オムロンは、俊敏さと市場競争力を兼ね備えた「データドリブン経営」への進化に向けた全社改革を目指して、10年にも及ぶ大規模なプロジェクトを推進している。オムロンが進めるDXと経営改革とは。
データドリブン経営を推進する企業にとって、事業を通じて獲得した膨大なデータを解析し、迅速かつ効率的に経営判断に役立てることは必要条件と言える。しかし、DX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んだものの、結局はITツールの導入が目的となってしまう例も少なくない。
オムロンが進めているコーポレートシステムプロジェクト(CSPJ)は、ITの導入ではなく、経営改革のプロジェクトだという。IT基盤の刷新のみならず、業務プロセスの標準化や将来的なデータ活用までも視野に入れたグローバルの経営システム基盤を構築するための取り組みについて、オムロンの児玉信一氏(グローバルビジネスプロセス&IT革新本部センター長)が解説した。
オムロンは、制御機器・FAシステム事業、電子部品事業、ヘルスケア事業、社会システム事業の4事業を展開している。事業を通じて社会の発展に貢献することが同社のDNAであると児玉氏は説明する。
「創業者が制定した『われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう』がオムロンの経営理念。当社は事業を通じて社会的課題を解決することで、よりよい社会をつくることを目指している。1967年には自動改札機を世界で初めて提供開始した。1971年にはオンラインキャッシュディスペンサーを、2018年にはウェアラブル血圧計を発売した。いつの時代においても暮らしをより豊かにする、または社会的課題を解決する商品・サービスを先駆けて生み出してきた」
オムロンは10年ごとの長期経営目標を設定し、その目標を達成するために柔軟に事業ポートフォリオを変えることが特徴だ。2020年までの長期ビジョン「VG2020」では収益性を向上させ、現在は2030年に向けて「SF2030」がスタートしている。
「2017年は過去最高業績を記録して非常に好調だった。しかし、2030年を見据えて成長を持続できるのかを考えると、経営とITシステムの2つの課題を認識した。ITシステムについては、既存のシステムが事業変革の足かせになる恐れがあった。機敏な意思決定を支える管理システムやガバナンス確保の仕組み、新規ビジネスモデルを支える業務プロセスの必要性も認識している。これらを解決するために2018年にCSPJというプロジェクトを立ち上げた」
CSPJでは、付加価値の拡大と業務の効率化を達成するために4つの基幹業務領域でDXを推進し、最終的にデータドリブン経営へと進化させる考えだ。
基幹業務領域の1つ目はバリューチェーンだ。サプライチェーンの情報を連携させることで事業スピードの向上とコスト改善力を獲得する。2つ目は経営管理で、事業環境の変化に対応した意思決定により企業価値を向上させる。経営の情報であるデータを多面的かつタイムリーに把握し、意思決定の迅速化および精度を高める。3つ目はタレントマネジメント領域で、人材の可視化と適材適所の配置による組織能力の最大化を図る。4つ目はガバナンスで、グローバルエクセレントカンパニー水準のガバナンスと生産性を両立させる。
この4領域でのデータドリブン経営の実現に向けて肝となるのが、データ基盤だ。これまでは事業部門ごとにアプリケーションを構築し、格納されているデータもそれぞれが分断されていた。システムのインターフェイスも複雑化し、改修時には多大な時間とコストがかかっていたという。
CSPJでは、ERPを中心に、周辺のアプリケーションを疎結合でつなぐアーキテクチャにシフトする。これにより、データ標準化によるガバナンスの確保、ITインフラとデータ基盤の共通化によるコスト低減、そして経営戦略と連動した変化対応力のあるDX基盤の構築を目指している。
新しいDXの基盤には大きく3つの層がある。1階部分がERPだ。同社はこの領域について「変化の少ない揺るがないデータ領域」と定義している。グローバルの標準化を徹底することでガバナンスも強化する。
2階部分は価値向上基盤だ。この領域は「戦略自由度が求められるデータ領域」と定義する。業務の高度化、新ビジネスの対応などを実現する。
1階、2階を支える基礎(0階)はデータ連携基盤だ。この領域は社内外と情報をやりとりするための領域と定義している。データウェアハウスやBIツール、連結会計の仕組みが該当する。
「1階のERPと2階のアプリケーションの疎結合を実現するために、データ連携基盤およびマスタデータ管理などを構築する。特にデータをスムーズに連携させるためにマスタデータマネジメントを行い、データの標準化、コードマスタの標準化を実現することで、疎結合を実現できると考えている」
データドリブン経営への進化のロードマップは大きく「Describe(何が起きたのか)」「Diagnose(なぜ起きたのか)」「Predict(いつ起きるのか)」「Prescribe(何をすべきか)」4段階で進めている。
講演の最後に児玉氏は、オムロンの経営の羅針盤として息づく「SINIC理論」について紹介した。SINIC理論とは、オムロンの前身、立石電機の創業者である立石一真が1970年に提唱した未来予測理論であり、「技術」「社会」「科学」の3つの要素で構成されている。
まず、社会のニーズに伴い技術が進化し、技術の進化に伴い科学が進化する。その結果、最終的には社会の発展につながる。技術、社会、科学の三つの要素が密接につながり循環することによって新しい社会が生まれるという理論だ。
この理論では、現在社会を「最適化社会」と位置付けている。「最適化社会」とは、価値観が転換し、モノから心の時代に変化する社会と定義されている。
この最適化社会の後、2025年頃からは「自律社会」へ移っていくとSINIC理論では予測している。自律社会とは、「個人と社会」「人と自然」「人と機械」が自律的に調和する社会だ。DXの技術が人が協働する時代から、DXの技術が人の能力を拡張する時代だ。生成AIの登場により、任せられるところはAIに任せ、人はさらに創造的な分野に進む時代になりつつある点は、まさに自律社会の一つのかたちと言えると児玉氏は話す。
「オムロンはDXやITの技術を活用して、全社改革プロジェクトに取り組んでいる。このプロジェクトを通じて、DXにより進化を遂げたいと考えている。進化を遂げた暁には、企業理念として提唱している社会的課題を解決することを加速推進する」
本稿は、2023年9月15日にインフォマティカ・ジャパンが東京品川で開催したイベント「Informatica World Tour 2023」での講演を元に編集部で再構成した。
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