メディア

日本企業から派閥を一掃? タレントマネジメントの今

少子高齢化やグローバル化に伴い注目されるのが「タレントマネジメント」だ。日米の人事文化の違いにも目を向けつつ基礎と実現へのステップを紹介する。

» 2014年10月14日 10時00分 公開
[小池晃臣タマク]

 企業にとって大切な経営資源が「ヒト」「モノ」「カネ」なのは、いまさら言うまでもない。最近では、少子高齢化やビジネスのグローバル化により、社員1人当たりに期待される仕事量やスキルが増大した。加えてIT化によって業務の自動化を推進したため、かつてのルーチンワークからよりクリエイティブな仕事へとシフトするという流れもある。

 ここにきて人材の価値は一層高くなっているのだ。そうした背景から国内でも普及が進みだしたのが「タレントマネジメント」だ。社員のスキルや期待値を正確に把握し、計画的に育成しながら適材適所へと「人財」を配置するというのがタレントマネジメントの趣旨だが、そのそもそもの起源は日本よりもはるかに雇用の流動化が激しい米国企業にある。

 そこで疑問視されるのが「果たして、まだ終身雇用への期待が大きい日本企業の文化にどこまで受け入れられるのだろうか」という点だ。本特集では、日本企業と欧米企業の人事文化の違いにも目を向けつつ、タレントマネジメントとそれを支援するタレントマネジメントツールについて解説したい。

「タレントマネジメント」の考え方とは?

 そもそもタレントマネジメントという言葉は、米国の企業社会の中で生まれたものだ。詳しく説明するには、欧米の人事についての考え方を知る必要がある。

 欧米の人事組織は、日本のように「人事部」で一くくりにできず、大きくHRM(ヒューマンリソースマネジメント)とHRD(ヒューマンリソースデベロップメント)に分かれる。HRMはいまでは日本でもおなじみの言葉だが、人事制度や労務管理、それに人件費管理など、どちらかというと伝統的な人事労務に関わる部門だ。一方、HRDというのは、「D」の単語が表すように元は人材の教育や育成をつかさどる部門であり、その後は組織開発までも使命に加わるようになった。

 HRM、HRDのどちらの職種も日本では1つの人事部門として考えられているが、欧米ではそれぞれは全く別の職種でありどちらにも専門家が存在する。双方の上にはCHO(Chief Human Officer)と呼ばれる役職が置かれることも多い。

 タレントマネジメントは、どちらかというとHRDの世界から生まれた言葉であり考え方だ。人材の育成と同時に、人の採用、そしてある人材が異動したり退職したりしたときに誰が引き継ぐのが会社にとって最適かを考えるサクセッションプランニング(後継者育成計画)を実施する中でタレントマネジメントの考え方が完成されたのだ。いまでは特に、後継者育成計画に沿って人材育成を行うことがタレントマネジメントの柱となっている。

 人材マネジメントのフローは次のようなものだ。まず人を採用して配置し評価を行い結果を報酬に結び付ける。その一方、評価結果を育成にもつなげる。目標を達成できない人員に対しては、どうすれば達成できるのか、達成した人員に対してはどのようにすればさらに伸ばせるかという見地から次なる育成を行う。そしてその結果を配置につなげて評価をと、人事全体のフローをまわすのだ。

タレントマネジメントのフロー 図1 タレントマネジメントのフロー(出典:日本人材マネジメント協会)

バブル崩壊が最初のきっかけ? 日本のタレントマネジメントの歴史

 タレントマネジメントという言葉が使われるようになるずっと以前、1990年代のバブル崩壊後に、既にそのベースとなる人事制度は国内でも普及し始めた。外資系企業が続々と日本国内に参入したことで、欧米型の人事制度が広がったのだ。とりわけ1990年代後半には、雇用人数の多い流通業に外資が入ってきたため、人事に関する欧米型の考え方は急速に普及した。また、日本の法制度にも合うよう制度の改善も進んだ。

 そして日本企業の間でもタレントマネジメントの導入が進んだのは、約10年の時を経た2010年ごろだ。この間、円高や日本経済の停滞、ITの普及などを背景として日本企業のグローバル化が一気に進んだ。そうなると、日本型の人事制度ではグローバル人材の採用と育成、配置にどうしても限界が生じてしまったのだ。

 また、日本企業による海外企業のM&Aも活発化し、日本の人材を海外へと出す場合にも、旧来の日本の人事制度のままでは支障が出てしまったのだ。そこで、欧米型の人事のフローが体系化されたタレントマネジメントを取り入れる日系グローバル企業が続出した。

日本型人事と欧米型人事の「決定的な違い」とは?

 そもそも日本の人事制度というのは基本的に給与を抑えつつも終身雇用を保証するというのが基本だ。一方海外、特に米国の場合、給与は高いが雇用は保証しないという考え方が主流である。そのため、日本の人事制度のまま海外で人を採用しようとすると、双方の考え方の違いから摩擦が生じて苦労する。

 こうした雇用と給与に関わる違いに限らず、日本と欧米の人事制度の根底には、組織と人に対する考え方の決定的な相違がある。それは、欧米を含めたほとんどの国では、最初に職務があり、そこにふさわしい人をあてはめていくという仕事基準の考え方に基づく人事制度を導入しているのに対し、日本の場合は、最初に人ありきでその人に職務を割り当てていくという人基準の考え方による人事制度を取り入れていることである。

 日本企業にとっての組織とは、人の集合体であり、その能力の合計値に合わせて、仕事を任せて結果を出すというのが基本だ。これには、過去長い間にわたって日本企業がほとんど社外から人を採用せず、新卒の社員を時間をかけて育成してきたことの影響が大きい。

 対して欧米企業の場合、組織というのはあくまで職務の集合体にすぎない。ミッションごとにどのような職務が必要かを検討し、最適な人員を世界中、場合によっては社外からも連れてくるというアプローチが一般的だ。

 ここで強調しておきたいのは、別に日本型の人事制度が劣るということではない。それぞれに一長一短がある。ただし、前述のように日本企業がグローバル展開を図るためには、欧米型のタレントマネジメントを取り入れざるを得ないのだ。

 以前はそれぞれの管理者の頭の中で把握できた社員のデータも、グローバル化すれば国も地域も異なるところで働いている膨大な数の人員を含めねばならなくなり、とても個人では把握しきれない。グローバル人材の採用と適切な配置、育成のためには、もはや日本企業にとってもタレントマネジメントは必須なのだ。

「タレントマネジメントツール」機能とは?

 タレントマネジメントの円滑な実施をITによって支援するのが「タレントマネジメントツール」だ。日本におけるこのツールの普及もまた2010年ごろから本格化した。

 タレントマネジメントツールは、他の業務システムのように業務プロセスを厳格に実行するものではない。単純に言えば、人材に関する情報を蓄積して管理し、必要な人材を検索によって探し出し、適切な配置につなげていくツールだ。

 誰にどの仕事をどこのポジションでやってもらえば最もビジネスに貢献できるかといったアサインメント、どういう人材に育てるべきなのかといった人材育成計画を支援する機能を有するシステムを総称してタレントマネジメントツールと呼んでいると言っていいだろう。

 その肝となるのは、全社の人員の情報が蓄積されたデータベースだ。基本的には、人事給与システムが扱う所属や役職、勤続年数、給与などのデータの他、コンピテンシースキルとその評価、資格、研修履歴、過去の職歴など、多岐にわたる情報が集約される。そうして構成されたグローバル規模の大量の人材データから、ある条件ごとに最適な人材を検索によって発見できるようになっている。

タレントマネジメントツールの機能領域 図2 タレントマネジメントツールの機能領域(出典:アビームコンサルティング)

 例えば、ある人員の後任者を探す場合、現在所属する国や部門から異動可能かどうかのモビリティ情報を踏まえて適切な候補を提示できる。また、ある研修を実施する場合には、個々のキャリアの志向や育成課題なども含めて精査し、その研修を受けるのにふさわしい人員を割り出すことも可能となる。さらに、採用時の結果と入社後の評価を比較分析をすれば、採用方法の改善を含めた人事施策の決定にもタレントマネジメントツールは貢献できる。

「タレントマネジメントツール」導入目的とメリット

 タレントマネジメントツールの最大の導入目的は、やはりグローバル化への人事面での対応にある。そしてこのグローバル化に伴うBCP(業務継続計画)を目的とした導入も昨今では増えつつある。

 もしも経営幹部や管理職が急に倒れ、しばらく業務を行えなくなったような場合に、最適な人材をより迅速に後任に配置することは企業の存続のためにも非常に重要だ。グローバル化が進むと人員が分散してなかなか最適な人材を見つけ出すことは難しい。自然とタレントマネジメントツールが必要となる。

 このように、今までは「見えなかった」人材を可視化できることが、タレントマネジメントツール導入の大きなメリットだ。

コラム:派閥消滅で左遷フラグ確定? タレントマネジメント事情

 人と職務がきちんと分かれていない日本企業で大きな壁となるのが、後任者などの任命だ。欧米企業の場合、組織や人の壁を超えて空いたポジションに最適な人員を探して後任者として任命することができる。しかし日本では、「A部長の後任はA派閥で最年長のBさんでしょう」といったように、職務や能力とはほとんど関係のない人間関係での暗黙の了解が存在することが多い。

 こうした派閥主義にも、気心の知れた安心できる人間に任せられるなど良い面はあるだろう。しかしグローバルで人材を配置しようとした場合には、ごく狭い範囲でしか人材を管理できない人物本位の後任者選びではとても対応できない。しかも、激化するグローバルでの市場競争の中では、より広い範囲から最適な人材を見つけて後任に配置できなければ、企業として競争力の低下を招いてしまうおそれすらあるのだ。

 さらに、派閥や学閥がなくなり、自分のスキルがオープンに評価されるようになれば、やる気のある社員にとってはモチベーションの向上にもつながるし、一方、派閥が消滅することで「左遷フラグ」が確定し、追い出し部屋行きを余儀なくされる可能性が出てきてしまう人もいるだろう。グローバル企業を目指すのであれば、派閥などは思い切って捨て去ってしまう勇気が必要だ。

タレントマネジメントツール導入へのステップ

 これからタレントマネジメントを導入するならば、日本企業の場合はまずは働き方を変えていくことからスタートしたい。日本の場合、就労時間にかかわらず無制限に働ける人間が評価されがちだが、まずはそこから見直すべきだ。

 あくまで職務本位で、職務をきちんと遂行しているのならば、勤務時間に関係なく評価するような制度に変えていく必要がある。そうなれば、子育て中の社員であっても自分に合った働き方をして成果を出せるようになるなど、ワークライフバランスの実現にも貢献する。このように働き方が変われば、世界中から優秀な人材が自ずと集まることだろう。

 そして目的をまず明確にし、そのために必要な情報から蓄積してタレントマネジメントツールを導入すべきだ。その際には、人事部門だけでなく、経営層や事業部門も含めて横串でプロジェクトを進めることがポイントだ。

 人事情報というのはどうしても人事部門が「囲い込み」がちなので、トップダウンによってその壁を打ち破ればスムーズに行くはずだ。情報システム部門には、こんなパッケージがあるよといったサジェッションや、セキュリティやパフォーマンスの観点からの検証、そして予算の見極めなどといった役割を期待したい。

タレントマネジメントツールの導入ステップ 図3 タレントマネジメントツールの導入ステップ(出典:アビームコンサルティング)

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

会員登録(無料)

製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。