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実証実験続くBeyond 5G/6G「300GHz/テラヘルツ波無線通信」の今

5Gで出遅れた日本が巻き返しを図るBeyond 5G/6G。そこで期待されるのが電波の最後のフロンティア「300GHz/テラヘルツ波」帯の活用だ。この未開の領域を切り開く国内研究の成果が続々と出てきている。

» 2021年02月10日 08時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

300GHz/テラヘルツ帯用のデバイス開発続々

 5Gの機器開発、実用化で海外勢に大きく出遅れた日本だが、次のチャンスをもくろんでいるのが5Gの未来形として想定されているBeyond 5G、さらにその先の6Gだ。それら次世代無線通信システムが実現を目指しているのは100Gbpsから400Gbpsといった超高速データ伝送である。これは8K映像の非圧縮伝送(48Gbps以上が必要)を複数実行しても余りある速度になる。

 そんな高速性を実現するには、広い伝送周波数帯域が不可欠だ。5Gではミリ波帯と呼ばれる28GHz帯に最大400MHzの広帯域が確保できるようになったが、それでも最高伝送速度は10Gbps(目標)にすぎない。桁違いの速度を実現するには、たっぷりと帯域が確保できる、まだ使われていない周波数帯しかない。

 そこで近年研究開発が進んでいるのが、275GHz以上のサブミリ波、あるいはテラヘルツ波と呼ばれる高い周波数帯の電波だ。その領域の電波を利用する最新の通信技術とデバイスのプロトタイプによる実証実験がこのところ相次いでいる。例えば国内では次の3例などがある。

非圧縮8K映像を無線伝送

 2021年2月初めには世界で初めて300GHz帯で8K映像の非圧縮無線伝送に成功した事例が発表された(大阪大学、ローム共同開発)。これは周波数差が300GHz帯になるように設定した波長1.55ミクロン帯のレーザペアの出力を8K映像信号源で変調し、光電変換デバイスでテラヘルツ波に変換、2チャンネルの24Gbps信号になるように多重化したオンオフ変調信号を用いたという。

小型で低コストICを使った省電力無線トランシーバー開発

 2020年8月には、東京工業大学とNTTによりかねてより開発されてきた300GHz帯無線機用ICを改善、CMOSプロセスで省面積かつ低消費電力で動作する無線トランシーバーの開発成功が発表されている。これはIEEE802.15.3d(300GHz帯の無線規格)の仕様を満たし、QPSKから16QAMの変調方式に対応可能、最大通信速度は34Gbps、消費電力は送信機と受信機合わせて410mWとなり、その時点で先行していた研究成果の4分の1以下の省電力化を達成した(チップ面積はトランシーバー全体で3.8平方ミリ)。

スマホに搭載可能な超小型アンテナによる無線通信に成功

 2021年1月に岐阜大学とソフトバンク、情報通信研究機構(NICT)は、スマートフォンに搭載可能な超小型アンテナにより、600ミリの区間で17.5Gbpsでの通信に成功したことを発表した。このアンテナは開口面積わずか1.8平方ミリと非常にコンパクトながら、およそ15 dBiの利得(ゲイン:入力に対する出力の比)を実現し、約600ミリの距離では十分に低いビット誤り率での通信が可能なことが示された(この実証について、以降で詳しく解説する)。

図1 開発された超小型アンテナのサイズとスマートフォンとのサイズ感のイメージ(2020年6月のアンテナ開発時の3社発表プレスリリースより) 図1 開発された超小型アンテナのサイズとスマートフォンとのサイズ感のイメージ(2020年6月のアンテナ開発時の3社発表プレスリリースより)

なぜ300GHz帯が高速通信に有利なのか?

 これまで主にマイクロ波領域の周波数帯が無線通信に利用されてきたが、新しい伝送周波数帯域を設けられる余地はほとんどなくなり、さらに高い周波数帯のミリ波領域(5Gで使われる28GHz帯や、IEEE 802.11adで用いる60GHz帯、車載用ミリ波レーダーなどで用いられる70GHz帯など)も逼迫しているのが電波割当の現状だ。

 そこで現在電波法で割当がない275GHz超の領域に大きな期待が寄せられており、この周波数帯がいわゆる「300GHz帯」、その領域の電波が「テラヘルツ波」となる。

 「テラヘルツ波」は0.1THz〜10THzの領域の電波を指すことがあるが、一般に275GHzから電波と赤外線の境目にあたる3THz(波長100マイクロメートル。電波法でいう「電波」の上限)までをテラヘルツ波と呼ぶことが多い(サブミリ波と呼ぶこともある)。この領域は「これまで利用されてきた電波と光の中間」領域となる。

 この領域での無線通信に関する議論はITU(国際電気通信連合)で行われており、「2019年世界無線通信会議(WRC-19)」では4つのバンドが特定されるに至った。その総帯域幅は137GHzに及ぶ。これまでの無線通信の伝送帯域幅が大きくても数百MHzだったのに対して、とてつもなく広い帯域が利用できる可能性があるのだ。

300GHz/テラヘルツ波の特徴と通信技術での課題

 一般に高速無線通信のためのポイントは3つだ。1つは伝送帯域幅の拡大、もう1つは変調多値数を増やすこと、さらに1つは空間多重数を増やすことである。

 帯域幅の問題はテラヘルツ波を活用することで解決可能として、変調多値数を増やすには、従来よりもはるかに高い信号対雑音比がなければならない。多値化すればするほど雑音に弱くなるからだ。これについては半導体技術、デバイス加工技術などを洗練し、雑音となる要素を取り除く努力がされている。ただテラヘルツ波は大気の影響を受けて減衰しやすく、直進性が高く障害物を回り込みにくいので回折減衰も大きい。さらに受信可能な電力は周波数の2乗に反比例して小さくなるため、アンテナの利得が高いことが特に要求される。

 また、空間多重のためにはテラヘルツ波がどのように空間を伝搬するのかを精密に把握する必要がある。これからテラヘルツ波をどんどん産業利用していくには、電波がどのように飛ぶのか、反射や吸収などのようすをとらえる計測技術が非常に重要になる。空間多重のためにビームステアリングなどを開発するには、その前に計測技術を確立する必要がある。

テラヘルツ波の産業利用に欠かせない「電波の可視化」

 今回の超小型アンテナ開発にあたった岐阜大学工学部の久武 信太郎氏は「テラヘルツ波は電波利用の最後のフロンティア。どのようなユースケースがあるか想像もできない新しい挑戦的な領域だ。火星の探査にロケットで探査機が送り込まれ、深海探査に深海探査機が使われるように、未開拓の領域を開拓するにはまず探査が肝心。探査できた国が覇権を握る。テラヘルツ波の技術開発、産業利用というフロンティア領域には、まず電波の可視化技術による探査が必要だ」と話す。図2に示すのは、同氏が開発した技術による電波計測、可視化の例だ。テラヘルツ波の振幅分布と位相分布が、この技術によって人の目で直感的にも捉えられるようになった。

図2 テラヘルツ波の視覚化の例(岐阜大学) 図2 テラヘルツ波の視覚化の例(岐阜大学)

 研究チームは、この可視化技術を駆使してテラヘルツ波用の超小型アンテナ開発にあたった。着目したのは、波長レベルのサイズの誘電体に電磁波を当てると、誘電体の後ろで電波が収束するフォトニックジェットと呼ばれる現象。図3のようにアンテナの誘電体に電磁波を当てて、発生したフォトニックジェットを観察することによりアンテナの性能を明らかにした。

図3 電波、フォトニックジェットの計測と可視化によりアンテナ性能を明らかに(岐阜大学) 図3 電波、フォトニックジェットの計測と可視化によりアンテナ性能を明らかに(岐阜大学)

超小型アンテナの性能は?

 こうしたオリジナルに創出した技術も駆使して開発された超小型アンテナは、信号波長(約1ミリ)と同程度の1.36×1.36×1.72 (ミリ)というサイズである。これは図1に見たように、スマートフォンのカメラレンズのサイズと大差ない大きさだ。

 アンテナの利得は開口面積(電波を受信するのに使われる面積)に比例するため、アンテナのサイズを小さくすることと、利得を高くすることは相反する課題だ。今回のアンテナの開口面積は1.8平方ミリとなっており、これまで開発されてきた300GHz帯用のアンテナに比べてほぼ半分以下のサイズになるが、アンテナ利得は利得を約15dBiに保っている。これはフォトニックジェット効果を上手に利用した成果だ。

図4 過去の開発事例(2〜6)と今回の事例(1)の開口面積と利得との関係(岐阜大学) 図4 過去の開発事例(2〜6)と今回の事例(1)の開口面積と利得との関係(岐阜大学)

 通信実験は、テラヘルツ波無線通信で一般的なホーンアンテナから最大600ミリ離れた新開発アンテナとの間で行われた。送受信機は市販部品のみで構成しており、特別なものは超小型アンテナのみだ。試験に用いた計測機器の制限により伝送速度は17.5Gbpsとなったが、信号スペクトル形状は劣化せず、高速無線通信に適用可能な広帯域性があることが確認されたという。また送受信機間の距離を変えながら、ビット誤り率(Bit error rate :BER)を計測したところ、一般的な伝送成功の目安とされるFEC limt(BER=3.8×10-3)以下となった(図5)。

図5 開発した超小型アンテナとホーンアンテナ間の距離とビット誤り率(岐阜大学) 図5 開発した超小型アンテナとホーンアンテナ間の距離とビット誤り率(岐阜大学)

300GHz/テラヘルツ波無線通信の今後ユースケース

 現在はアンテナ開発のほかにも対応トランシーバーの開発も進んでいる。今後さらに送受信機の出力パワーが上がり、受信感度も上がっていけば、300GHz帯/テラヘルツ波無線通信の産業応用の道が本格的に開けていくだろう。

 例えば駅などに設置した情報キオスクにスマートフォンをかざせば、持ち主のふだんの行動に即して推測される全ての移動先について、推奨する移動手段や経路情報を一瞬のうちに記録可能になるかもしれない。またこれから見るかもしれない地図情報や映像情報などのリッチコンテンツを全部端末にダウンロードしておく使い方も、AIを併用すれば可能になるだろう。大量の情報を瞬時に伝送できるようになると、従来の通話やデータ通信などによる通信の混雑を回避する効果も出てくる。

 さらに5Gやその次の世代の通信システムで非常に稠密に設置されるようになる基地局の間を結ぶ、高速無線回線の役目も果たせるだろう。実際に日欧の産学官共同研究プロジェクトの「ThoR(TeraHertz end-to-end wireless systems supporting ultra high data Rate applications:大容量アプリケーション向けテラヘルツエンドトゥーエンド無線システムの開発)」では、実際のネットワークに接続可能な300GHz帯高速無線伝送システムを構築に取り組んでいるところだ。

 久武氏は「1つの技術を進展させて練り上げていく未来と、他のいくつかの最先端テクノロジーとの融合で創発される未来があると思う。よく言われるリアルタイムに高精細コンテンツを伝送するのみのユースケースは前者的である。一方、機械学習などの予測技術、圧縮技術、高速大容量メモリ技術などと融合すれば、改札にタッチするだけで、ユーザが次の駅までに、あるいは1日に探索するであろうインターネットの世界を端末に蓄えておくことができ、リアルタイム性が重要でない場合は移動中の高速無線通信が不要になるかもしれない。他のテクノロジーとの融合で、徐々に想像が妄想の域へ拡張され、ワクワクが増えてくるが、このユースケースも想像できるレベルでまだイマイチである。スマートフォン登場直後に、現在のようなユースケースが想像できなかったが、これは様々な最先端技術との融合の賜物だからだろう。桁違いの高速無線通信でリアルタイムに高精細コンテンツが伝送できるようになれば、他のとんがった技術と斬新なビジネスモデルとが融合されて、今は誰も考えられないような素晴らしいことが起きるはず」と言う。いったい何が起きるのか、何が起こせるのかを考えていきたいものだ。

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