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CO2排出ゼロの新エネルギー「アンモニア発電」とは?

強い刺激臭を持つアンモニアが燃料の「アンモニア発電」はエネルギーに革命を起こすのか。次世代クリーンエネルギー最先端に迫る。

» 2014年12月17日 10時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

 今回のテーマは、CO2を排出しないアンモニアを利用した直接発電技術「アンモニア発電」だ。産業技術総合研究所(産総研)が世界で初めてアンモニアをガスタービンで燃焼させて発電に成功した。化石燃料や原子力への依存から脱却を目指す、低環境負荷の新エネルギー創出への現実的な第一歩だ。

「アンモニア発電」とは?

 食物に含まれるタンパク質などを微生物が分解する際に発生するアンモニア。アンモニア発電とは、この強い刺激臭を持つアンモニアを燃料とする発電技術のことだ。

 現在は、アンモニアを直接燃焼させる発電技術と、アンモニアの熱触媒接触分解反応と燃料電池を組み合わせた発電技術とが研究される。今回紹介するのは前者のアンモニアを燃焼させる技術だ。

 アンモニアは着火しにくく、燃焼速度も遅く、さらに燃焼時に有害なNOx(窒素酸化物)を発生するため、発電に用いる燃料としては不向きとみなされた。しかし2014年9月、産総研 再生可能エネルギー研究センター(福島県)の水素キャリアチーム、辻村拓研究チーム長、壹岐典彦研究チーム付および東北大学との共同研究チームが、定格出力50キロワットのガスタービン発電装置を用い、灯油とアンモニアを燃料にして、約40%の出力にあたる21キロワットの発電に成功した。

 灯油の約30%相当をアンモニアに置き換えて燃焼させたところ、灯油だけを用いた場合とほぼ同じ出力で発電でき、しかもアンモニアを燃焼させるときに排出される有害なNOx(窒素酸化物)を、やはりアンモニアを使用する触媒(脱硝装置)により10ppm未満にまで抑制することに成功し、環境基準に照らして十分低い環境負荷でのアンモニア発電に見通しが立った。これはアンモニアを利用したガスタービン発電として世界初の成果だ。

再生可能エネルギー研究センターに設置されたアンモニア発電設備 図1 再生可能エネルギー研究センターに設置されたアンモニア発電設備(出典:産総研)

アンモニア発電で何が実現するのか?

 アンモニア(NH3)は窒素と水素が結び付いた化合物だ。炭素を含まないので燃焼させてもCO2を放出せず、地球温暖化抑止に貢献するクリーンエネルギー源だ。これを燃料として用いるバスやトラック、実験用ロケットなどが古くは1940年代から研究されてきたが、アンモニアの燃焼に伴って排出されるNOx(窒素酸化物)が公害をまき散らす危険があることから、研究はずっと停滞していた。

 近年になって、効率よくNOxを窒素ガス(N2)と水(H2O)に還元する「尿素SCR技術」を利用した触媒が登場し、ディーゼルエンジン車の排気などを浄化できるようになった。これは尿素水を搭載して排気に噴射し、尿素が分解したアンモニアガスにNOxを化学反応させて還元する技術だ。

 このような触媒技術を利用すれば、アンモニアの直接燃焼で出るNOxも除去(脱硝という)できる。2013年には、イタリアのタイヤメーカーがトヨタGT86のカスタムモデルでガソリンとアンモニアのハイブリッド車を発表し、アンモニアを燃料とする新しい低環境負荷の自動車は既に手が届くところにある。

 脱硝技術を応用すれば、アンモニア発電プラントも環境負荷少なく稼働できるのではないか。その発想を具現化しようとしているのが、産総研などの共同研究チームだ。

 アンモニアは触媒上で水素ガスと窒素ガスに熱を加えて起きる化学反応(N2 + 3H2 → 2NH3)で合成できる。ガスの元になるのは天然ガスや石炭などだ。アンモニア合成にはエネルギーが必要だが、これに太陽熱などの再生可能エネルギーを用いれば、CO2の排出を伴わない合成が可能になる。

 アンモニアは20度の常温で液化(0.857MPa時)するため、液体として貯蔵や運搬が容易だ。また、既に工業的に広く利用される材料であるため、運搬や貯蔵に関するインフラが整っている。これを発電機の燃料として利用して、排出されるガス中のNOxを触媒で還元すれば、環境には窒素と水だけが放出されることになり、クリーンなエネルギー創出が実現するはずだ(図2)。

アンモニアの合成、貯蔵、発電、環境への還元のサイクル 図2 アンモニアの合成、貯蔵、発電、環境への還元のサイクル(出典:産総研)

世界初のアンモニア発電の仕組みは?

 再生可能エネルギー研究センターでの実証実験は、不慮の事故が起きないよう慎重に行われた。マイクロガスタービンは既存の設備を流用し、アンモニアなどが供給できるガス配管を追加した上、燃焼器を試作するなどの改修を施した。

 まずは灯油だけを供給してガスタービンを起動して発電を開始し、21キロワットで安定した発電ができたところで、気体燃料を供給するガス配管に窒素ーアンモニア混合ガスを供給してアンモニアの燃焼を開始した。

 ゆっくりと供給するアンモニアの割合を増やし、窒素の割合を減らすようにした。最終的に窒素供給を止め、灯油とアンモニアによる発電にもっていった。発電出力を変えないように徐々に灯油の割合を下げていくと、灯油の供給量を30%削減した状態でも21キロワットの出力が安定して維持できた。つまり、図3に見るように、アンモニアの燃焼量が増えて、灯油の流量を30%少なくしても、同じ発電出力を保てたというわけだ。

灯油とアンモニアの混焼実験の経過 図3 灯油とアンモニアの混焼実験の経過(出典:産総研)

 また、ガスタービンでの燃焼により生成したガスは、その先に設置されたNOx除去装置に導かれ、アンモニアを供給してNOxを還元した。アンモニアの濃度を上げるほどにNOx濃度は減少し、最終的には環境基準に見合う濃度にまで下げられた(図4)。

排気ガスに添加したアンモニアの効果 図4 排気ガスに添加したアンモニアの効果(出典:産総研)

 つまり、灯油を3割減らしてCO2排出を削減した上、NOxの排出も環境基準内に収めることに成功したことになる。研究チームは、既に次の実証実験に備えた設備を建築中で、12月中にはアンモニアだけを利用する発電実験が開始される予定だ。

 ただし、研究チームは必ずしもフルアンモニアでの発電だけを考えているわけではない。実験により、従来の燃料とアンモニアの混焼により、化石燃料の量が減らせることが分かっている。現在、最も高効率な天然ガスを用いたガスタービン発電の燃料の一部をアンモニアに替えることで、コストを抑えながらCO2排出も抑制することも視野に入った。

 アンモニアはやがて量産されるようになって低価格化することが見込まれてはいるものの、それでも天然ガスに比べて高価なものになるだろう。天然ガスをベースにしながら、アンモニアによって一部を代替することが、現実的な考え方かもしれない。

これからのアンモニアの役割とは?

 アンモニア発電は、内閣府「総合科学技術・イノベーション会議」が2014年に創設した「SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)」で重点課題とされた「エネルギーキャリア」研究開発計画の一部として推進されている研究分野だ。2013年から科学技術振興機構が実施していた「戦略的低炭素化技術開発(ALCA)」プロジェクトの同研究領域がSIPに引き継がれている。

 SIPの中でも、「エネルギーキャリア」は化石燃料や原子力に代わり、水素を活用する新しいエネルギーインフラを構築しようという遠大な未来図を掲げた野心的な試みだ。水素を利用する燃料電池や水素発電の低コストで高効率な実現を図っており、将来的には水素エネルギーを基盤にする「水素社会」の構築を見込み、東京オリンピックがある2020年までに一定の低コストな水素利用実証を図り、さらに2030年までに天然ガス発電と同等のコストでの水素発電を目指す。

 このプロジェクトのポイントは、扱いにくい水素をどのように貯蔵し、運搬するかと、水素利用をどう低コスト化するかだ。アンモニアは、このどちらの課題にも答えられる可能性を持つ。1つの窒素分子に3つの水素分子が結び付くアンモニアは、多くの水素を比較的安全に貯蔵し、運搬できるエネルギーキャリアでもある。

 アンモニアの他には、有機ハイドライド(メチルシクロヘキサンなど)がエネルギーキャリアとして有力な選択肢だが、こちらはまだ製造や利用の基盤ができていない。また、水素を液化して貯蔵し、運搬する選択肢もあるが、こちらは爆発性に配慮した取り扱いやマイナス253度の超低温での貯蔵や運搬といった技術的困難および利用ガイドラインの未整備が問題だ。

 SIPではこれら課題をクリアする研究が行われるので、やがては解決すると思われるが、アンモニアはそれよりも早くエネルギーキャリアとしての働きをしてくれそうだ。アンモニアにも毒性があり、悪臭、可燃性などもある劇物ではあるが、既に合成、貯蔵、運搬のインフラがあり、取り扱いのノウハウも蓄積されていることが大きな長所だ。

 なお、アンモニアを直接燃料として使う発電技術には、冒頭に記したように熱触媒接触分解反応と燃料電池を組み合わせた発電技術「アンモニア燃料電池発電」もある。こちらもSIPの研究課題とされ、アンモニア分解オートサーマル反応器を利用したアンモニアSOFC(固体酸化物型燃料電池)の設計試作、運転実証、システム最適化を目指した研究が進む。こちらも比較的早期の実現が期待される。

 エネルギーキャリアとしても、直接的、間接的な発電のための燃料としても、ますます重要性を増すアンモニアのこれからに注目したい。

関連するキーワード

SIP

 内閣府の「総合科学技術・イノベーション会議」が、府省・分野の枠を超えて予算を配分し、基礎研究から実用化、事業化までを見据え、制度改革を含めた取り組みを推進するプロジェクト。平成26年度の当初予算は500億円。「エネルギーキャリア」の他に「革新的燃焼技術」や「次世代パワーエレクトロニクス」など10の課題に20〜62億円の予算が割り振られた。

「アンモニア発電」との関連は?

 SIPの10の課題のうちの1つ「エネルギーキャリア」の中の研究開発計画の一部として「アンモニアを用いた高効率・低コストエネルギーキャリア製造・利用技術」が盛り込まれた。アンモニア発電はテーマの1つに挙げられた。エネルギーキャリア領域には当初予算約33億円が分配された。

アンモニア

 常温で加圧すると簡単に液体になる性質をもつ気体。動物の体内では有害なので尿として排出されるので、尿の臭いが「アンモニア臭」といわれることが多いが、高純度なアンモニアははるかに刺激臭が強く、吸引すると健康に害を及ぼす。

 可燃性があり、水溶液は塩基性。悪臭防止法に基づく特定悪臭物質であり、毒物および劇物取締法においては「劇物」とされる。燃焼するとNOxを生じる。一方、肥料や工業用の材料として広く利用され、製造や貯蔵、運搬、取り扱いについては注意は必要なものの、安全性を確保できるインフラやノウハウが整っている。

「アンモニア発電」との関連は?

 アンモニアは化学組成に炭素を含まないので燃焼してもCO2を発生しない。そのかわりNOxを排出するが、触媒によって無害化することが可能だ。また燃料電池の燃料として利用する場合は、窒素を水しか排出しない。

エネルギーキャリア

 エネルギーを運ぶものという意味だが、特に水素を貯蔵し、運搬するための材料のことを指すことが多い。アンモニアは窒素と水素からできており、多くの水素を液化アンモニアの形でコンパクトに貯蔵し、運搬できる典型的なエネルギーキャリアだ。同じように、有機ハイドライドは水素と有機分子が容易に結合し、解離できる物質で、こちらもエネルギーキャリアとして重要視される。

「アンモニア発電」との関連は?

 SIPの課題の1つである「エネルギーキャリア」研究開発計画の中の一部として位置付けられる。アンモニアはエネルギーキャリアであると同時に、そのものを燃焼させたり、触媒と反応させることにより、直接的あるいは間接的に発電に役立てられる。

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