2021年9月13日、RPA BANK はキーマンズネットに移管いたしました。
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2025年の万博開催決定に沸く大阪市。その中心部・淀屋橋に本拠を構える日本生命保険相互会社は、保険事務部門「お客様サービス本部」の多くの機能、組織を1棟のビルに集約している。約4,000人の勤務者がほぼ女性というこの職場では2018年4月から、定型業務をソフトウエアで代替するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の本格展開が始まっている。
今回は、日本のRPA草創期から一貫して現場に根ざしたロボットの普及を続ける同社のキーパーソンを取材。年間およそ5万時間を創出したという先駆者に、リアルな活用のノウハウと課題、そしてさらなる展開に向けたビジョンを聞いた。
目次
1. 大阪の従業員3,000人と同僚になった「ロボ美」
2. RPAがもたらした最大のメリットは「業務量の平準化」
3. RPAの導入効果が頭打ちになったら考えたい3つの対策「部品化」「事務を科学する」「点ではなく線での業務効率化」とは
4. RPA導入の限界を打破する「BPMN」と「BPMS」
5. ロボットと働く職場が「もっと楽しくならへんかな」
―人になぞらえた「日生 ロボ美」の愛称で知られる貴社のRPAは、国内における最初期からの活用事例としても著名です。あらためてロボット導入の経緯と、現在の推進体制について聞かせてください。
宮本豊司氏(企業保険契約部 企保事務システム構造改革推進担当部長 ※2018年2月時点): そもそもの始まりは2010年、日本生命のIT子会社に出向していたとき、たまたまソフトウエアロボットの提案を受けたことでした。まだ「RPA」という言葉もなかったころですが、ツールの機能を聞きながら「煩雑な定型作業を丸ごとなくせるのでは」と夢を抱くようになりました。
そこで「保険契約業務の全自動化」のプロジェクトを立ち上げ、チャレンジしたのですが、残念なことに当時の知見と技術では実用化まで至りませんでした。ただ「ロボットに何ができるか」はよく分かったので、銀行窓販の保険事務部門に異動した2014年から、既存の事務現場へのロボット導入をスタートさせました。
ちょうどそのころ、銀行窓口経由の保険商品販売が急増しており、1年ほどで関連の業務量が3倍になりましたが、「6体で20人分」の働きをするロボットの活用などで、人数をほぼ据え置いたまま乗り切ることができました(関連記事)。この成果と、RPAの一般的な知名度の高まりが追い風となって、他部署での導入も徐々に広がっていきました。
2016年、企業保険の保険事務部門に異動後、RPAを大規模展開しようと数名のチームを組んで準備を進めました。部内のテストで一定の効果を実証した後、2017年度より本格的導入を始め、2018年4月からはお客様サービス本部内の事務部門7部署に対象を広げて普及を図っています。従業員数にして3,000人強、その9割が女性という環境で、ロボットをみんなの「同僚」にしていくという取り組みです。
これと同時に、本社機能がある東京でも人事部門や資産運用部門などでRPAの本格導入が始まっており、2018年度は当社の「RPA全社展開元年」となりました。全拠点・全部署のロボット化が「山頂」だとすると、目下の進捗は「2〜3合目」といったところです。
小泉絵理氏(同部 企業保険総務課 課長補佐): 私は、お客様サービス本部内の1部署である企業保険契約部内のRPA導入プロジェクトの実務を統括しています。
金融業界では近年、トップダウンの決定で外部の実務者を大量に招き、RPAの全社展開を一気に進める例も現れています。一方われわれは、ロボットの導入部署内に推進チームを設け、運用についても基本的に自社とグループの人材で対応してきました。「現場主導」「ボトムアップ型」で、少しずつ適用範囲を広げてきたのが当社の特徴だと思います。
上原恵氏(同課): 私は元システムエンジニアで、現在はRPAツールの管理や開発ルールの整備などに携わるかたわら、ロボットを導入する現場からの問い合わせに対応しています。
企業保険契約部には、RPAの技術面を理解しているメンバーが私を含め5名おり、ロボットを導入する現場との調整業務を分担しています。担当部署で新たなロボットの導入検討が始まるたび「仕様決定や実装を経て本稼働に至る3〜4カ月のプロジェクト」に加わるかたちで、それぞれが常時複数のプロジェクトを抱えている状況です。
―RPAツールは、社内で複数のタイプを使い分けているそうですね。
宮本: ええ。2010年時点では唯一の選択肢だった、いわゆるサーバー型RPAツールの「BizRobo!」が現在も主力ですが、その後登場した、個別のPCにインストールするタイプのデスクトップ型RPAツールも併用しています。お客様サービス本部のロボット化でサーバー型の不得手な部分を補完しているほか、他部署が個別の取り組みとしてデスクトップ型を用いるケースもあります。
上原: RPAツールの調達と管理を担当する立場から言うと、初期費用がリーズナブルなデスクトップ型には魅力を感じます。ただ、事務改革を意識して活用しているサーバー型でも、費用以上の効果が得られています。
私が業務で最も長く触れているのはBizRobo!で、ユーザーとして感じるメリットは「これまで原因不明のエラーに遭遇したことがない」ということ。「もし何か課題が生じても、必ずクリアする方策が考えられる」という意味で信頼感を持っています。
―「2〜3合目」という現時点のRPA活用で、どのような効果が得られていますか。
宮本: 当社全体では現在、合わせて49の業務にロボットが導入されており、従来人間が行っていた工数による換算で、1年あたり5万時間相当の効率化が実現しています。
全体の数字もさることながら、当社がロボット導入で得た目下最大の成果は「繁閑差が大きい業務を平準化できたこと」だと考えています。
たとえば、保険事務では四半期決算前の月末に必ず、タイトな日程で数値を集計する必要があります。このピーク時に対応できる人員を常時置くことができないため、従来はその都度臨時スタッフを集めていたのですが、新人にミスが許されない作業を短時間で教育しなければならず、“助っ人”を迎えることがかえって負担を重くしていました。
ロボットの導入後、一時的な業務増の相当部分を吸収できたことで、そうした無理を強いられる場面は、かなり減りました。実際に現場からは「精神的なプレッシャーから解放された」という声をたびたび聞いています。
小泉: ある部署では、前日の受付件数を翌日の始業までに集計するため輪番で早出をしていたところ、終業後にロボットを稼働させることで、全員定時出社できるようになりました。朝の貴重な時間にゆとりができただけでなく「せっかく来たのにゼロ件」「100件の処理を大急ぎ」というアンバランスが根本から解消しました。
そのほか、現場にはメールチェックのような定例、定時で対応すべき業務が多数あります。繁忙期や突発事の対応に気をとられると、こうしたタスクをうっかり忘れがちですが、「一定のタイミングでロボットに自動実行させる」という選択肢ができたことで「忘れるかもしれない」という心配がなくなったのも大きいと思います。
―この調子で、ロボット化はますます加速しそうですか。
宮本: いえ、実を言うと「これ以上同じやり方を続けるのは難しい」と思っています。というのは、ロボットの活用を始めて5年にもなると、ただ作業を切り出して自動実行に置き換えるだけのターゲットは「ほぼ取り尽くした」という感触があるのです。今後新たに単体の作業をロボット化して、従来の導入効果を超えられるポイントは、おそらくないでしょう。
小泉: ロボットが動く様子を何度も披露し、仕事を任せる「同僚」であることを繰り返し説明した結果、RPAは社内にかなり定着しました。「これもロボットでできないか」という声が絶えず寄せられ、部署を横断してロボット化のノウハウを共有できるようになったのは、大きな進歩だと思います。
しかしながら、残るターゲットが徐々に“小粒”となっていく中「一連の業務から単体の作業を取り出し」「毎回カスタムメイドでロボット化する」という手法のままでは効率が上がりません。保守の対象が増えるにつれ、新規案件に手が回りづらくなっているのも事実です。
―ロボットの導入効果を積み上げていく際、やみくもに件数を重ねるだけでは、いずれ限界が来るということですね。そうした事態を、どう克服していくのでしょうか。
宮本: ロボットを現場に浸透させることは十分できたので、「使いませんか」と呼びかけるのはしばらく控え、もう少しきちんとした仕組みの上で運用できる体制を固めたいと考えています。
ロボットの導入や運用に関する基本事項は既に明文化しており、これに即して実際の進め方を、大きく3つの観点からブラッシュアップしていくつもりです。
1つめはロボットの「部品化」、つまり機能を細分化し、組み合わせや再利用による実装を可能にすることです。
2つめは現場レベルで「事務を科学する」こと。別な言い方をすると、自身の仕事の手順を明確に書き出して検証できるようにすることです。
そして3つめは「“点”でなく“線”での業務効率化」。すなわち重点を「作業単体の自動化」から「一連の業務全体の最適化」に移すということです。
―この3点を、具体的にどのような方法で実現していくのでしょうか。
宮本: BPM(ビジネス・プロセス・マネジメント)の手法を採り入れます。「事務を科学する」取り組みとしては既に、ロボット導入前の業務分析などをBPMN(ビジネスプロセスモデリング表記法)に基づくフローチャートで行っています。以心伝心で通じているあいまいな文章から細かく場合分けをし、分岐やループで表現できる人を、さらに社内で増やしていくつもりです。
BPMNをベースにしたユーザーインターフェースで、業務の進捗をリアルタイムで管理できるITツールがBPMS(ビジネスプロセスマネジメント・システム)で、こちらもテスト運用に入っています。部品化したロボットはフローチャート上に落とし込めるので、「BPMNをマスターしたした現場のスタッフが、BPMSの画面上で、ロボットの部品を組み合わせて最適な業務フローを設計し、そこでロボットの運用も行う」ようにすることが、当面の目標です。
さらに、RPAが肩代わりできない工程も効率化できるよう、AI(人工知能)で人間をアシストする方法も研究しています。
一例を挙げると、頻繁に法改正がある企業年金保険の事務では、長大な保険規約のどこに影響するか、改正前後の条文と照らし合わせて確認を行っています。この地道な業務でRPAを使おうとしても、完全一致する語句を抽出させるくらいが限界ですが、表現に多少ゆらぎがあっても関連性を見つけてくれるAIがあれば、担当者の業務負担はかなり減らせるでしょう。
―貴社で現在RPAを導入しているのは大阪と東京のオフィスですが、さらに拡大も進んでいるそうですね。
宮本: はい。当社は全国99の支社があり、どこも人手不足に悩んでいます。そこで、各拠点の定型業務を本店のロボットにオンラインで処理させ、その間に別の仕事ができるような仕組みを目指し、一部の支社との間で検証を始めています。
デスクトップ型のRPAツールを各拠点のPCに入れるのではなく、サーバー上でロボットを一元管理するBizRobo!を使ってもらうことで、全国への迅速な導入を見込んでいます。同じ仕様のロボットを一斉に横展開することで、拠点ごとにまちまちな業務の進め方を標準化することにもつながると期待しています。
―ここまで、具体的な取り組みを数多くご説明いただきました。最後に、RPAを通じて今後実現させたいビジョンについてもお聞かせください。
宮本: 私はいつも、RPAを通じて「仕事がもっと楽しくならへんかな」と考えています。
保険事務は「ミスがなくて当たり前」という性質上、そこで手を動かす人が“減点主義”で評価されがちだった職種です。ロボットで作業をラクにすることも当然大切ですが、ロボットを活用した業務効率化を工夫することで「周囲に褒めてもらえるようになること」も大事だと思っています。プラスの評価を、もっとたくさん受けられる職場にしたいですね。
上原: RPAに関わっていて、私も実際楽しいですし、楽しいからこそ大変なことも乗り切ってこられました。今後は既存の業務にロボットを入れるだけでなく、最初からロボット活用を前提に、新しい業務をデザインする場面も出てくると思うので、積極性や創造性が評価される、楽しい仕事の機会もどんどん増えるのではないでしょうか。
宮本: 最近よく目にする「RPA女子」という言葉も気になっています。産休・育休後の復職にあたってRPAのスキルを役立てる例などは興味深いですが、われわれの社内でも「女性が多い職場の特性を生かし、ロボットに任せる仕事を掘り出していく」という意味合いで、RPA女子のムーブメントを盛り上げていきたいです。
小泉: ロボットの作業は速くて正確ですが融通が利かず、少しでも想定外のことが起こるとすぐ止まってしまいます。いっぽう、保険事務の現場には常に目配りと気配りを絶やさず、ミスの芽を先回りで摘むことができるベテランの女性がたくさんいます。ちょうどお互いの強みを生かし合う関係でもあり、取り組みの中でもこうした相性のよさをもっと前面に出していけたらと思います。
―人とロボットが協働する明るい未来を垣間見た気がします。今回は貴重なお話をありがとうございました。
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