富士貿易は、RPAを導入してわずか2カ月でロボットの開発体制を構築した。同社の担当者に、IT人材が不足しがちな中堅・中小企業がRPAを推進するコツを聞いた。
大企業の過半数がRPA(Robotic Process Automation)による業務効率化を推進する一方で、中堅・中小企業では人材不足やコストが課題となり、RPAの導入に踏み切れなかったり、導入しても成果を出せなかったりするケースがある。
一方、外航船舶関連事業などを展開する従業員数241人の富士貿易は、2021年にITイノベーション推進室を新設、2023年1月に「UiPath」を導入し、わずか2カ月で10人の開発者体制を敷くことに成功した。
ただ、その中ではさまざまな苦労もあったという。2021年初頭ごろにRPAをはじめて利用しはじめた当初は非ITエンジニアでも開発できるという触れ込みのツールを導入したものの、社内に思うように広がらなかった。同社はこうした壁にどのようにアプローチしたのか。中堅・中小企業がRPAを導入し、開発を内製化するための秘訣を、富士貿易の門脇 慶氏(ITイノベーション推進室 シニア・スタッフ)と羽鳥直充氏(同室)、富士物流の田中友輝氏(本社総務部 業務企画課)に聞いた。
2021年に設置されたITイノベーション推進室は、富士貿易にとって30年ぶりのIT部門になる。同社にはそれまでIT部門がなく、あらゆるIT関連トラブルの解決を外部のITベンダーに外注し、「解決までに時間がかかる」「社員のITスキルが向上しない」といったことが課題になっていた。ITイノベーション推進室は、こうしたITベンダーへの依存を見直し、時代の新たなニーズに対応するため、またDX(デジタルトランスフォーメーション)時代に必要なITのノウハウや技術力を強化するためにトップダウンで設置された。
ITイノベーション推進室は、神戸支社の門脇氏と羽鳥氏の他に、横浜本社の従業員1人とグループ会社である富士物流の従業員1人の計4人で構成されている。発足当時、門脇氏と羽鳥氏はそれぞれ別の事業部の管理部門に所属していたが、2022年に専任となり、現在に至る。ITイノベーション推進室は社内の業務効率化をメインの目標として掲げ、RPAの積極的な活用は検討課題の一つだった。
最初は非ITエンジニアでも開発できるという触れ込みのRPA製品を導入して一部業務を自動化していたが、門脇氏と羽鳥氏が開発を担当していたこともあり、思うように自動化の範囲を広げられなかった。そこで他のツールを検討した結果、2023年1月にUiPathの導入を決めた。門脇氏はUiPathを採用した理由を次のように振り返る。
「自動化の範囲を広げるためには、管理機能が充実し、ロボットを柔軟に実行できて、チーム全体でプロジェクトを推進できるツールが望ましいと考えました。また、グローバルへの展開がしやすいツールであること、担当の方からUiPathのアプローチが現場主導だと聞き、全社的な体制作りに役立つのではないかと考えたことも採用の決め手になりました」(門脇氏)
同社は、UiPath社による導入前の説明会やワークショップ、ハンズオンを経て、開発の内製化に自信を持ったという。
「初回の説明会兼ワークショップでは、UiPathの担当者にロボットの作成方法や自動化の様子を披露してもらいました。説明会やワークショップ、ハンズオンを繰り返し実施することで、社内でのRPAの認知度が徐々に上がりました。こうした様子を見ながら、当社のようなIT専門家の少ない企業でも、開発の内製化が可能ではないかと考えました」(羽鳥氏)
その後、全社規模で『どの業務をUiPathで自動化したいか』というアンケート実施し、その結果を基に、自動化のしやすさ、開発のしやすさを基準として幾つかの業務を選定した。
同社のRPA推進体制は、ITイノベーション推進室が自動化業務の選定といった上流工程を実施し、現場の開発者がロボットを開発する現場主導のアプローチをとる。とはいえ、現場に開発を丸投げするのではなく、まずはITイノベーション推進室が見本となるロボットを作るなどして、開発を促進・フォローアップする体制を築いている最中だ。
「現場での開発を促すために、まずはITイノベーション推進室がロボットを開発し、アンバサダーにロボットが動く様子を披露しながら開発方法を詳しく説明しています。その後アンバサダーに同じロボットを開発してもらいます。ゼロから開発をするよりも、開発済みのロボットを見よう見まねで再現してもらう方が、短期間で開発のスキルが身に付くのではないかと考えています」(門脇氏)
羽鳥氏も、「自身があらかじめロボットの開発を通じて培ったノウハウを分かりやすい形で提供できれば」と語る。
「私はこれまでにプログラミングを学習した経験がなく、見本のロボットを開発する際もYouTubeの動画を参考にしたり、UiPathのドキュメントを転用したりしながらRPAの開発を学んでいます。つまずきやすいポイントや、何を参考にすればよいのかの勘所が身に付いてきましたので、こうしたノウハウを積極的に現場の開発者に提供し、開発にかかる時間を短縮できればと考えています」(羽鳥氏)
現在、開発が進んでいるロボットは幾つかあるが、そのうちの一つが「サプライネットワーク事業部 神戸営業(以下、SDK)」が担当する、船の物資納入にまつわる見積もり事務作業を自動化するロボットだ。SDKの一つのチームでは新たに建造された船に対して必要な物資を提供している。物資の情報はメールで届き、メールに記載されたリンクをクリックしてExcelデータをダウンロードし、そのデータをCSV化して基幹システムに取り込む作業をUiPathで自動化する。
必要な物資は食料品や船用品など多岐にわたり、物資の種類や数量が記載されたExcelデータは数千行にも及ぶ。これまではExcelのデータを手作業で基幹システムに入力していたために1案件の入力に数時間かかっていたが、これをUiPathで自動化できれば、3分ほどで処理を完了できるようになるという。
門脇氏によると、船の物資納入の見積業務を自動化するロボットは、船舶部品販売部門である「マシナリーサービス事業部 マシナリー営業(以下、MSD)」の業務の自動化にも応用できるという。MSDでは、航海中の船舶の部品注文メールを一日に約800件受信しており、SDKの物資納入業務と同じフローで業務を自動化できる。
このように船の物資納入業務は他部門の業務にも応用できる汎用性を持ち、自動化によって大きな成果が見込めることから、優先的にロボットの開発を進めている。
その他、富士貿易では既に横浜本社の財務部門が担当する海外送金処理業務をUiPathで自動化している。現時点でさらに5〜6業務の自動化が決まっており、現場担当者が順次開発に着手する予定だという。
現在、同社では各部門から1人ずつ計10人をRPAの現場の開発担当者として選出し、ロボットの開発体制を整えている。その中には積極的に開発を進める人もいれば、通常業務が忙しくて思うように開発に着手できない人もいる。門脇氏は「開発のノルマを課すのではなく、現場のモチベーションを重視して進める」と強調する。
「最初から開発のノルマを課してしまうと、ただでさえ通常業務が忙しい現場の開発者に過度なプレッシャーがかかってしまいます。現場の開発者には取り組みやすいロボットから着手して完成まで漕ぎつけ、開発を楽しいと思ってもらえたらと考えています」(田中氏)
こうした方針で進めていることもあり、現在は現場の開発者ごとのスキルにばらつきがある状態だが、今後スキルの差が縮まったタイミングで、UiPathから提案されている寄り添い型のサポートサービスの利用を検討し、人材育成に役立てるつもりだという。
最後に羽鳥氏は、IT人材が不足しがちな中堅・中小企業が内製化を進めるためには、状況に合った適切なサポートが必要だと語った。
「最初にRPAを導入したときは、自分たちだけで努力するしかなく、結局社内に自動化が広がることはありませんでした。そこで他のツールを検討しようとUiPath社に連絡したところ、担当の方が当社の置かれた状況を正確に理解してくれただけでなく、あいまいだった当社の要望を適切に言語化してくれました。また、ITリテラシーの低さに悩んでいた当社にとって、段階を踏みながら少しずつ丁寧に教えていただけるのは非常にありがたく、こうした進め方が従業員のモチベーション向上にもつながっています。今後も当社の状況に合った手段を選択しつつ、内製化を推進していくつもりです」(羽鳥氏)
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