中堅・中小企業の情シスは、少人数で多忙な業務をこなしつつ、経営層や他部署からの無理な要求に応え続けている。このような状況を打開するにはどうしたらよいのだろうか。「攻めの情シス研究所」の編集長に聞いた。
中堅・中小企業の情報システム部門(情シス)は少人数で多忙な業務をこなしつつ、経営層や他部署からの無理な要求に応え続けている。限られたリソースでシステムの運用・保守やトラブル対応に追われる一方で、「DXを推進しろ」や「コストを削減しろ」といった相反するプレッシャーにさらされている。
このような状況を打開するにはどうしたらよいのだろうか。「攻めの情シス研究所」の編集長である田村昇平氏が、20社以上の情シスと60以上のプロジェクトを支援した経験を基に、情シスが攻めに転じるための一手を紹介する。
――最初に、田村さまの経歴や現在の役割、攻めの情シス研究所を立ち上げた経緯をお聞かせください。
田村氏: キャリアの最初10年間はベンダー企業に所属していました。テスターの後にプログラマー、システムエンジニア(SE)を経て、設計書や要件定義書を作成するようになり、最終的にはプロジェクトマネジャー(PM)を務めました。
その中で「自分が一番楽しいと感じる仕事は何だろう?」と考えた時、お客さまに近い場所で支援し、貢献することが最も合っていると気付きました。しかし、ベンダーの立場ではどうしてもユーザーとの間に壁があり、それを越えるためにコンサルタントに転じ、約15年間ユーザー企業を支援しました。
そして2年前に独立し、情シスコンサルティングを立ち上げました。この会社名が示すように、情シスの支援に特化しています。そして、悩みの多い情シスに向けて、情報サイト「攻めの情シス研究所」でノウハウ公開も始めました。
情シスは会社の成長で極めて重要な役割を果たします。情シスは売り上げを直接は生み出しませんが、事業部門と経営層、ユーザーとベンダーの間に立って橋渡しをする重要な存在です。私は情シスを愛しております。情シスを支援し、その力を引き出すことが、会社や事業の成長につながると考えています。
――多くのプロジェクトを支援してきた中で、情シスの方々はどのような悩みや課題を抱えていることが多かったのでしょうか。
田村氏: 中堅・中小企業の情シスは少人数、時には一人で運営されており、非常に多忙な状況です。
中堅・中小企業の情シスに話を聞くと、多くの雑務を抱え、ヘルプデスクの対応やシステムの運用・保守、故障時の対応、ベンダーとの調整、そしてユーザーからの要求に追われ、首が回らない状況です。手いっぱいなのに、経営層からは「DXを推進しろ」「攻めのITをやれ」といった要求も突きつけられます。
情シスは守りの業務で手いっぱいなのにもかかわらず、経営層や事業部門は情シスの苦労を理解せず、「もっと価値のある業務をやれ」「作業を効率化してDXを進めろ」といった要求を繰り返します。
多くの情シスは、まず自分たちの現状を理解して評価してもらった上で、「攻めのITをどう進めていくか」を相談してほしいと願っています。しかし現実は、経営層からは「コスト削減しろ」「人員を減らせ」といったプレッシャーも加わり、予算も縮小される一方です。
――中堅・中小企業の情シスの苦労がよく分かりました。大企業の情シスはいかがでしょうか。
田村氏: 大企業の情シスは成熟していて役割も細分化され、ノウハウも蓄積している傾向があります。CIO(最高情報責任者)を設けていることも多く、権限を持って組織を拡大したり、内製化のための専門部隊を組成したりしています。その結果、何十人、何百人規模の体制が整えられ、DXや守りの業務にもバランスよく対応できています。
一方で、中堅・中小企業の場合、情シスは「部」ではなく「課」であることが多く、総務部の一部門として存在しているケースもあります。情シスのトップも課長であり、組織全体への影響力や意思決定権が限定され、情シス課長が人手不足などを訴えても、トップまで届かないことが多いのです。
もし経営層の指示に従ってDXに注力し、守りの業務をおろそかにした結果、セキュリティ事故などが起きれば、その責任は情シスが負わされます。つまり、経営層は「守りも攻めもやれ」と無責任な要求をしつつ、それによって生じ得るリスクや現場の現実を軽視しているのです。
こうした状況を改善するには、情シスの役割や重要性を経営層が正しく理解し、適切なリソース配分をすることが不可欠です。それがなければ、情シスはいつまでも忙しい状況に追い込まれたままです。
――中堅・中小企業の組織の仕組み上、情シスが多忙になりがちなことは分かりました。ちなみに、情シス側が抱えている課題として挙げられることはありますか。
田村氏: 情シスには職人肌で、口下手だったりコミュニケーションが苦手だったりする人が多いのも事実です。
そこで、私は情シスの課長や主任と一緒に戦略を練り、情シスが現状どれだけ多くの業務を抱えているかを可視化します。「これだけの仕事をこなしていて、さらにDXにも取り組みたいのに、人手が足りません」と明確に示すことが大切です。
外部の私が経営層に「人手が足りません」と訴えても響きにくいので、内部の人間からしっかり声を上げてもらうようにします。その際、私が横に立ち、他社の事例や統計データを示してサポートします。例えば「同規模の企業では情シスの平均人数が10人程度です」といった具体的な情報を提示して、説得力を補強しています。外部の力に頼らなくても、情シスの現状を正しく可視化すれば経営層を説得できるかもしれません。
――システムやハードウェアなどの面で情シスが抱えがちな課題はありますでしょうか。
田村氏: 大企業はクラウドシフトが進んでいる印象がありますが、中堅・中小企業は「コストを抑える」という理由でオンプレミスを使い続けたり、データセンター使用したりするケースが多いままです。
特に全国に支店や支社があり、各拠点にオンプレミスサーバを設置している企業の情シスは、サーバの故障対応やバージョンアップ、ハードウェアのリプレースのために全国を飛び回っています。このような出張業務は効率が悪く、リソースの無駄遣いにつながります。
全体最適化の観点からは、地方拠点のオンプレサーバを廃止し、クラウド化するのが理にかなっています。情シス担当者は、「クラウド化によって負担を減らし、より先進的なITの導入やスキルアップを目指す」といった前向きなビジョンを経営層と共有することが重要です。
しかし、定年が近いベテラン層の情シスが「今さら変化したくない」と考え、クラウド移行に強く抵抗することがあります。こうした状況で経営層がトップダウンでクラウド移行を指示しても、「クラウドでセキュリティ事故が起きたら誰が責任を取るのか」などの強い反発を受けることが少なくありません。
こうしたケースでは長期的な視点が必要です。抵抗する担当者が退職するタイミングを見計らい、その後で本格的にクラウド移行を進めるといった方法が現実的です。高齢化した情シスはフットワークが重く、変化を拒みやすいのですが、これを克服するためには、粘り強く話し合い、徐々に変化を促すアプローチが必要です。
――お話の中で頻繁に上がっていた情シスの守りの業務について具体的に教えてください。
田村氏: 攻めと守りに関する明確な線引きは難しいのですが、まずは守りについてお話しする方が分かりやすいと思います。
守りの業務の代表例は、現行システムの運用を適切に維持する保守業務です。サーバやネットワークの管理・保守も守りの一つで、PCやスマートフォン、タブレットなどの管理やキッティングも含まれます。
守りの中でも特に大きなタスクがヘルプデスク業務で、非常に多くの時間が割かれる領域です。チャットツールやAIを活用した効率化は進んでいますが、課題もあります。ヘルプデスクを好み、マイペースで問い合わせを処理するルーティンワークを好んでいる方の存在です。そのような方にとって、効率化のために他のタスクへ移行を促されることは、前向きな提案になるとは限りません。
こういった状況では、上司と部下で対話を重ね、その人が現状の業務を続けたいのか、それとも新しい挑戦を望んでいるのかを見極めることが重要です。新しいことに挑戦したいという意欲が感じられる人には、積極的に攻めの役割を与えていきます。一方でルーティンワークを望む人には、今まで通り守りの業務に専念してもらいます。ただし、守りの業務においても効率化は求めましょう。
攻めのマインドを持つ人を引き上げつつ全体のバランスを保つためには、全体の構成や年齢分布を把握しながらヒアリングをすることが重要です。
――守りの業務を割り振る際に注意すべきことを教えてください。
田村氏: 注意が必要なのは、若手が守りの業務に閉じ込められる状況を放置し、彼らが不満を抱いて離職することです。特に将来有望な優秀な人材ほど守りだけの環境に失望し、辞めてしまいます。そうなると、結果として優秀ではない人が残り、部門全体の総合力が低下する悪循環に陥ります。そのため、守りの業務を中心とした環境では、若手の意欲を削がないように注意し、適切に攻めの役割を与えましょう。
若い人ほど新しいことに挑戦したいと考えるので、DXの推進やAIなどの最新技術を活用する機会を用意することで意欲を刺激し、攻めの力を強化しましょう。
部長クラスの管理職が高齢化していることも問題の一つです。若い部長は新しい取り組みに対して積極的で問題の発生を防げる可能性がありますが、50代の保守的な部長が多いのが現状です。これが組織としてのチャレンジを阻む要因となるケースも見受けます。
――守りの業務についてよく理解できました。それでは、攻めの業務についても教えてください。
田村氏: 攻めの業務で一番イメージしやすいのは、デジタル技術を活用して業務を改革するDXです。デジタル技術は多様化しており、クラシックAIや生成AI、ビッグデータ、IoT、5G、VR・AR・MR、デジタルツイン、メタバースといったさまざまな技術があります。また、最近は3Dプリントや音声認識デバイス、スマートスピーカーなども注目されています。こういった技術を業務に取り入れることで効率化を図り、新たな価値を生み出す取り組みがDXの中心となります。
DXを理解する上で重要なのが、そのプロセスです。DXには次の3つのステップがあります。
1つ目のデジタイゼーション(Digitization)は、アナログをデジタル化する段階で、例えば紙の電子化などです。次はデジタライゼーション(Digitalization)で、デジタル技術を活用して業務プロセスを効率化します。最後がデジタルトランスフォーメーション(DX)で、業界構造や顧客サービスそのものを革新して新たな価値を提供することを指します。DXを成功させるには、これらの段階を順に進めることが重要です。まずアナログをデジタル化し、プロセス改善を経て最終的な変革を目指さなければ、失敗するリスクが高まります。
攻めの業務のもう一つの選択肢は「内製化」です。内製化により、システムを柔軟かつスピーディーに変更できるようにすることで、市場の変化に迅速に対応できます。しかし、中堅・中小企業が大企業の内製化を安易にまねするのは危険です。大企業は多くのシステムや顧客サービスを持っており、安定して内製エンジニアに仕事を用意できます。一方、中堅・中小企業では仕事が不足し、内製エンジニアが「社内失業」状態になる可能性があります。
内製化を無理やり進めると、優先順位の低いシステムを開発したり使われないシステムが生まれたりするといった問題が起きます。また、内製エンジニアが特定のプログラミング言語しか扱えない場合、最新技術に対応できなくなり、企業全体が世の中の流れから取り残されるリスクもあります。
攻めの施策では自社の規模やリソース、ニーズに合った方法を慎重に選び、計画的に進めることが重要です。特にDXや内製化の取り組みでは、守りを固めつつ、着実にステップを進める必要があります。
――攻めの情シスについてよく分かりました。それでは、情シスの攻めの施策を成功させるため秘訣(ひけつ)を教えてください。
田村氏: 私が「攻め」として一番重視しているのは、実はDXや内製化ではありません。PMO(プロジェクトマネジメントオフィス)です。
PMOはプロジェクト管理とプロジェクト推進に関わる役割で、守りから攻めに転換する上で重要な位置付けとなります。
私が望むのは情シスがインフラ担当だけでなく、プロジェクト推進の一端を担うPMOになることです。プロジェクトを進める際に一歩踏み込み、PMの補佐としてPMOを担ってほしい。情シスはプロジェクトがあれば必ず呼ばれるため、PMOのノウハウを蓄積できる唯一の部門なのです。その経験を生かし、プロジェクト管理や推進の専門家として成長すれば社内の信頼を獲得でき、結果としてさらに大きな役割を任されるようになります。
プロジェクト管理やファシリテーションのスキルが情シスに備われば、ITに限定されない課題やプロジェクトでも成果を出せるようになります。これこそが、情シスが守りから攻めに転換するための大きなのきっかけになると考えています。
――確かに、PMOのスキルがあれば、いざ攻めの業務に取り組む際に会社からの後押しも得られそうですね。では、具体的に情シスがPMOとして機能するためにはどのように変化すればよいのでしょうか。
田村氏: 私が実際に携わった60以上のプロジェクトから得た経験を基に、5つのステップを紹介します。
第1ステップは議事録を取ることです。議事録を取ることは、情シスが業務知識を習得する最初の一歩です。初めて参加するプロジェクトの会議では、業務用語や内容が理解できないことも多いでしょう。それでも、積極的に立候補して議事録を取るべきです。分からない箇所があれば後でユーザーに質問し、コミュニケーションを図ります。ユーザーとの関係性も深まり、以降のスムーズなやりとりにもつながります。
第2ステップは、議事録を基に次回の会議のアジェンダを作成することです。「次回の議題はこれで進めませんか」と提案することで、ユーザー側のPMや部門長とコミュニケーションが取れます。この積み重ねが信頼関係を構築する鍵です。
アジェンダ作成ができるようになったら、会議の進行役に挑戦します。これが第3ステップです。進行役をいきなり任されることはあまりないですが、議事録作成やアジェンダ準備の実績を積むことで、自然と進行役を任される流れが出来上がります。
第4ステップは課題管理です。議事録や会議進行を通じて業務理解が深まった段階で、課題管理に着手します。具体的には、プロジェクトで発生する個々の課題を整理し、優先順位を付けて解決策を決めます。これにより、情シスはさらに信頼を得られます。
第5ステップは進捗(しんちょく)管理です。単純そうに見える進捗管理が、実は最も難易度が高く最終段階のスキルと考えます。タスクやスケジュールの進捗状況を単に監視して「ユーザーのお尻をたたく」だけでは反発を招くからです。進捗が遅れている理由を業務知識を活用して深掘りし、ユーザーに寄り添うことが重要です。この段階に達するとPMOとしての役割を完全に確立できます。
――忙しい情シスはPMOに挑戦する余裕がないかもしれません。どうすればよいでしょうか?
田村氏: どの会社でも、いずれ基幹システムのリプレースや最適化のタイミングがあります。その時が最大のチャンスです。普段は守りの業務を担当していても、「インフラもやりますが、PMOも兼務させてください」と積極的に手を挙げてください。
プロジェクト計画書の体制図にはPMOとして自分の名前を入れてもらう。最初は議事録作成のような地道な作業かもしれませんが、業務知識やユーザー人脈を得られる絶好の機会です。そして、基幹システムのリプレースを通じてPMOスキルを磨けば、DXプロジェクトなどにも呼ばれるでしょう。
もちろん、全員にPMOを目指すことが向いているわけではありません。守りの業務を得意とし、そこに注力するのも一つの選択肢です。ただ、現状に不満がある若手などは「PMOをやりたい」と手を挙げてみましょう。PMOとして忙しくなることで、守りのタスクを周囲に徐々に移譲しながら、攻めの業務へシフトできます。
――情シスがPMOに挑戦するために、管理職が注意すべきことを教えてください。
管理職は守りと攻めのバランスを取るための組織設計を意識し、経営層への増員提案や予算拡大の承認を得ましょう。その際、「守りをおろそかにせず、守りをしっかり固めた上で攻めも実行する」という考えを示すことが重要です。守りの業務を効率化・省力化し、時間とリソースを捻出することで、攻めの業務に振り分ける基盤を作るべきです。
特に中堅・中小企業では、従業員の貴重な労力をノンコア業務に割くのはもったいないです。マニュアル化やアウトソーシングを進め、従業員がコア業務に専念できる体制を構築しましょう。短期間で実現するのは難しいかもしれませんが、長期的な視点で少しずつ進めていくべきです。最初は外部のコンサルタントや専門家を導入し、OJTでPMOのスキルをトランスファーするのも良い方法です。
一方で、情シスが「忙しい」「無理だ」と攻めを拒む姿勢を続けると、経営層や事業部門が独自にDX推進室やイノベーション部を立ち上げ、情シスが守りだけを担う立場に追いやられるリスクがあります。攻めのIT部門が情シスを無視して進めたところで、守りのシステムとうまく接続できません。そのためDXプロジェクトは失敗しやすくなり、会社として非効率的な取り組みになります。
――攻めの情シスに興味を持たれた方々へ向けたメッセージをお願いします。
田村氏: DXの成功には、基幹システムやデータに精通している情シスの協力が不可欠です。そのためにも、情シス部門が守りから攻めへのシフトを計画的に進め、経営層と連携して体制を整備することが重要です。情シスは企業の競争力を左右する非常に重要な存在です。DXや新しいサービスの実現においても、その中核を担うべきです。
情シスの役割は、ただの守りでは終わりません。プレッシャーも大きいですが、達成感や充実感も非常に大きい。会社の成長を支える柱として、その価値を最大限に発揮してほしいと思います。
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