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「中小企業向けクラウドERP」徹底解説 コスト問題と後悔しないための確認ポイント

ひと昔は「ERP」と言えば、導入に莫大な人的、経済的コストがかかり中小企業には無縁のものと考えられがちだったが、業務システムのクラウドシフトが進む今となっては、数十人規模の中小企業でも導入できるライトなERPを利用できる時代になった。

» 2022年06月20日 07時00分 公開
[土肥正弘ドキュメント工房]

 ビジネスの推進に必要なものが大企業と中小企業とで大きく異なるわけではないが、ビジネスの源泉となる資金力には相応の差がある。IT投資やDX(デジタルトランスフォーメーション)に差し向けられる予算を中小企業が捻出するのは簡単なことではない。

 特に中小企業を苦しめているのが人手不足だ。その要因は少子高齢化に伴う労働人口の減少によるもので、将来的にはますます若手人材の獲得が困難になることは目に見えている。人材獲得のためには他社よりも魅力的な企業であることを社会に示さなければならない。そのためにも事業を成長させ、さらなる成長への投資に振り向ける資金を確保しなければならない。だからこそ、より高い利益率を確保し、良好なキャッシュフローを生み出すくことが肝心だ。

 そこで必要とされるのが「ERP」だ。近ごろは業務系システムのSaaS(Software as a Service)シフトが顕著で、ERP分野もその波を受けてクラウドERPの導入が進みつつある。最近は、数十人規模の中小企業でも導入できる軽量なクラウドERPも登場している。本稿では、そうした「中小企業向けクラウドERP」と気になるコスト問題、そして自社にフィットした導入方法を徹底解説する。

気になるコスト問題 オンプレとクラウドERPのコスト差

 これまでは「ERP」と言えば、大量のトランザクションを高速に処理する必要からオンプレミスでの運用を前提としたシステムが多くを占めていた。処理速度の問題が解消に向かう中で、ERPをパブリック/プライベートクラウドで運用、構築する動きが徐々に増え始めた。

 そして、ERPパッケージの機能が徐々にSaaS(Software as a Service)として提供されるようになった。クラウド専業ベンダーが中小企業でも導入できるよう機能を抑えたコンパクトなクラウドERPを提供し始めたことで、中小企業におけるERP導入のハードルは大きく低減した。

図1:企業の基幹業務とERPの変遷(出典:freee提供の資料)

 一般的にクラウドERPの主なメリットは大きく分けて2つ考えらえる。インフラ構築が不要になること、そしてシステム導入と運用コストがオンプレミス型と比べて著しく軽減できることだ。

 図2はオンプレミス型ERP、図3はクラウド型ERPの導入コストとランニングコストをイメージ化したものだ。

図2:オンプレミス型ERPの導入コストとランニングコストのイメージ(出典:freee提供の資料)
図3:クラウド型ERPの導入コストとランニングコストのイメージ(出典:freee提供の資料)

 図2で示されている通り、オンプレミス型ERPは障害対応やバージョンアップなど突発的なコストが発生する可能性があるが、クラウドERPはそうした心配をユーザー企業が背負う必要はない。

 システム規模にもよるが導入期間について、パッケージを利用したオンプレミス型ERPを構築する場合は少なくとも業務設計に3カ月程度、インフラ構築に8カ月以上、そしてERPの構築に3カ月程度を要する。さらに現場への研修など運用準備に3カ月程度と、導入までのプロセスだけで相応の時間を要する。大企業になれば、導入開始から運用開始までに最短でも1年以上かかるケースが多いだろう。

 一方、クラウドERPはインフラ構築は不要で、業務設計においてはクラウド連携を前提とするとカスタマイズ領域も少なくて済み、オンプレミス型ERPと比較すると数週間の短縮が見込める。またERP構築はマスター設定やアカウント設定、動作確認のステップだけで済み、2〜3週間ほどで導入前の準備が完了するケースが多い。オンプレミス型と比べると、導入に要する期間を半年以上は短縮できるだろう。

中小企業がクラウドERPを導入する前に解決すべき課題

 ERPの導入によって経営リソースを全体最適することが理想的だが、中小企業ではその理想を実現する前に解決すべき目前の課題がある。

 それは、複数システムへのデータ入力と転記作業という、会計・財務・税務などのコーポレート部門での共通した悩みだ。

 例えば従業員から提出される経費申請や経費立替情報の入力、請求書や支払い依頼への対応、支払管理台帳への記帳(債務管理)、会計システムあるいはExcelなどで作成した管理台帳へのデータ入力(帳票の転記入力)、会計システム/管理台帳への入力(銀行などの通帳を確認しながらの入力・転記作業)は手作業で行われることがほとんどで、それにかかる人件費と所要時間を合計すると膨大なコストになる。これを圧縮できれば、大きなコスト削減と処理スピードの向上が見込める。

 個別の業務特化型システムを組み合わせて利用していても、転記作業が発生するなど効率化には限界がある。また、ヒューマンエラーも発生しやすい。

 そうした部分をクラウドERPによって省力化、自動化できれば、時間とコストの削減につながるだけでなくミスの発生も最小限に抑えられ、十分なコストメリットを得られるだろう。クラウドサービスを利用することで、社内であれ社外であれどこでも担当者が自分で情報を入力でき、申請や承認フローが必要な場合でも紙帳票を記入して提出する必要もない。銀行などの入金内容もクラウドから取得できるため、照合や消込などの作業も自動化できる。

 近ごろは50人未満の企業でも中小向けの軽量なクラウドERPを導入する事例が出始めているという。クラウドERPの導入ハードルと運用コストはそこまで低減しているということだ。

「オールインワンタイプ」と「疎結合タイプ」の違い

 大きく分けてクラウドERPには、機能をオールインワンで提供するサービスと、コア機能にさまざまな機能を疎結合で連携させて提供するサービスがある。

 「オールインワンタイプ」の場合、取引情報(トランザクション)とマスターデータは全て統合データベースで一括管理されるため、各機能間でデータの矛盾が生じることはない。また、システム間連携を前提としないので、権限設定や認証機能などでセキュリティを同一レベルで確保できる。ベンダーが提供する以外の機能を加えたい場合は、データ連携をする必要があるなど難易度が高い面もある。

 もう一つがクラウドサービスであっても各機能が独立したシステムになっていて、データをシステム連携によって統合する「疎結合タイプ」だ。こちらはデータ連携先としてERP以外の別システムを加えるのも容易で、拡張性に富んでいるのが特徴だ。ただし自動データ連携が一方向になっている場合は、マスターデータの更新タイミングのずれやトランザクションデータの修正が全体に反映されず矛盾が生じることもある。

図4 疎結合タイプのサービスと統合タイプのサービスの比較(出典:freee提供の資料)

 なお、クラウドERPにはさまざまな機能が用意されており、その中から自由に機能を選んで利用するのが基本だ。

 事業に関する情報を集約する会計業務をまず自動化し、それから他の業務へと自動化の範囲を拡張していくのが一般的な利用法だ。基本的な機能として仕訳の自動化や決算書類の作成機能に加え、銀行口座明細などを自動取得する機能も備える。そこに、固定資産管理や債権管理、債務管理、請求管理などの機能を加え、拡張していくことがクラウドERPでも可能だ。

 また大きな省力化に貢献するのが、ワークフロー機能を用いた申請・承認、精算・支払い、費用の計上の自動化だ。だが、ワークフローの設計は難易度が高く、場合によっては運用負荷を高める可能性があるので注意が必要だ。また人事給与や勤怠管理、プロジェクト管理、行政手続きやマイナンバー管理などもクラウドERPで合理化が可能だ。

 「小さく始めて大きく育てる」ことが可能なのがクラウドERPの利点の一つだ。中でもクラウドERPは機能拡張の仕組みもあらかじめサービス内で用意されており、その範囲内であれば新たな機能開発や大きな投資も必要ない。

自社にフィットしたクラウドERPを導入するための確認ポイント

 ここからは、導入を検討するに当たって注意したいポイントについて解説する。

 クラウドERPはカスタマイズをして利用することを前提としていないため、オンプレミス向けのパッケージと比べて企業独自のカスタマイズやアドオンによる拡張が難しい点はあらかじめ認識しておきたい。

 従来はERP自体を自社の業務にフィットさせることが重視されたため、アドオン開発などで運用開始までに時間とコストがかさみ、またバージョンアップ対応などの際に自社開発部分の改修コストがIT予算を圧迫することも多かった。クラウドERPではバージョンアップはベンダーの責任で実行され、そもそもアドオン開発を前提にはしていない。サービスの機能を利用する分には追加コストの心配なく、契約した機能を利用し続けられるのが大きなメリットだ。業種や業態により独自の業務にERPを適用させたい場合は、各ベンダーが検証済みの連携サービスやアプリケーションが公開されているので、まずはそのリストをチェックし、ベンダーに相談するといいだろう。

 なお、上述した内容からクラウドERPの導入に当たって考えられるサービス選定の確認ポイントをまとめたのが以下だ。

  • 導入初期費用やランニングコストが自社にとって適正か
  • 機能の取りそろえが十分か
  • カスタマイズやアドオン開発を必要としないか
  • 導入時に外部コンサルなどの関与が必要な専門性や複雑性はないか
  • 既存の会計システムからのデータ移行が可能か
  • モバイルなど、操作やUIなどに関して研修やサポートの必要性はあるか
  • サービスのアーキテクチャが統合型か、疎結合型か
  • 将来的な機能拡張に応えられる機能ラインアップがあるか
  • 外部のSaaSやアプリケーションとの連携や統合は可能か

 こうしたポイントを押さえながら自社の実情に合ったサービスを検討するといいだろう。導入の際の参考としていただきたい。

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