信ごとに波長を変えて区別できるようにするのが波長多重方式だ。

 しかし、パルス間隔の短縮化は限界に近く、波長多重も光ファイバーが耐えられる限界まできている。そこで、これらに「位相変調」を加えたり、同じ波長で波の形を変える「多値変調」などを加えたりして、時間当たりの伝送情報量を増やす技術が現在も積極的に続けられている。

「スクィーズド光による大容量通信」との関連は?

 どのような変調方式を使うにしろ、極限まで効率化した果てにある越えられない壁が、レーザー光自身が持つ「不確定性原理」に由来する量子雑音だ。スクィーズド光は、量子雑音の原因である量子揺らぎをあるタイミングで抑え込める技術なので、従来の古典力学ベースの技術ではなくせないはずの雑音をなくし、高効率の通信を可能にする。

超伝導転移端センサー

 Transition Edge Sensor(TES)と呼ばれる計測装置で、超伝導物質が極めて微弱なエネルギーにより相転移(常伝導状態と超伝導状態との間での変化)する性質を利用する。常伝導状態から超伝導状態へ切り替わる中間の温度領域は「転移端」と呼ばれ、その領域内では超伝導体は吸収した光子の数に比例する電気信号を出力する。その信号により光子数を正確に計測できる。現在では100%に近い検出効率が実現した。ただし極低温での利用が前提なのでコストが高く、光子数を検出できる計測装置を持つ機関は世界でも限られる。

「スクィーズド光による大容量通信」との関連は?

 今回のNICTの発表技術は、通信波長帯において超広帯域で生成したスクィーズド光を超伝導転移端センサーで測定し、その光子数が0、2、4……と必ず偶数になることを確認したもの。これらの技術を用いることで、光の波と粒子の性質双方を活用した高効率の信号受信システムを構築できると期待される。

不確定性原理

 ドイツの研究者、ハイゼンベルクが提唱した「粒子の位置と運動量は同時に確定できない」という物理法則。量子力学の基礎的な原理である。

「スクィーズド光による大容量通信」との関連は?

 従来の光通信では、不確定性原理による量子雑音の影響が避けられない。しかし、ある位相の領域(時間間隔)での量子揺らぎを人為的に制御すれば、別の位相(90度ずれた位相)での揺らぎは大きくなるものの、特定の位相の揺らぎだけを抑圧できる(これがスクィーズド光)。うまく揺らぎが抑圧された位相を適切に選べば、量子雑音の影響を減らした高効率の通信が行える。

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