耐震安全性向上と被災家屋の復旧早期化を目的とする「知能住宅」が登場した。産官学連携による建築物に対するIoT応用はいかに?
今回のテーマは、建築物へのIoT応用で耐震安全性向上と被災家屋の復旧活動を早期化することを目指した「知能住宅」だ。IoTは空調、照明、家電、省エネなどをテーマにしたスマートホームでの活用が期待されるが、肝心の家屋そのものの安全安心にも役立てようという試みだ。産官学連携により、地震国日本ならではのIoT活用技術の確立を目指す。しかし、災害時には電源も失われる可能性が高いが、どうするのだろうか。3つの技術が生かされる。
知能住宅は、建物自身が自分の「痛み」を訴えるように劣化や損傷の位置やレベルを建物から発するデータで診断し、迅速な補強や補修、復旧を行えるようにした住宅だ。現実にはまだ存在しないが、東京理科大学の学部学科連携チームと国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)、そして大分県国東市の地元建築業者との産官学連携プロジェクトで研究が進み、研究のテストベッドとなる施設建築が始まるところだ。
東日本大震災では多くの建物が被災したが、復旧事業を始めるまでに必要な損傷状態の確認のために約80日間もの時間を要した。熊本地震など他の災害でも同様に長期にわたる実地調査が必要だった。各建物の被災による損傷や劣化の度合いを正確に判断するのは困難で、被災地域が広いほど労力と時間がかかるのはやむを得ない。
しかし、一刻も早い復旧を望む被災住民には、復旧計画が具体的になるまでの期間ほどつらいものはない。そこで人が被災建物を調査する以外に、建物自身から現状のデータを発信し、センターで解析して被災度区分判定や緊急対応が必要な危険地域を割り出せないかと考えたのが知能住宅の発端だ。
これが実現すると、1件の建物の被災度判定までの時間を日単位から秒単位にまで短縮でき、広範囲の地域全体の復旧計画も精度高く、短期間で策定できることになる。損傷や劣化箇所まで特定できるようなら復旧工期の大幅短縮にも役立ちそうだ(図1)。
また、建物の倒壊可能性が高い地域への立ち入り制限、交通規制などが正確かつ迅速に行えることで、地域レベルでの安全確保にも役立てられる。
建築構造の研究者である伊藤拓海准教授(研究代表)は「震度観測や建物の揺れのデータなどから地震による被害を予測する研究は進んでいて、実験室レベルでは各種の測定機材を利用して集めたデータから建物の状態把握や安全性評価方法が確立されています。しかし実際の建物の状態測定を同じレベルで行うことは難しく、正確な予測はできません。被害予測の高精度化のためには、実際の建物の柱や筋交いなどの構造部材1つ1つのゆがみや損傷度合いをデータにして解析する必要があります」という。建物の各部のデータをセンシングし、そのデータを収集、集約することが欠かせないのだ。
一方で、スマートハウスの実用化においてはIoTの活用が注目され、家屋内の家電製品などからの情報発信と集約、分析、フィードバックが生活の安全や快適性を高めるとしてシステムの開発が盛んに行われる。センサーネットワークを基盤にしたIoTが、建築物の安全確保やメンテナンスにも有効と考えるのは自然なことだ。
図2に示すように、平常時には生活や防犯、防災、見守りなどにIoTを活用し、地震や空き巣狙いの侵入などの非常時には異常を通信によってセンターに知らせ、必要な対応を取る。
今後重視されるのは、地震災害による被害状況データをセンターに送り、復旧のための対策が迅速にとれるようにすることだ。この時、単に異常を知らせるのではなく、建物の被災状況をデータから解析し、被害の度合いも判断可能にするのがポイントだ。
災害時を想定すると、そもそも電源が失われた中でどうやってセンサーネットワークを稼働させるのかが1つの大きな問題だ。また、1つの建物の中でも膨大な量に上る構造部材の全てにセンサーを取り付けるのは現実的に不可能なので、最小限のセンサーでどのように劣化や損傷度合いを判定するかも同様に大きな課題になる。
伊藤氏はこれら課題をクリアできる技術開発のために、異分野の研究者との共同研究プロジェクトを約1年前に立ち上げた。幸い理科大には各分野のプロフェッショナルがそろう。伊藤氏の他、学部学科の異なる5人の研究者による共同研究チームが出来上がった。
さらに実験施設の建築と運用のために大分県国東市の協力を取り付け、同市の地元建築業者との協力体制も築いた。通信領域ではNICTとの連携体制も作り、産官学連携による共同研究プロジェクトがスタートした。
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