自らを「しくじり先生」と名乗り、自社のRPA導入事例の失敗を語る人物がいる。ディップでRPA導入を進める進藤氏は、自らが経験した苦い教訓を基に、導入を成功させるためのポイントを偽りなく語った。
RPA普及が進む中、大きな成果を上げた成功事例が脚光を浴びる一方、その陰で失敗事例も生まれている。そんな「しくじり」事例なかなかは公表されず、教訓を共有する機会も少ない。だが、自らを「しくじり先生」と名乗り、自社のRPA導入事例の失敗を語る人物がいる。
「バイトル」をはじめ複数の人材サービスを提供するディップで次世代事業準備室の室長を務める進藤圭氏だ。進藤は、「RPAのしくじりはほとんど人の問題」と話し、同社のRPA導入で得た苦い教訓を基に、RPA導入を成功させるためのポイントを偽りなく語った。その中には「ROIの高い順に業務を選んではいけない」など、RPAの通説を覆すような内容もある。以下で詳しく説明しよう。
「弊社はRPAの導入、展開において3つの『しくじり』をした。皆さんは、その失敗からの教訓を生かして、失敗しないRPA活用を明日からでもスタートしてほしい」と、同社で新規事業開発を担当する進藤氏は語りかけた。現在はクラウド型RPAツールを用いて、従業員の時間を創出するなどの成果を出す同社だが、そこに至るまでの道のりは平たんなものではなかった。
「しくじり」を招いたのは、「働き方改革をはじめよう」「某社の事例では○%の業務改善を実現した」「ROIが大きい業務からRPA化しよう」というワードだと進藤氏は話す。これらの表現は、RPAを語る上で必ず登場するものだが、どのような失敗につながったというのだろうか。
本稿は2018年7月4日に開催されたイベント「RPA DIGITAL WORLD」(主催:セグメント)における講演「RPAしくじり先生が語る『ウチでも明日から始められる!』RPA」の講演内容を元に構成した。
1つ目の要注意ワードは「働き方改革をはじめよう」。同社もRPA導入のコンセプトを「働き方改革」に据えてRPAの意義を発信したが、これが失敗を招いた。ともすれば上から目線のニュアンスを含む働き方改革という言葉によって、多くの社員からそっぽを向かれたのだ。
「『改革』という言葉は、現状に問題があるという意味を含む。働き方改革を掲げることは、現場の仕事の効率が悪いと言うのと同じこと。言われたほうは面白くない」(進藤氏)
「働き方改革」を掲げる側は気分がよい一方で、言われる側は内心で反発していることが多いと進藤氏は述べる。RPA導入の成否は、現場のモチベーションによって大きく左右されるため、現場がツール利用に反発を感じるようでは効果を出せない。
2つ目の要注意ワードは「某社は◯◯パーセントの業務効率化を達成」。よく耳にする文句だが、先行企業の成功事例をうのみにしてそのまま自社に当てはめようとすると、思うような成果を得られないと進藤氏は話す。
「自社と事業が異なり、規模も違い、社員のスキルも違う企業で成功したアプローチが自社でも有効だと考えると、落とし穴にはまります。特に、優秀で真面目な管理職ほど、先行事例のケーススタディーのわなにはまりがちです」(進藤氏)
例えば、自社のニーズに合わないRPAツールを採用してしまうというリスクがある。ツールの選定を間違えれば投資対効果は挙がらない。実際に同社も、当初は自社開発のRPA活用を目指し、その後はオンプレミス型のRPAパッケージを試したが、どちらもROIがかんばしくなかった。最終的に、クラウド型ツール(BizteX cobit)の利用を決め、効果を上げている。
他企業の事例を参考にする際には、「ダイエット」と一緒で、紹介されているツールやアプローチが自社に合っているのか、その企業特有のケースではないのか、背伸びが必要なモデルケースではないかを考える必要があると進藤氏は強調した。
3つ目の要注意ワードは「ROIが大きくなると想定できる業務からRPAを適用しよう」だ。通常、RPA化する業務は、投資対効果の出やすいボリュームの大きいものを選ぶことが定石だ。実際に、テストの段階まではこの方法で成功することが多い。
しかし、テストでの効果検証が終わり、いざ本格展開に進むとなると、予期しないトラブルによってRPAの改修やメンテナンスが必要になる場面が必ず出てくる。ボリュームの大きい業務ほど改修に時間がかかるため、RPAの導入によって現場が余計に忙しくなるということにもなりかねないと進藤氏は警告した。
「RPAは必ずミスを犯すので、ロボットの仕事を人が監督し、メンテナンスをすることが必要です。企業はその運用を続ける余力があるかどうか問われることになります。かえって現場の負担が増えるということもあるのです」(進藤氏)
また、一般に効率化効果の大きいロボットほどコストもかかるため、投資回収には時間がかかる。経営陣は効果が出るまで悠長には待ってくれない。また、仮に開発や運用が現場の手に負えず外注したり、人員を雇ったりすれば、さらなる投資が必要になり、「ダブルコスト」が発生する。
こうした「失敗」は同社が実際に苦い思い出として経験したものだ。どのように克服したのか。進藤氏は、「○○改革という言葉は社員に刺さっているのか」「成功事例は自社とどこが似ているのか」「テスト導入から本格導入までどのように成功へと持っていくのか」という観点からRPAの導入プロジェクトを見つめなおし、対策を講じたという。
まずはRPAの活用を呼び掛ける際に、「働き方改革」を叫ぶ代わりに、「帰宅時間が早くなる」など、RPAのメリットを従業員の視点から表現した。
「ロボットを部下として使うことで1時間早く帰れることが伝えられれば、RPAに対する現場の反発はなくなりました。従業員の目線でRPAの利点をかみ砕いて伝えることが大事です」(進藤氏)
具体的には、業務ボリュームが大きい従業員にヒアリングをし、RPA適用により業務がどう効率化されるかを分析して、本人に1枚のリーフレットでレポートしたという。ちなみに、当初は現場の声を聞くために、個人のヒアリングではなく、匿名で無駄な仕事の密告を受け付ける方法を取ったが、これはあまりうまくいかなかった。
進藤氏は、現場が動かなければRPAの効果は拡大しないということを再度強調し、RPA導入担当者の最初の仕事は、各企業の事情を考慮して、従業員が“ハッピー”になることを探ることだと話す。
身の丈に合わない成功事例を盲目に踏襲しては身を滅ぼす。この教訓から同社は、自社のあらゆる状況を鑑みて適した方法を考え抜いた。例えば、重要な要素であるRPAツールの選択の際には、自社のITリテラシーや、成長のスピードなどを考慮して、最適なものは何か検討したという。
「当社は現在、継続的に従業員が増えており、業務のフローも短期間ですぐに変化します。また、SEの数は少ないものの、従業員の平均年齢は26歳と若く、ITリテラシーは高いほうです。こうした条件から、当社にはクラウド型のRPAツールが適していると判断しました」(進藤氏)
もちろん、どの企業も同社と同じ選択が最適とは限らない。同氏は自社に合ったRPAツールを選ぶためのヒントとして、RPAツールを開発型RPA、オンプレミス構築型RPA、クラウド型RPAという3つのサービス形態に分類し、それぞれの特徴と適した業務をまとめた。
開発型RPA
RPAツールを自前で構築する方法。RPA化する業務のフローの変更が少なく、自動化により大きなROIが見込める大量少品種の業務に向く。例えば、ミスが許されない基幹系業務などで効果を発揮する。ただし、対象業務の流れが可視化され、定義されていること、また予算や時間、開発体制が用意されていることが条件。導入にかかるコストは数千万円から数億円に及ぶこともある。
オンプレミス構築型RPA
市販のRPAツールを自社サーバやデスクトップPCに導入する方法。コストは開発型よりも安価だが、ロボットの開発や運用にはある程度のスキルが必要。SEコストやツールコストを上回るROIが想定できるだけの対象業務がなければならないため、少量多品種の業務に向く。また、社内に開発のためのエンジニアがいた方がよい。導入コストは数百万円から数千万円ほど。
クラウド型RPA
RPAツールをSaaS型のサービスとして利用する方法。業務の変更があった場合にも、比較的すぐにロボットの改修が可能なため、業務変更頻度が高い場合に向く。また、Webブラウザを使ったサイト間の巡回に適するため、Webツールを使うような業務に適している。また現場のITリテラシーが比較的高いことが求められる。コストは無料から数十万円程度。
最後の課題は、「テスト導入から本格導入まで成功へと持っていく」ことだ。本格導入で投資を回収するには、なるべく早い段階で成果を積み上げていかなければならない。進藤氏は、「自動化すべき業務と自動化に成功する業務は違う」として、一般にROIが高いといわれる複雑な業務ではなく、小さくても短期間で着実に成果が出る業務をRPA化すべきだと話した。
具体的には、ロボットの動作を定義しやすく、メンテナンスに工数のかからないフローの単純な「小さい業務」からRPA化を進めるのがよいという。また、それだけではなく「現場で嫌気がさしている業務で、RPA化が受け入れられやすい業務」「現状のコストが明確な業務」を選ぶことが、短い期間で成果を出すことにつながる。
めぼしい業務を社内でどのように見つければよいのか。同社の場合は、全社員に各自の業務についてアンケート調査を行った。「誰が業務を行っているか」「どのくらいの頻度で行っているのか」「所要時間はどのくらいかかるのか」「マニュアルはあるか」「業務の苦痛の度合い」といった項目でヒアリングを行い、その結果に基づいて1回の作業フローが短く、従業員が毎日やっていること、また全体で時間がかかること、苦痛が大きい作業であることを判断要因にしてRPA化する業務を絞り込んだという。
「例えば、社員が就業時間で娯楽の動画サイトなどを見ていないか調べるために、貸与しているPCの使用状況をチェックするという作業があります。担当者は、この作業を月に1度、1日1000回ほど繰り返しており、苦痛を感じていました」(進藤氏)
結果的に、ヒアリングを基に4つの業務にRPAを適用させ、そのうちの3つの業務で「年間で480時間の削減」という成果を出したという。派遣スタッフ1人の時給に換算すると約90万円のコストになった。成功が目に見えるようになると、RPA適用は加速する。現時点では、8業務で年間720時間の削減、140万円のコスト削減を見込んでおり、ようやくツールへの投資がペイしたと進藤氏は話す。「派手な結果ではないと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、“大きく時間のかかる成功”よりも、“小さくても早い成功”を追い求めるべきです。そして、小さい成功を雪だるま式に積み上げていくことが大事です」と進藤氏は強調した。
こうして自社の苦い経験で得た教訓を基に、RPA活用のポイントを紹介した進藤氏は最後に「失敗することもあるが、挽回は可能です。明日からでもぜひ取り組んでいただきたい」と強調。RPAの可能性については「RPA導入は現場と情シスによいコミュニケーションが生まれるきっかけになります。開発案件消化ができずに、現場に反感をもたれることもある情シスですが、RPAなら現場と一緒に作り上げていけるので、双方をつなぎ合わせるパスにもなるのです」と力説し、RPA導入を成功させてほしいと締め括った。
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