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わが社にAIを導入するには何をどうすれば良いですか? 「機械学習」の選び方、学習済みか自己学習か、内製か外注か

いろいろな企業がAIを活用して付加価値の高いた商品やサービスを開発し始めている。いまから、自社で機械学習を取り入れる際、何を検討すればよいだろうか。考えられる選択肢と判断基準を紹介する。

» 2017年05月29日 10時00分 公開
[吉村哲樹オフィスティーワイ]

 機械学習や深層学習を、多くの企業ではどのように活用しているのだろうか。本稿では、具体的な適用例に加え、具体的に試してみる際の勘所を紹介する。

機械学習、深層学習は一体どのような課題を解決できるのか?

 深層学習(ディープラーニング)の実用化を契機に、一気に盛り上がりを見せつつあるAIビジネス。世間ではGoogleのAIが最強クラスの囲碁棋士を破るなど、センセーショナルな話題が先行しているが、一方でビジネスの現場では具体的にどのようなAI活用法があるのか、早くも現実的な検討が始まっている。特に機械学習(マシンラーニング)と深層学習(ディープラーニング)は、これまでにない成果をビジネスにもたらす新技術として高い注目を集めている。

 その一方で、SF小説などに見られるような「何でもかなえてくれる魔法の箱」というイメージに引きずられ、AIに過大な期待を抱いてしまうケースも少なくない。実際には機械学習や深層学習は実用化がようやく始まったばかりの段階であり、特定の問題領域においては高い効果を発揮するものの、決してどんな課題も解決してくれる魔法の箱ではない。

 「機械学習ツールやサービスの種類と使いどころを整理する」で言及したように、いわゆるAIと呼ばれるものの中にも多様な実装があり、利用する際に必要な工数もカスタマイズの幅も多種多様だ。先進的な企業では既にこれらの違いを把握し、具体的な適用アイデアを持ち、検証を進めているのが現実だ。

 そこで本稿では、現時点でAIを活用して成果が既に上がっているあるいは成果が期待されているユースケースを幾つか紹介してみたい。特に、大掛かりで高額な仕掛けを用意する必要がなく、一般企業でも手軽に試すことができるクラウド型の機械学習サービスを使ったものを中心に挙げてみた。

学習済みの音声認識、画像認識サービスを組み合わせた例

 クラウド型機械学習サービスは、大きく分けて「学習済みサービス」と「自己学習サービス」の2種類に分かれる。前者は、クラウドベンダーが大量の学習データを使って学習モデルを構築したもので、汎用(はんよう)的な音声認識や画像認識などのサービスがすぐ利用可能な状態でユーザーに提供されている。

 一方の自己学習サービスは、機械学習フレームワークを使ってユーザーが自ら学習データを用意、投入して一から学習モデルを構築するというものだ(詳しくは「機械学習ツールやサービスの種類と使いどころを整理する」を参照)。

 前者の学習済みサービスを使った代表的なソリューション例としては、音声認識サービスや自然言語処理サービスを組み合わせた自動応答システムなどが挙げられる。例えばコールセンターにおいてユーザーからの問い合わせに応対する自動応答システムや、チャットサービス上でユーザーとのやりとりを自動的に行うチャットBOTなどの分野でAI技術の導入が進んでいる。

 近年では、これに顔認識の技術を組み合わせた自動受付システムなども実用化されつつある。例えばFIXERでは、ソフトバンクが開発・提供する人型ロボット「Pepper」と、さまざまな機械学習サービスを連携させることで、来訪者の顔を認識して音声で自動応対する受付システムを実現している。

図1 顔認識と自動音声応答や「次」の案内を行うデモ 図1 顔認識と自動音声応答や「次」の案内を行うデモ Microsoft Azure Machine LearningとPepperの組み合わせ

製造業における作業の自動化と「匠(たくみ)の技の継承」

 一方、自社に特有の問題領域の解決に機械学習を適用するには、汎用的な学習済みサービスだけでは十分な精度を得られないことも多い。

 例えば、機器のわずかな異音や振動から故障の予兆を検知したり、出荷品のほんのちょっとした傷を見分けるといった作業を自動化したりするには、それぞれの目的に沿った学習データを用意して専用の学習モデルを構築する必要も出てくるだろう。時系列データなどで統計的に導き出せるものも多くあると考えられるが、傷の有無や異常音の検出には、「認識」が必要なため、深層学習によって精度が高められるだろう。

 こうした作業はもともと、企業で長らく働くベテラン作業員の熟練の技と勘を頼りに行われてきたことが多かったが、今後少子高齢化が進むにつれ、「匠の技」が若い世代に受け継がれずに絶えてしまう恐れがある。その前にAI技術を使って匠(たくみ)の技を自動化し、技術の伝承を絶やさないようにしようという動きが製造業や農業などの分野を中心に徐々に広がりつつある。

医療分野における画像認識技術の応用

 医療や医薬もまた、機械学習や深層学習によるAI技術の進化に大きな期待を寄せている分野だ。例えば、深層学習によって飛躍的に精度を増した画像認識技術は、レントゲン写真やMRI画像のわずかな特徴から病理を見つけ出すことを可能にした。既に米国ではこうした技術を開発・提供するベンダーや、これを実際に導入する医療機関が出てきている。

 こうしたサービスが普及することで、従来は経験豊富な医師や技師でなければ見つけることができなかった病理やその兆候が、AIによって誰でも確実に見つけられるようになることが期待される他、これまで高度な治療を受けることができなかった地域や国でも、AIによって先進国並みの医療サービスが受けられるようになる可能性が開ける。

ファンド運用やFinTechにおける深層学習の応用

 現時点で最もAI技術の実用化が進んでいる業界の1つが、金融業界だ。投資判断にAIを活用する「AIファンド」はもう珍しい存在ではなくなり、中には全ての運用をAIに完全に任せる金融商品も登場してきている。

 例えば、AlpacaDBは株式取引に深層学習を応用、「チャートパターンを認識するAIを作成」し、それを投資アルゴリズムとして利用するサービスを展開しており、既に1万以上のアルゴリズムを提供している。自社で開発したチャートパターン認識エンジンを使ってサービスを提供している例だ。

機械学習サービスを選定する際のポイント

 ここまで見てきた例は、極めて高度な技術や膨大なコンピュータリソースを使って実現されているが、これらをサービスとして利用する動きが活発だ。前編で紹介した通り、現在、主要なクラウドベンダーはこぞって機械学習サービスの拡充に乗り出しており、自社の要件に合致するサービスを選ぶことができれば、比較的コストや手間を抑えながら機械学習導入の効果を確かめることができるだろう。

 では、自社ニーズに合致したサービスをどのように選べばいいのだろうか? 主要なクラウドベンダー各社のサービス提供状況については「機械学習ツールやサービスの種類と使いどころを整理する」で簡単に紹介しているので、そちらをぜひ参照されたい。以降では、数ある機械学習サービスの中から要件にマッチするものを選ぶための選定ポイントを幾つか挙げる。

適用対象の課題領域は既に特定されているか?

 機械学習を使って解決したい問題領域があらかじめ明確になっている場合、そしてそのために適用すべき技術がある程度絞り込めている場合は、サービス選定に当たってあまり迷うことはないだろう。しかし、現時点ではそこまで要件を具体的に絞り込めている企業は少なく、むしろ「AIを導入すれば何かいいことがあるのではないか?」「取りあえず機械学習がどんなものか試してみたい」といった企業が大多数ではないだろうか。

 この場合はまず、そもそも機械学習サービスでできることや、自社で機械学習サービスを適用可能な問題領域を特定するところから検討を始める必要がある。こうした検討をへた上で、初めて具体的な導入候補サービスが見えてくる。もしこうした取り組みをリードする人材が社内にいない場合は、外部のコンサルティングサービスを頼るのも手だ。

社内に相応のスキルを持つ技術者がいるか?

 機械学習の仕組みを実装するには、従来のシステムプログラミングとは異なるスキルセットが必要とされる。そうしたスキルを持つ技術者が社内にいれば理想的だが、実際にはまれだろう。そこで多くの場合は、機械学習サービスを使ったシステム設計・開発作業の多く(もしくは全て)を外部に委託することになる。

 近年、そうしたスキルやノウハウを売りにしたSI企業も増えてきたが、例えばAIのビジネス活用に関するコンサルティングから、実際に適用するサービスの選定、そして実装までをワンストップで提供するITベンダーも複数登場している。多くのベンダーは要件に応じて複数の技術を使いこなしているが、特定のクラウドサービスの知見に特化したベンダーも存在するので、実際の要件を元に複数の環境で検証してみるのも手だろう。

コストはどれだけ掛けられるか?

 コストの観点も、決して避けて通ることはできない。特に企業の経営層はAIに対して過大な期待を抱くことが多いため、あらかじめ投資対効果について現実的な数値を算出しておく方が無難だろう。

 またクラウド型の機械学習サービスは、自前でハードウェアやソフトウェアを導入する必要がないため、初期投資を比較的抑えてスモールスタートできる。多くの企業にとってまだAIは検証段階であることを考えると、クラウドサービスのコストメリットは高いといえる。ただし、クラウド上で構築した学習モデルをAPI化し、外部から呼び出して利用する場合、API呼び出しの回数に応じて課金されることが多い。利用形態によっては極めて高額な利用料が掛かることも想定されるため、検証段階からコストシミュレーションを慎重に行っておいた方がいいだろう。

 さらにベンダーによっては、AI関連サービスを本格利用する場合、ベンダーが提供するコンサルティングサービスの契約を必須としているところもある。これも場合によっては大きな出費となるため、あらかじめ契約内容を詳しく確認しておくべきだろう。

クラウド上の既存システムとの親和性

 「機械学習ツールやサービスの種類と使いどころを整理する」でも紹介した通り、現在クラウド型機械学習サービスの分野をリードしているのは、GoogleやMicrosoft、Amazon Web Services、IBMといった世界的な巨大ITベンダーだ。これらのベンダーが提供するクラウドサービスでは、AIに限らずさまざまなサービスを提供している。既に多くの企業がIaaS基盤としてはもちろんのこと、ストレージやデータベースのクラウドサービスなどを活用していることだろう。

 その場合、クラウドデータベースの環境と機械学習サービスの環境が同じクラウドサービス上に載っている方が、連携性やパフォーマンスの面で有利だといえる。そのため、既に導入済みのクラウドサービスとの親和性という観点から機械学習サービスを選定する手もある。

 ただし、データベースから頻繁に学習データを引き抜いて機械学習に繰り返し投入するような利用法では、場合によってはクラウドサービスの利用料金がかさむ可能性もあるため注意が必要だ。また、現在の各クラウドベンダーによるAI関連サービス開発合戦からは、ユーザーを自社クラウドサービスに囲い込むための「呼び水」としてAIを使いたいという意図も透けて見える。こうした動向も冷静に見極めた上で、長期的な観点からサービスを選ぶことをお勧めしたい。

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