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縦割り組織に悩んだ住友不動産が1年半で130以上の業務を内製デジタル化 その心は?

非効率な仕事の進め方に悩んでいた住友不動産は、プロジェクト開始後わずか1年半で130以上の業務のデジタル化に成功した。課題を解決し、デジタル化を推進するための秘訣とは。

» 2023年11月20日 10時00分 公開
[元廣妙子キーマンズネット]

 紙や人手に依存した非効率な仕事の進め方やルールの形骸化が課題だった住友不動産。同社は、総務課と人事課、経理課、情報システム課から選んだ約30人のメンバーで、2022年4月に業務のデジタル化に着手し、プロジェクト開始後わずか1年半の間に130以上の業務のデジタル化に成功した。

 プロジェクトの総監督を務めた上原孟士氏(企画部 企画課 WEB申請推進係 係長)は、プロジェクトを推進する過程で「縦割り組織ならではのコミュニケーション」「メンバーの半数以上がIT未経験者」「デジタル化による業務プロセスの変更」という「3つの壁」に突き当たり、これらの壁を乗り越えるためにある施策を講じたと話す。その施策とは。

紙やハンコ、人手に依存する業務が課題だった

 住友グループに所属する大手不動産会社の住友不動産では、紙やハンコを用いた業務に加え、人手に依存する業務が数多く存在していた。人手に依存する業務とは、例えば報告業務や申請業務の進捗確認と未了者への連絡、「Microsoft Excel」(以下、Excel)による貸与物や契約データの管理と更新、支払伝票の作成などだ。

 グループ各社が別のフォーマットで交通費申請などの同一の業務を処理していたり、グループ会社や部門によって決裁基準にばらつきがあり、正しい承認者が押印しているかを確認するのに時間がかかったりすることも課題だった。

 そこで同社は、紙と人手に依存した業務からの脱却や決裁に関するルールの策定とルールを順守するための仕組みの導入を決断し、2022年4月から業務のデジタル化に踏み切った。

デジタル化を阻む「3つの壁」とその解決策

 住友不動産は、2022年7月にワークフローとWebデータベース機能を備えたノーコード/ローコード製品「SmartDB」を導入し、初年度にグループ全社の1万3000人が利用する約90種類の申請業務のデジタル化に成功した。これは、年間処理件数に換算すると17万件超に上る。一方で上原氏によると、ここに至るまでには「3つの壁」を乗り越える必要があったという。

 「企画本部の各部門の中でも、課題解決を特に必要としている情報システム課、経理課、人事課、総務課から選出された約30人から成るプロジェクトチームは、縦割り組織ならではのコミュニケーションに直面しました。また、メンバーの半数以上がIT未経験者である点や、これまで紙で実施していた業務をデジタル化することで業務内容が大きく変わる点も課題でした」(上原氏)

縦割り組織ならではのコミュニケーション

 住友不動産はまず、縦割り組織ならではのコミュニケーションを克服する目的で、企画本部全体を巻き込んだ部門横断型のプロジェクト体制を構築した。プロジェクト体制は企画本部長をトップに置き、その下の総監督の役割を上原氏が担った。上原氏は2週間に1度の会議で、プロジェクト全体の進捗管理と個別の課題についての協議を実施した。

 「プロジェクトを推進するに当たって、プロジェクト全体に精通する総監督が、関係部署の意思決定者、つまり各課の課長を巻き込む必要がありました。それぞれの課で個々の課題を解決すればよいのではないかという意見もありましたが、蓋を開けてみると各課が抱えている課題は相互に関係し合っており、それらを横串で解決しなければなりませんでした」(上原氏)

 具体例としては、「承認ルートが部門ごとにバラバラである」課題に関して、情報システム課では「システムへの反映難易度が高い」点が課題であり、人事課では「人事発令された所属情報とは異なる部署の上長による承認が横行している」点が課題として挙がるといったことだ。上原氏は、これらの課題を整理して共通の優先順位を設定し、トップに問題提起して解決方針を決めていったという。

メンバーの半数以上がIT未経験者

 住友不動産は、IT未経験者が中心のプロジェクトチームが開発を進められるように、「シンプルなワークフローからデジタル化する」「開発作法を制定する」「開発に関する悩みを分かち合う仲間を作る」という施策を実施した。

 上原氏によると、デジタル化の対象業務は「デジタル化による効果が大きい」「ワークフローがシンプルで概要を理解しやすい」「全社展開しやすい」の3点を条件として選定したという。

 「申請者が迷わず入力できるようにする」「禁止事項が分かるようにする」「承認者が判断しやすいようにする」といった、開発に関する共通のルールをあらかじめ策定した。各開発担当者が開発の過程で見つけた課題を週次の定例会で共有し、難しい課題については個別の分科会を設けて皆で解決するというサイクルを回している。

「何が実現できるか」が理解されにくい

 住友不動産は、デジタル化で何が実現できるかを利用者に理解してもらうために、デジタル化の効果を体系的に整理して可視化した。

 初年度に約90業務をデジタル化する過程で気付いた点をまとめた結果、SmartDBの効果として「ペーパーレス化」「進捗管理の一元化、督促自動化」「台帳管理の自動化」「起票・承認・支払いの効率化」の4つが可視化された。上原氏によると、当初はSmartDBで何が実現できるかが明確ではなかったが、プロジェクトを進める中でこれらの効果が明らかになったという。

 「年間の申請件数が約2万件の『出張命令簿・出張旅費精算書』をデジタル化することで、『ペーパーレス化』と『起票・承認・支払いの効率化』に加え、『データの集計と分析』といった効果が得られました。効果を体系的に整理して可視化することで、利用者はもちろん、経営者とも期待できる効果のすり合わせができるようになりました。分かりやすい共通の言葉で認識を合わせることは、デジタル化を推進する上で非常に重要です」(上原氏)

専門部署を立ち上げ、業務改善の範囲を拡大

 2023年3月までにグループ共通の約90種類の申請業務のデジタル化を完了した住友不動産は、2023年4月に専門の部署である「WEB申請推進係」を立ち上げ、業務改善の範囲拡大を図っている。

 WEB申請推進係は、SmartDBを活用した業務効率化や内部統制強化策の立案などを担当する部署だ。具体的には、「各事業部門や各グループ会社特有の業務への活用」「導入済みの申請書の改善」「蓄積されたデータを分析し、新たな施策や新規事業の創出に役立てる」を推進テーマとして掲げている。

 「いずれのテーマでも大事なのが、利用者の生の声を聞くことです。システムは導入して終わりではなく利用者全員で育てていくものであり、利用者の要望を反映する仕組みが必要です。待っていても利用者からの要望は集まらないため、実際に現場に足を運んで情報を集めています」(上原氏)

 こうした取り組みが功を奏し、住友不動産は、2023年度の上半期にさらに45業務のデジタル化に成功した。その中の一つが、「新築そっくりさん」事業の「エスコートハウス」と呼ばれる業務のデジタル化だ。エスコートハウスは、同社で施行した既存顧客の自宅を営業担当者が実際の事例として新規顧客に紹介し、成約時に既存顧客に対して謝礼を支払う独自の営業手法である。

 既存顧客との契約は、起案書の形で全国の拠点から本部に郵送されており、その数は年間約4000件にも上っていたが、デジタル化でペーパーレス化が実現した。これまでは各拠点の事務担当者がExcelの管理台帳で契約者や契約期間を管理していたが、期間の満了が近づくと営業担当者に自動で督促できるようになった。全国の拠点の実績が一元化され、本部の実績集計業務が効率化された。上原氏によると、2023年度の下半期は、現在紙の伝票で処理している謝礼の支払いをデジタル化する予定だという。

 上原氏は最後に次のように述べ、プロジェクトの成果を強調した。

 「デジタル化によって、130以上の業務の紙や人手依存を改善しました。ルールの形骸化に関しても、デジタル化で問題点が浮き彫りになり、ルールをシンプルにしてグループ全社で統一しています。その結果誰もが順守できる仕組みになり、デジタル化の副次的な効果を実感しています」(上原氏)

本稿は、ドリームアーツが10月18日に開催した「デジタルの民主化day」における住友不動のセッションの内容を編集部で再構成した。

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