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“開発の民主化”をけん引するアプリケーションPaaS概観

業務アプリケーションの実行環境をクラウド環境に移行する際の重要な選択肢の一つとなるアプリケーションPaaS。現状と今後の市場予測について見ていきたい。

» 2020年12月23日 08時00分 公開
[入谷光浩IDC Japan]

アナリストプロフィール

入谷光浩(Mitsuhiro Iriya):IDC Japan ソフトウェア&セキュリティ シニアマーケットアナリスト

ソフトウェア市場のアナリストとして、システム・サービス管理ソフトウェア、システムインフラストラクチャソフトウェア、アプリケーションプラットフォームソ、アプリケーション開発ソフトウェアの市場動向や企業ユーザー動向の調査・分析、ベンダーの動向・戦略分析、将来の市場予測を担当している。また、DevOps、アプリケーション開発、システム運用管理の動向に関する調査・分析を行い、ベンダー・ユーザー企業に提言を行っている。また、ソフトウェア&セキュリティの調査責任を持つ。


アプリケーションPaaS市場における実績と予測

アプリケーションPaaSにおける2つの領域

 最初に、今回予測を行ったアプリケーションPaaS市場を構成する2つの領域について触れておきたい。

 1つは、Java EEや.NETといった標準フレームワークで構築されたアプリケーションの実行環境を提供するデプロイメントセントリックアプリケーションプラットフォーム(DCAP)市場で、パッケージソフトウェアで言えば「IBM WebSphere Application Server」や「Oracle WebLogic Server」といったWebアプリケーションサーバに当たるものだ。DCAPの具体的なサービスとして、Googleが提供する「Google App Engine」をはじめ、Microsoftの「Azure App Service」やSalesforceの「Heroku」、Oracleの「Java Cloud Service」といったサービス群などが挙げられる。

 もう一方が、開発とランタイムを1つのプラットフォームに結合し、ドラック&ドロップや単純なスクリプトでアプリケーション構築できるGUIやビジュアルモデリング機能を備えたモデル駆動型アプリケーションプラットフォーム(MDAP)市場だ。MDAPには、Salesforceが提供する「Lightning(旧Force.com)」を中心に、Microsoftの「Power Apps」、サイボウズの「kintone」、OutSystemsの「OutSystems」などのサービス群が具体的なものとして挙げられる。

DCAPおよびMDAPの用途

 アプリケーションPaaSを利用する際には、DCAPおよびMDAPをそれぞれ使い分けていくことになる。

 DCAPの用途の1つは、企業がオンプレミスで構築してきた業務アプリケーションを、クラウドにあるJavaの実行環境に乗せ換えるケースだ。この場合、アプリケーション領域はそのままで、実行環境だけをクラウドにリフトするイメージだ。もう1つが、クラウドネイティブにアプリケーションを構築するネットサービス事業者やモバイルゲーム事業者などがプラットフォームとして利用するケースだ。ただし、後者はプレイヤーが少ないこともあり、大きなポテンシャルを秘めるのは、オンプレミス環境の移行だろう。

 MDAPは、オンプレミスでBPMのパッケージソフトウェアやワークフロー系のソフトウェアをクラウドサービスにマイグレーションする際に、従来の業務システムをそのまま移行するのではなく、新しいビジネスプロセスを構築することが少なくない。この場合、ややバズワードとなりつつあるローコード/ノーコード機能を駆使して開発し、同じ環境で実行する使い方だ。単に乗せ換えるだけではないことが、DCAPの活用イメージと異なる。

2019年度は前年比20.9%と高い成長率を誇る

 2019年度における国内アプリケーションPaaS市場実績を見ると、Webアプリケーションの実行環境がオンプレミスからクラウドにシフトしていることや、コンテナをはじめとしたクラウドネイティブアプリケーションの実行環境としてのDCAP活用が進んだことで、市場規模で306億円ほど、前年比成長率では20.9%と高い成長率となった。もともとアプリケーションPaaS市場は、MDAPのLightningが大きなシェアを持っており、大きく市場をけん引してきた。出荷額で見るとDCAPが31.8%、MDAPが17.9%の伸びとなった。成長率の数字は市場が小さいDCAPの方が大きくなりやすいものの、市場を後押ししたと言えるだろう。

 実行環境としてのクラウド利用が進む中、エンタープライズ分野においてGoogle App EngineやAzure App Serviceといったクラウドサービスの利用が拡大していることが、ポテンシャルの高いDCAP市場における大きなトレンドの1つだ。MDAPについては、以前はLightningがほぼ市場を占めていたが、ここ1〜2年で大きな潮流となったローコード/ノーコードの流行を受けて、他のベンダーも大きくシェアを伸ばしている。

アプリケーションPaaS市場の展開

 2020年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響もあり、ITシステムの開発や移行案件の中止、凍結などが実際に発生し、2019年度ほどの成長率は期待できないだろう。それでも前年比成長率で13.0%と堅調な成長が続くものと予測する。COVID-19が収束に向かうと期待される2021年以降は成長が加速し、2019年〜2024年までの年間平均成長率(CAGR:Compound Annual Growth Rate)は17.7%と予測する。

 DCAPのCAGRを見ると25.5%と大きな成長が期待されるが、背景にあるのはエンタープライズ(or 企業)のオンプレミス環境に業務システムが数多く残っていることだ。もちろん、全ての環境がクラウドに移行するわけではないが、オンプレミスで動いているJavaや.NETの実行環境をクラウドにシフトする流れが加速しており、今後も増えることは間違いない。アプリケーションPaaSに業務アプリケーションが次々にデプロイされることでクラウドサービスの売り上げが拡大することからも、DCAPの可能性は大きいはずだ。

 一方でMDAPは、現在でも市場全体の売り上げにおける7割を超えるのがLightningで、旧Force.com時代から大きなシェアを持つSalesforceが30%の急成長を見せることは考えにくく、DCAPに比べて低めの成長になる予測する。ただし、Power AppsのMicrosoftをはじめ、サイボウズやOutSystemsなどが急激に成長を続けており、ベンダーによっては30%以上の成長率を見せているところもある。Salesforceの規模にまでは達していないものの、ローコード/ノーコード機能を武器に今後も高い成長率を維持することになるだろう。

 しかも、MDAPに関してはCOVID-19が導入を加速させるドライバーとなった面もある。COVID-19の影響でテレワークへの移行を余儀なくされ、即席でアプリケーションを用意する必要に迫られた企業もある。出退勤管理アプリやリモート環境でも承認できるワークフローなど、柔軟な環境を整備するためにもMDAPの需要が高まっている。

アプリケーションPaaS市場における注目トピック

 ここ数年は二桁成長が続くと予測されるアプリケーションPaaSで、筆者が注目する動向について幾つか言及する。

グローバルなプレイヤーが中心のPaaS

 アプリケーションPaaSは、MDAP市場でサイボウズが日本企業として善戦しているが、それ以外はGoogleやMicrosoftがシェアの上位にあり、全体の売上額ではPaaS初期から広く企業に受け入れられてきたSalesforceが依然として圧倒的なシェアを持つ。幾つかの国内ベンダーもアプリケーションPaaSを提供するるものの規模はまだ小さい。Webアプリケーションサーバをパッケージで提供してきた国内ベンダーであっても、アプリケーションPaaSを提供するプレイヤーは少ないのが実態だ。

 これは、クラウドサービスを利用する国内企業の状況によるところも大きい。日本の場合、PaaSよりもIaaSを利用する傾向にあるのが実態だ。少なくない日本企業が「Amazon Web Services(AWS)」や「Microsoft Azure」に自分たちが利用していたアプリケーションサーバのソフトウェアをそのまま搭載し、従来通りの使い方を選択する傾向にある。つまりクラウドへのリフトはするものの、単にオンプレミスの実行環境を載せただけで、コンテナのようなクラウドネイティブなモダン化されたアプリケーションへのシフトはされていないのが実態だ。その意味でも、PaaSよりもIaaSが好まれていると言える。

日本企業がIaaSを中心にクラウドにリフトする理由

 クラウドネイティブ環境にリフト&シフトできない日本企業は、既存のアプリケーションを自社の運用に最適な形でカスタマイズを施している。PaaSの実行環境にはJava EEや.NETの最新環境が用意されるが、日本の企業がオンプレミスで利用しているのは、カスタマイズしたアプリケーションを動かすための古いJava環境であるケースも少なくない。それゆえPaaSで自社のアプリケーションを動かすことができない。そんな事情から、アプリケーションのモダン化が遅々として進んでいないのが日本の実態だろう。

 それでも、ビジネス環境の変化が激しい今、消費者に最新のサービスを提供しているB to C企業には、常に新しいサービスを短期間のうちに市場に投入し、アップデートをかけていくことが求められている。特に金融業界では消費者が求めるサービスの多様化に対応すべく、従来のモノリシックなものではなく、コンテナ環境で開発サイクルを速め、DevOpsによってサービス更新の迅速化を推進している。まさに消費者と直接ビジネスをするような企業からアプリケーションのモダン化が進みつつあるのが現状だ。

 一方で、製造業を中心としたB to B企業はそこまでのスピード感が市場から求められていないこともあり、比較的動きが緩やかな印象は否めない。ただし、最終的なサービス受益者である消費者が変わっていく中で、いずれB to B企業もアプリケーションのモダン化によってビジネスの変化に追随することが求められるだろう。

MDAPで注目されるベンダーの動き

 COVID-19の影響から採用が進むMDAPだが、どんなベンダーが注目されているのだろうか。

 まずはPower Appsだ。Microsoftはタスク自動化ツールとして「Microsoft Power Automate」の提供を通じてRPAによる自動化と「Power BI」を含めた一連のアプリケーションをパッケージとし、そのなかでローコード/ノーコード機能を生かしたMDAPの展開を進めている。多くの企業が「Microsoft 365」を業務プラットフォームとして利用し、コラボレーションツールとしての「Microsoft Teams」の活用も進む。それらの機能と合わせて業務のワークフローやアプリケーションを構築することで、利便性の高い環境を整備できる。 その観点から、Microsoftに対するMDAPの需要は高まるものと予測する。

 もう1つ注目なのが、超高速開発として以前からローコード/ノーコード機能を提供してきたOutSystemsだ。OutSystemsは、開発のテンプレート化によって最小限のコーディングで従来の業務アプリケーションが実装できるプラットフォームを提供する。自社のエンジニアリソースでアプリケーション開発を迅速化する内製化を検討する企業が広がり、定型的な開発業務であればインテグレーターの手を借りずともアプリケーションが開発できるOutSystemsに対する期待は高まっているのが実態だ。

 特にPower Appsやkintoneがワークフローに絡んだアプリケーション開発に役立つものとは異なり、OutSystemsはまさに業務アプリケーションそのものを手軽に開発できるものとして注目される。大手のSIerやコンサルティングファームがパートナーとしてOutSystemsを活用するケースが増えていることからも、今後の広がりが期待できるソリューションだ。

 国産ツールでは、kintoneが注目だろう。従来のサイボウズユーザーを中心に採用が進んでおり、30%以上の成長を続けていることからも今後さらなる規模の拡大が見込まれる。

 他にもGoogleは「AppSheet」と呼ばれるローコード/ノーコード機能を提供するベンダーの買収を通じて、「Google Workspace(旧G Suite)」の機能拡張を手軽に実施できる環境整備を進めている点も注目すべき動きだろう。

 Microsoftやサイボウズ、Googleは、日本におけるメールやコラボレーション系ソリューションの上位ベンダーだが、実は3社ともMDAPが持つローコード/ノーコード機能で自社のソリューションを拡張する環境を提供する。ローコード/ノーコード機能をてこに、顧客のワークフローを中心とした業務基盤を自社のクラウドサービスに取り込んでビジネス拡大につなげたいという思惑が見える。

 また、AWSを展開するAmazon.comもローコード/ノーコードに注力する。2020年に「Amazon Honeycode」の提供を開始しており、他社同様にMDAPには期待しているところだろう。

アプリケーションPaaS選びの勘所

 アプリケーションPaaSにおいてDCAPを利用する場合、単なるオンプレミスの移行先としてだけでなく、コンテナをはじめとしたクラウドネイティブなアプリケーションをベースに、他のアプリケーションやサービスと柔軟に連携しながら新しいサービスを構築することを目指したい。そこで大切なのが、選択するクラウドサービスが他にどんなサービスを提供しているのか、それらを組み合わせることでどんな新しいサービスが構築できるかを意識することだ。

 クラウド事業者ごとに提供されるサービスは当然ながら異なる。例えばAIのAPIをうまく使って業務に役立てたい、次のステップではビッグデータアナリティスクのサービスを活用して新たな発見をしたいといった将来的な活用をイメージして選択するべきだろう。単に機能を比べるのではなく、自社のビジネスに必要な機能を幅広く捉えて、そのビジネスを強くするために必要なサービスは何なのかといった視野がシステム部門にも求められる。

 MDAPは、ローコード/ノーコード機能を駆使することになるため、自社のエンジニアや業務部門のメンバーが使いこなせるかどうかを十分検証することが必要だ。特に業務部門自身がアプリケーションを開発する、いわゆる“開発の民主化”につながるMDAPだけに、業務部門のリテラシーをしっかりと見極めたい。

 MDAPは実行環境だけでなく開発プラットフォームと一体であることが一般的なので、サービス事業者の環境に大きく依存することになる。もちろんデータ移行はCSVなどの抽出機能があれば比較的容易だが、一度構築したアプリケーションを他の環境に移行することは基本的には難しい。これは現在でも業務基盤として「Notes(現HCL Notes/Domino)」利用し続ける企業が少なくないことからも明らかで、一度構築した環境はなかなか移行できないのが現実だ。

 だからこそ、MDAP自体を使い倒していくことが重要であり、ライセンスやサポート、パートナーの存在、事業者の成長性も含めて、自社の業務基盤として長く使えるかどうかを見極めたい。できるだけ長く使っていく覚悟をもって、プラットフォーム選定していく必要があるだろう。

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