高齢者などに配慮して製品を設計する「アクセシブルデザイン」とは。2019年に新たに制定された4規格の内容とともに紹介する。
日本発の国際工業規格が続々と発行されている領域が「アクセシブルデザイン(accessible design)」だ。2019年も日本発の国際規格が4つ発行されている。超高齢化社会となった日本はもちろん、これから高齢化が進む世界各国が注目しているこのキーワードのあらましを解説する。
本記事は2020/04/02付け「人間工学研究を基盤としたISOアクセシブルデザイン規格」国立研究開発法人 産業技術総合研究所プレスリリースを参考に作成した。
工業製品などの設計においては、ターゲットの利便性に配慮したデザインが当然求められる。ターゲットを広見据え、高齢者や障害者にまで配慮することで、潜在顧客を最大限まで増やすことが可能になる。高齢者や障害者に配慮した工業製品などの設計が、今回紹介する「アクセシブルデザイン」だ。
広く普及した例で言えば、シャンプーとリンスのボトルを触るだけで区別できるようにボトル側面にギザギザ(凹凸。触覚マークともいう)をつけた工夫がある。ピンと来ない方はバスルームで確認してみてほしい。たいていはシャンプーボトルだけにギザギザがある。これは視覚が弱った高齢者や視覚障害者に配慮し、視覚情報を触覚情報に置き換えた例だ。
先の例は「ユニバーサルデザイン」の説明にもよく取り上げられる。高齢者や視覚障害者の視点から見れば「アクセシブル」な工夫であり、誰でもみんなが恩恵を受けるところは「ユニバーサル」な側面だ。似たような言葉に「バリアフリーデザイン」「インクルーシブデザイン」「デザインフォーオール」「トランスジェネレーショナルデザイン」という言葉もあるが、基本的には全部、「高齢者や障害者に優しい」設計を心掛けた結果、「誰にでも優しい」設計になったものか、最初から「誰にでも優しい」ことを追求した設計のことを指している。場合により、また視点の違いにより用語が使い分けられると考えてよいだろう。
工業における「アクセシブルデザイン」の概念を明確にしたのは「ISO/IEC Guide71 規格におけるアクセシビリティー配慮のための指針」(2001年発行、2014年改定第2版発行)という国際標準ガイドラインだ。これはすでにJIS Z 8071:2017規格として発行されている。そこには「アクセシブルデザイン」は「多様な状況において、システムを容易に使用できるユーザーを最大限まで増やすために、多様なユーザーに焦点を当てた設計」と定義されている。さらに「アクセシブルデザイン」を達成するためには、「修正・改造することなく、ほとんどの人が利用できるようにシステムを設計する」こと、「システムをユーザーに合わせて改造できるように設計する」こと、「インタフェースを標準化し、福祉機器および支援機器との互換性をもたせる」ことが求められている。
このガイドラインは初版発行当初から世界の関心を呼び、日本も含め多くの国で国家規格(ヨーロッパでは地域内標準)化されて広く活用されることになった。ただし、高齢者や障害者への配慮ポイントについて具体的に記載されている一方、どのような方法や技術を用いるのかまでは触れていない。そこで具体的な製品、環境、サービス設計にあたっては別の詳細な技術規格が必要になる。
日本は世界に先駆けた標準化が進んでおり、アクセシブルデザインに関わるJIS規格は40以上が発行されている。その一部はISO規格(国際標準)化が提案され、多くの国際標準が生まれている。現在、日本規格協会(JSA)サイトからアクセシブルデザイン領域のISO規格が20種入手できるが、そのうちの10種が日本の国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下、産総研)の提案によるものだ。
ISO 24500:2010 | 人間工学−アクセシブルデザイン | 消費生活製品の報知音 |
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ISO 24501:2010 | 人間工学−アクセシブルデザイン | 消費生活製品の報知音の音圧レベル |
ISO 24502:2010 | 人間工学−アクセシブルデザイン | 色光に対する年代別輝度コントラストの求め方 |
ISO 24504:2014 | 人間工学−アクセシブルデザイン | 製品及び構内放送設備の音声放送の音圧レベル |
ISO 24505:2016 | 人間工学−アクセシブルデザイン | 年齢による人の色覚変化を考慮した色組合せの作成方法 |
ISO/TR 22411:2008 | 高齢者及び障害のある人々のニーズに対応した製品及びサービスに関する規格ISO/IECガイド71を適用するための人間工学的データ及び指針 | |
ISO 24508:2019 | 人間工学−アクセシブルデザイン | 触覚記号及び文字の設計の指針 |
ISO 24509:2019 | 人間工学−アクセシブルデザイン | あらゆる年齢の人々の読める最小フォントサイズを推定する方法 |
ISO 24550:2019 | 人間工学−アクセシブルデザイン | 消費生活製品の報知光 |
ISO 24551:2019 | 人間工学−アクセシブルデザイン | 消費生活製品の音声ガイド |
表1 産総研主導で提案、発行された国際規格
高齢者や障害者は感覚機能や身体能力、認知能力などの一部か全部が弱くなっていることが多く、現状のレベルを測定したうえで弱みを埋める工夫が必要になるわけだが、その基礎となるのが「人間工学」だ。人間工学では、例えば次のような人間の機能や能力について研究されている。
こうした領域の研究から生み出されたJIS規格、ISO規格も数多く、ISO規格として160以上(2018年現在)が制定されている。「アクセシブルデザイン」に関する規格は、その一部を構成している。
では、「アクセシブルデザイン」規格では実際にどんな内容が盛り込まれているのだろうか。ここではその例として、2019年に制定された4規格の内容を以下に見てみよう。
4規格のテーマは「浮き出し(触覚)記号・文字を触った時の分かりやすさ」「最小可読文字(読むことができる最小の文字)サイズ」「報知光(お知らせランプ)の見やすさ」「音声ガイド(音声案内)の聞き取りやすさと分かりやすさ」である。
規格作成にあたって、触覚・視角・聴覚という人間の基本的な感覚の特性を測定した国内の計測データベース(産総研)を活用しながら、米国、ドイツ、韓国、中国、タイの関係機関に呼びかけ、必要に応じて同様の条件で国際比較のための人間の感覚データを収集する国際研究活動も行ったという。これにより、設計に利用できる推奨値または具体的な参考情報などが記述されることになった。この点が他の規格との大きな違いだ。産総研ではこれら規格が高齢者と障害者に配慮した製品設計への指針となり、「アクセシブルデザイン」の普及に期待を寄せているとのことだ。
家電製品や包装容器、エレベーターのボタンなどで文字や記号が浮き出している(凸状に文字や記号が飛び出している)のを目にすることはよくある。これは触覚で文字や記号を把握できるようにする工夫だ。さまざまなシーンで利用されているものの、これまで大きさや高さなどのデザイン基準がなかった。産総研で人間の触圧感度や空間分解能、浮き出し記号や文字などの認識特性を調べたところ、若年層は浮き出し記号のサイズが10ミリ以上なら80パーセントが正しく把握できる一方、高齢者で同等の正答率になるのは15ミリ以上のサイズであることが判明したという。そのような実験の結果を総合し、浮き出し記号や文字の最適なサイズ、浮き出しの高さ、線幅、断面形状などをデザインガイドとして記述している。
読みやすいように文字サイズを設定するのは印刷物に限らず標識や野外ディスプレイなどでも重要なことだ。だが文字の読みやすさは周囲の明るさ、文字と目との距離、そして視力によっても異なる。文字サイズ、明るさ、視距離、年齢の関係を、実験データから明らかにし、定式化したのがこの規格だ。数字とアルファベットの最小可読文字サイズが簡単な式で推定できるため、文字サイズが固定された文字情報を読みやすく設計できる。さらに追加の研究では文字と背景のコントラストの効果も検証し、淡くて見にくい文字のサイズ検証に有効な情報も提供している。なお、読みやすいと感じる文字サイズは、最小可読文字サイズの2倍という興味深い結果も出ているという。
最小可読文字サイズ推定式は、次の式で計算可能となる。
最小可読文字サイズ (pt) = a×サイズ係数 + b
サイズ係数=視距離(m)/観測条件での視力、aと bは 明朝、ゴシックなどによって変化するパラメータ
例えば輝度100cd/m2のゴシックの数字を50?の距離で見る時の最小可読文字サイズは65歳で約11ポイント、20歳で約5ポイント、読みやすい文字サイズは65歳で約22ポイント、20歳で約10ポイント。
家電製品の電源ON/OFFランプなどの報知光(お知らせランプ)の点灯を、視力の弱い人でも確実に分かるようにするデザインの基準(輝度の最適値)もできた。これは920点の製品、約300人の高齢者、約50人のロービジョン(視覚障害者)対象の実験によるもの。
家電製品などに装備されている音声ガイド機能についての音量の基準も作られた。さまざまな生活環境音がある中で、音声ガイドを誤りなく把握できる音量についても計測データから導き出している。それに加え、操作の複雑な製品について使用方法を音声で案内する指針や、視覚ディスプレイに表示されている設定状態や稼働状態も音声で伝える指針などの、視覚障害者が必要とする情報のガイドラインを要求事項として含めている。
異なるS/N比(背景騒音に対する音声の音量)における、音量が小さすぎると回答した人数の割合(●)と、大きすぎると回答した人数の割合(□)から、場面に応じた最適な音声の音量が推定できる。背景騒音の音量が同じであっても、高齢者は若齢者よりも音声ガイドの音量を上げる必要がある。
これら4つのISO規格は今後JIS規格として日本語版制定が検討される。この4つにとどまらず、これからもアクセシブルデザインに関連する規格は今後も続々と策定されていくだろう。規格化に携わった産総研の研究者は、次のようにコメントした。
「人間工学分野でのアクセシブルデザイン標準化は、被験者となる高齢者や障害者の方々、規格を利用して製品を作る各種業界団体の方々、標準化事業を分担し、TC173(福祉用具)の分野で活動されている共用品推進機構の皆様等、数多くの方々のご助言やご協力により進めることができた。そのため、産総研では、今後も人間特性の解明と感覚特性データの拡充を続行しつつ、人間特性データを利用した製品設計に関するノウハウなどを技術移転して成果普及を行っていきたい。さらに将来は物や環境だけでなく高齢者や障害者も含めたサービスの分野にまでアクセシブルデザインを発展させていきたいと考える」
科学的裏付けのあるアクセシブルデザイン規格を活用することで、企業はもちろん、行政機関やすべての公共施設・設備運営者も、より幅広い人々に喜んで利用される製品・サービス・環境を提供することができる。今後も、常にフォローしておきたい規格トレンドだ。
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