"ITリテラシー皆無"だった老舗企業カクイチは、どうやって組織を変革したのだろうか。カクイチの執行役員、鈴木琢巳氏(事業戦略部 部長)に話を聞いた。
ものづくりメーカーから端を発し、ガレージや倉庫、物置事業や国内の農業を支援するテクノロジーを提供するカクイチ。国内に28の営業拠点、3つの工場、77店舗の直営ショールームを持つ。明治19年に創業し、従業員の平均年齢は46歳という同社は、2018年まで従業員は会社からメールアドレスを与えられていなかったという。
つい最近までそんな“ITリテラシー皆無”だったカクイチだが、今ではリモートでのコミュニケーションも円滑な企業へと姿を変えている。デジタル化による組織改革の道筋についてカクイチの執行役員、鈴木琢巳氏(事業戦略部 部長)に話を聞いた。
「カクイチは農家が主な顧客です。紙と電話とFAXがあれば事足りていました。私が情シス部長となった2018年当時は従業員の個人アドレスさえありませんでした」。鈴木氏はIT情報システム部の部長に就任した2018年(2020年4月より現役職)のことをこう振り返る。鈴木氏が情シス部長となる以前、カクイチ社内は「個人アドレスを与えるなどのIT化は情報漏えいの元」という考え方で運用されていた。
当時、国内の営業拠点28箇所にはノートPCが1台配布されているだけで、各拠点の営業担当者5〜10人が共有のメールアドレスを使っていた。ショールーム事業も手にかけている同社だが、就任当時は店舗にWi-Fiすら設置されていなかったという。鈴木氏が情シス部長となる1年前、2017年段階で一部の従業員に社用スマホとして「iPhone」が導入されたものの、バックオフィス業務に携わる従業員には個人アドレスがないまま、社内のコミュニケーションはオフラインによるものだった。
「月1回の支店長会議が本社で開かれ、営業所やバックオフィス部門の従業員など、末端に伝わるのはそのおよそ1週間後でした。今思うと、情報伝達のコストが高すぎます。しかも、年功序列のピラミッド型かつ以前はオーナーの一強組織だった当時のカクイチでは、情報を握っている上長が部下にどう伝えるかで情報の質も変わってしまいます。部単位や営業所ごとに違った解釈をしてしまい、結果、社長や執行部が求めている行動とは違う結果になるという課題もありました」(鈴木氏)
この旧態依然としたアナログな業務スタイルを改革する必要があると感じた鈴木氏は、組織のデジタル化に踏み切った。
鈴木氏はまず、従業員全員にiPhoneを配布し、チャットツールの「Slack」と従業員エンゲージメント向上ツール「Unipos」を導入した。「SlackとUniposはほぼ同時期に導入を進めました。導入テストも本導入もUniposの方を少しだけ先にしたことが功を奏したと思います。というのも、当時、他業界の情シス部長仲間からは『Slackを入れたら現在の情報ヒエラルキーが崩壊してしまう。アナログな会社の良いところが無くなる恐れがあるからやめたほうがいい』と止められもしました」と鈴木氏は振り返る。
実はSlackとUniposを導入する半年ほど前に、「Gsuite」と「LINE WORKS」を導入していたという。「LINEなら誰でもストレスなく使えるかと思って導入したのですが、それまでITの素地がなかった従業員はなかなか使ってくれませんでした。プライベートの延長のように捉えられ、社内の利用率は正直てんでダメでした」(鈴木氏)。では、Slackの全社規模導入はなぜ成功できたのだろうか。
その秘密は少し先に導入したUniposにある。
Uniposとは、従業員間で感謝の言葉とポイントを送る「ピアボーナス」のシステムだ。
カクイチでは、従業員に対してUnipos内で使えるポイントを週に400ポイント付与し、何か感謝をしたい相手に対し、感謝の言葉とともにポイントを送る。感謝のメッセージは全社公開で、その内容に対して役員含め他従業員から拍手とポイントを送ることもできる。そのポイントをためれば1カ月ごとにAmazonギフト券へと換金され成果給として受け取ることができるという運用をしている。
「Uniposの使い方はかなり簡単で、使えば使うほど従業員の承認欲求を満たすことができます。社外から感謝の言葉をもらいやすい事業部門よりも、普段そういったコミュニケーションの少なかったバックオフィス部門を中心に全社にすぐ浸透しました。結果的に、従業員のスマホ利用への抵抗を無くすことができました」
Uniposでスマホ利用への抵抗や情報伝達の心理的不安を無くしたことで、その後に導入した全社規模のSlackは浸透が早かったという。社長の意思決定の伝達に1カ月かかっていたという状態から、全社規模でのSlackによってリアルタイムで情報が可視化された。間に上長も挟まなくなったため、伝達の食い違いもなくなり情報も均質化された。
こうしてデジタル化を進めていた矢先、2020年春に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるテレワーク対応のタイミングが訪れた。
鈴木氏はコロナ禍を「むしろ契機だと思います。デジタル化をさらに推し進めることができました」と話す。「アナログ排除を徹底するため、『脱・昭和』の時流に乗ってFAXのコンセントを切りました。ただ抜くだけじゃなく、役員が本当にハサミで断つんです。会社に出ずに自宅で仕事をしてもらうために、オフィスに置いてあるデスクもいくつか壊しました」。
コロナ禍では、本社に支店長を集めての会議といったオフラインでの集まりが厳しくなったが、「コミュニケーションに関しては何ら問題ありません。まさかこんなことになるとは思いませんでしたが、2年前に取り組んでおいたことで従業員もストレスなくニューノーマルの働き方に適応してくれています」と鈴木氏は話す。むしろ、社長や役員が自宅にいても意思決定がリアルタイムでできるため、ビジネスのスピードは向上したという。
ただし、全くの問題なくデジタル化が進んだわけではない。新たな働き方に適応できる従業員とできない従業員での二極化が進んでしまったという課題も。バックオフィス部門を中心にテレワーク化が進んだことでUniposの利用率が低下もしてしまったという。
「このままでは閉鎖的になって仕事をするようになり、コミュニケーションも低下すると危機感を覚えました。利用率向上のための施策を打ち、テレワーク下でも従業員エンゲージメントを高められるように取り組みました。今はテレワーク前と変わらないようなちょっとしたコミュニケーションもITツールで代替できる組織になりました。ITリテラシー皆無ともいえるカクイチでもできたこと。全国のいわゆるアナログ企業も、挑戦すればデジタル化は必ずできるはず。情報を変革すれば、組織と文化が変わる。ぜひカクイチの例を参考に多くの企業が変わっていくことを願います」
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