人事においてジョブ型雇用が今一つのトレンドとなっているが、適切に運用しなければ、リスクとなる側面も持つ。今一度立ち止まって考えたいポイントを整理した。
現在、にわかに注目を浴びている「ジョブ型雇用」。欧米型の職務別の賃金体系を採り、年功序列型の賃金体系とは正反対の特徴を持つ雇用制度だ。個人の働きが見えにくいテレワーク時代にフィットする雇用形態だが、急場しのぎの便法として導入すると、うまく運用できずに失敗する恐れもある。従来の雇用制度とうまく折り合いを付けて導入するにはどうすればよいのか。現実的な着地点を専門家が提案した。
本稿は、「ActivateHR 2020→2021 HRの『これから』〜テレワーク時代において人事がアップデートすること〜」におけるリクルートワークス研究所の中村天江氏による講演「ジョブ型雇用への向き合い方 ー制度と運用のギャップをどう超えるのかー」を基に、編集部で再構成した。
ジョブ型雇用は組織の仕事をジョブ単位に分解し、ジョブに必要な技能を持った人材を採用する雇用制度だ。欧米や中国などでは一般的な制度だが、日本では長期雇用を前提に、従業員の能力や意欲によって仕事を分担する「人に仕事がつく」やり方を採ってきた。いわゆる年功序列制度のことだが、ジョブ型雇用に対して「メンバーシップ型雇用」と呼ばれる。
リクルートワークス研究所の中村天江氏(主任研究員)は、ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用は「人と仕事のマッチング方法が正反対。全面的にジョブ型雇用を採用するのは、北極からいきなり南極を目指すようなもの」と説明した(図1)。
「ジョブ型雇用制度は、個人の持ち味や経験によって仕事を分担するのではなく、まず箱を作ってそこに人を合わせていくため、職務を限定したスペシャリストを育てやすい。組織のミッションや目標、組織体制を変更したい企業であれば、人事部が柔軟に人材を配置できるメンバーシップ型雇用制度の方がマッチする。頻繁に組織再編を繰り返す企業にとってはジョブ型雇用はなじみにくい。ジョブ型雇用はテレワークの導入を契機に関心が高まっているが、組織の業務の進め方によって効果に大きな差が出る」と同氏は指摘し、現在の日本企業でのジョブ型雇用導入の動きと、制度運用でつまづきがちな部分について解説し、解決策を提案した。
日本企業がジョブ型雇用に注目する理由は、テレワークで従業員の状況が見えにくい環境でも成果を上げたいという企業の考えがあるためだという。日立製作所や資生堂などのジョブ型雇用の導入事例も一因としてあるのだが、それら大手企業では10年にも及ぶ大規模な人事制度改革に取り組んでいて、その総仕上げとしてジョブ型雇用を組み入れている。また三菱ケミカルや富士通は、経営者の交代による経営改革の施策としてジョブ型雇用を採り入れた。経営や人事制度改革の一環としてジョブ型雇用を導入する企業の導入理由は主に次の5つだ。
経団連は、ジョブ型雇用を「専門業務型・プロフェッショナル型に近い雇用区分」とし、「市場価値も勘案し、通常とは異なる処遇を提示してジョブ型の採用を行う」こととして提唱している。
これまでのように賃金とポストが年功序列で決まる硬直性の高い仕組みでは、外部人材の採用は難しく、若手人材を生かし切れないという思いが企業にはあった。これまでの雇用制度改革では不十分だと企業が考え始めたところに、コロナ禍を契機にした雇用制度の見直しの機運が出てきたのが現状だ。
現在は、テレワークに都合のよい雇用制度だとしてジョブ型雇用に関心を持つ企業もあるようだが、このトレンドに乗っていきなりジョブ型雇用に転換すると、制度の運用面でつまづく可能性がある。重要なのは高い競争力を獲得するために優秀な人材が必要だという点で、今の人事制度を生かしつつ、ジョブ型雇用の良いところをどう採り入れるかを考えるべきだ。トレンドワードとしてのジョブ型雇用に踊らされることなく、年功序列を撤廃してポストと賃金の硬直性を打破し、経験は浅いが頑張っている人に適切に報いて、辞めず頑張ってもらうという本質的な部分に注目すべきだろう。
ジョブ型雇用導入に向けて議論すべき課題は次の3つだ。
1.ジョブ型雇用の導入を考える前に向き合うべき人事課題
2.今の人事課題解決の最善手が本当にジョブ型雇用なのか
3.ジョブ型雇用を導入しても生じるズレとは
ここからは、この3点について詳細を解説していく。
テレワークに関する諸問題が課題になっている。マネジメント面でいえば、情報共有やコミュニケーション、そしてメンバーの管理、成果の管理、人事評価、それらによる管理職の負担増などだ。これらの問題解決のために、ジョブ型雇用に関心を持つ企業もある。
目標管理制度(MBO:半期や年間でやるべきことを決め、数値目標を含めて目標管理する制度)を採用している企業は、大企業で94.5%、中堅・中小規模も合わせると88.5%(労務行政研究所「目標管理制度の運用に関する実態調査」《第3853号・13.9.27》)にも上るという。企業の多くで、職務内容はすでに何らかの形で言語化されているはずだ。
ところがそれでも「ジョブが見えない」「適切な人事評価ができない」という現象が起きている。その状態でジョブ型雇用に転換しようと、職務分析をしても失敗する可能性が高い。また、職務分析の後にはジョブグレードの設定やペイグレードの設定もあり、それらの設定ができたところでやっと人材とのマッチングが可能になる。そこまでした上で、合致する人材がいないとなると、大変な時間とパワーの無駄になる。
このようなリスクもあるジョブ型雇用は、真正面から人に向き合い、人に投資するための仕組みであることを意識して取り組むべきであり、“経営の逃げ”として導入するとうまくいかない。むしろジョブ型雇用への転換を図る前に、目標管理制度がうまく機能していないのなら、制度を改善したり、賃金制度の見直しをしたりといった、他の解決法を考えた方が良いだろう。
目標管理制度など成果主義を採り込んでいる企業では、「ロール型雇用」という、ロールグレード(等級)に賃金や評価を結び付ける制度を選択肢に入れてみても良いだろう(図2)。
ジョブ型雇用が本当に自社の課題解決のための最善手なのかは熟慮すべき点だ。全社的な大構造改革をするのなら最善手なのかもしれないが、そうでないケースもある。
ジョブ型雇用の利点として、優秀な人材の獲得がある。その利点を考えてジョブ型雇用を考えるのであれば、制度を転換するのではなく、特定の職務について特定の何人かを迎え入れるジョブ型採用を既存の人事制度に組み込むことを考えた方が良いだろう。その人の希少性や前職での評価、市場評価などを賃金に反映するなどの工夫は必要だが、全面的に人事制度に手を入れなくても優秀な人が採れる可能性がある。(図3)。
ちなみにジョブ型雇用メインの海外では、転職した人の多くが年収が上がったといい、キャリアアップできる場合もあるという。日本では、転職しても年収が上がるケースはそう多くないと聞く。職務が同じであれば給与も同じでいいだろうという方向に企業の考えが向き、これが離職増や採用難の原因の一つにもなっている。同じ職務でも待遇の差別化やタレントマネジメント手法で、これまでの行き過ぎた“公平主義”を変えていくことも、ジョブ型雇用導入のような大手術の前に考慮すべきだろう。
日本企業にありがちな「制度はあれど風土がない」といわれるように、制度は作っても実際には運用されていないのが実情だ。ジョブ型雇用も制度趣旨と運用実態にズレが生じる可能性がある。人事担当者はそのズレを防ぎ、制度と風土のギャップを埋める使命がある。どのようにギャップを埋めていくかは、ジョブ型雇用が本当に自社のビジネスに有益に働くのかも含めて考えた方がよい。
リクルートワークス研究所の調査では、職務が明確化されている欧米や中国の企業では従業員の賃金満足度が高い(「満足している」とした人が63〜75%)という。一方、日本では「満足している」とした人は32%と少ない。これに着目して、各国の賃金決定要因の上位項目を比較したのが図4だ。この図からは、ジョブ型雇用で賃金満足度が高い欧州よりも、日本の方が「個人の成果・貢献」が賃金の決定要因になっていることが分かる。
実は欧州は厳密には成果主義になっていないのだ。日本には目標管理制度に沿って賃金に反映されているのだが、賃金満足度が低いという現象が起きている。これは、目標の設定が適切でないか、従業員の意欲を喚起できていないといったことが考えられるが、むしろ図4で赤字で示すように、個人と会社の個別交渉が賃金決定要因になっている割合が他国と比べて圧倒的に低いところが問題だ。
ジョブ型雇用で賃金満足度が高い国では、一人一人としっかり向き合い、職務の分解に対して会社が徹底的にコミットしており、入社時の条件交渉では、個人と会社がしっかりすり合わせをし、どのように報いるかを会社が提示している。そのような権限を人事担当者が持っているか、企業や個人が要望に応じてうまく調整できるようにしなければ、ジョブ型雇用を導入してもうまくいかない。
ジョブ型雇用を成功させるには、社内で職務分析をした上で、企業から個人への報酬(金銭的報酬だけでなく、環境的報酬、関係的報酬を含む)を充実させることにより、エンゲージメントを強化できる。ジョブと報酬をより可視化できれば、「あの仕事に就きたい」と仕事に意欲的な人も生まれ、社内は活性化するだろう。そのような組織になったときに、ジョブ型雇用は実を結ぶ。
ジョブ型雇用は、時間をかけながら経営者が旗を振って実行するべき経営課題であり、テレワーク対応などの一時しのぎのために導入するものではない。会社がラクをするための仕組みとして捉えるのではなく、人材のポテンシャルを生かすための仕組みづくりだと考えて取り組むべきものだ。
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