ひとり情シス協会は「『ひとり情シス』のための基礎知識とスキル習得セミナー」を日本能率協会で開催した。セミナーの一部をまとめ、日本能率協会がひとり情シスの支援に動き出した理由を解説する。
一般社団法人 ひとり情シス協会(以下、ひとり情シス協会)は、企業のシステム管理・運用を“ひとり”で担う情報システム部門(以下、情シス)の担当者、通称「ひとり情シス」を支援している。
ひとり情シス協会の活動は、ひとり情シスの情報交換を目的にしたコミュニティーの運営や、ひとり情シスの実態などに関する各種調査の実施、ジュニアひとり情シスの育成といった市場開発など多岐にわたる。
多くの情シスがひとり情シス協会の支援を受け、得た知見を業務に役立てていると聞くが、詳細な協会の活動はベールに包まれている。そんな中、ひとり情シス協会は2023年6月7日、ひとり情シス大学1日コースである「『ひとり情シス』のための基礎知識とスキル習得セミナー」を日本能率協会で開催した。
キーマンズネットはメディアとして初めてひとり情シス大学への参加、取材が許可された。セミナーの一部をまとめ、一般社団法人日本能率協会(以下、日本能率協会)がひとり情シスの支援に動き出した理由を届ける。
情シスの業務は所属する企業のIT環境に大きく左右されるため、そのスキルには偏りが生じがちだ。そのため必要とする情報も人によって異なり、体系立った情シス向けのカリキュラムの制作には大きな苦労が伴う。そんな中、ひとり情シス協会は多くの情シスと議論を重ね、打合せや合宿も通してカリキュラムを完成させた。
今回の講師は、約200人が在籍する製造業の企業のひとり情シス、増山大輔氏が担った。増山氏は社内HPの管理から基幹システムの保守、運用、テレワーク環境の構築、クラウドの構築まで多岐にわたる業務を担当している。
従業員に反感を買わないシステム導入の方法やベンダー選定や見積もり依頼のコツなど、長年の経験を積んだからこそ得られる生の情報をベテラン情シスから聞いた。
増山氏は、社内のIT環境を「三現主義」で理解して整備することを推奨した。三現主義とは「現場」「現物」「現実」といった3つの「現」を重視し、現場で現物を観察して現実を認識した上で、問題の解決を図るという考えだ。
増山氏は「現場ではIT機器の意外な使い方をしていたり、情シスが認識していない機器が出てきたり、色々なことがあります。しかし人間関係ができていないとお互いに(ITに関する)相談はできないので、自分から積極的にコミュニケーションをとる必要があります」と語る。以降では、増山氏が語る社内コミュニケーションのコツを掘り下げる。
増山氏は、資産管理ツールの導入を例にシステム導入時のコミュニケーションについて語った。資産管理ツールを入れる際、「『何かあった時に調べるために全部の行動をサーバにログとして保管します』と従業員に伝えると、変な操作が7割ぐらい減りました」と、アナウンス次第で大きな効果を発揮できると語る。
しかし、それでも朝から晩まで問題行動をする従業員には直接注意をすることになる。その際は「強い口調で言わず、優しい口調で言うことが大切」と強調した。
「強い口調で全部言ってしまうと、『なんだあいつ』と反感を買ってしまいます。なので、ちょっとやらしいんですけど『いいんですよ私は。でも何かあってログ集計したとき、あなたの行動は目立ってしまいますよ』といったような言い方が大切です」(増山氏)
重要なのはツールを入れて一方的に管理することではなく、相手とコミュニケーションをとりながら正しい行動に導くことにある。ITに詳しくない人とコミュニケーションをする際はできるだけ専門用語を使わないなど、分かりやすく説明することが重要と続けた。
また増山氏は、従業員のITリテラシーについて「一律にリテラシーを向上することは望めない。リテラシーはバラバラだと諦めたら気持ちは楽になる」と笑う。リテラシーは簡単には上がらないため、根気強くアナウンスを続けることが重要とのことだ。
「(セキュリティ上)やっちゃいけないことは『やっちゃいけません』と何度も言うしかないです。オカンの気持ちになるしかない。『手を洗いなさい』と毎日言われたら洗うようになるじゃないですか。(中略)どうしてもこれだけやられては困るということは、うるさいと思われても言い続けるしかないです」(増山氏)
また、セキュリティの周知と同様一見手間がかかるヘルプデスクは、社内とコミュニケーションを深めるチャンスになると安直なアウトソーシングには懐疑的だ。「ヘルプデスクを通して情シスは知らなかったことを知ったり、相談にのって信頼関係を構築できたりする」と語る。
「信頼を積み重ねた上で、『こうしちゃダメです』ということや、『こういう理由でシステムを入れるんですよ』という話が通るようになります。『こいつの話を聞いても大丈夫か?』と思われている人に、いくら正論を言われても現場は聞かないです」(増山氏)
「リテラシーはバラバラだと諦めたら気持ちは楽になる」という発言に対して、参加者から笑いが起きた。同じような悩みを抱えていた人は、気持ちが楽になったのだろう。
ひとり情シスだからといって全ての仕事を抱え込む必要はない。社内、社外に頼れる人を用意することで業務の負荷を軽減できる。しかし、仮に社内に協力者いたとしても、ITに関する専門的な相談が難しいのは変わらない。そこで伴走者としてITベンダーが必要になる。
増山氏は、自社にとって適切なベンダーに仕事を依頼することは簡単ではないと述べる。
「会話の最中も客を"円マーク"としか見ていないベンダーもいます。大体そういう人は会話が噛み合わない」と語り、ベンダーを選定する際のコツを「お勧めのラーメン屋を聞いたときの会話」に例える。
「『味噌ラーメンが美味しい店はないですか?』と会話するとき、相手を円マークのように見ている人は『美味しい塩ラーメンがあるんですよ。塩ラーメンどうですか』と答えます。味噌ラーメンを食べたいという話なのに塩ラーメンの話しかしないんです。そういう(話が噛み合わない)ベンダーはもう2度と会わなくていい」
話を聞いていない企業に仕事を任せることで、打ち合わせと違うことや想定外の何かが発生したときに親身に対応してもらえない傾向があるという。長期的に良好な関係を維持できるベンダーなのかどうかを判断するための参考になる。
ベンダーへの見積もり依頼にもコツがあるという。まず重要なのは相見積もりで、複数社同時にまったく同じ条件で見積もりをとることだ。そして、ベンダーに「予算はいくらですか?」と聞かれても、絶対に予算を答えてはいけないと増山氏は強調する。
「今回の予算は1000万円ぐらいと言うと、大体1000万円で見積もりが出てきます。会社によっては1100万円くらいで、『ちょっと予算よりオーバーしてますけど、この100万円でこれだけ新しいことができます』と売り込んでくる。なので私は予算を言いません。『うちの会社はその都度予算を取る会社で、今回もらった案件を元に金額を出して社長に打診する仕組みです。お話させてもらった中でベストなご提案をいただけますか』と言うようにしています」(増山氏)
ひとり情シスは頼れる人が少ない中、懇意にしているベンダーに値下げ交渉するのは勇気が必要そうだ。しかし、長期間伴走するベンダーを見つける上で必要なコミュニケーションだ。
5時間に及ぶセミナーでは、ひとり情シスの抑えるべ基本的な知識から業務で役立つ応用スキルまで、幅広い内容が解説された。本稿では、「情シスの心得と必要なスキル」と題された章を一部抜粋して紹介した。増山氏の体験談を交えたエピソードに多くの参加者が強くうなずいて賛同しており、セミナー後アンケートでも高い満足度を示していた。
日本能率協会はどのような経緯でひとり情シスの支援に動き出したのだろうか。日本能率協会の佐藤 敦氏(事業推進グループ ものづくり支援第1チーム エキスパート)と楠見晴樹氏(事業推進グループ ものづくり支援第1チーム エキスパート)に話を聞いた。まず佐藤氏がひとり情シス向けのセミナーを考案したきっかけを語る。
「ひとりでマルチタスクで働いている人たちが企業を支えています。しかし少人数で回してる部門は、新しい人が入ってきても、先輩が仕事忙しくて仕事を教えられないという現状もあります。その部分の教育はありそうでなかったので、我々としてはフォローしていきたいと考えました」(佐藤氏)
また、楠見氏はバックオフィス業務をひとりで担う人が増えていること対して、「システム環境が改善されて業務が効率化されるにつれて、さまざまな業務の兼務が進んで、気付いたらひとりになっていたという背景も裏にはあるかもしれません」と考察する。
その結果、日本能率協会は『一人品証・品管のためのパワーアップセミナー』を開催し、研修を通してひとりや人数の少ない部門向けの研修にある程度の申し込みがくることが分かった。そして、日本能率協会の情報システム部も"ひとり"であることが共感につながり、ひとり情シス向けの研修を開催することになった。
「2022年の秋に大阪府工業協会さんで(ひとり情シス協会が)セミナーをやっていたのを知りました。そこでひとり情シス協会さんに、『東京の日本能率協会としてもやりたいです』という話をして今回の開催に至りました」(佐藤氏)
楠見氏は「スピンアウトもあるんじゃないでしょうか。プロジェクトマネジメントや業務フローの書き方などですね。ただ、情シスそれぞれの本当の悩みってなんだろうということを分からないといけませんね」と語った。
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