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人工知能時代に人間が生み出せる価値とは ホロス未来会議2050発起人・服部桂氏に聞く

» 2017年10月12日 10時00分 公開
[相馬大輔RPA BANK]

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情報の処理と流通に激変をもたらし、「第3次産業革命」と称されたインターネットの登場から約20年。すでにネットは生活のすみずみまで浸透し、多くの産業のありようを一変させた。そして今、さらに進歩を加速させるテクノロジーによって、あらゆるモノがネットにつながり、集まる膨大な情報を人工知能(AI)が処理していく「第4次産業革命」の到来も現実味を増している。ロボットとの共生が進む中で、社会システムと人間の価値観は今後、根本的な変容を遂げることが確実視される。再び訪れる“革命”後の世界で、人は一体、いかなる価値を創出しうるのか。メディアの最前線を長年探究し、ベストセラーとなった『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』(ケヴィン・ケリー著)を翻訳、また未来予測イベント「ホロス未来会議2050」の発起人でもある服部桂氏に聞いた。

プロフィール

服部 桂(はっとり かつら)

1951年東京生まれ。1978年に朝日新聞社入社後、1987〜89年までMITメディアラボ客員研究員。科学部記者や「ASAHIパソコン」副編集長、「PASO」編集長などを経て、同社ジャーナリスト学校シニア研究員を最後に2016年フリーに。著書に『メディアの予言者』(廣済堂出版)、『人工現実感の世界』(工業調査会)『人工生命の世界』(オーム社)など。訳書にマルコフ『パソコン創世「第3の神話」』、スタンデージ『謎のチェス指し 人形「ターク」』、コープランド『チューリング』(以上NTT出版)、ケリー『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』(NHK出版)、『テクニウム』(みすず書房)など。


アナリストプロフィール

上松 恵理子(うえまつ えりこ):聞き手

武蔵野学院大学国際コミュニケーション学部准教授。博士(教育学)。現在、東洋大学非常勤講師、「教育における情報通信(ICT)の利活用促進をめざす議員連盟」有識者アドバイザー、総務省プログラミング教育推進事業会議委員、早稲田大学招聘研究員、国際大学GLOCOM客員研究員なども務める。著書に『小学校にプログラミングがやってきた!超入門編』(三省堂)など。


第3次産業革命(インターネット革命)のルーツ

−これまでジャーナリスト、研究者、また事業者として、様々なメディアに携わってこられました。そうした世界に身を置かれたきっかけから、まずお聞かせいただけますか。

もともと僕は映画や音楽が好きで、学生時代はジャズに夢中でした。大学は理工学部を選んだものの、本当に研究したかったのは言語学。そこでコンピューターを使って、万葉集を数理的に読み解きました。上代の日本語(注1)は母音が8つあったとされていて、消えた3種類がどういう音だったかという音楽的な興味もありつつ、8つそれぞれの出現確率を解析して謎解きをする論文をまとめて国語学会に提出しました。学部の先生には怒られましたけどね(笑)。そのころ出たばかりだったモーグのシンセサイザー(注2)にも興味を持ち、現代音楽もやっていました。

テクノロジーを使って言語・音楽を扱うこと、あるいは情報を伝える媒体そのものに興味があったんです。朝日新聞に入ったのは1978年。「記者になりたい」というより、いろんな情報の交差点に身を置きたかったという動機です。

いま振り返ると、当時は現在のような情報革命に至る揺籃期でしたね。入社の2年後、朝日新聞は有楽町から築地へ社屋を移したのを機に鉛活字ではなくコンピューターで版を組む(注3)ようになりました。そしてほどなく「通信とコンピューターの融合」が始まりました。当時使われた和製英語ですが、「ニューメディア」という言葉を覚えていますか?

−ええ。当時は「キャプテンシステム」(注4)などが注目されましたね。

そうです。ニューメディアは大まかに言って、光ファイバー網や人工衛星といった情報通信技術の事業化に向けた試みでした。情報通信という言葉はもともと、情報=コンピューターと通信=電話を融合した新しい分野を意味し、80年代に一般化した言葉です。

朝日新聞社の「ニューメディア本部」に配属された僕は当初、データベースサービスのようなサービスが情報通信で伸びると思っていました。その後、AT&T(注5)の「Net 1000」という、いまのインターネットのような情報通信のサービスを日本へ導入するプロジェクトに出向となり、英文のライセンス条項を読み込みつつ事業計画を立て、日本企業17社の代表としてニューヨークでの交渉に毎月出かけるという生活が3年半続きました。

当時こうしたプロジェクトが進められた背景には「中曽根民活」「レーガノミクス」という市場原理重視の政策、そして「日米貿易摩擦」がありました。日本は戦後しばらく、加入電話への需要にインフラ整備が追いつかず、専用線を持つ国鉄などを除いて電話とコンピューターをつなぐことができなかったのですが(みどりの窓口などが代表例)、70年代にOA化が進み、どうしても遠隔地へデータを送る必要が生じて対応する制度ができた。その後、電話の普及をほぼ終えたのを機に通信分野が民営化・自由化(注6)されました。一方アメリカは、家電や自動車といった製造業が日本との競争に敗れ、さらにスーパーコンピューターでも優位を脅かされていた。そこでコンピューターと通信との融合に活路を求めたところ、日本も追随したという流れです。

第4次産業革命で情報処理にかかるコストは0円に

−現在、情報通信の世界はIoTやAIなどの応用で急速に進化し、通信と放送の融合(注7)も実現に近づいています。こうした変化とビジネスとの関係を、ご自身の経験も踏まえてどうご覧になりますか。

戦後まずインフラの復興に取り組んだ日本社会は、やがて近代的な大量生産で広く・安く商品を供給することを通じて個人の楽しみを追求するようになりました。こうした合理化はある程度成功し、社会も豊かになってゆとりも生まれました。

しかし、今ではそうした次の段階として、多くのメーカーは既に大量生産から多品種少量生産にシフトし、個人の好みに合わせた「パーソナライズ」で高付加価値化を図っています。情報通信も「個別の好みで生きていく」というところに、どうアプローチするかがポイントだと思います。

ここで以前と大きく異なるのは、いまは「情報の流通を完全に支配するビジネスモデル」が構築しづらいという点で、その典型例がマスメディアの苦境です。

現場から情報を送る通信手段が希少で、記者クラブによって情報源へのアクセスを制限でき、発行するための輪転機や配送網が必要だった時代は、情報流通の最上流から最下流までを押さえた「新聞社」というビジネスが成功しましたが、いまはスマートフォンさえあれば、プロのジャーナリストでなくても現場の最新情報を発信でき、それをGoogle検索やSNSといったツールから直接無料で見られます。「フェイクニュースも容易に広まる」というデメリットはあるにせよ、ニュースの流通にかかるコストが、限りなくゼロに近づいてしまった。

それと同様に、将来的にはAIによる情報処理も、誰もがほぼ無料で利用できるようになるでしょう。AIを使ったビジネスを基本的なソリューションの提供だけで成立させるのは、おそらく難しいと思います。

「人間に潜在する非合理性」が価値を生む時代に

−ネット検索であらゆる知識が無料で得られ、情報処理能力に優れたAIが普及すると、人間の役割は、既存のアイデアを組み合わせたり新たな課題を発見したりすることに移るという見方も多いですよね。

そうですね。いままでは、意識的に論理立てて文章化できるような領域が「近代的」「合理的」ということで重視されてきましたが、これからはそういった能力を用いる仕事をコンピューターに任せていくようになります。ですから人間は論理的ではなく経験的で、より潜在的・非合理な部分をどう復活させていくかが重要になると思います。

その兆候が、すでにSNSで現れています。SNSがこれほど流行っているのは論理的な言葉のやりとりというよりも、画像や動画などを通じて感情を共有できるから。つまり、言語を持たなかった時代の狩猟民族が群れているのと、さほど変わらないのです(笑)。もともと「手計算の高速化」という合理的な目的を持って生み出されたコンピューターが進化の末に、非合理的な内容を含めたコミュニケーションのツールとして活用されているのです。

なのでAIの活用についても、コンピューターやITといった要素をいったん取り払い、忘れてしまってから考えたほうがよいと思います。

−まるで、昔に逆戻りするような未来像ですね。

ええ。20世紀的な発想の延長でいくと、人類の未来は一層合理的になっていくように思えるでしょうが、それはベーシックインカムに代表されるような、万人共通の基礎的な部分にとどまります。むしろ今後は、みんながめいめい勝手なことをできるようになり、実際にいろいろなビジネスも生まれるでしょう。個人の自由の解放、自分中心の生活感覚、もっと言えば人間中心の一見非合理な「天動説」的な世界観を、インターネットを通じて享受するようになるでしょう。

個々人が好き勝手をしても周囲に迷惑がかからない、しかも地球レベルで調和を維持するためのツールとして、コンピューターを使うようになるのです。ケヴィン・ケリー(注8)も「自分の生き方を大切にするため、あらゆるものにAIをつけろ」と主張しています。

−AIを活用したビジネスとして、具体的にはどのようなものが考えられますか。

マクルーハン(注9)の言葉そのものですが「自己の拡張」、つまりAIを使って、個人を身体的・精神的に拡張するサービスが有望だと思います。

例えば、何の分野でもプロになるには1万時間(注10)の練習が必要だと言われていますね。それが忙しくて難しいとき、ロボットが代わりにやってくれればうれしいでしょう。自分が「やりたい」と思っていること、さらに趣味嗜好まで知っているロボットがきちんと学習してくれる。それで自分が描きたかったような絵を描いてくれて、好みの味付けの料理を作ってくれたら、多くの人が喜んでお金を払うと思いますよ。

−私も喜んで払うかもしれません(笑)

かつてニューメディアと呼ばれたサービスは、結果的にほとんど成功しませんでした。国や大企業が「まず技術ありき」のトップダウン式に進めて、ユーザーのニーズを無視していたからです。

現在はスマホアプリにしても「きれいに見える」とか「かわいくなる」とか、使ったときの感情を高める部分にコンピューターの能力が投入され、ユーザーからのフィードバックを受けながら改良を重ねています。すでに消費者の立場は生産者よりも優位にあって、両者の連携はどんどん強化されている。ですからAIも“技術主導”となるのを避けて、多くの人の経験を集積したビッグデータの中からイノベーションを生み出していくのがよいのではないでしょうか。

−現場にこそ知がある。大事な考え方だと思います。今日は貴重なお話をありがとうございました。

注1:万葉仮名の分析から、奈良時代以前の「上代日本語」ではi・e・oの各母音が2種類に分かれていたとする「8母音説」が広く受け入れられている。

とされていて、消えた3種類がどういう音だったかという音楽的な興味もありつつ、8つそれぞれの出現確率を解析して謎解きをする論文をまとめて国語学会に提出しました。学部の先生には怒られましたけどね(笑)。そのころ出たばかりだったモーグのシンセサイザー

注2:米Moog Musicの製品はアナログシンセサイザーの代表格。冨田勲「月の光」、イエロー・マジック・オーケストラ「ライディーン」など著名な楽曲にも使われている。

にも興味を持ち、現代音楽もやっていました。

注3:朝日新聞社と日本アイ・ビー・エムが共同開発した、コンピューターによる新聞製作システム「NELSON」は1980年に稼働を開始して“脱活字”を実現した。システムの概要について、開発当時の論文がWeb上に公開されている。

ようになりました。そしてほどなく「通信とコンピューターの融合」が始まりました。当時使われた和製英語ですが、「ニューメディア」という言葉を覚えていますか?

注4:日本電信電話公社(電電公社、後のNTT)が1984年に開始し、2002年まで提供していたコンピューターネットワークのサービス。情報の発信側が登録に専用端末を用意するなど手間がかかること、情報の閲覧には電話料金とは別に高額な通信料金や情報料がかかったこと、深夜・早朝はサービスを停止したことなどから、より利便性が高く汎用的なインターネットの登場によって役割を終える形となった。

注5:電話の発明者、グラハム・ベルが1877年に設立した「ベル電話会社」を起源に持つAT&Tは米国の電話網と通信技術の開発、電話機製造などを長く独占。司法省から起こされた反トラスト訴訟を経て1984年に地域通信部門などを分割し、本体に残った長距離通信も自由化された。AT&T本体は、分離した地域通信部門の1社から2005年に買収され、買収側がAT&Tの名称を引き継いでいる。

注6:電電公社と、国際電信電話株式会社(KDD)による通信事業の独占を定めていた公衆電気通信法を廃止し、競争原理を導入する関連法が施行された1985年が、日本における「通信自由化」の年とされている。その後の経過について「通信自由化30年」の2015年に総務省がまとめた資料が公開されている。

注7:NHKは、2019年度中をめどに地上波の総合テレビとEテレについてインターネットを通じた常時同時配信を開始したいとの意向を2017年9月20日に開かれた総務省の検討会内で明らかにしている。

注8:ケヴィン・ケリー氏は1952年生まれの著述家・編集者。93年の創刊から99年まで雑誌「WIRED」の編集長を務め、サイバーカルチャーの論客として知られる。近著に2016年刊の「The Inevitable(邦題「〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則」)」など。

も「自分の生き方を大切にするため、あらゆるものにAIをつけろ」と主張しています。

注9:マーシャル・マクルーハン(1911〜1980)はカナダ出身の英文学者。メディアに関する先駆的な論考が世界的に注目された。著書に「メディアはマッサージである」「グーテンベルクの銀河系」など。

の言葉そのものですが「自己の拡張」、つまりAIを使って、個人を身体的・精神的に拡張するサービスが有望だと思います。

注10:いわゆる「1万時間の法則」は米国のジャーナリスト、マルコム・グラッドウェルが2008年に出版したベストセラー「Outliers(邦題「天才! 成功する人々の法則」)」で紹介され、広く知られるようになった。


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