リアルタイム移動需要予測サービスは、モノや人の移動状況を捉えて近未来の移動需要を予測する技術だ。タクシーや公共交通、運輸、物流最適化、交通渋滞・混雑緩和や事故・災害対策にも大きく貢献する可能性を秘める。多様なデータの関係性を見いだせる技術の詳細とは。
モノや人の移動状況を捉えて近未来の移動需要を予測する「リアルタイム移動需要予測」のサービスが登場した。日本各地の属性別人数分布データと車両運行データ、気象データなど多様なデータの関係性を見いだすAI技術によって実現する。タクシーや公共交通、運輸、物流の最適化、交通渋滞や混雑の緩和、事故や災害対策に大きく貢献する可能性を秘める技術の一端をのぞいてみよう。
日本各地の属性別人数分布データ、気象データ、周辺施設データなど多様なデータを元に、時々刻々と変化する移動需要をリアルタイムに予測する技術だ。NTTドコモは、現在から30分後までの未来のタクシー乗車台数の予測を10分間隔でオンライン配信する「AIタクシー」サービスを2018年2月から提供する。同サービスはタクシー業界に特化するが、技術そのものは人やモノの移動にかかわる全ての業界や行政サービスの合理化、高度化に役立つ可能性を秘める。
「AIタクシー」サービスを実現する主な技術は2つだ。1つはドコモが開発した「モバイル空間統計」のリアルタイム版だ。携帯電話網の仕組みを利用して個人のプライバシーを保護した統計的な手法で、性別や年齢層などの属性別にエリア内にいる人の数を特定できる。
もう1つは統計情報とタクシー運行データ(乗降場所や日時の過去情報)、気象データ(天気予報情報)、周辺施設データ(商業施設やイベント会場などの情報)との関連性を見いだすAI技術だ。
2つの技術を組み合わせることで、500メートル四方のメッシュ内のエリアでタクシー乗客がどれだけ見込めるのかを予測できるようになった。100メートル四方で乗客獲得確率の高いエリアが分かり、また道路のどちらの側から乗車するのか(乗客獲得率の高い進行方向)、普段よりも人口が多い500メートル四方エリアまでもかなり正確に予測できるという。
予測は10分間隔で行われ、すぐにタクシー会社にオンライン配信される。タクシー会社は情報を自社の配車システムやタクシー業務サポートアプリなどと連携し、最適な配車が行える。
図1はタクシーのドライバーへの情報表示例だ。ここでは地図上に500メートル単位でメッシュを表示し、各エリア内でどれだけの乗客が獲得できるかを示している。どこに行けば、乗客獲得率が高いかが一目で分かる。
予測するのは現在から30分後までの乗車台数だ。1時間後、2時間後といった時間幅での予測も可能だが、タクシー会社との検討により最適配車にふさわしい時間幅が決まった。タクシードライバーの心理は、乗客獲得確率は高いが遠いエリアよりも、ある程度の乗客獲得が見込める現在位置に近いエリアに移動した方が効率がよいと考えるのだ。
配車システムなどを利用して本部側が移動を指示する場合も同様に、現在位置との関連で配車エリアを指示できる。30分という時間幅はタクシーが特定のエリアに集中しないようにする最適値のようだ。
ドコモは、都内の東京無線タクシーの協力を得て4カ月にわたる実証実験を2016年に行った。4400台のタクシーの乗車実績が集まったが、予測結果と乗車実績の合致度合いは93〜95%とかなり高い一致になった。
タクシー1台当たり月間で約4万円ほどの収入増加傾向も確認できた。これはベテランと新人ドライバーの売り上げ差よりも大きい。客を乗せて走った距離を全走行距離で割った「実車率」(輸送効率)も数パーセントの向上が見られた。乗客がより多く獲得でき、しかも無賃の無駄な走行が減ったということを示している。
2018年2月のサービスリリースから同年11月までの間に、東京23区、武蔵野市、三鷹市をカバーする東京無線タクシー(1350台)や、名古屋市のつばめタクシーグループ(1150台)など、各地のタクシー会社が導入し、運用を始めた。AIタクシーを利用した初心者ドライバーがベテランドライバーの実績を乗車回数で上回るケースもあるという。
AIタクシーは、配車システムなどを介してリアルタイム移動需要予測システムに送られた車両位置やステータス情報などのタクシー運行データが、モバイル空間統計(リアルタイム版)データ、気象データ、その他のデータを学習して構築されたAI予測モデルに適用されて10分間隔で需要予測を行う。
予測結果は配車システムどを経由してタクシードライバーに運行情報として提示される。図は配車システムベンダーが配車システムの運用を行っているが、タクシー会社が保有する配車システムを利用しても基本的な仕組みは変わらない。
AIタクシーの技術の要点を見てみよう。モバイル空間統計(リアルタイム版)とは何だろうか。ベースとなるのは、NTTドコモが保有する携帯電話網約7700万回線の運用データだ。膨大なデータには携帯電話などの位置(GPSではなく基地局への電波到達状況で端末の位置や方向を特定する)、位置情報を得た時刻、携帯電話ユーザーの属性などが含まれる。
同社は防災研究の過程で2010年からデータを統計的に処理する手法の研究を進めた。プライバシーに関わる情報を排除し、個人特定が不可能な状態にした上で、特定エリア内の人数分布、移動人数の他、性別や年代などの属性別の人数構成を推定できるモバイル空間統計技術を確立した。プライバシー保護の要点は「モバイル空間統計ガイドライン」としてまとめられている。
モバイル空間統計は携帯電話網運用データから氏名や電話番号などの個人を識別できる情報を削除し、生年月日は「30代」「40代」のように年齢層に変換する。その他の数値も丸め込みなどの処理をした上で不可逆符号に変換(ハッシュ化)する。どのようにしてもデータから個人を識別できないように非識別化処理を行うのだ。
その後、性別や年代別などの属性ごとに携帯電話の台数をエリア別に割り出し、ドコモ携帯電話の普及率からそのエリアの人口(他社携帯電話ユーザーや非ユーザーも含む)を推計する(集計処理)。
エリア内に数人程度の人口密度の場合は、エリア情報から個人を特定できる可能性があることから、少人数のエリアの数値は除く処理も行う(秘匿処理)。
このようにプライバシーに関わる情報を除いて、あくまで統計的な情報としてエリア内人口を推計するのがモバイル空間統計だ。AIタクシーの場合は、こうした処理を直近のデータに対して行い、ほぼリアルタイムで人口推計する技術(リアルタイム版)を使う。
モバイル空間統計(リアルタイム版)は、特定エリアの直近の人口統計も示す。人が多いところでは乗車需要も多いという強い相関関係があるので、これだけでも有用だが、もっと予測精度を上げるには別のデータも必要だ。
例えば乗降データ、天気の状況、周辺施設の情報エリア周辺の人の移動状況などが需要変動に大きな関係がある。駅周辺では人口が増えればすぐに乗車数が増えるが、商業施設などの周辺では人口増加の数時間後(買い物や観劇などの後)に乗車数が増えるというように、エリアごとの特長もある。このような細かい条件を予測に加味することは人手では難しい。
そこで1つの手法としてディープラーニングを採用した。囲碁や将棋、チェスなどでプロの人間を打ち負かすような結果を出した機械学習技術の1つだ。画像認識、音声認識など近年のAIサービスのほとんどが採用する。
さまざまな時系列データと統計データを入力して自動的に学習させると、やがて精度の高い予測を実現する予測モデルが出来上がる。タクシー乗車需要はさまざまな条件の掛けあわせで増減する。人間には処理不可能なほど多様な要素の組み合わせから、目的に沿ってより適切な解をもたらす。
実際にはそう簡単ではなく、AIタクシー開発者がデータの学習を積み重ねながら数カ月をかけてチューニングするうちに徐々に精度が上がっていった。
AI技術がもう1つ使われる。時系列のデータを基に予測を組み立てる多変量自己回帰モデルだ。例えばターミナル駅の人の移動など、多くのデータから規則性が見いだせるような場合に精度高く予測できる。この手法を使って人間が処理を設計し、データから予測モデルを作成する仕組みにした。
商用サービスではディープラーニングによる予測結果と多変量自己回帰モデルの予想結果とで精度の高い方を利用する構成にした。ハイブリッドな予測方法が好結果をもたらした。
AIタクシーが、慢性的な人手不足に悩むタクシー業界の業務効率化と売上増加、無駄を省いたコスト最適化に役立つことは明らかだ。次のようなポイントにも注目できる。
こうした利点は、裏返せばタクシー業界をはじめとする人や車、物品の移動にかかわる業界の課題だ。リアルタイムな動態の把握や予測は、業務効率化や働き方改革の鍵にもなる。
例えばコンサート会場やイベント会場での混雑緩和、道路の渋滞緩和、トラックやバス運行の合理化、最適化、排ガス軽減など同技術が応用可能な領域は多い。AIタクシーをはじめとするリアルタイム移動需要予測技術が、ますます発展することを期待したい。
※「AIタクシー」「モバイル空間統計」はNTTドコモの登録商標。
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