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アンドロイドと共に生きる未来 ― “マツコロイドの父”・石黒浩氏に聞く

» 2017年11月28日 10時00分 公開
[相馬大輔RPA BANK]

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今後AI(人工知能)やロボットの普及が加速すると予想される中でも、人間の働き方や生き方がそのときどう変わるのか、リアルに予測できる識者は決して多くない。実在の人間にそっくりのロボット「ジェミノイド」を開発、自身の“分身”とともにメディアへ登場し、タレントのマツコ・デラックスさんをモデルにした「マツコロイド」の生みの親としても知られるロボット研究者・石黒浩氏は、「ロボットと人間が対面したとき何が起こるのか」を現在最もよく知る人物だ。いずれロボットと共生することとなる未来に、われわれはどう向き合うべきなのか。世界的な第一人者の知見を紹介する。

プロフィール

石黒 浩(いしぐろ ひろし、写真左)

大阪大学教授(栄誉教授)、工学博士。人間酷似型ロボット(アンドロイド)開発の第一人者として知られる。1963年滋賀県生まれ。山梨大学工学部卒業、同大学院修士課程修了、阪大大学院基礎工学研究科博士課程修了。現在、大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻の教授を務めるほか、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)フェローとして自律型対話アンドロイドおよび遠隔操作型アンドロイドの研究に携わる。著書に『人と芸術 とアンドロイド』(日本評論社)、『ロボットとは何か』(講談社)、『アンドロイドは人間になれるか』(文藝春秋)など。


アンドロイドとの共生が人を洗練させる

−堂々とした体躯を等身大で再現、なにげない仕草や肌の質感まで本人そっくりの「マツコロイド」がデビューしたのは3年前。美しい女性の顔立ちや声を人工的に合成した「ERICA」も、その存在感が世界的に注目(注1)されています。こうした精巧なロボットが、市場で市販される日はくるのでしょうか。

量産するかどうかでしょうね。マツコロイドの製作は完全なオーダーメイドで、フェラーリ1台ぶん(注2)くらいの費用がかかっています。これでは誰も手が届かないでしょう。すでに街中でよく見かける人型ロボットの「Pepper」は大衆車クラスの価格ですが、これも比較的小型でシンプルという以上に、量産されていることが大きいです(注3)。マツコロイドのような精巧なアンドロイドでも、たとえば10万台オーダーがあればちょっとした高級車くらいの値段で販売できます(注4)。マツコさんの等身大だと家に置くには大きすぎるけど(笑)、例えば「人気女優のアンドロイドと暮らす生活」というのは、近い将来できるかもしれません。

ちょうど今、AIと会話する「スマートスピーカー」が広まりだしていますね。現状では各社とも家電のような形状をしていますが、やはり話しかける相手というのは人間に近い見た目のほうが自然。そのうち「スマートスピーカー内蔵のアンドロイド」が登場することも十分考えられます。

―では「アンドロイドが一家に1台」という時代が来ますか?

それより企業が労働力として採り入れるほうが先でしょうね。大阪のデパートで2年前、2週間にわたり売り場に立ったアンドロイド「ミナミ」(注5)は、休みなく働けることもあって1日あたり人間の倍以上の接客をこなし、販売成績でも男性相手などでは人間の店員を上回っています。

アンケート調査によると、ロボットに接客された来店客のほうも「気兼ねなく断れるので、むしろ積極的に買い物できる」「お世辞を言わない気がして信頼できる」といった、人間の店員にないメリットを感じています。ですから、本気でロボットの導入を考えている経営者はかなり多いだろうと思います。

「教師」「通訳」としてもアンドロイドの採用が検討されています。人間は五感で得られた情報の中で足りないところを、他の感覚で補うようにできています。ですから、見た目が人間そっくりのアンドロイドが話せば、その内容が多少機械的だったとしても、なんとなく自然に聞こえるのです。

−人手不足が深刻化しています。街のあちこちでアンドロイドと会話する日常は、案外すぐ訪れるかもしれません。もしそうなったとき、われわれの生活にはどのような影響がありそうですか。

アンドロイドとの丁寧な言葉遣いの対話を通して,人間は今よりも整った言葉づかい、洗練された振る舞いをするようになっていく可能性があります.人がロボット相手に話すときだけでなく、人間同士で話すときも同じです。

スマートフォンの音声アシスタントなどがそうですが、現在のAIは人間のあいまいな話し方への理解がまだ不十分なので、あまり言葉を省略せず、はっきりした発音で話しかけないといけません。人の能力に近づく途上にあるロボットに対して、人間のほうが合わせてやるのできちんと話すということですが、いずれ、これとは逆の関係も出てきます。

どういうことかというと、ロボットの理解力や表現力がこの先十分発達すれば、そうしたロボットを応用する企業はビジネスですから、顧客である人間がもっとも心地よく感じる言葉づかいや身のこなしを研究してロボットを動かすようになります。人間が日常的にロボットとコミュニケーションをするようになれば、そうしたロボットの洗練された言動に知らず知らず影響されて、真似するようになっていくということです。

人間がロボットに近づくというのは意外かもしれませんが、これまでも近代国家では教育やマスメディアを通じた標準語の普及によって、人々の言動が平準化してきました。似たようなことが形を変えて起こるに過ぎないのです。方言のような文化的多様性をどう保つかといった問題も、引き続き考えていく必要があります。

「意識」を解明する鍵は「構成的アプローチ」

−石黒教授の学生時代のご専門は一種のAIで、画像に何が写っているかコンピューターに認識させる研究をなさっていたと聞きました。機械的なロボットへと研究対象を広げられたきっかけは何だったのですか。

画像を認識させる研究から、人工的な身体を持たせる研究に進んだのは単純な理由で「コンピューターを賢くしたかったから」です。

賢いとはどういうことか。パソコンを想像してみてください。“頭脳”である内部のCPU(中央演算装置)がどんなに高性能でも、ただポンと置いてあるパソコンを「賢い」と言う人はいないでしょう。画面に何か表示されたり、キーボードから打ち込んだ内容に反応したり、情報をやりとりする中で人間はコンピューターを賢いなと思う。

コンピューターの側にしても、たとえば椅子やソファー、ベンチなどの画像データだけでは、それらがすべて「座れるもの」であることが分かりません。賢くなるには実際の体験から試行錯誤を通じて学ぶことが大切で、そのための身体が必要になってくるんです。

なので現在も僕は、センサーやアクチュエーター(駆動装置)といった人工的に身体をつくるための工学的な領域と、認知科学や心理学、脳科学といった人間の知的能力に関わる領域を両方採り入れてロボットを開発しています。各分野を専門とする多くの研究者・専門家が加わったプロジェクトで、研究室の規模はおよそ50人から60人。世界中を見渡しても、こうした環境は他にほとんど例がありません。

−工業用のロボットアームなどではなく、一貫して人間の形をした、人間と関わるロボットの開発に注力なさっています。

もともと僕には「人間とは何か」という疑問がありました。生きている人間に対して実験できることは限られているし、人間だけを観察していても気づけないことが多い。人に似た姿のロボットを作って、それを人と関わらせる中で、根源的な問いに対する答を見いだそうとしてきたのが僕の研究だったように思います。

小さいころの僕は周りの大人によく「人の気持ちを考えなさい」と言われていましたが、「人」の「気持ち」を「考える」とは具体的にどういうことなのかが分からなかった。しかも、僕にそう言ってくる大人たちさえ、実は誰もよく分かっていない。そのことに高校生のとき気づいてショックを受けました。

大好きなカズオ・イシグロ(注6)は「大人になるということは折り合いをつけること」と言っていますが、僕はそんな大人になれないし、大人の社会を信用できない。だから一度も社会に出ることなく、幼いころからの疑問をそのまま研究しているんです。

いま興味の中心にあるのは工学と認知科学、特に「コンピューターに意識を持たせられるか」です。究極とまでは言えないにしてもかなり大きなテーマで、今後10年ほどかけて取り組んでいくことになると思っています。

さっきの「賢さ」と同様、意識を芽生えさせるには社会との接点、外部からの刺激が必要なので、コンピューターに意識を持たせる研究においても、アンドロイドのような人間に似たロボットが重要な役割を果たすでしょう。僕たちは「構成的アプローチ」と呼んでいますが、まずロボットを作って動かす中から仕組みや原理を見いだしていく研究手法は、ビジネスの実践に通じるものがあるかもしれませんね。

−「人間とは何か」という疑問は、少しずつ解決されてきたのですか。

いえ、むしろゴールはどんどん遠のいていきますね。「意識」は、僕がこれまで研究したことのある「感情」や「知能」よりも、さらに難しい。扉を開けたら、まったく新たなフィールドが広がっていたという感じです。

つかみどころのない、何が難しいのかも分からない状態から始まって、意識というものを理解する上で解くべき問題は徐々に見えだしてきました。それらを解明するまでに長い道のりが待っていることを悟ったという状況です。

人類は生涯の8割を学習に充てるようになる

−ロボットやAIを普及させていく上では、新たな働き手として期待する人がいる一方「仕事を奪われて人間の生存が脅かされる」と不安を抱く人もいます。

仕事を生きがいとする人が圧倒的に多かった従来の考え方を、まず変える必要があります。収入を得るための仕事と生きがいは、本来別のものであるはずです。

ロボットは人間の仕事をどんどん引き受けていくでしょうし、そのことを「仕事を奪われる」と心配する必要はありません。テクノロジーの発展で利益を上げる大企業がしっかり納税することが前提ですが、将来的に多くの人の最低限の生活は、ベーシックインカムでまかなわれるようになります。現在も義務教育は無償で、さらに高校授業料の無償化(注7)も進んでいます。これらも大まかに言えばベーシックインカムの仲間みたいなもので、生活保障だけをことさら否定する理由はありません。

進学率が年々上昇していることからも分かるとおり、人類が学習にかける時間の割合は増え続けています。それだけ勉強しなければ仕事に就けなくなっている(注8)ということで、文明の発展に伴って仕事は高度化、希少化してきているのです。いずれ人類は生涯の8割を学習に充てるようになると僕は予想しています。

それにあなた、スマートフォン使ってますか? 「AIに仕事を奪われる」といった脅威論にもし固執するのなら、今すぐスマホを捨てるべきですよ。だって、悪魔の子どもを手の中で育てているようなもの(注9)でしょう。

人間はいつでもスマホの電源を切ることができるし、使わないでいることもできます。でも便利なので、多くの人はもう手放せなくなっている。新しい便利な技術を、人々は最初のうちこそ警戒しながら、結局すべて受け入れて現在に至ります。AIも100%同じ道をたどるでしょう。

−人間は必ずしも仕事をしなくてよくなっていく一方、生涯学び続けることになるということですか。

ええ。より高度で便利になっていくテクノロジーを享受するだけの人生もありえますが、社会で有利に生きようとするならば、新たなロボットやプログラムを生み出して発展をリードする側に回らなくてはなりませんから、現在以上に勉強することを求められるでしょう。働く人がキャリアの途中で学校に行き直すことも増えるでしょうね。

学ぶ内容も、さまざまな分野で創造性に資するようなものへと多様化していくと思います。クリエイティブな能力が大切といっても知識の習得が必要なくなるのではなく、より深いものが求められるようになる。「意識」という言葉は誰でも知っているのに、意識とは何なのか、自信を持って説明できる人はほとんどいない(注10)でしょう。そうした不足を埋めていくのです。

ただ、既存の知識を保存しておいたり、それらに基づく作業をさせたりするだけならコンピューターのほうが早くて確実なので、人間が単純に知識を多く持っている必要はなくなります。それよりも予測できないことに対処するほうが難しいし、人間は常に予測できない行動を取りますから、人間を相手にする研究がいちばん大変だと思います。

ですから今後は、国家試験でもスマホの持ち込みが可能になるかもしれません。学問分野を大学の学部別でいえば、現在は医学部や法学部の偏差値が高いですが、50年後には教育学部が最難関になっているかもしれません。

−「いかに働くか」から「いかに学ぶか」へ、人生観を変えるべき時期なのかもしれません。

学ぶ中から新たな知識や価値を生み出し、それらを共有することに重きを置く世の中は、日々労働に追われる社会よりも人間らしいと思います。学び続け、考え続ける限り、人間は他の動物とも、またロボットとも違う存在でいられると思います。

囲碁でAIに負けた(注11)からといって、人間の頭脳があらゆる領域でコンピューターに劣るわけではないし、もっと言えば「人間がロボットよりも優れていなければならない」という思い込みは捨てたほうがいい。AIにどんどん進化してもらって、人間はスマホから完璧な知識を得られればよいのです。もし必要であれば脳にコンピューターチップを埋め込んでいいのだし、それは例えば、近視の人がコンタクトレンズを使うのと変わらないのです。

人間には、自ら生み出した技術によって進化してきたという歴史があり、これから大きく進化する技術のひとつがロボットです。「人間とロボットに本質的な差はない」と捉えられれば、人間は今後も進化を続けられるでしょう。心配することは何もないと思います。

注1:ERICAを撮影したフィンランドの女性写真家マイヤ・タンミ氏がイギリスの国立肖像画美術館主催の肖像写真展に出品したことを「ニューヨーク・タイムズ」が報道。この写真は2017年の同展で3位を獲得した。

注2:国内で販売されるフェラーリの新車時価格は、おおむね3,000万円前後。

注3:Pepperを初回購入した場合、購入後36カ月目までの費用は消費税込みでおよそ117万円。「トヨタ カローラ アクシオ」最廉価モデルの税込み価格は、およそ153万円。

注4:「メルセデス・ベンツ Cクラス」「BMW 3 シリーズ」の車両本体価格は、おおむね500万円前後。

注5:当時の模様がYouTubeで公開されている。

注6:2017年にノーベル文学賞を受賞した小説家のカズオ・イシグロ氏は11年にテレビ番組で生物学者の福岡伸一氏と対談。「子ども時代、大人に守られていた私たちは長じるにつれて世界が親切な場所でないことを知る。死のような悪い事実については口先だけで語り、心底理解しないまま実際に遭遇する。大人になる過程とは、そうした自分の至らなさを認めて赦し、完璧を求めず、世の中と折り合いをつけることだ」と述べている。

注7:日本の高校授業料無償化は2010年度に開始し、公立・私立の取り扱いや所得制限などの変遷を経て現在も見直しが進んでいる。主要先進国においては、高校の授業料を徴収しない国が圧倒的多数を占める。

注8:経済学者のピーター・ドラッカーは1969年の著書「断絶の時代」で、生理的には成熟しているのに半人前の行動を強いられる青年期の問題点を指摘。背景には産業革命による都市中産階級の出現と、それに伴う学校教育の長期化があるとし、在学中に社会経験を積んだり、就職後学校に戻ったりといった選択肢の必要性を説いた。

注9:スマートフォン使用時に送信されるデータは、さまざまな形でAIの開発に役立てられている。Googleは、騒音の多い屋外でスマホユーザーが音声入力を使ったデータをもとに音声認識の精度を向上。このほどスマートスピーカーを発売したLINEは、蓄積されたメッセージアプリの利用データを参考にAIと人間のコミュニケーションを向上させていく方針を明かしている。

注10:「広辞苑 第六版」では、意識を「今していることが自分で分かっている状態」と定義。その位置づけについて、デカルトやカントなどの超越論的哲学と、唯物論的哲学との間で見解が異なることにも触れている。

注11:中国の柯潔九段らに全勝した囲碁AI「AlphaGo」は、人間の高段者が残した棋譜データを参考としていたが、2017年10月に発表された最新版の「AlphaGo Zero」は棋譜を一切参照せず、囲碁の基本ルールを覚えさせただけのAI同士が対戦を重ねることで学習。自己対戦開始から40日後には、柯潔九段らに勝利したバージョンとの対局で100戦中89勝を記録しているという。


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