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「草の根DX」と称した「丸投げDX」を阻止せよDXリベンジャーズ(第2回)

草の根DXは組織全体のデジタル化を推進する取り組みとして魅力的に思えます。しかし実は、時間が経つにつれてさまざまな問題が噴出します。失敗から学び、失敗で終わらせない方法を解説します。

» 2023年07月21日 07時00分 公開
[西脇 学DLDLab.]

DXリベンジャーズ 〜失敗で終わらせない、リベンジへの道〜

世の中のDX活動が鈍化傾向にある今こそ、正面からDXに取り組み、ライバルに差をつけるチャンスです。一緒にDXリベンジャーズの道を進んでいきましょう。

 「草の根DX」とは、組織のフロントライン、すなわち現場レベルから始まるデジタル変革(DX)を指します。業務効率化のために従業員が自身の経験を生かしてデジタル技術を利用し、その結果組織全体のデジタル化を推進する取り組みであると聞けば、確かに魅力的に思えます。

 ところが、私はこのアプローチに手放しでは推奨できない思いを抱いています。これで全てがうまくいくとは言えない理由があります。草の根DXの失敗から学び、失敗で終わらせない、リベンジへの道をいっしょに考えましょう!

草の根DXの裏に隠れた経営陣の思惑

 経営陣が草の根DXに設定する目標は次の二つと言えます。

  • 現場主導のデジタル導入:現場の実情に対応したデジタル化の推進を、従業員自身の手で進めることにより、業務知識を活用してスムーズに立ち上げる
  • 従業員のデジタル人材化:従業員が自発的にデジタル化に取り組むことで、デジタル人材の育成が促進される

 これらの目標は、短期で成果を出せることと、中期的なリスキリングの効果から、時代に合った策として評価されることでしょう。しかしその裏には、次のような動機も潜んでいます。

  • 開発コストの削減:従業員の自発性によりDXが進行するため、通常業務の維持を前提としつつ、開発コストは実質ゼロとなる
  • DXイメージ強化:株主やメディアへのアピールとして全社的なDXを利用できる

 草の根DXの開始直後は、「自分たちが欲しいものを作れる」と従業員は盛り上がり、一時的に作業の効率化が進むと考えられます。そして、経営陣はこれを社内外に成功としてアピールするでしょう。

時間とともに現れる草の根DXのトラップを徹底分析

 草の根DXでは時間がたつにつれてさまざまな問題が噴出します。代表的なトラップを基に問題の原因を分析しましょう。

トラップ1. 個別制作ツールへの期待値が高すぎる

 草の根DXが従業員に委ねられると、「今、私が必要とするものを作る」ことに焦点が当たります。その結果、「自分だけが業務を楽にこなせればそれでいい」という、独自スペック(自分の利益に特化した設計)のシステムが作られます。極端な話、同じ部署で同じ業務を担当する隣の人ですら、そのツールを使えない可能性があります。

 作成者はITの専門家ではありません。しかし、ツールは全社的な取り組みの一環として作成され、「公式のツール」に位置づけられてしまいます。「現場での評判が良く、業務効率も上がったようだから、このまま使おう」という経営者の考えは理解できますが、期待値が高すぎるのではないでしょうか。

 ツール作成者も「全員が使うことは考えていなかった」と本音を漏らすかもしれません。このような状況に陥る原因は、初期の成果を汎用(はんよう)的で持続可能なものだと誤って評価してしまうことにあります。

トラップ2. 開発時にデータ活用を誰も考えていない

 デジタル化が進展すると、必然的にデータの活用が重要になります。事業活動のデータは、既存事業の革新や新規事業の創出に極めて重要です。しかし、草の根DXが生み出したツールによって個々の業務単位で分散入力され保存したデータは、任意に抽出するためには設計されておらず、結果として情報が断片化します。

 担当者が変わることでデータの保管場所や形式が変わり、項目が追加、削除される可能性もあります。こういった変化を理解しているのは、制作時点の担当者だけという事態も考えられます。

 これらの問題は、「Microsoft Excel」を扱うような感覚で、管理者のいない開発環境でシステムが開発されることに原因があります。

トラップ3. 次第に組織がサイロ化する

 ここまで述べたように、個々の業務経験に基づき開発されたツールは多様な業務手順とデータを生み出します。その結果、部署内でさえツールの違いが「流派」や「派閥」を生み、関連部署との業務の連携に影響を及ぼし、さまざまな混乱や対立が起こることが予測できます。

 業務効率化を目指したはずの草の根DXが、結果として社内のサイロ化を引き起こし、業務の効率性を損ね、組織全体の統一性を欠く無秩序な状態を生み出してしまいます。

 従業員の自発性や自由な環境を重んじて始めたデジタル化が、放任主義で進めた結果、社内分断の要因になっていませんか。全体として追求すべき将来像と日々の活動が一致しないことが、これらの問題を引き起こす主な原因です。

 これらが草の根DXの典型的なトラップと言えるでしょう。

草の根DXの失敗から得た学び

 では「事前にできることはなかったのか?」と考えると、DXの本質に迫ることができます。

経営陣の「丸投げ」を見直す

 まず正すべきは、DXへの取り組みを経営陣が現場に丸投げしたことです。自社に必要な改革を特定し、それを全社の課題として位置づけるのは経営陣の仕事です。重要な事業課題が認識され、共感された状況で全従業員が改革に参加したのなら、それはここで言う草の根活動ではありません。草の根DXという名目でプラットフォーム導入にただコストをかけただけでは奇跡は起こりません。

企業ビジョンの再認識と共有

 顧客が何を求めており、顧客にどのような価値を、どのように提供すべきかを再考する必要があります。ここに企業のビジョンがあります。企業の存在意義を再認識し、全従業員で共有し、深化させるための策を練ることから始めなければなりません。

EUCの教訓

 草の根DXの失敗は、かつて多くの日本企業で発生したエンドユーザーコンピューティング(EUC)の問題と重なります。EUCは、誰でも容易に参加できるツール開発によって、ブラックボックス化した複雑なスクリプトや、孤立したデータベースが無秩序に乱立するという状況を生み出しました。

 それでもなんだかんだ業務が回るために、企業はカオスから脱出できない状況に追い込まれました。この状況は草の根DXの現状とまったく同じではないでしょうか。

リベンジへの道

 そもそも、日々の業務遂行に加えてDXを思考して実装し、結果を出すことを現場に求めることは現実的ではありません。

 考えてみてください。コストは利用者である事業部門や管理部門に、失敗の責任はIT部門に、しかし成果は経営にと、不公平な負担がかかっていませんか。この現実に向き合い、草の根DXへのリベンジへの道筋を整理しましょう。

DXの再定義:全社課題と経営方針

 本来DXとは、経営方針そのものであり、全社課題の定義とその改革方針に直結します。ビジネスを根本から見直し、その価値の本質を高めることを目指すべきです。そして、全社課題がデジタル技術で突破可能なものであれば、それこそがDXの役割です。

推進責任:CEOの旗振り

 DXは経営方針を具現化するための活動ですから、確かな方向性と圧倒的な推進力を必要とします。また、活動を進めながら適切なタイミングで活動内容を変化させる決断力が必要な場面も少なくありません。社内の誰かではなく、その旗振りは経営のトップであるCEO(最高経営責任者:Chief Executive Officer)が担当すべきです。

技術基盤:専門家のガイドラインとプラットフォーム提供

 DXはコンプライアンスやセキュリティ、データ整備などにおいて専門性の高いかじ取りが必要です。CIO(最高情報責任者:Chief Information Officer)やCDO(最高デジタル責任者:Chief Digital Officer)といった全社責任を持った人を中心にして、専門家がガイドラインとプラットフォームを用意してリスクを回避するといった、実現可能な手法を社内に提供してください。

現場の役割:バランスを保った参加

 参加者は業務時間内の活動を保証されますが、一時的に通常の業務に充てる時間が減少します。組織の業績への影響を適切に管理する必要があり、従業員一人一人の負担が過大にならない計画を立てるべきです。開発テーマは小さく、効果を確認しやすい業務を選びましょう。

ノーコード活用:万能ではなく適切な使い方

 われわれの草の根DXアプローチには、ノーコードの活用が役立つと考えられますが、万能ではないと理解することが重要です。リンクの記事「DXにノーコードは役立つのか? 正しい使い方の理想と現実」では、「ノーコードを”入れ替える前提”で利用すべき」との見解が示されており、われわれの草の根DXによるツール開発にとって重要な情報となるでしょう。

 具体的には、現場で業務改善に役立つと考えられる小さなツールを作成し、それを評価した上で、エンジニアによる全社的なシステムとしての最適化した開発と運用を検討します。

 さあ、あなた自身のリベンジへの道は見えてきましたか? 経営と現場が同じ方向を向き、DXに取り組むことで経験値を獲得した後に課題となるのは、社内文化の中長期的改革です。次回の「『全従業員のデジタル人材化』ってほんと?」に続きます!

著者プロフィール:西脇 学(DLDLab. 代表)

 大学卒業後は電源開発の情報システム部門およびグループ会社である開発計算センターにて、ホストコンピュータシステム、オープン系クライアント・サーバシステム、Webシステムの開発、BPRコンサルティング・ERP導入コンサルティングのプロジェクトに従事。

 2005年より、ケイビーエムジェイ(現、アピリッツ)にてWebサービスの企画導入コンサルティングを中心に様々なビジネスサイトの立ち上げに参画。特に当時同社が得意としていた人材サービスサイトはそのほとんどに参画するなど、導入・運用コンサルティング実績は多数に渡る。2014年からWebセグメント執行役員。2021年の同社上場に執行役員CDXO(最高DX責任者)として寄与。

 現在はDLDLab.(ディーエルディーラボ)を設立し、企業顧問として、有効でムダ無く自立発展できるDXを推進している。共著に『集客PRのためのソーシャルアプリ戦略』(秀和システム、2011年7月)がある。

Twitter:@DLDLab


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