部下の従業員エンゲージメントを向上し、慕われる上司になるにはどうすればいいのか。専門家が効果的な1on1ミーティングの方法を語った。
SmartHRは2023年6月13日にイベント「SmartHR Connect」を開催した。これに登壇したエールの篠田 真貴子氏(取締役)は「従業員エンゲージメントを上げるために『聴く』は必須のスキルである」と語った。エールは社外人材によるオンライン1on1ミーティングサービス「YeLL」を提供している。
同氏によれば「聴く」は「聞く」とは違う意味を持つようだ。従業員エンゲージメントと「聴く」にはどのような関係があり、「聴く力」とはどのようなものなのだろうか。
「誰かに話を聴いてもらうことで、従業員エンゲージメントが向上する」というのは本当なのだろうか。篠田氏は冒頭、以下のデータを示した。
このグラフは、ある企業の230人ほどが所属する部門のなかで、YeLLを利用した人(47人)とYeLLを利用していない人(183人)のエンゲージメントスコアを比較したものである。黄色で示されたYeLL利用群では、「仕事量」「使命や目標の明示」「成果に対する承認」「挑戦する風土」といったスコアが顕著に伸びていることが分かる。両者の違いは、「隔週で話を聴いてもらう機会があったかどうか」という点だけだ。
そもそも従業員エンゲージメントとは、何を表しているのだろうか。「人材版伊藤レポート」によると、従業員エンゲージメントとは「会社が目指す姿や方向性を、従業員が理解・共感し、その達成に向けて自発的に貢献しようという意識を持っていること」であり、その度合いを評価したものが従業員エンゲージメントスコアだ。つまり、従業員エンゲージメントは組織というシステムの状態を表すものであり、その尺度は従業員の「主観」や「感情」であるというわけだ。
人は自分の話を聴いてもらうことで、自身のさまざまな内面を言語化できる。「自分は何を大切にしているから、この仕事にやりがいを感じているのか」を明確に意識することで、会社の意向や上司の指示などに対する理解が深まり、内面に変化が生じる。このポジティブな内面の変化こそが、従業員エンゲージメントに好影響を与えた源泉なのである。
では、改めて「聴く」とは何かを考えてみよう。篠田氏は、「『きく』に“Judgement”が含まれるかどうかによって、『聞く』と『聴く』を分ける」と語る。
相手の話に相づちを打ちながら、「自分の意見をどう返そうか」と無意識に考えてしまっている状態が“with Judgement”の「聞く」だ。一方、“without Judgement”の「聴く」は、たとえ相手と自分の意見が違っていても、相手の話をいったんそのまま受け止める。「そういうお考えなんですね。もうちょっと詳しく教えてください」といった具合だ。
また別の角度から見ると、「聞く」は「相手」に関心を向ける行為であり、「聴く」は「相手の関心事(話のテーマ)」に関心を向ける行為だとも言える。
「話し手への質問は、自分の正しさを証明するため、罠を仕掛けるため、相手の考えを変えるため、相手を愚かに見せるためではなく、好奇心からでなくてはいけません」(篠田氏監訳『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』より)
ここで気を付けたいのが、「聞く」と「聴く」のどちらが良いかという話ではないということだ。「聞く」の状態では、同調する場合は「私もそう思います!」と強い共感が生まれるが、反対する場合は気まずい空気が生まれてしまう。他方、「聴く」の状態では、良くも悪くも弱い共感しか生まれない。場面によって「聞く」と「聴く」を使い分けることが大切だ。
聴くことが大事だとわかっても、管理職の立場としては、聴くだけでは部下の指導はできない。聴くと伝えるのバランスをどう取ればいいのだろうか。
その答えを示すために、篠田氏は以下の図を見せた。
左の絵は聴く前の状態だ。非常に解像度が低く、この状態で「もっと明るくしたほうがいいのでは」などとアドバイスをしても、「何も分かっていないくせに」と反発を招いてしまう。そこで、まず相手の話を聴く。すると解像度が上がり、「この部分をもう少し明るくしたほうがいいのでは」と具体的、かつ的確なアドバイスを伝えると、「なるほど」と部下の納得感が高まるのだ。聴いてから伝える。この順番を大切にしたい。
聴く力は、「Belief」(想い)、「Condition」(コンディション)、「Skill」(スキル)の3つの要素の掛け算で構成されていると篠田氏は説く。掛け算であるから、どれか1つでも0だと聴く力は0になってしまう。つまり、「聴くなんて面倒くさくてやってられない」と内心で思っているようなBeliefが0の状態だと、それが知らず知らずのうちに態度に表れて、聴く気がないことが相手にバレてしまうのだ。
今のリーダー層が若手だった頃は、聴くことの大切さについて語られていない時代だった。篠田氏自身も「人の話を遮ってでも、自分の意見を言ったほうが褒められた」という経験があるという。聴くことは「従うこと」であり、「受動的」でダメな態度であり、「知的怠慢」であるという刷り込みがなされている。しかし「これらはすべて誤解だ」と同氏は強調する。
「ビジネスパーソンとして、高みを目指そう、成果を出そうとがんばればがんばるほど、『聴く』から遠ざかってしまいがち。聴くことは知的な行為であり、人間的な成熟を要するものです。『聴く』は賢者の盲点。ここに気づくことが第一歩となります」(篠田氏)
篠田氏によれば、Conditionを整えるためには、スポーツ選手のように聴くモードに入るためのルーティンを作っておくと良いという。自分の中で、「これから何か私に面白い話をしてくれるのだろう」と期待を高めるスイッチを作っておくのだ。Skillは一朝一夕で身に付かないため、利害関係のない赤の他人、例えばタクシーの運転手のような人の話を聴く練習から始めると良いそうだ。ただし相手の話を促す際に「なぜ」はNG。5W1HのWhy以外の疑問詞を使って、相手の話を引き出してみよう。
なぜ昨今、「従業員エンゲージメントを高めよう」とか「組織におけるコミュニケーションをアップデートしよう」と声高に叫ばれているのだろうか。それは「これからの社会に期待されているのが、GAFAMのような知的生産組織だからだ」と篠田氏は説く。
これまでの組織イメージは製造業の工場組織のように、再現性や連続性があり、従業員の均一性を鍛えて力に換える「ブロック塀」型の組織であった。このようなブロック塀型の組織では、多くの均一性のとれた人々を統制して組み上げるだけで良いため、組織にエンゲージしていてもしていなくても、どちらでも構わない。できるだけ早く設計図通りに完成させるために必要な「伝える」スキルが重要視されていた。
しかし、知的生産組織では人を増やせばアウトプットが比例して増えるわけではなく、創造性や独創性が求められる。違いを鍛え、多様性を力に換える「石垣」型の組織だ。このような組織では、人の思考や仕事に対するワクワク感のような感情、会社のミッションに対する共感といった価値観が重要視される。
自分がどのような形をしているのか、大きさはどのくらいなのか、まずは自分自身で理解し、他者を理解し、どのような石垣を作りたいのかという会社の方向性を理解して初めて、個性豊かな石を組み上げられる。だからこそ自己理解、他者理解のための「聴く」が大切なのだ。
「従業員エンゲージメントを大切にしようとしている企業は、新しいマネジメント哲学に向けて一歩踏み出されていると、私は考えています。聴くから始まり、対話を通したマネジメントをすることで、人も企業もそれぞれのポテンシャルを大いに発揮できるのです」(篠田氏)
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