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IT部門として理解しておくべきHRテクノロジー

労働人口減少への対応や働き方改革といった人事部門が直面する課題解決に役立つHRテクノロジー。トレンドについて徹底解説する。

» 2018年08月29日 10時00分 公開
[小野 隆デロイト トーマツ コンサルティング]

アナリストプロフィール

小野 隆(Takashi Ono):デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員/パートナー ヒューマンキャピタルディビジョン HR Transformationリーダー

HR Transformation領域の事業責任者。人事・総務領域の機能、組織、業務、人材の変革について、HRテクノロジー、デジタルHR、BPR、RPA、チェンジマネジメントなどの観点から支援している。グループ組織再編、M&Aにおけるグループ人材マネジメント、人事PMI、SSC設立等において豊富な経験を持つ。人材流動化研究会(Talent Mobility Lab)の事務局を担う。


 少子高齢化による困難な人材確保やミレニアル世代が台頭してきたことによる価値観の変化への対応、そして長時間労働の削減や新たな価値創造を目指す働き方改革の推進など、今まさに人事部門はさまざまな課題に取り組んでいる。

 IT部門であれば、そんな人事部から新たな環境づくりに関するアドバイスや実際のプロジェクト参画が求められるケースが増えてくるはずで、HRに関連した最新テクノロジーについてはおさえておきたいところだろう。そこで今回は、人事部門の置かれた状況について見ていきながら、IT部門が知っておくべき、HRテクノロジーのトレンドについて詳しく紹介していこう。

働き方改革を推進する人事部門の社会的背景

 人事戦略の立案をはじめ、採用や人材開発、福利厚生まで含めて、人事部は“人”に関わるさまざまな業務に取り組んでいる。そんな人事部門が今注目しているものの1つに挙げられるのが、長時間労働の是正や柔軟な働き方に向けた環境整備、ダイバーシティの推進といった「働き方改革」だ。まずは、この働き方改革に取り組む背景にある、社会経済の大きな変化について整理しておきたい。

 以前から大きな変化として顕在化しているのが、少子高齢化に端を発した人口問題だろう。生産年齢人口が減少するなかで、企業としては新たな労働力の確保が常に求められており、当然獲得した人材を継続的に企業にひき付けるための施策が重要になってくる。また、経営陣からは市場環境の変化に柔軟に対応すべく、さらなる生産性の向上や、新たなイノベーションを起こす人材の確保やその環境づくりの要請が強くなっている。

 デジタル化という視点でも、働く環境に大きな変化が起こっている。例えば、インターネット上でのリッチなデジタル体験を有している個人にとって、会社のデジタル環境は時代遅れと感じる場合も多く、不便なオペレーションを強いられている状況にある。このギャップを埋めることも、働き方改革のなかで強く求められている部分といえる。

 また、ミレニアル世代が先進国においては労働力の半分ほどを占めており、この世代の価値観が以前とは大きく様変わりしている点も、社会変化における大きな潮流の1つだ。具体的には、報酬はもちろん大事ではあるものの、仕事を通じて成長を実感できるか、帰属している組織が世の中のためになっているかといった点に重きを置く価値観だ。

 帰属意識という点でも、“就社”ではなく“就職”という“職”にフォーカスされているため、人材の流動性も比較的高い状況にある。人事部門としては、そんな価値観の人たちをどうリテンション(維持)していくのか、あるいはその人たちのエンゲージメントをどう高めていくのかが重要になっている。

「働き方」問題の外的要因 図1 「働き方」問題の外的要因ー社会的経済的背景

 ちなみに、働き方改革の取り組みとしては、コンプライアンスや業務効率化、そして付加価値向上といったステージがあるが、現状日本企業の多くは労働時間の削減に向けた効率化の推進ステージにあると見ている。ただし、労働時間に上限を設けるだけでは根本的な解決につながりにくいため、人の行う仕事そのものを減らしていこうという動きの中で、RPA(Robotic Process Automation)やチャットボットなどのテクノロジーを活用して自動化、省力化を進めていくというのが、人事部門における大きなトレンドの1つになっている。

戦略人事やグローバル人事の基盤となるタレントマネジメント

 ここで人事部門が置かれている状況について見ていこう。人事部門は、以前から課題となっていたオペレーション中心の人事から脱却し、戦略人事とも呼ばれる、経営戦略を理解したうえで経営のパートナーとして人と組織の面から貢献する部門として大きな役割を果たすことが求められている。

 同時に、ビジネスのグローバル化に伴うグローバル人材の獲得や育成など、国際競争力を高めるグローバル人事の推進についても経営から期待されているが、これら戦略人事やグローバル人事における基盤となってくるのが、昨今人事領域で大きなトレンドとなっているタレントマネジメントだ。

 タレントマネジメントは、従業員が持つスキルや能力、経験や志向などを的確に把握し、企業全体や事業部門など組織としてのパフォーマンスを最大化するために戦略的な人材配置や育成などの取り組みを行うもの。そして、タレントマネジメントを行っていく中では、人事制度だけでなく働き方をどう変えていくのか、従業員の意識をどう変革していくのかといった視点も求められてくる。

ステークホルダーへの貢献が強く求められている

 しかも、タレントマネジメントの実現は、企業全体を捉えた画一的な人事施策を展開しているだけでは、達成は難しいと言わざるを得ない。事業部門の戦略、人材ニーズを把握した上で、最適なリソース配分、配置を推進するために、個々の事業に人事部門が入り込んで、施策を展開していくことが必要不可欠であるといえる。

 当然、事業ごとに人材に対するニーズは異なるため、人材情報の管理も従来の人事部門が人事管理を行うために得ていた情報では不足しており、より事業ニーズに即したタレント情報の提供が求められる。結果的に、タレントに関する情報はよりオープン化することが必要となり、経営や事業、従業員本人といった多くのステークホルダーとの連携が求められるようになる。

 情報のインプット自体を従業員が実施する、部門長や経営に対してダッシュボードを提供するなど、その仕組みの使いこなしをサポートするだけでなく、データや知見に基づいた示唆やアドバイスを提供することも人事部門に期待されている。まさに「HRビジネスパートナー」として、経営層をはじめとした各ステークホルダーにどう貢献するのか、人事部門の役割として強烈に求められているのが現状なのだ。

 しかし、人事部門に求められる役割が増えたとしても、当然ながら間接部門の体制をそう簡単に強化することはできない。それでも、タレントマネジメントを推進していくためには、個々の人材やビジネスを見極めていく必要があり、人事部門はこれまで以上に現場を知り、入り込まなければならない。少人数でもより現場を精緻に見ていくためには、人事部門自身が効率化していくことが何よりも必要となるわけだ。だからこそ、人事業務の効率化や外部化、自動化への取り組みに関連して、RPAやチャットボットなどの新たなテクノロジー活用が人事部門の話題となっているのだ。

 このように、人事部門が置かれた状況や彼らが抱える課題を解決するためには、新たなテクノロジーを取り入れる必要があり、そのためにIT部門の関与がどうしても必要になってくる。まさに、人事部門とIT部門が手を取り合ってプロジェクトを進めることが重要になってくるのだ。

 ここで、デロイト トーマツ コンサルティングが2018年7月9日に発表した、人事部門が注目すべき最新のHRテクノロジートレンド「劇的に変化するHRテクノロジー2018日本語版」から、幾つかトピックを紹介する。人事部門の置かれた状況から、IT部門として意識しておきたいHRテクノロジーについて理解しておこう。

注目される労働生産性向上のためのツール群

 事業を拡大させていくためには、常に労働生産性を向上させていくことが当然ながら求められる。そこで人事部門では、効率化につながる業務改善を推し進めていくことになるが、その1つが、これまで利用されてきたメールベースのコミュニケーションは維持しつつも、会議開催前に社内SNSなどを活用して事前に議論を深めることで、効率的なコミュニケーションや意思決定のプロセスを実現していく仕組みづくりだ。

 例を挙げると、SlackやG Suite、Workplace by Facebookなどチャットツールがそのソリューションとして検討されることになる。生産性向上や効率化という視点で見れば、チャットボットやスマートスピーカーのような音声認識ソフトウェアもテクノロジー領域のトピックとして注目しておきたいところだ。

タレントマネジメントとともに進むクラウド型サービス

 既に多くの企業で人事給与システムが導入されているが、従来型のソリューションはオンプレミス環境で利用されてきた。しかし、人事部門が関心を集めているタレントマネジメントシステムは、タイムリーに経営層や事業部門などに対してオープンな状態で提供することが必要になるため、クラウドソリューションの採用が必然のものとなりつつある。IT部門としては、既存の人事給与システムを含めたクラウド利用に関する指針の整理、ロードマップの策定が大きなチャレンジとなるだろう。

 ただし、グローバルという視点では勤怠や給与について国ごとに特殊性があり、それぞれ強いプレイヤーが存在している。ベースとなる基盤はグローバル共通のクラウドサービスを活用することになるが、勤怠や給与は国内の有力ソリューションを使って内製化するのか、BPOなどの外部化を進めるのかという選択肢も視野に入れておきたい。

継続的なパフォーマンスマネジメントへの対応

 パフォーマンスマネジメントとは、事業の目標達成に向けて、従業員の能力やモチベーションを引き出していくマネジメント手法の1つ。以前はトップダウン型の仕組みであったものが、今ではチームやビジネスの変化に合わせて頻繁にアップデート可能な、柔軟で透明性の高い仕組みづくりが求められている。このパフォーマンスマネジメントを実践していくためには、設定された目標や日々の行動に対するフィードバック、従業員の満足度を調査するパルスサーベイなどを頻繁に実施できるシステム環境の整備が必要だ。

 ただし、旧来の人事給与システムは評価や査定のためにパフォーマンスを見る仕組みであるのに対し、求められているパフォーマンスマネジメントは短いサイクルで状況を把握し、何かあればすぐにサポートするといった、会社と従業員のエンゲージメントを高める目的もある。最適なソリューションを選ぶためには、個別のソリューションを活用することも検討し、その出自の違いも理解しておきたい。

コーポレートラーニングの見直しはこれから進む

 日本ではeラーニングなどの基盤はある程度広がっているものの、動画をはじめとした広い領域でのコーポレートラーニングの浸透はまだこれからだろう。世界的にはMOOC(Massive Open Online Course)と呼ばれる大規模公開オンライン講座や動画学習プラットフォームなどが普及しており、各自が動画をアップロードして自己学習するような環境が日本にもいずれやってくるはずだ。

 HRIS(Human Resource Information System)領域のグローバルソリューションである、SAP SuccessFactorsやWorkdayではモバイルで動画閲覧しながらeラーニング可能な環境が整備されており、人事部門からIT部門に対して学習環境の整備を要求してくる可能性も十分考えられる。なお、コーポ―レートラーニングにおけるテクノロジーに関しては、いずれはAR(拡張現実)やVR(仮想現実)も取り入れながら広がってくることも念頭に置いておきたい。

複雑な採用活動のアプローチに追従するテクノロジー

 人事が行っている採用活動は、日本においてはいまだに新卒時の一括採用が割合的には大きいものの、中途採用も大きく増えてきており、複業などの話題も相まって採用へのアプローチが複雑になっている。目新しい話題でいえば、ゲームを通じてセレクションを行うゲーミフィケーションの活用といったこともトライアルとしては行われており、海外では履歴書を分析してLinkedInと照合するといった、AIを活用したアプローチも盛んになりつつある。なお、採用におけるテクノロジー活用の主な目的は、もちろんオペレーションの効率化はあるものの、自社に対する良質な母集団を早急に作り上げることに重きが置かれている。

 上記以外にも、海外では大きな潮流となりつつある、心身の健康増進、すなわち「ウェルビーイング」に関するソリューションテクノロジーをはじめ、人材のハブを見つけ出すような組織ネットワーク分析に向けた「ピープルアナリティクス」など、HRテクノロジーはさらに広範囲にわたって進化を続けていくことになるだろう。

 ここまで見てきた通り、人事部門ではさまざまな取り組みが行われており、そこには技術的なアプローチ、いわゆるHRテクノロジーが数多く介在してくることになる。だからこそ、IT部門は人事部門の置かれた状況を的確に把握しながら、技術面での支援が重要になってくる。そんなIT部門が果たすべく役割や意識すべきポイントについて見ていこう。

進むクラウド化で気を付けたい部分最適化

 昨今新たにローンチされたり更改時に検討されたりするHRISソリューションの多くは、オンプレミスからクラウド環境へ大きくシフトしているのが現実だ。だからこそ、ソリューションを稼働させるサーバやネットワークなどのインフラ手配を含めた環境整備から、社内の基幹システムとの連携やセキュリティポリシーの策定といった従来とは異なる役割を担うことがIT部門には求められてくる。

 その中でもしっかり意識したいのが、ガバナンスの視点だ。クラウドサービスだけに簡単に導入、すぐにローンチできてしまうサービスが多いため、全体のガバナンスを意識しないとつぎはぎだらけの“部分最適”な仕組みになってしまう恐れがある。特定の事業部だけ先行して仕組みを導入したことで、人事部門が重い腰を上げてグローバル全体で人材の可視化を行おうとした際には、先行した部分が足かせとなり、思うように可視化が進まない、あるいは二重投資になってしまうという事例も実際に出てきている。全ての事業部を横断的に見ることができるIT部門だからこそ、ガバナンスを意識しながらプロジェクトを進めるべきだ。

人事情報システムプロジェクトにおける全体方針とITの役割 図2 人事情報システムプロジェクトにおける全体方針とITの役割。HRISの導入のみにフォーカスするのではなく、HRオペレーション全体の整合性確認を行い、HRISの導入・活用による効果が最大化できるよう方針を策定

テクノロジーのキャッチアップ不足をどう支援できるのか

 多くの人事部門では、働き方改革も含めてやるべきこと、やりたいことが多岐にわたっており、そのソリューションに対する関心は非常に高い。しかし、テクノロジーに関してのキャッチアップは十分できていないケースも多いため、IT部門としては人事部門からのよろず相談に対して、実現性も加味したうえで広い見聞をもとにソリューション提供できるようなケイパビリティを持っておきたいところだ。あわせて、ピープルアナリティクスのように、人事データを基に分析をしていく際には、データ分析に長けたIT部門の知見が欠かせない。

 海外企業においては“HRIT”というポジションが存在しているが、日本の人事部門の多くは、ITスキルを持っている人材が不足しているのが実態だ。だからこそ、IT部門との人材交流の中でHRとITの業務における協業を進めていくことが、HRに関するプロジェクト成功の大きなポイントになっている。

 今回は、人事部門の置かれた状況からHRテクノロジーに関するトレンドを紹介してきたが、人事部門が取り組む施策においては、もはやHRテクノロジーが欠かせないものになっているのは間違いない。IT部門と人事部門が手を携えていくことで、経営課題へ柔軟に対応してもらえれば幸いだ。

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