出社中心にするか、テレワーク中心にするか。コロナ禍を経て、われわれはどのようにこの問題に向き合えばいいのか。ガートナーの2人のアナリストが熱い議論を戦わせた。
コロナ禍によって普及したテレワークは多くの従業員に働き方の柔軟性をもたらしたが、コロナ禍が収束に向かうにつれ、再びオフィスへの出社を求める企業も少なくない。テレワークは悪なのか。今後の働き方をどのように定義していくべきなのか。
ガートナージャパン(以下、ガートナー)が2023年8月29〜30日に開催した「デジタル・ワークプレース サミット」の中から、アナリストのトリ・ポールマン氏とレーン・セバーソン氏によるセッション「分岐点:オフィスへの出社を従業員に義務付けるべきか」の模様をお届けする。
私たちは今、岐路に立たされている。「大部分の従業員が柔軟に働けるようにする」のか、あるいは「大部分の従業員にオフィスへの出社を義務付ける」のか。この二極化した問いに正解はないように思える。
そこで、より広い視野で問題を捉えるべく、ポールマン氏は“柔軟な働き方派”を、セバーソン氏は“出社義務付け派”を代表する形で議論が行われた。論点は次の4つだ。
具体的に、4つの業界に分けて考えてみよう。
「どんなことがあっても、私たちのオフィスや事務所に電話をしないでください」と語る世界的なハイテク・ソフトウェア企業では、従業員の柔軟性と勤務地ベースの人材を採用するための取締役会を設置している。その理由の一つは、彼らは世界で最高の人材を雇う必要があり、彼らが雇う人々は柔軟性を求めているからだ。
ポールマン氏は「従業員の自宅での生産性は5%向上したというデータがあるし、2022年までに従業員の生産性はオフィスよりも自宅の方が9%高くなるというスタンフォード大学の研究結果もある」と語る。
これに対してセバーソン氏は「ビジネスリーダーに話を聞くと、『アナリストやベンダーがそういった調査結果を出しているのは知っているが、事実として米国や他の多くの国々ではGDPがかつてないほど下がっている。それで本当に生産性が向上していると言えるのだろうか』と言われる」と反論する。また、「2021年の調査結果によると、コロナ禍で生産性を30%向上させることができたIT企業があるが、タイムカードをチェックしてみると労働時間が30%増えていた。長時間労働による従業員の燃え尽き症候群が懸念される」という話も付け加えた。
セバーソン氏の主張を認めた上で、ポールマン氏は別のデータを示しながら「企業は不動産支出に目を向けるべきだ。平均的な従業員の不動産支出は年間1万8000ドル。加えて、オフィスへの往復の通勤に年間1万2000ドルを費やしている。ガートナーのハイブリッド・ワーク調査でも、従業員がオフィスに戻る最大の障壁は、通勤時間と通勤コストだという結果が出ている」と説明した。
「そうだとしても、不動産は機敏ではない。せっかく投資した施設を活用しなければならないのは当然だ。ハイテク・ソフトウェア企業は少し特殊な例だ」とセバーソン氏は語り、次の製造・流通企業に話を移した。
製造・流通業の企業では、倉庫やサプライチェーンに多額の投資をしている。倉庫で働く従業員が職場に行くのであれば、バックオフィスの人々も出社すべきだとセバーソン氏は言う。
「Uberの運転手やAmazonの倉庫作業員は、Zoomのアカウントを持っていないだろう」(セバーソン氏)
この主張に対してポールマン氏は「従業員の平等と公平は違うものだ」と切り返した。平等とは誰もが“同じもの”を得られること。公平とは誰もが“必要なもの”を得られること。従業員の平等よりも公平の方が重要、というわけだ。テレワークによって現場の労働者とオフィスワーカーの間の賃金格差は2020年以降、2%ずつ縮小しているそうだ。
「在宅勤務は、持ち家があったり、(家に)働く場所があったりする人にとってはとてもいいことだ。しかし、ルームメイトや家族と一緒に住んでいる人は1人で仕事をする場所を確保するのは難しい。1人部屋を確保するために郊外に住むのは、生活が不便になるデメリットがある」と主張するセバーソン氏に対し、ポールマン氏は「それは違う。テレワークだから従業員は地元を離れることなく、親や旧友と離れずに暮らせる自由を与えられているのだ」と反論した。
続いて、金融業界に話は及んだ。「金融サービス業界の大企業の多くがテレワークやハイブリッドワークに反対している」とセバーソン氏は主張する。ある大手銀行のCEOは「テレワークは『精力的に仕事をすること』『文化の醸成』『アイデアの創出』にとって有害だ」と語ったそうだ。
「彼らは多くの不動産を所有しており、従業員をオフィスに戻すことを最重視している。『全員がオフィスに戻ることを求めているわれわれの業績や株価がなぜ好調なのか。本当にハイブリッドワークが差別化要因になるなら、我が社にも影響があるはずだ』と銀行業界のリーダーたちは言っている」(セバーソン氏)
加えて、「金融サービス業の企業にとって、オフィスはブランドのアイデンティティーそのものだ。オフィスに従業員を集めることだけが重要なのではない」と主張した。
これに対し、ポールマン氏はブランド・インパクトの話で対抗する。「従業員から話を聞くと、オフィスまで30分かかるなら給料は20%上げてほしいと言っている。企業が従業員の交通費にそんなにお金を回す余裕があるとは思えない。従業員の満足度が低いと、ブランドへのインパクトは大きい」
最後に取り上げるのは食品・小売業だ。世界的な食品・小売企業のリーダーは「膝立ちでも腕立て伏せでも何でもするから(従業員に)戻ってきてほしい」と言ったという。この言葉は、従業員の望みを受け入れる意思があることの証だとポールマン氏は語る。
「小売業界ほど世界的な人材不足の影響を受けている業界はないと思う。だからグローバルな食品小売業者では働き方の柔軟性を高めているのだ。小売業界における柔軟な働き方とは、時間や場所、仕事量、仕事の進め方などにおいて裁量があることを意味する。例えばウォルマートであれば、アプリでシフトを受け取ったり、シフトを誰かと交換したりできる」
従業員にとって重要なのは柔軟性だけではない。人間らしく扱われることを望んでいるのだ。ウォルマートは働き方の柔軟性に対応しているだけでなく、パートタイムの従業員に対してフルタイムと同様の福利厚生を受けられるようにしている。
2人の主張はいずれも正しい。どちらにも正義があり、どちらにも負の側面がある。それらを踏まえた上で、ガートナーがまとめた提言は次の4点だ。
コラボレーティブ・ワーク・マネジメント・アプリとワークプレース・エクスペリエンス・アプリで作業計画とオーケストレーションをサポートする
デスク・ワーカーと現場ワーカーの間で行われる会話の平等性を高めるために、従業員コミュニケーション・アプリなどの市場を探索する
ハイブリッド・ワークプレースの4C(創造[Creation]、衝突[Collision]、集中[Concentration]、機密保持[Confidentiality]) をサポートするために、設備リーダーと関係を築く
従業員がどこにいても関係を築いて持続させるテクノロジーを用いて、世界中の人材のオンボーディングを促進できるようにする
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