大手製薬会社のファイザーが、RPAとOCRの連携で22万時間分もの作業を削減しました。AIとの連携でも大きな成果を上げています。また、ある企業はSAPの2025年問題の解決策としてRPAの活用を考えています。RPAを上手に使っていく上で重要なトレンドを紹介します。
ガートナーが毎年、テクノロジーのハイプ・サイクルを発表しているのをご存じでしょうか。2018年10月の最新版によると、RPAは「過度な期待」のピークを超え、幻滅期に差し掛かろうとしています。
これは私の実感と同じです。「早い、安い、うまい」という“うたい文句”でRPAベンダーが誇大マーケティングを行ってきた結果、大きな期待のもとに導入してみた企業が「こんなものか……」と落たんしている状況を何度も見てきました。
大きな成果を得るにはそれなりの投資とノウハウが必要で、それはRPAも同様です。このハイプ・サイクルは、有用なテクノロジーは幻滅期のあとに普及期がくることを示唆しています。今後は本物のRPAベンダーだけが生き残り、RPAのビジネスメリットが今以上に脚光を浴びるときが来るでしょう。本連載の読者は、ぜひ先んじて取り組みを開始してください。数年後には競合他社に大きな差をつけられるはずです。
今回は、この先RPAで成果を上げ続けるために重要な視点について紹介します。1つは、大手製薬会社ファイザーの事例にも見られる、OCRやAIとの連携です。「手が掛かりそう」と思う方もいるでしょうが、実はアプリストアを利用するように外部のアプリケーションとのコネクタをダウンロードし、容易にRPAに実装できるのです。さらに、SAPの2025年問題の解決策としてRPAが有効であることはご存じでしょうか。「SAP ERP」を「SAP S/4HANA」に移行しなければならないが、アドオン開発した部分の改修に膨大な工数とコストがかかり、人材もいない――RPAが1つの解決策となり得ることをお話します。
RPAと組み合わせて多く利用されているソリューションに、OCR(光学的文字認識)があります。請求書などの紙文書をOCRによりデジタル化し、RPAがそのデータをもとに作業を行います。RPA×OCRのよくあるユースケースとして、社内システムに請求データを自動登録したり、入金消し込みの突き合せ処理を自動化したりする事例が多くあります。
しかし、通常のOCRは基本的に「活字の定型フォーマット」を対象としているため、手書き文字や非定型のフォーマットを読み込むのは難しく、利用範囲は限られます。例えば銀行や証券会社の、手書きで記入された口座開設申込書などは処理できません。そういった「手書きの定型フォーマット」あるいは「手書きの非定型フォーマット」に対応できる技術としてAI-OCRが使われ始めており、現在日本ではコージェントラボ、シナモン、AI insideといった会社のソリューションが注目されています。2018年はこれらのサービスに関するPoC(概念実証)の話をよく聞きましたし、1枚当たりの処理単価が人の作業コストを下回るケースも出てきました。2019年は実運用の事例も多く出てくるのではないかと思います。
1つ先進的な事例をご紹介します。大手製薬会社のファイザーは、OCRや機械学習の技術とRPAツールのBlue Prismを組み合わせて大きな成果を上げています。世界各地の事務処理チームは、医薬品の複雑な規制要件を伴う出荷書類の処理を手作業で行っており、多大な時間をかけていました。そこで紙の書類をOCRでデジタル化し、Blue Prismで内容の不一致がないかどうかをチェックする処理を自動化しました。担当者は、Blue Prismがハイライトした不一致の疑いがある箇所だけ、確認を行う運用になっています。書類の量がとにかく膨大だったため年間22万時間分の削減効果があったそうです。
また、ファイザーは「Google Cloud Platform」の機械学習サービスを利用し、自社独自のモデルを構築しています。このモデルとBlue Prismを組み合わせた成功事例も特筆すべきケースです。製薬業界には非常に厳しい規制が存在するため、潜在的なコンプライアンス・リスクを特定して対処するために非常に多くの人手を必要としており、大きな負担となっていました。そこで、Blue Prismを活用して顧客との会話データを社内システムから収集し、前述のモデルでリスクがないか解析を行う仕組みを構築しました。これによって、コンプライアンス違反の可能性があるデータをリスト化する一連の処理を自動化でき、業務の効率化だけでなく、業務品質の向上やコンプライアンス・リスクの低減といった成果を上げています。
Blue Prismは「Connected-RPA」というビジョンを掲げています。その実現手段の1つとして、Digital Exchangeというマーケットプレイスを提供しており、そこにMicrosoft Cognitive、Google Cloud、IBM Watson、ABBYY、Celonisといったパートナーソリューションと連携するためのさまざまなスキル(コネクタ)を公開しています。
各スキルに対しては、Amazonのように評価やコメントを行えるので、ユーザー同士で情報を共有したり、スキルの開発者に直接フィードバックしたりできます。近い将来、Digital Exchangeにはeコマース機能が追加される予定のため、より多くの人がアセットを公開でき、有償で売買できるようになります。
ユーザーはここから使いたいスキルを選んでダウンロードし、自社のBlue Prism環境にインポートします。ユーザーガイドも付属しているため、それを見ながらAPIキーの設定などいくつか必要な手順を行えば、コーディングなしですぐに利用可能となります。アプリストアのように気軽にすぐダウンロードできることがポイントです。
RPAはルール化された処理を行うので、人の「手足」の役割を担うイメージです。それだけでも十分に効果を期待できますが、AIはさらに画像や文字を認識する「目」の役割や、判断や分類を行う「頭脳」の役割まで担うため、RPAとAIを組み合わせれば業務の自動化範囲を一気に広げることができるのです。
AIを「頭脳」としてRPAと連携させた例を紹介します。RPAが顧客との対話内容をテキストとして収集し、Microsoft Cognitiveといった感情分析の学習済みAI機能を利用して怒っている顧客を見つけ、その対応優先順を上げるといったコンタクトセンターの例は先進的なユースケースとして挙げられます。
これまでの連載で説明してきたように、Blue Prismは拡張性、耐障害性、セキュリティ、コンプライアンスといった特長を持ち、さらにAI連携を容易に実装できる仕組みまで提供しています。まだまだRPAとAIを組み合わせた事例は少ないですが、ファイザーのような事例は今後間違いなく増えていきます。エンタープライズRPAを実現するプラットフォームには、RPA製品自体の機能はもちろんのこと、AI連携の容易性も同じように重要であることをぜひ覚えておいてください。
最後に、今後RPAのトレンドになりそうな考え方をお伝えしたいと思います。SAPの2025年問題はご存じでしょうか。2025年にSAP ERPの標準サポートが終了するため、SAPユーザーはそれまでに新バージョンのSAP S/4HANAに移行しなければなりません。
そのとき、過去にアドオン開発した資産を全て見直して、プログラムの改修を行ったり、これを機に作り直したりする必要があります。プロジェクト全体で数十億円単位の話になることも多いため、SAPの移行はCIO(最高情報責任者)の大きな関心事になっています。コンサルティングファームやシステムインテグレーターは、これを商機とばかりにSAPユーザーにさまざまな提案を行っていますが、既にSAPエンジニアが足りない状況が発生していると聞きます。
ガートナーが2013年に提唱した、SAPのベスト・イン・クラス戦略というものがあります。簡単にいうと、SAP製品群で全てのレイヤーをまかなうのではなく、SAP以外の最適な製品を組み合わせて要件を実現するという考え方です(ベストオブブリード戦略という言い方のほうが一般的かもしれません)。
差別化システムのレイヤーは、従来SAPのアドオン開発で実装するのが一般的でした。しかし2013年からさらにテクノロジーが発展した現在においては、わざわざアドオン開発をしなくても、RPAで多くの要件を実装できます。
専用画面や専用ロジックをアドオン開発すべきか、それともSAPの標準画面とExcelを使ってRPAを活用しながら要件を実装すべきかの判断基準を紹介しましょう。例えば、大量データを処理するのに時間的な制約があるか、単価の高いSAPエンジニアに開発コストや将来の保守コストを支払ってでも十分な効果が見込めるか、要件の変更が発生する頻度が低いか、などを検討してみてください。これらが全て「Yes」ならアドオン開発を選択します。
SAPの移行時に、再びアドオン開発するのかRPAで実装するのかをうまく使い分けることで、コストとメンテナンス性を最適化したアーキテクチャを描くことができます。SAPエンジニア不足の解消にもつながるでしょう。これはまさに「SAPの新しいベスト・イン・クラス戦略」と言ってもよいと思います。これからSAPの移行プロジェクトをリードされる方は、ぜひこの観点をもって、RPAも手段の一つとしてご活用いただければと思います。
なお、この考え方はSAPに限らず、全ての基幹系システムに適用できます。移行時に限らず、定常時にも応用が可能です。例えば、長年運用してきたメインフレームはちょっとした改修でも多額のコストがかかるため、なかなか手を入れづらいでしょう。そこで、人の手足としてRPAを動かすことで、システム自体を改修することなく変更要件やシステム間のデータ連携を実装できます。今後、Blue Prismのような堅牢なRPAプラットフォームが、企業システムのさまざまな場面で、まるで潤滑油のような活躍を見せてくれるでしょう。
以上で全5回の連載を終了させていただきます。連載では、RPAを成功させるために必要な視点や考え方、実際のツールの機能に関して紹介してきました。これらを心にとめて、少しずつでもRPAの活用を全社に広げられれば、大きな成果を得られるでしょう。決して簡単な道のりではありませんが、この連載に関心を持って読んでくださった方々は、既にRPAを成功させるための一歩を踏み出していると思います。本稿で紹介したことが、少しでも皆さまの参考になれば幸いです。これまでご覧いただき、ありがとうございました。
RPA(Robotic Process Automation)ソリューション、「Blue Prism」を提供する企業。2001年に創業以来、RPAのパイオニアとして、約15年にわたり世界中の企業における新たな働き方の実現を支援してきた。「エンタープライズRPA」というコンセプトのもと、拡張性、耐障害性、セキュリティ、コンプライアンスといった機能を提供し、クラウドやAI(人工知能)との連携もサポート。Coca-Cola、Pfizer、IBM、Nokia、Siemens、Zurichといった有名企業で多くの実績を持つ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。