働きがいのある職場を作り上げ、業績も伸ばした企業が実施したのは、年単位の人事評価の廃止だった。なぜ、うまくいくのか。
前回「働き方改革をしても『ぬるま湯職場』ができるだけ? 『働きがい』を考える」はGPTWジャパン代表 岡元 利奈子氏の講演から、従業員、マネジメントの双方から見て働きがいのある企業風土を醸成するためのヒントを見てきた。本稿では、引き続きイベント「Cisco Collaboration Summit 2018」(4月11日、主催:シスコシステムズ)の基調講演を基に、働きがいと働き方改革について考えていく。今回は「働きがいのある会社」ランキング(大企業部門)1位のシスコシステムズにおける働き方改革のポイントを見ていく。
演壇に立ったシスコシステムズ 社長 鈴木みゆき氏は同社の「働き方改革」を3つのポイントで紹介した。
中でも特に注目したいのは、(2)に伴う施策の中で、年単位の人事評価を廃止した点だ。年次の評価制度を廃止したにもかかわらず、独自の施策を次々と実施、米国本社も目を見張るほどの成果を上げている。以降では、鈴木氏の講演からおのおのの施策を見ていこう。
鈴木氏は「世界中の7万以上の社員が意見やアイデアを出し合ってコラボレーションすることでイノベーションを実現できると確信している」と語る。
企業文化醸成には何よりも全員が共通の価値観を持つことが大事だと説く。しかし7万人に共通の価値観はどのように作り上げればいいのか。
そのための取り組みの1つが、同社のビジョンや戦略、行動指針が記されたカード(図1)を全社員が日常的に携帯するルールだ。
役員や管理職にもワークショップを介して価値観の浸透を図るとともに、会議や懇談会、パーティのように「社員が集まる場」を設けているという。
共通の価値観を展開すると聞くと、画一的な企業風土を想起してしまうが、同社ではその逆に「多様性」を重視しているという。「インクルージョン&コラボレーション」と呼ぶ全社的なプログラムを推進している(図2)。
インクルージョンとは、お互いの違いを認め合う「ダイバーシティ」の立場をさらに進めた「お互いの違いを積極的に受容し合う」考え方である。これにコラボレーションを加えて、異なる価値観を社員が受け入れ合う中で協業し、新しいイノベーションを生み出していく。女性社員、若手社員、障がい者、LGBTなどへの理解を重点テーマに置き、社長直属の役員による部門横断的なリーダーシップのもと、社員がボランティア参加の社員が現場の自主性を最大限尊重しながら施策を実行している。
シスコシステムズでは、2014年から新たに「People Deal」という人事評価のフレームワークを導入した。これは「『会社が社員に提供するもの』と『会社が社員に期待すること』を明確にし、会社と社員が相互にコミットできる形でビジネス成長と社員の自己実現を両立、最大化していこう」という考え方に基づく。
従来は社員個人が目標を設定、上司面談を行い、年度末に業績評価を行っていたが、「People Deal」導入に伴い、年単位での評価を一切廃止した。それに代わり、オンラインツールを利用して上司と社員との対話制度を導入、毎週社員の仕事の進捗(しんちょく)や悩み、中長期のキャリアビジョンについて上司と社員が率直に会話する機会を設けているという。
鈴木氏は「当社は日本発のイノベーションや独自の経営変革を強力に推進してきたが、その方針のもとになったのが社員の参画による会社の成長戦略」だとし、その例として中堅中小企業に好評の「Cisco Start」ブランド/製品のポートフォリオを挙げた。これは同氏の社長就任後に組織した部門横断的な若手中心の戦略タスクチームで発案されたものだ。
他にも、製造業、観光業、スポーツ関連などで日本の企業や自治体などとの連携を強めている。これらの活動の成果はグローバルでも認められており、社内で2017年に「ベストカントリー」に認定された。
現場の情報を引き出し、部門横断組織による新しい提案を受け入れる組織体制を構築できた秘訣(ひけつ)として、鈴木氏は「成功体験よりも失敗体験の共有が改善や次の成功につながる」と自身の経験から得た実感を語った。
同社は2001年の時点で既に在宅勤務の規定を定めていたが、2008年にはこれを一気に拡大、全社員にテレワークを推奨することを決めた。現在では、ほぼ全ての社員が日常的にテレワークを行っている。今後、最新コラボレーション技術を導入して本社オフィスを刷新する計画もある。「当社自身の働き方改革を一層進化させて、皆さまにご覧いただきたい」(鈴木氏)との考えだ。
鈴木氏がこれらの抱負と併せて、「働き方改革そのものはITツール導入だけでは実現しない。情報を共有する企業文化、風通しのよい成長支援プロセスとの一体化が必要」と明言、自社で実践の経験からツールへの過度な期待にはしっかりとくぎを刺したのは印象的だ。
ツールの利用はもちろんだが、利用を通じて実現したいものを明確化するプロセスそのもののショーケースとして、同社の取り組みは参考になるだろう。
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