ハイブリッドERPとは、財務や製造などのコアなビジネスプロセスをオンプレミスERPで管理し、一部をクラウドで処理するものだ。
ハイブリッドERPには2種類の構成が考えられる。
1つは2層式ERPだ。業務の大部分の機能に対応するコア部分を1層目であるオンプレミスERPで運用し、各種部門や地域拠点向けERP補助的に運用する方式だ。
もう1つは、顧客体験管理や現場サービス管理などの機能をサポートするためにオンプレミスERPにクラウドベースのアプリケーションを追加する構成だ。
ERPは会計や人事、在庫管理、調達といったコア業務を支えるモジュール群で構成されるソフトウェアだ。全ての業務プロセスが扱うデータや記録を1つのシステムにまとめるのがコンセプトだ。
1990年代後半にクラウドコンピューティングの普及が進むまでは、オンプレミスで厳密に運用されていた。しかし、企業はより大きなストレージ容量や新機能を求めるようになり、立ち上げが速く、既存のオンプレミスERPと統合可能なSaaSに注目するようになった。
ハイブリッドERPはオンプレミスERPにクラウドベースのアプリケーションを組み合わせたものだ。その仕組みは次の通りだ。
- 社内サーバにコアとなるERPシステムを構築する。このシステムには自社で完全にコントロールしたい独自データや機密データ、現場で持っておきたい重要なプロセスを保存する。
- 機密性の低いデータやアプリケーションはクラウドでホストする。クラウド側にはフィールドサービス部門向けの機能や迅速に展開する必要がある機能、コアERPにはない専門的な機能を持つモジュールが含まれる。
- コアERPとクラウド側を統合し、円滑にデータを連携させるためにAPIやミドルウェアを使う。
オンプレミスERPに多額の予算を投資する企業は多い。ハイブリッドERP構成にすることで、それまでのIT投資を最大限に生かしながら、クラウドソフトウェアのメリットも享受できるようになる。ハイブリッドERPがもたらすメリットは以下の通り。
- インフラコストの最適化: 既存のオンプレミスERPを活用しながら、ほぼ初期費用なしで新機能を追加できる。
- 所有コストの低減: コスト削減もできる。例えば、他の地方支社や業務部門でERPが必要になった場合は、クラウドERPをデプロイしてオンプレミスERPと統合する方がコストを抑えられる可能性が高い。
- 柔軟性と拡張性: 特定部門のニーズを満たすためにオンプレミスシステムに新機能を追加するのは時間もコストもかかる。しかし、一部の企業では時間のかかる全社的な導入プロセスを省いて、IT部門が必要な機能を持つクラウドアプリケーションを追加できるようにしている企業もある。また、クラウドシステムなら、ハードウェアを増やさなくてもライセンスの追加購入だけで素早くユーザーを追加できる。
- 機密データやプロセスの管理: 多くのクラウドサーバの安全性はオンプレミスサーバと変わらないが、機密データやプロセスを完全にコントロールするために社内での管理を希望する企業もある。ハイブリッドERPなら、特定のデータやシステムをオンプレミス環境に保存することで、法規制を満たすセキュリティ制御体制を確保できる。
- カスタマイズ: 既存のオンプレミスERPシステムを運用する企業では長年にわたってカスタマイズをしており、業務の運営にはそのカスタム機能が不可欠になっている可能性がある。ハイブリッドERP環境でカスタマイズ済みのシステムを維持すれば、異なる顧客が同じシステムを使う「マルチテナント型」のクラウドERPでは適切にサポートされにくいカスタム機能を諦めずに済む。
- 事業継続性: ハイブリッドERPを導入すれば、冗長性の確保や災害復旧の実現にクラウドを利用できる。
ハイブリッドERPは全ての企業に適しているわけではない。以下のような課題もある。
- 統合: APIやミドルウェアを使えば、理論上はオンプレミスERPとクラウドERPをシームレスに接続できる。しかし、こうした統合は複雑になることが多く、データのマッピングやクリーンアップが必要になるのが実情だ。オンプレミス側をカスタマイズしたり、クラウド側がアップデートされたりすると、統合が正常に機能しなくなる可能性もある。
- メンテナンスの増加: ハイブリッドERPでは、オンプレミス側とクラウド側双方のメンテナンスが必要になり、必要な労力やリソースが増える。アップデートはクラウドプロバイダーから提供されるが、そのアップデートによってオンプレミスシステムで統合の問題などが起きないことは企業が確認しなければならない。
- 遅延の可能性: オンプレミス側とクラウド側との間でのデータ転送は、処理時間やリアルタイムのデータアクセスに影響する可能性がある。
- スキルギャップ: ハイブリッドERPを導入するには、オンプレミスとクラウド双方の技術とデータ連携に精通する従業員が必要だ。IT人材不足を考えると、必要なスキルを備えた従業員の雇用は難しいかもしれない。
- アップグレードの競合: オンプレミスERPとクラウドERPシステムのアップグレードを調整する必要がある。アップグレードのサイクルによっては、変更箇所が互換性や統合の問題を引き起こす可能性がある。
課題もあるが、ハイブリッドERPには多くのユースケースがある。ここでは、一般的なものを幾つか紹介する。
- 小さな子会社を複数保有する大企業: 大企業はハイブリッドERPのアプローチを採用することで、本社でオンプレミスERPを運用しながら子会社でクラウドERPを利用できる。クラウドERPの採用で、必要なリソースを減らしながらERPの機能やデータを子会社に拡張できる。
- 物理的なワークロード分離: 法規制などの問題で、ワークロードの物理的な分離が求められる場合がある。ハイブリッドERPならワークロードを物理的に分離でき、機密データをオンプレミスでホストしながら、新しいアプリケーションをクラウドで試せる。
- 段階的実装: 完全なクラウドERPシステムに移行する足掛かりとして、ハイブリッドERPを採用するケースがある。オンプレミスERPを万が一に備える代替システムとして保持しながら、新機能をテストして導入できる。
- 社外コラボレーション: 社外のベンダーやパートナーの協力を得る必要がある場合、オンプレミスERPとクラウドERPを展開することで、機密データを保護しながらクラウドで効率的なコミュニケーションを取れる。
- モバイルアクセス: クラウドERPでオンプレミスERPを拡張すれば、モバイルワークやテレワークに対応できる。社外で働く従業員は、クラウドサービスを使って情報にアクセスして業務を遂行できる。同時に、オンプレミスERPでは引き続きコントロールが行き届く環境で重要なバックオフィス業務機能を運用できる。
- 迅速なイノベーション: 新しい技術や機能を即座に導入したい場合は、ハイブリッドERPを採用してクラウドERPや専用アプリケーションを活用することで、通常の業務を中断することなく新機能を利用できる。