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DX(デジタルトランスフォーメーション)をテーマに、2019年10月25日に東京で開催された株式会社豆蔵のプライベートイベント「豆蔵DX day 2019」。本記事では前編に引き続き、当日行われたセッションの一部をピックアップ。経済活動を支えるインフラとして安定稼働を最優先する事業での取り組みを語った株式会社日本取引所グループ、さらに自社事業の根幹である「マッチング」にAIを採り入れたパーソルテクノロジースタッフ株式会社の講演概要をレポートする。
東京証券取引所などを傘下に置き、株式の現物で年間790兆円、デリバティブで3,200兆円の取引を扱う株式会社日本取引所グループからは、デジタル化推進担当であるIT企画部企画統括役の山藤敦史氏が登壇。常に「安定稼働」が最優先される自社におけるDXの現況を報告した。
マイクロ秒(1秒の100万分の1)単位の高頻度取引に対応するネットワークと、障害発生に備えて多重化されたデータセンターを運用する同社は、経済活動のインフラである証券市場の運営者として「とにかく・何があっても動かす」(山藤氏)ことを使命としている。DXで中心的な役割を果たすクラウドの活用に関しては「既存システムで用いるデータ送信方法を使えない」あるいは「通信経路が長いため遅延が生じやすく、取引のマッチング用途に向かない」といった技術的な問題から、ただちに大規模な移行を検討できる段階ではないとの判断だ。
事業の中核を担う売買システムの更新が定期的・計画的に行われ、更新関連だけでIT部門の予定が3年先までほぼ埋まっていることも踏まえ、山藤氏らはまず、IT部門内で部署横断的な仮想組織「デジタル化推進委員会」を結成。「10年先を見越す」という中長期的な観点から、今後の環境変化への対応準備を進める方針が決まった。
注力分野については、10年後の技術動向が予測困難なことから、変化対応力そのものを高める方向で検討。「ビッグデータの活用」「自動化・効率化」「デジタル化人材の育成」など5項目を選んだ。
それらの予算について山藤氏は「まだ費用対効果を追求できる状況ではなく、使い切りの研究開発枠として確保した」と説明。グローバル企業の売上高に占める研究開発費の割合平均が10%に迫ることも示し、これまで研究開発費になじみが薄かった業界でもテクノロジーへの投資が必要と説いた。
続いて山藤氏は、ここまでのDXの実践で自社が得た成果を整理した。このうちビッグデータ活用については「社外へのデータ提供で意外なニーズがあり、既存のデータを使いやすく加工したり、配信チャネルを変えたりするだけでも価値が出ると分かった。特にAIの学習データ提供では、貢献できる部分が多いと考えている」と説明。過去の取引に関し、整ったデータを膨大に保有する自社の強みをアピールした。
また、自動化・効率化については「他に取り組む余力を生むためにも、短期的には最重要視している」(同)。既に170もの業務に導入したRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)では、ソフトウエアによる代替でヒューマンエラーが解消し、現場から「心理的な負担が減った」との声が得られたことを評価しているという。
さらに、デジタル化人材の育成に関しては「ルールや規則を順守する社風の中で挑戦を促す」狙いから、肯定的な表現を用いた標語を制定。全7項目のトップは「たくさん良い失敗をしよう」で、本番環境に入る前段階のうちに「うまくいかない場合」への十分な知見を蓄積するよう呼びかけているという。
山藤氏は「中長期的なDXの取り組みでメンバーがモチベーションを保つには、インプットだけでなくアウトプットの機会が重要。1人ひとりが主役となり、社外からのフィードバックが得られる『練習試合』『公式戦』を積極的に組みたい」と宣言。さらに「例えば『株取引アプリは使わない人でも、フリマアプリで株が売買できればどうか』など、一般ユーザー視点で仮説を立ててDXに取り組める人材を育てたい」と述べ、セッションを終えた。
既存の事業や社内カルチャーと断絶させない地道なブラッシュアップで足元を固めるDX事例の報告が相次いだ中、本業の“ど真ん中”を変える大胆な挑戦を報告したのは、エンジニア派遣事業を展開するパーソルテクノロジースタッフ株式会社。
セッションでは、同社テクノロジー推進部の鈴木規文氏が登壇し、派遣事業の中核をなす「派遣登録者と求人企業のマッチング」にAIを活用するまでの経緯と現状、そこで得られた知見について語った。
セッション冒頭「自社の事業計画でテクノロジー活用を掲げている」という参加者に挙手を促した鈴木氏は「ここにいる過半数の方々と同様の立場で、私が最初に思ったのは『趣旨は分かるけど、何をやったらいいのだろう』ということ」と告白。具体的な取り組みを模索する中、経営トップからかけられた「とにかく景色を変えてほしい」という言葉に励まされ、既存の業務を大きく変える形でのAI活用に踏み込んだと振り返った。
IT企業やメーカーに約5,500人のエンジニアを派遣している同社は2019年3月から、実際のマッチングでAIを利用している。このAIは、2017年から収集を始めた「派遣エンジニアの就業データの実例データ20万件から傾向を学習。個人データ40万件と、企業側の求人情報30万件を突き合わせて相性を予測する。マッチングの可能性が高い組み合わせはリスト化され、就業希望者との面談を担当する「コーディネーター」が参照する仕組みだ。
企業が希望する実務経験と完全に重なる人がまれな上、あえて未経験の分野を希望する求職者も少なくないため、人材のマッチングは表面的な情報をなぞるだけでは成立しない。今回のAIの導入は、エンジニアと就業先に関するデータベース上の情報をコーディネーター自ら検索する手間をなくすことで「個人ともっと向き合って話を聞き、共感した上での提案に時間をシフトしていこうという、仕事の仕方を変えるチャレンジ」(鈴木氏)だという。
IT企画から現場の企画担当、さらにコーディネーターらを交えて段階的に進めてきた導入プロジェクトで特に苦労した部分として、鈴木氏は
という3点を列挙。このうちモデル調査に関しては、展示会の出展者リストをもとに多数のAIベンダーから資料を請求。「本格的な選定に先立ち、業務のヒアリングと方向性の提示に絞った依頼をしたこともある」(同)という。また開発メンバーの構成にあたっては、3分野全てに通じた候補者が限られるため「いずれか2分野を満たす人」を念頭に人選。社内各所で精力的に間を取り持つマネージャーの活躍に助けられたという。
鈴木氏はまた、AIの技術面についても解説。マッチング実績を問われるコーディネーターが、AIによる予測結果を踏まえて動くことになるため「挙げられた予測結果がどれだけ信頼できるか」(適合率)を重視した調整を行っていると明かした。
さらに同氏は、ここまでの実践で得られた知見を
の3つに集約。「AI活用を通じ、ベテランの暗黙知が形式知に変わっていく。予測結果への違和感をきっかけにデータの欠損が見つかり『ある情報が得られないとき、どのような情報で補っているか』という現場の知恵を引き出して改善することもある」と述べた。
AIの本格導入から半年あまりとあって「まだまだ多くの改善が必要」と語る鈴木氏は、今後の取り組みについて「人がAIと歩み寄り、共に成長するのが理想だが、人間がうまくいかないことをAIのせいにしやすいのも事実。AIに名前をつけるなど、愛着が持てるような工夫も考えたい」と発言。さらに「多様なバックグラウンドの持ち主を紹介する企業として、今回その重要性を実感した。外部のデータサイエンティストから第三者的にセカンドオピニオンを受けられる仕組みは、エンジニア派遣でできるか検討していきたい」と述べた。
「テクノロジーを適用する場所に悩みはあると思うが、ぜひ自社が強みとする知見をデータ化するところからDXの糸口をつかんでほしい」と呼びかけた鈴木氏。先駆的なチャレンジから見える「景色」を共有した発表が終わると、会場からは盛大な拍手が送られた。
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