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「日本型ERP」のスパゲッティー化はなぜ起きたのか?

本連載では、ワークスアプリケーションズがERPの歴史や分類、選定ポイント、生成AIを含む最新の技術動向などを多面的にお伝えしています。第2回は、ERP登場の歴史や、普及に伴い日本企業が直面した課題について解説します。

» 2023年11月10日 07時00分 公開
[古川圭佑ワークスアプリケーションズ]

迫る2027年 ERPの未来をどう見極めるか

SAP ERPのサポートが最長でも2027年末に終了する「Xデー」が迫っている。国産ERPを25年以上にわたり提供してきたワークスアプリケーションズが、「Xデー」以降の未来を考えるための情報を届ける。

 国内2000社以上が導入しているといわれるSAP ERPのサポートが、最長でも2027年末に終了する「Xデー」が迫っており、導入企業は自社ERPのグランドデザインの再設計が求められています。

 本連載では、ワークスアプリケーションズがERPの歴史や分類、選定ポイント、生成AIを含む最新の技術動向などを多面的にお伝えします。第二回では、ERPがどのように登場し、発展してきたのかという歴史と、ERPの普及で日本企業が直面した課題について解説します。

ERPが登場した背景と「R/1」が与えた影響

 まず、ERPが登場した背景と、世界初のERPシステム「SAP R/1」(以下、R/1)が企業に与えた影響について解説します。

1. 商用メインフレームによる業務システムの登場

 ERPがなぜ生まれたのか、その背景には企業のコンピューターシステム導入が進んだ1960年代以降の動きがあります。当時、企業はメインフレームと呼ばれる大型コンピューターを導入し、大量のデータを高速かつ正確に処理できるようになりました。

 会計や購買管理、在庫管理、生産管理といった基幹業務で部門ごとに業務効率化を目指し、徐々にそれぞれの部門がシステムを構築していきました。このような段階的な導入は、当初は各部門の業務効率を向上させることに一定の成果をもたらす一方で、それぞれが独立したシステムとなってしまうという弊害を生みました。

 この結果、異なるシステム間でデータの自動連携ができず再入力が必要になったり、データの管理体系が異なることで情報を一元管理できなくなったりするなどで、企業全体の収益を正確に把握することが難しいという問題も発生しました。

2. SAPによる世界初のERPシステム「R/1」のリリース

 メインフレームの個別システム運用で直面した課題に対処するために、企業は統合的なシステムを求めるようになりました。SAPは1973年、こうしたニーズに応えてメインフレームで動作する世界初のERPシステムR/1をリリースしました。

 このシステムは、分散した業務システムに代わって、異なる部門間のデータの連携性を向上させるとともに、企業全体の収益や業績をリアルタイムで可視化できました。

 ERPの導入によって、企業は分散型から一元管理型への移行を推し進め、業務プロセスの合理化を図りました。この取り組みは企業の経営効率化をうながし、さらなるビジネスの発展を後押ししました。

ERPによって分散型から一元管理型への移行が進んだ(出典:ワークスアプリケーションズ提供資料

日本におけるERPの普及で浮き彫りになった2つの課題

 日本においては、1980年代後半から90年代における海外でのERP成功事例を参考に、SAPを中心にERPが普及しました。この動きは、ビジネスプロセス再構築(BPR)の実現とセットで考えられていました。

 BPRとは、プロセスが分断された組織において部門ごとに業務が個別最適化されてしまった結果、全体として非効率になってしまっている業務で、業務フローや情報システム、組織体系などを見直して、全社的に最適化されるよう再構築することを指します。

 BPRを実現するために基幹業務を見直す中で、これらの業務全体を統合的に管理するためのシステムとしてERPが求められたのです。しかし、日本企業においてERPの導入が進む中で2つの課題が浮き彫りになりました。

1. 日本特有の要件への適合の難しさ

 1つ目の課題は、海外ERPを日本企業に導入する際の日本特有の案件への対応です。

 ERPの導入においては、現行業務をいかにERPの機能にフィットさせて落とし込むかが成功のカギになります。しかし、海外ERPと日本のビジネス環境との間に存在するギャップがこの「落とし込み」を複雑化させることになりました。

 例えば、期間内の取引金額をまとめて後払いで精算する「掛け取引」や、取引先との力関係により生じる取引「支払条件」といった日本独特の商習慣について、SAPをはじめとする海外製のERPではパッケージの標準機能だけで対応することが難しく、ERP側で保持しているプログラムを修正(モディフィケーション)したり、足りない機能をアドオン開発し、業務に必要な機能を拡張する必要がありました。

 モディフィケーションやアドオンを活用することで自社の業務を遂行できるようになる一方で、そのコストが増大することが問題になりました。

 また、法改正やバージョンアップに対応する際のアドオンが問題となるケースがあります。アドオンは本来ERPでは標準機能として対応していない部分を外付けで開発するため、法改正やバージョンアップなどに対応できず、追加の開発コストが発生したり、最悪の場合バージョンアップができずにサポートが受けられなくなったり、セキュリティ上の脅威に対応できない状態に陥ったりすることも考えられます。

 このような理由から、海外ERPの導入は困難を伴うものとなっていました。

日本独自要件に対するアドオンコストが問題化(出典:ワークスアプリケーションズ提供資料)

2. 企業のIT投資意識の低さによる情報投資効率の低下

 2つ目の課題は、企業のIT投資意識の低さからERPの導入や運用の失敗が相次いだことです。

 日本でERPの導入が進んだ1980年代後半から90年代前半に多くの日本企業が世界市場を席巻し、資金が余剰にある一方で人手不足も問題となっていました。ITには人手不足を補うための業務効率の向上が求められましたが、コストはあまり重視されませんでした。

 「予算に余裕があるので、ITに投資しよう」と考える企業が、現行業務をそのままERPで実現するためにフルスクラッチでシステムを開発したり、パッケージを導入しても過度なカスタマイズやアドオン開発を繰り返したりすることで、投資対効果が十分に得られなくなってしまうケースが多くありました。

 また、バブルが崩壊した1990年後半以降も、多くの企業で「コスト削減」が唱えられるようになったものの、ERPの投資が上手くいかないケースは散見されました。

 バブル以前に導入したシステムがレガシー化して更新の足かせとなったり、システムのアップグレードでも結局業務が変えられずアドオン開発の繰り返しになったりしてしまうなど、投資したにもかかわらず期待された結果が得られないパターンは大きくは変わりませんでした。

 このように、海外でのERP導入の成功事例を受けて日本でも多くの企業がERPを導入したものの、当初その多くはコスト面や業務改善効果の面で課題を残すことになりました。

 そこで、国内のITベンダーは、日本の商習慣にも対応した機能を備えており、導入時のカスタマイズやアドオンの必要性が少ない「国産ERP」の開発に乗り出していくことになります。

 次回は、「国産ERPはどのように生まれたのか」「どのようなトレンドを取り入れて発展していったのか」といったERPの歴史の後半を扱います。さらに、近年のERPの動向から「そもそもERPとは何なのか」について掘り下げます。

著者プロフィール:古川圭佑(ERP事業本部 会計サテライト製品開発部)

2009年にワークスアプリケーションズに入社。会計システム開発エンジニアとして製品の開発、評価に従事。固定資産管理ユーザー分科会の企画、登壇やユーザーの業務改善プロジェクトへの参画など、豊富な経験と知識を活かして製品のさらなる進化に尽力している。


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