SAPによると、国内企業のCRM、BI、ERPのシステム対応にはまだまだ課題点が残るという。それぞれの分野における“マズイ”点を指摘するとともに、SAPのSaaSの特徴を深掘りする。
「データ活用」「データ経営」という言葉が聞かれて久しい。ただ蓄積したデータをやみくもに参照するのではなく、目的に応じて適切な情報を収集し、活用しなければ意味がない。しかしグループ会社、部署、部門ごとに個別最適で構築されたシステムでは、それぞれで管理するデータがサイロ化しがちでデータ活用どころではない。そこで共通システム基盤としてSaaS(Software as a Service)型の業務アプリケーションを活用するという手がある。
本特集では、クラウド型業務アプリケーション群を提供するSAPのSaaSに焦点を当て、ビジネスにおいて特に重要な役割を担う製品について解説する。
SAPは2014年にConcurを買収するなど、現在、クラウド型ビジネスソリューションの拡充に注力している。下の表はSAPグループが提供するSaaS製品の全体像をまとめたものだ。
ERP | SAP S/4HANA Cloud |
---|---|
CRM | SAP C/4HANA |
SAP Customer Data Cloud | |
SAP Commerce Cloud | |
SAP Marketing Cloud | |
SAP Sales Cloud | |
SAP Service Cloud | |
BI | SAP Analytics Cloud |
人材調達 | SAP Fieldglass |
タレントマネジメント | SAP SuccessFactors |
調達管理 | SAP Ariba |
経費精算 | Concur Expense |
出張管理 | Concur Travel |
請求書管理 | Concur Invoice |
経費分析 | Concur Business Intelligence |
出張危機管理 | Concur Risk Management |
このようにSAPグループが提供するSaaS製品は中核製品であるERPを中心に、CRM、人事管理、人材調達、経費精算などと多岐にわたる。今回の特集では、この中でもクラウド型のBIツール「SAP Analytics Cloud」、CRMの「SAP C/4 HANA」、クラウドERP「SAP S/4HANA Cloud」といった事業と密接に関わる業務システムにフォーカスし、それぞれのソリューションの特徴などを深掘りする。
まずはBIの「SAP Analytics Cloud」だ。SAPのアナリティクス製品の特徴は大きく2つあり、1つ目は予算計画管理、予測分析、そしてデータの可視化(BI、ビジネスインテリジェンス)に関する3つの機能を単一のプラットフォームで利用できること。2つ目の特徴は、経営層やビジネスマネジャーがすぐに使えるダッシュボードのテンプレートを備えていることだ。
まず1つ目の特徴について解説する。SAP Analytics Cloudの予算計画機能によって年間予算計画の策定や販売、人員計画など、企業の仕様とガバナンスに沿ったドキュメントを簡単に作成できる。SAPはこれを「エンタープライズプランニング」と呼ぶ。
事業別予算の振り分けや配賦計算の設定など細かな予算計画を作成する際は、データを取り出してExcelなどで加工するといったシーンも見られるが、Excelシートが部門ごとで個別最適されているケースもあったり、データの収集、集計作業に時間がかかったりといった課題があった。SAP Analytics Cloudは、販売管理システムや会計システムなどと自動連携し、データを自動で収集する。
また、プラットフォームに収集された経営情報を用いて高度な分析も可能だ。機械学習エンジンにより、売り上げの季節変動やサイクル性、上昇・下降傾向などを解析し、そこから将来値を引き出すこともできる。外部データを含めた分析にも対応し、GoogleのBigQueryなど、ビッグデータ分析基盤のデータや、SalesforceのCRMデータを直接読み込むこともできる。
2つ目の特徴であるダッシュボード機能は「ストーリー」と呼ばれる画面で、キャンバスにグラフ化したいデータとチャートタイプを簡単なマウス操作で選択し、チャートの配置はドラッグ&ドロップで容易にカスタマイズ可能だ。オリジナルのダッシュボードが短時間で作成でき上層部へのプレゼンテーション資料の作成にも役立てられる。またSAPが買収したKXENのデータマイニング技術が組み込まれており、分析対象(利益率など)を指定すると自動で分析し、分析結果を複数のチャートにし、ダッシュボードまで自動生成してくれる機能も実装済みだ。
一般的なグラフやテーブル以外にも地図データサービスを利用した情報の可視化も可能だ。例えば、国や地域の地図と支店や店舗などのデータを組み合わせることで、エリアごとの販売実績などが簡単に可視化できる。
このようにSAPは近年、クラウドサービスの拡充を進めてきた。SAPが2018年から注力するのが5つのSaaSアプリケーションで構成されるCRMスイート「C/4HANA」だ。以降で詳細を見ていこう。
SAP C/4HANAは2018年にリリースされたSAP製品の中では比較的新しいソリューションだ。Customer Experience(以下CX)を改善するCRM(顧客管理)とマーケティング、コマース、顧客サービスなど5つのクラウドアプリケーションで構成されるスイート製品である。これらの5つのアプリケーションによって、顧客接点から受注までのフローをカバーする。
SAPは長年にわたり、ERPによって財務・会計、在庫、受発注など企業のバックオフィス側のデータの一元化と、リアルタイムのデータ共有を推進してきた。それに対して、CRM(顧客管理)、営業、マーケティングなどフロントオフィス側の情報は、業務ごとでアプリケーションが分散していた。SAP C/4HANAはバックオフィスと同様に、フロントオフィスのデータを統合することを主眼に置いたソリューションだ。
加えて、SAPのフロントオフィスソリューションの中核となる製品が「SAP Customer Data Cloud」だ。SAPが2017年に買収したGigyaのID管理技術を基に開発した製品である。ECサイトと実店舗、Webサイト、スマホサイトなど、チャネルごとにバラバラで管理されることの多い顧客IDを統合し、企業としてユーザーに統一したサービスを提供をするための基盤である。
SAPは、「このデジタル時代において企業がCXの改善で失敗する原因は、各チャネルで顧客IDが分断されていることだ」と分析している。従来、顧客情報の管理システムはWebサイトやスマートフォンアプリ、コールセンターなど顧客接点(フロント側)のチャネルを立ち上げるたびに増えてきた。それぞれに使われているシステムのベンダーが異るので、当然異なった体系の顧客IDが発番されることになる。
この状態で各チャネルの顧客データを連携させて、いわゆる「オムニチャネル」の顧客体験を実現しようとすると、各チャネルでバラバラの顧客データを1対1で接続しなければいけない。3つのチャネルなら2つの接続でいいが、8チャネルでは28通りにもなり、膨大な開発コストがかかってしまう。
「SAP Customer Data Cloud」は、全てのチャネルからデータを受け取って1つのコアIDにまとめることができる。複数のチャネルのデータを蓄積し、他のチャネルで顧客情報が必要な場合は、それぞれのチャネルに対応したデータとして振り出すことができる(顧客が複数チャネルでのデータ利用を承諾した場合に限る)。
これは企業だけではなく顧客にとってもメリットがある。一度登録した個人情報は、別のチャネルで再度登録する必要がなくなり、サービスへのログインや利用履歴も企業全体のサービスで通算できる。そのため、「Webで購入したものなのに、スマホアプリでしつこくおすすめされた」といったことが起きなくなる。日本政府が目指すデジタルガバメント戦略でもうたっている「ワンスオンリー」を企業レベルで実現するための手段である。
また、すでに「SAP ERP」を導入している企業であれば、CXの最適化を実現する「SAP Commerce Cloud」によってバックオフィスのデータとの連係も実現できる。それにより、例えばECサイトの販売数量と実店舗の在庫データとを連動させることで、販売チャネルによって在庫情報が異なって表示されるといった問題を解決できる。
ただし、こうしたサービスを提供するにはツールの刷新だけでは不十分だ。企業内部に、チャネルごとに事業部が存在していることが根本的な問題ともいえる。システム内のID統一やインタフェースの改善だけでなく、チャネルを横断した顧客第一の組織態勢に見直しを進めることも必要である。
2020年2月に「SAP Business Suite 7」のコアアプリケーションのメインストリームメンテナンスを2027年末まで延長するとSAPが発表した。サポート終了まで7年間の猶予があるものの、SAPによると「徐々に『SAP S/4HANA』(以下S/4HANA)に移行する動きが見られる」という。そこで、サポート終了に備えSAP S/4HANAの特徴を押さえておこう。
S/4HANAはSAPが開発したインメモリデータベース「SAP HANA」の高速性を引き出すために、従来のSAP ERPソフトウェアのデータ構造やプログラムコードなどに変更が加えられたERPソリューションだ。
過去のSAPのERP製品は、大量の商品情報や数量、価格などのデータはHDDに保存されていて、読み出しに時間がかかっていた。そのため、集計テーブルなど中間データの格納スペースが設けられていた。企業の成長に伴い処理件数が増えると、その分ERPが抱える全体のデータ量も膨らむが、インメモリデータベースのSAP HANAにより処理速度が向上した。S/4HANAでは中間のテーブルを置かなくても、元のデータを直接読み込むことで同等の処理をより高速に終わらせることができる。結果的に基幹システム全体のデータ量を小さくできるため、コスト削減にも貢献する。
S/4HANAにはオンプレミス版に加えてクラウド版「SAP S/4HANA Cloud」(プライベートクラウド型、SaaS型)もあり、SaaS型であればインフラを含めた導入コストも抑えられ、SAPによれば「コストから見てSAP ERPの導入が難しかった年商250億円規模の企業でも導入が可能だ」という。
SaaS型のS/4HANAは、基本的にはSAPが用意する機能やインタフェースをそのまま使用することを前提としている。これは業務要件に機能が合致しているかをみる「Fit&Gap」とは対照的である「Fit to Standard」の考え方に基づいたものだ。「ABAP」(SAPシステムの開発に用いられるプログラミング言語)による複雑なカスタマイズ開発によりシステムを変えるのではなく、常に最新の機能が提供されるクラウドアプリケーションに業務を合わせるという考え方だ。SAPの顧客企業の中には、SaaS型S/4HANAの導入を機に、従来の業務プロセスそのものを見直そうという企業もあるという。
またグローバルで事業を展開する企業を中心に、本社部門のERPは従来のままで、海外子会社の基幹システムはSaaS型のS/4HANAを使うといった「二層ERP」の形態を採用するケースもあるという。さらに、海外子会社でのSaaS型S/4HANAの導入を機に、最終的に本社部門のERPもクラウド型に切り替えたという例もあるようだ。
SAPはSAP ERPのサポート期限を2027年末まで延長すると発表したが、複雑化してしまった業務プロセスに課題感を持つ企業は、サポートの期間終了を待つことなくいち早く基幹システムの見直しに着手しているという。SAP ERPを使い続けているユーザー企業は、期限が延びて一安心ということでなく、今後のビジネス展開の道筋を見据えた上で自社に合った基幹システムの在り方をあらためて考える必要があるだろう。
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