Googleも活用する目標管理の仕組み「OKR」をSansanが採用した。さらにOKRの仕組みを最大限に生かすツールの活用も進めている。急成長する同社を支える仕組みだというが、その効果とは?
全従業員が顔を合わせて働く小規模な企業なら、組織との一体感は得やすい。また、従業員と組織との間に方向性の違いが生じても、すぐに対策が打てるだろう。ところが、企業規模が拡大して従業員数が増えると、組織と個人の目指すべきものをすり合わせることは難しい。
名刺サービスを契機に急成長を遂げているSansanもこうした課題を抱えていた。全社のミッション達成に向けて従業員が尽力する社風がある一方で、自分のやるべきことが会社のミッションに貢献しているのか分からずエンジニアから「これは何のために作っているのか」という疑問が上がることもあったという。
同社では、この問題に対処すべく「OKR」という仕組みを採用した。OKRとは「Objectives and Key Results」の略で、Objective(目的=なりたい姿や目指すべきゴール)と、それを実現するためのKey Results(カギとなる結果=目的実現の達成度を測る指標など)を決めることで、各社員が取り組むべきことを明確にする考え方のこと。Googleも採用する目標管理フレームワークだ。
さらにOKRの仕組みを最大限に生かすツールの活用も進めている。今回はSansanの導入事例を通じ、OKRの効果を探ってみよう。急成長中の企業の従業員が、どのような目標を掲げているか、どのようなツールで意識を共有しているのか。
Sansanは、名刺情報をデータベース化して営業活動や人脈構築などに役立てるクラウドサービスを展開する企業だ。法人向けサービスの「Sansan」と個人向けの「Eight」は認知度が高く、読者の中にも利用している人が多いだろう。前者のSansanに関しては、2018年の6月時点で導入企業が7000社を突破し、2年後には1万社という目標を掲げる。設立は2007年だが、現在の従業員数はすでに約400人。その成長ぶりは、目を見張るほどだ。
同社が掲げるミッションは、「ビジネスの出会いを資産に変え、働き方を革新する」というもの。名刺管理サービスを通じて人と人がつながりやすくなる仕組みを提供し、出会うべき人が出会う世界を作るという方針を打ち出す。
「企業のミッションを達成するためにはどうすべきかを全社員が考え、一丸となって行動する風土が根付いています」と語るのは、Vice President of Engineering(マネジメント責任者)を務める宍倉功一氏だ。
「当社はいわば『ミッションドリブンな組織』。社員全員が、ミッションを果たそうという意識が高い企業です。個人が目指すべき目標をより明確にするため、当社では以前、『MBO(Management by Object)』という手法を取り入れました。これはメンバーごとに個人目標を設定し、達成度を自ら管理することで組織全体の成果を高めようとする方法です。ところが、個人の実績を数字で測りやすい営業部門では有効に作用する一方、エンジニアやデザイナーなど、チームでものづくりに取り組む部署には合わず、納得感が得られないという意見が多く出たのです。そこで2015年ごろから、OKRへの切り替えを図りました」(宍倉功一氏)
OKRは、最初に企業が目指すべき「Objective」(以下、単に「目標」と呼ぶ)を定め、さらに、部門ごとの目標へと細分化する。そして、それらの達成を目指す際に指標となる「Key Results」(以下「キーリザルト」)を設定して進捗状況を管理することで、企業のパフォーマンスを高めようとする考え方だ(図1)。各部門、あるいは個人の目標が、会社全体の目標とリンクする仕組みだといえる。
もともと「ミッションドリブンな組織」だったSansanにとって、全社のミッションを各部門に落とし込んでいくOKRの考え方は親しみやすかったのだろう。それが、SansanがMBOからOKRに切り替えた理由だった。
ところが、OKRの導入は決してスムーズには進まなかった。壁として立ちはだかっていたのが、目標やキーリザルトを共有するための工数だ。
当初は、決定した目標やキーリザルトをパワーポイントで図表化して共有した。キーリザルトの進捗状況はスプレッドシートで管理していた。バラバラなツールを使っていたために利便性は高くなく、社員にもなかなか浸透しなかったという。そのためか、同じ目標を社員全員で共有できているという実感も薄かった。
ターニングポイントが訪れたのは、2017年末のこと。Resilyが提供するクラウドOKRサービスの「Resily」を導入したことで、状況は劇的に変わったのだ。
Resilyは、OKRを実現するために開発されたツールだ。全社や部門などの目標や(図2)、それにひも付くキーリザルトを簡単に設定可能(図3)。さらに、「全社」「部門」「個人」それぞれの目標とキーリザルトを、ツリー状に表示できる(図4)。ツリー状に関連づけられた目標やキーリザルトを見れば、個人や部門がどのような役割を果たせば全社のミッション達成に貢献できるか、すぐに分かるのだ。
また、ホーム画面には、達成の進捗状況を示す円グラフが表示されていて、現状を確認したり、その四半期の状況を振り返ったりする際にも便利だ。進捗状況は数値とともに、「達成の自信度」の度合いによって3色の信号で表現され、計画変更やテコ入れが必要な部分も一目で分かる。
キーリザルトに対して具体的にどのようなアクションを取ったのかを記録し、ログから確認することもできる。「別のやり方で業務を進めたら、どの程度の改善が期待できたか」などの振り返りをすることも可能だという。
Sansanでは、OKRを四半期に1度のペースで設定する。まずは、代表取締役社長の寺田親弘氏をはじめとした役員が全社の目標を決定。それを、事業部リーダーなどが集まる会議で、事業部ごとの目標とキーリザルトに細分化する。さらに、リーダーが自チームのメンバーとコミュニケーションをとりながら、チームの目標とキーリザルトを決めていく仕組みだ。つまり、OKRの設定は「全社」「事業部」「チーム」の3段階で成り立つ。
「取締役社長が全社のOKRの策定を始めるのは、新四半期の前月第1週くらいです。そして第2週には全社、そして事業部のOKRがおおよそ固まります。そして3週目にはチームごとのOKRが決まっているので、次の四半期が始まるときには全員が新たなOKRのもと、スタートダッシュできるようになっています」(宍倉氏)
同社では、具体的にどのような目標やキーリザルトを設定するのだろうか。例えば、開発に関わる事業部で『テスト効率のアップ』という目標を立てた場合、その達成度を測る指標として『バグの発生率を○%以下に抑える』などのキーリザルトを設定する。設定する目標は、簡単に達成できるようなレベルにしないことがポイントだと宍倉氏は話す。
「目標は、従業員にとって挑戦しがいがあり、ワクワクできるようなものでなければなりません。そのためには、目標の表現を工夫することも大事です。例えば、インド関連の事業を手掛ける部門では、『インド人もビックリのサービス品質を目指す!』という目標を立てていましたね」(宍倉氏)
一方、それを達成するためのキーリザルトは、できるだけ定量的で具体的なものに設定する。こちらも「野心的な数値」にすることが重要だが、キーリザルトはノルマではないということに留意しなければならない。
「キーリザルトは、60〜70%程度の達成率でも十分に満足すべきものです。それが社員に十分伝わっていないと、『仕事で成果を出せていないのだろうか』と自信を失わせることにもつながりかねません。その点は、コミュニケーションをとり認識差異がないことを確認する必要があるでしょう」(宍倉氏)
Resilyを導入し、OKRの仕組みを最大限に生かせるようになった同社。宍倉氏によれば、OKRによって2つの効果が得られたという。
企業規模が大きくなると、企業と従業員との間に方向性のズレが生じやすくなる。また、自分の仕事が会社のミッション達成に貢献しているのか分からず、悩む従業員も増えがちだ。しかし、OKRを導入すれば、自分の目標と全社の目標がつながっていることが可視化される。同社には、Sansanのミッションに共感して入社を決めた従業員が多く、彼らにとって、全社のミッションに貢献している実感が得られやすいことがモチベーションアップにつながるという。
また、会社の目指す方向を全社員が共有できている点も大きな成果だという。
「以前は、エンジニアから『このプロダクトは何のために作っているのですか?』と聞かれるケースがありました。エンジニアは価値の高いプロダクトを作りたいと願うものですが、会社がどのような価値を実現したいのかが分からなければ、どのようなアイデアを出し、プロダクトにどのような付加価値を与えればよいのか迷ってしまいます。しかし、Resilyによって全社のミッションが広く共有されるようになると、円滑なコミュニケーションが進み、こうした質問を受けることはなくなりました。それだけ、各メンバーに全社の方向性が共有されたということでしょう」(宍倉氏)
著しい成長を遂げるSansanでは、変化のスピードも速く、現場では素早い対応を求められるケースが多い。
「例えば開発現場で、ある取り組みを進めているものの、2週間たっても思わしい結果が得られないと仮定します。この時点で、もし部門のリーダーや経営層に判断を仰いでからアクションを起こせば、方向転換のタイミングが遅れてしまうでしょう。一方、OKRによって現場がとるべき方針がある程度決まっていれば、現場が迷わず行動を起こせます。その結果、新たな局面においてもいち早く対応できます」(宍倉氏)
モチベーションアップと、各部門のセルフディレクション。OKRがもたらす効果は、この2つに集約されるというわけだ。
Resilyを導入した当初、Sansanでは全社のOKRの目標とキーリザルトを決めるため、1泊2日の合宿を行っていた。しかし、時間内には終わらず、別の日に追加の会議を開いたという。ところが、直近では1日の会議でOKRを決めることができた。
「OKRの設計にかかる時間は、以前に比べると半分以下になったという感触です。私たちがResilyの使い方に慣れたという理由もあるでしょう。ただ、それ以上に大きいのは、Resilyで全社のミッションや、各部門の状況を普段から共有化できていること。以前、全社のOKR決定会議では、最初に情報共有の時間が必要でしたが、今ではいきなり本題に入ることができるのです。次の四半期では、OKRの設計時間はさらに短くなるのではないでしょうか」(宍倉氏)
3カ月に1度のペースでOKRを決め直すのが、一般的なルールだ。Sansanでも、そのペースでOKRを策定している。ただし、組織の規模や市場などの条件に合わせ、期間を調整するのは悪いことではないと宍倉氏は考える。
「例えば、Eight事業部には、約100人が所属しています。このくらいの規模感なら、3カ月という期間はちょうどよいと感じますね。ただ、基礎開発など特定のプロダクトにじっくり取り組むような部門なら、6カ月に1度OKRを決めるペースでも構わないかもしれません。逆に、変化の激しい市場でスモールビジネスを立ち上げるようなケースなら、1カ月に1度OKRを決めるという手もあるでしょう。目指すものによって、柔軟に対応すべきですね」(宍倉氏)
Resilyは、社内コミュニケーションの難易度が高まる大企業で効力を発揮する。ただし、小規模な企業でも十分に機能するというのが宍倉氏の見たてだ。
「社員数が10人を超えると、2チームに分けて運用する方が効率化できます。そういう意味では、従業員数が10人を超え、社内に2部門以上が存在する企業であれば、Resilyを導入する意味があるのではないでしょうか」(宍倉氏)
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