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老舗の食品卸企業が生成AIで「人の判断」が必要な受注業務を自動化できた舞台裏

マツヤは生成AIとRPAを組み合わせて受注業務の省力化に成功した。どのような仕組みを構築したのか。

» 2025年05月08日 08時00分 公開
[平 行男, 溝田萌里合同会社スクライブ]

 西洋料理食材の企画、開発、製造、販売を手掛けるマツヤは、従業員数114人を擁する老舗の食品卸企業だ。同社は、RPA(Robotic Process Automation)でWeb注文データの基幹システム連携を自動化し、年間3276時間の効率化に成功した。しかし、注文書の商品名と自社商品マスタとの突合など「人でないと判断できない」業務が残されていたという。

 この課題を解決するため、AIエージェントのPoC(概念実証)を実施し、既存取引先からの注文書を100%の精度で判断できるようになった。どのような仕組みを構築したのか。

 マツヤの小嶋康之氏(システム管理部部長)と、ユーザックシステムの上野真裕氏(RPA商品戦略室長)が、受注業務における生成AIの活用について語った。

「3000時間削減」から「完全自動化」への挑戦

 食品業界では煩雑な受注業務の効率化が大きな課題だ。特に業務が集中する朝の受注処理を効率化したいというニーズが高い。

 食品業界においては、企業がさまざまな販売管理システムを利用していることで受発注手段が乱立している。EOSやEDIによる受注は自社の販売管理システムへ自動にデータを連携できるが、WebEDIやメール、FAXなどを介した注文は人手でデータを転記する必要があり、その工数が問題だ。

ユーザックシステム 上野真裕氏

 メールやFAXで届く注文書は形式が統一されておらず、商品名の表記揺れや略称の使用、備考欄への重要情報の記載の有無など、転記時の判断も複雑になる。「顧客が商品を正式名称ではなく略称で注文してくる」「温度帯やサイズ、倉庫指定などの確認」「注文単位と出荷単位の違い」など、取引先ごとの固有ルールや慣習も覚える必要がある。

 「受注業務は煩雑なので、覚えるのに3カ月〜半年ほどはかかります。そのため、属人化しやすい業務でもあります」と上野氏は説明する。長期雇用が前提ではなくなった今は、業務を覚えた頃に退職するケースも増え、ノウハウの共有が難しいと感じているという。

 マツヤでも同様の課題を抱えていた。同社は、ホテル向け購買サービス「IPORTER」や、企業間取引の電子化サービス「BtoBプラットフォーム」に加え、「その他」の手段で送られてくる発注書を販売管理システムへ手入力していた。「普段とは別の担当者が受注処理をした際に、誤受注が発生するケースがあり、属人化の解消と手作業の削減が急務となっていました」と小嶋氏は語る。

マツヤ 小嶋康之氏

 この課題に対し、まずはRPAを活用することにした。具体的には、ユーザックシステムが提供するRPAの「Autoジョブ名人」を使い、受発注業務の一部を自動化。現在は203個の自動化ワークフローが稼働し、年間3276時間分の作業を自動化できたという。

 一方で、商品コードの判別や納期設定など、人の判断を必要とする非定型業務は人手の作業として残っていた。

 「IPORTERからのデータを販売管理システムに連携する際は人の判断が必要で、完全な自動化が難しいと感じていました」(小嶋氏)

 そこでマツヤはさらなる効率化を目指し、2024年11月から受注AIエージェントのPoCをスタートした。

受注業務におけるデータ連携の難易度(出典:マツヤの講演資料)

生成AIで「人に判断を任せていた業務」を自動化

 ユーザックシステムの「受注AIエージェント」は、生成AIとRPAを組み合わせて受注業務を自動化するサービスだ。

 「RPAとAI-OCRの使用時は、例えばRPAによって注文書のデータを取得し、AI-OCRでテキスト化、さらにRPAでデータを変換し、販売管理システムへ転記、という異なるシステムをまたいだ複数のステップが必要でした。これに対し受注AIエージェントは、この一連のプロセスを単一のシステムで完結できます」(上野氏)

 AI-OCRはテキストの抽出に特化しており、「コード番号と商品名が合っているか」「文字が正しく認識されているか」などを人が確認する必要があった。

 一方、受注AIエージェントは、注文書に注文コードが記載されていなくても、販売管理システムのマスターデータを参照し、最適なコードを自動で割り出す。その後、人間が内容を確認して最終確定を行う。上野氏は、「新入社員が入力し、先輩がチェックする」イメージだとして、人間の判断をかなりの部分でAIが担える点を強調した。

受注AIエージェントによる運用イメージ(出典:マツヤの講演資料)

社内知識をAIに伝える「RAG」の活用で判断精度を向上

 受注AIエージェントの精度を高める重要な技術としてRAG(Retrieval-Augmented Generation)がある。社内情報や業務知識をAIが参照し、それを基に回答を生成する仕組みだ。「発注書に『最短』と書いている場合は、受注日+3日を納期とする」といった社内独自のルールなどもデータベースとして参照させられる。

 その他、AIが備考欄に書かれた特記事項を参照し、処理を実行する。商品名に表記のゆれや略称が含まれていても、受注AIエージェントが「意味的・文字列的な類似性」や「他の項目との関連性」などを基に判断し、適切な商品コードを自動で選び出す。

 システム全体の流れは、次の通りだ。まずFAXで受信した注文書は複合機でPDF化されて特定フォルダに格納される。Webやメールからのデータは「Autoジョブ名人」「Autoメール名人」が自動で収集する。

 これらの注文データを受注AIエージェントが分析し、学習済みの業務ルールや過去実績を基に、販売管理システムに入力するための受注データを生成する。ユーザーはそのデータを確認し、確定処理をするだけでよい。

マツヤでの検証で100%の精度を達成

 マツヤでの検証は3取引先の注文書16枚ずつ、計48パターンで実施した。特に商品情報と取引先情報の検索精度を中心に検証した。初期段階で86%だった一致率が、調整を重ねて最終的に100%の精度を達成した。

 検証対象には難度の高い帳票も含まれていた。「伝票番号と発注日、納品日が同一行に記載されている」「商品コードが複数行に分かれている」「商品名の欄にカテゴリー名しか記載がなく、具体的な商品名は備考欄に記載されている」など、従来のAI-OCRでは正確な認識が難しい帳票でも受注AIエージェントは商品マスターから最適な商品を選んで突合させた。

 小嶋氏は、「IPORTERとの連携が可能になったので、他のEDIにも適応できると思います。最終的には手書きFAX、メールも同じように処理できれば、朝の受注確認業務はさらに省力化できるでしょう」と展望を語った。

受注AIエージェントの検証結果(出典:マツヤの講演資料)

 上野氏はAI時代における人間の役割についてこう語った。

 「入力判断をAIで自動化することで、納期調整や在庫調整、欠品対応など、お客さまとのコミュニケーションが必要な判断業務に受注担当者のリソースを集中できます。AIによって全ての業務がなくなるわけではなく、役割分担が進むと考えています」

 さらに上野氏は、AI時代には「企業としての責任を果たす業務」がより重要になると指摘する。AIが判断した結果でも最終的な責任を負うのは人間であり、「AIがやったので」という言い訳は通用しない。適切な役割分担と責任の所在を明確にすることが重要になる。

 今回のPoCは、RPAと生成AIを組み合わせることで、これまで「人にしかできない」と諦められていた業務も自動化できることを示した事例といえる。

(出典:セミナー投影資料)

AIが当たり前になったときの仕事における人の役割(出典:マツヤの講演資料)

※本記事は、内田洋行が2025年3月11日〜3月23日に開催した「食品ITフェア2025 オンライン」内の事例講演の内容を編集部で再構成したものである。

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