連載最終回となる本稿では、業務改善に焦点を当てローコード開発ツール「Power Platform」を用いた現場課題の解決法について解説する。
Office 365に含まれるサービス群の中で、数年前より一部のユーザーから大きな注目を集め、今後さらに関心が高まるだろうと考えられているのが「Microsoft Power Platform」に含まれる「Microsoft Power Apps」「Microsoft Power Automate」「Microsoft Power BI」だ。
正確に言うとPower PlatformはOffice 365に標準で含まれるサービスの一つではなく、それ自体が独立して提供されているものだ。ただしOffice 365のライセンスには、Power Platformの一部が機能制限版として含まれている。機能が制限されているとはいえ、Office 365の各種機能と組み合わせて利用すれば、Power Platformの良さを十分に実感できるだろう。
Office 365を導入済み企業の中には「よく分からない」からと、それらの利用を制限する企業や、全く利用していない企業もあるという。しかしPower Platformは業務改善のアイデアの源泉ともいえるツールだ。用途がよく分からないからと、放置するのは少々もったいない気もする。
そこで、連載最終回となる本稿では、市民開発者の重要性を語るとともにPower Platformを基にした業務改善の成否を分ける分岐点について解説する。
Microsoftは2020年4月22日(日本時間)にOffice 365の名称を「Microsoft 365」に変更した。詳細は第2回「『Office 365離れ』はなぜ起こる? 導入のプロが語る利用促進の成否の分岐点」の記事中のコラムで解説。
2010年に内田洋行でOffice 365(Office 365の前進であるBPOS)の導入に携わり、以後は自社、他社問わず、Office 365の導入から活用を支援し、Office 365の魅力に憑りつかれる。自称Office 365ギーク。多くの経験で得られたナレッジを各種イベントでの登壇や書籍、ブログ、SNSなどを通じて広く共有し、2013年にはMicrosoftから「Microsoft MVP Award」を受賞。
Power Platformは、データを基にしたビジネス分析やアプリ作成、日々の業務プロセスの自動化やRPA(Robotic Process Automation)、チャットbotの作成をローコードで実現するサービスだ。ローコードとは「アプリ開発に複雑なコーディングをほとんど必要としない」という意味だ。複雑なコードを書かずとも新たなアプリケーションの開発やプロセスの自動化を容易に実現できるため、Power Platformのようなローコード(または、一切コーディングを必要としないノーコード)でソリューションを生み出せるシステムが、現在大きな技術トレンドになろうとしている。
思い返せば、昔はWebサイトを構築するにも、サーバの設定やHTML、JavaScript、PHPなどの開発言語を用いたコーディングが必要であり、開発者のスキルにも依存していた。それが今やオープンソースのCMS「WordPress」やノーコード開発ツール「Bubble」などによって、開発者でなくても手軽にWebサイトを作成できる時代になった。つまり、開発者に依存していた時代から誰もが開発者になれる時代になったということだ。これは「市民開発者」とも呼ばれ、世界的に注目されている。
では今なぜ「市民開発者」が注目を集めているのだろうか。その背景には組織の業務改善と関係がある。
アプリを活用した業務改善や仕組み作りは技術力だけではなく業務の理解や知見も求められることが多い。そうした知見を持っているのは技術者ではなく現場の従業員だ。一度作りげたアプリや仕組みが全く使い物にならないこともあるだろう。そうした時に、現場で素早く修正し改善に向けて試行錯誤できることが重要となる。
Office 365にPower Platformの一部が含まれているのは、ユーザー自らでOffice 365を拡張するためである。Power Platformにより、業務や現場からの要望に合わせてOffice 365の機能や使い方を現場でカスタマイズできる。そうしてOffice 365を拡張することで、新たな利用シーンを生み出せるというわけだ。
「Microsoft Teams」とタスク管理ツールの「Microsoft Planner」を組み合わせて利用している場面を例にして考えてみよう。Microsoft Plannerに新たなタスクが登録されたとき、Microsoft Teamsにもチームへチャットで通知を送りたいとする。しかしOffice 365にはそうした連係機能は用意されていない。Power Automateを使えば、簡単にその機能を実現できる。
他にも「SharePoint Online」のリストにスマートフォンから簡単にデータを入力したい場合、Power Appsを利用することで簡単に入力アプリを作成できる。しかもこのアプリはスマートフォンのカメラやバーコード、QRコードリーダー、GPSなども利用可能だ。
もちろんPower AppsによってPCで利用するアプリも作成可能だ。簡単なものであれば数分、複雑なものでも数日〜1週間程度で作成できる場合が多い。自身でアプリを作成してみることで、Power Platformの可能性の広さに気が付くはずだ。まだ触れたことがない人は試してみてほしい。
こうしたトレンドを見て、過去にも流行った「エンドユーザーコンピューティング」(EUC)を思い浮かべる人も多いだろう。確かにこの市民開発者のトレンドはEUCの一つである。しかし、現在のトレンドの中心にあるサービスはクラウドサービスだ。技術やユーザーインタフェースの進化によってアプリ作成のハードルが格段に低くなっている。そして、データやアプリの管理方法が昔とはまるで異なる。
Power Platformに含まれるPower AppsやPower Automateの操作は、それほど難しくない。「Microsoft Excel」で関数を使える程度の技術があれば、簡単に習得できるだろう。
またアプリが扱うデータについても、ユーザーが不用意にOffice 365の業務データを外部のシステムに連携させることを防ぐ機能が用意されている。
このようにユーザーが作成したアプリやデータを管理者がコントロールし把握できる点は、以前のEUCとは大きく異なる点であろう。
本連載でも述べてきたように、Power Platformの活用もまたユーザーが自由に創意工夫できるよう仕組みやルール、体制づくりが重要だ。自由度が高い分、これまで以上に活用の推進を担うユーザーやユーザーの教育の役割は大きくなるだろう。
Power Platformの活用を推進しようと考える企業では、定期的に社内講習会を実施するほか、従業員が集まり使い方のアイデアを出し合いその場でアプリを作成してみるハッカソンのような取り組みを行っている。
今やツールの情報はネットなどでも多く見られ、Power Platformもネットを検索することで多くの情報を得られる。エンドユーザーの中には能動的に情報を検索して、自分で試してみるユーザーもいるようだ。(MicrosoftはPower AppsやPower Automateの機能を誰でも無償で利用できるCommunity Planを用意している)
Office 365導入企業のIT管理者からは、従業員から「Power AppsやPower Automateなどを早く使わせてほしいと要望が上がってきているので支援してほしい」といった声を聞く機会も増えてきた。こうしたユーザーの意欲を無駄にしないためにも、また自社でどう活用できるかを検討するためにも、IT部門や管理者、責任者は従業員と一緒になってツールに触れてみてほしい。
Office 365のライセンスベンダーの中には、従業員やIT管理者向けのトレーニングや、アプリ作成の支援サービスを提供している企業もある。そうした企業に相談してみるのも手だろう。
多くの企業でクラウドサービスの活用が浸透し、ITの技術も進歩を続ける中で、従業員のアイデアをより簡単に形にできる時代になった。これからは、技術力だけではなく発想力やアイデアも重要となる。
アイデアは、IT管理者や開発者だけで考えていても思い浮かばないこともある。実際に使い始めてから思い付くアイデアもあるかもしれない。多くのことを簡単に実現できるようになったOffice 365やPower Platformは、まさに新たなアイデアを生み出し、業務をより良くする機会を与えるものだ。そして従業員がもっと自由に、そして生き生きと利用することで本来の効果が発揮されるものだ。
Office 365やPower Platformの活用法や在り方を考えたとき、IT管理者やITエンジニアと現場の従業員が互いに協力し合う文化や風土が企業のIT活用力に直結するものだと筆者は考える。
Office 365やPower Platformは単に業務を便利にするだけのツールではなく、従業員が躍動的に働くための舞台装置である。いつもの業務をより良くするためにと導入されたOffice 365を、より多くの企業にもっと有効的に活用してほしいと筆者は願う。そして今回の全4回の連載が少しでもそのヒントになれば幸いだ。
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