情シスのキャリア形成は一筋縄ではいかない。実績が可視化しにくく、思うように成長できないケースも。そんな情シスでも、自らキャリアを耕す道がある。本記事では“詰みやすい”情シスの現実と、そこから抜け出すためのヒントを紹介する。
「IT百物語蒐集家」としてITかいわいについてnoteを更新する久松氏が、情シス部長を2社で担当した経験を基に、情シスに関する由無し事を言語化します。
情報システム部門、いわゆる「情シス」のキャリアはとても描きにくいものです。技術職でありながら、社内向けの業務が多く、外からは何をやっているのかが見えにくいものです。実際、転職市場でも「現職では評価されているが、履歴書に書ける実績がない」と悩む方も少なくありません。
情シスのキャリアがなぜここまで再現性がないのか。その理由は、スキルや努力以上に、配属された会社の「環境」に大きく左右されるからです。
情シスに求められる業務範囲は企業によって大きく異なります。SaaSの選定から業務設計、データ連携まで任される企業もあれば、PCのセットアップや社内問い合わせ対応が中心という企業もあります。
例えば、従業員のITリテラシーが極端に低い現場では、「ディスプレイがつかない」「『Slack』の通知音が鳴らない」「『Zoom』のマイクがつながらない」などの対応に追われて1日が終わってしまうこともあります。現場の課題をシステム的に解決しようとしても、「現状で十分だから」と拒否されたり、そもそも改善提案をする前に電話が鳴って止まらない、といった状況に陥ってしまいます。
あるいは、上場準備に向けた情報システム全般統制やISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)対応に取り組んでいたのに、経営会議で「やっぱり延期します」と先送りされ、そのまま業務棚卸しや資産管理に逆戻りしたという事例もあります。上流フェーズに関われるはずだったキャリアの芽が、突然失われてしまうのです。
さらに、セキュリティや社内規定が非常に厳しい企業では、新しいツールやSaaSの導入を検討しようとしても、「国内データセンターでないとダメ」「クラウドは情報漏えいリスクがある」として全て却下されてしまうこともあります。改善の余地は感じていても、実行に移す裁量や許可が得られないという壁があります。
新卒で情シスに配属されるケースもありますが、その多くはヘルプデスク業務に限定されており、数年間コードもクラウドも触ることなく過ごすことになります。これではスキルの幅も広がらず、他社で通用する経験を積むことが難しいでしょう。
このように、情シスのキャリアは「配属ガチャ」「上司ガチャ」「社内文化ガチャ」「予算」など、さまざまな環境要因に大きく影響されるのが現実です。
情シスがキャリアを“詰み”やすい理由には幾つかあります。まず、情シスの仕事は成果が可視化されにくいことが挙げられます。どれだけ効率的にトラブルに対処し、業務改善に貢献しても、ユーザーからすれば「情シスがやって当然」と受け取られがちで、評価されにくい構造になっているのです。
また、裁量を持って業務を進めるのが難しいという問題もあります。多くの場合、情シスには予算や意思決定権が与えられず、営業部門や管理部門との調整に多くの時間を費やします。その結果、情シス単独で何かを実現するのが難しくなります。
さらに、職種の特性上、社外に通じる実績をアピールすることが難しいという側面もあります。例えば、技術ブログやカンファレンス登壇のような外向きのアウトプットを出す文化がない企業では、スキルの可視化が進まず、転職市場で「何ができる人なのか」が伝わりにくくなってしまいます。
こうした状況であっても、自分のキャリアを育てることは可能です。環境を変える前に、自分が置かれた状況の中で何ができるかを見極め、耕せる場所を見つけることが大切です。
その第一歩として、次の3つの問いを自分に投げかけてみてください。
1つ目は、現在の業務に不満があるとして、改善のための働きかけをしているかどうかです。ただ文句を言うのではなく、現場の課題に対して具体的な改善案を提示できているかが問われます。
2つ目は、その提案が受け入れられる関係性を職場内で築けているかどうかです。人間関係や信頼関係が不十分なままでは、正しい提案であっても受け入れられません。Slackでのちょっとした報告や小さな成功体験の共有を通じて、少しずつ“信頼残高”を積み上げていくことが大切です。「あの人が言うなら聞いてみよう」と思われるような関係性を築いておくことで、提案の通りやすさは大きく変わります。
そして3つ目は、組織に提案を受け入れる余裕があるかどうかを見極めることです。いくら良いアイデアでも、組織が人手不足やコスト削減などに追われている状況では、前向きに受け止められないこともあります。タイミングと空気を読む力も必要です。
キャリアアップは必ずしも昇進だけを意味するものではありません。自分の専門性を発揮できる仕事を増やすこと、スキルの幅を広げること、社外にも通用する経験を積むことも全てキャリアの一部です。
そのためには、小さな成功体験を積み上げていくことが大切です。例えば、日々の業務改善提案に自分の名前を明記しておくことで、確実に「自分の実績」として蓄積されます。大規模な導入を狙うのではなく、まずは特定部門や小さなチームからの改善に取り組んで成果を出すことが効果的です。
また、Slackや社内ポータルでの情報発信を通じて、自分の知見や工夫を周囲に伝えることを習慣化することで、「頼られる人」としての立場を築くことができます。問い合わせ対応など、見えにくい貢献も、処理件数や時短効果などを定量的に整理することで、客観的な評価対象に変えられます。
全ての職場が改善可能なわけではありません。では、どのような環境であれば「耕しやすい」と言えるのでしょうか。
例えば、経営層にITリテラシーがあり、情シスを「コストセンター」ではなく「推進役」として位置付けている企業では、裁量と予算がつきやすくなります。また、従業員から情シスへの期待が明確にある環境では、改善提案が歓迎されやすくなります。
少人数の体制で幅広く業務を担当する必要がある場合は責任も重くなりますが、その分、裁量も広がりやすくなります。さらに、社内にアウトプットやナレッジ共有の文化があり、成果をきちんと可視化・言語化してくれる組織では、自分の取り組みが正当に評価される可能性が高まります。
情シスという職種は、他の職種に比べて環境の影響を大きく受けやすい仕事です。しかしその一方で、自分の働きかけ次第でキャリアを切り開くことも可能です。
完璧な環境は存在しません。不満を持つこと自体は自然なことですが、それを建設的なアクションに変えられるかどうかがキャリアの分岐点になります。
情シスという仕事は、誰にも見られずに社内を守る“縁の下の力持ち”のような存在です。だからこそ、自分の働きかけや姿勢を見てくれる人が、社内のどこかに必ずいます。派手じゃなくても、誰かが見ている。それがやがて“信頼”というキャリアの土壌になります。
働きかけ、信頼を積み重ね、チャンスの芽を見逃さずに掘り出していく。情シスのキャリアは、偶然に任せるものではなく、自らの選択と行動で育てていくものです。
エンジニアリングマネージメントの社長兼「流しのEM」。博士(政策・メディア)。慶應義塾大学で大学教員を目指した後、ワーキングプアを経て、ネットマーケティングで情シス部長を担当し上場を経験。その後レバレジーズで開発部長やレバテックの技術顧問を担当後、LIGでフィリピン・ベトナム開発拠点EMやPjM、エンジニア採用・組織改善コンサルなどを行う。
2022年にエンジニアリングマネージメントを設立し、スタートアップやベンチャー、老舗製造業でITエンジニア採用や研修、評価給与制度作成、ブランディングといった組織改善コンサルの他、セミナーなども開催する。
Twitter : @makaibito
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