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「ビジネスでAIを利用しないのは誤った戦略」 SAPのAI最高責任者が語る

SAPのAI領域の最高責任者、フィリップ・ヘルツィヒ氏は、AIに特化した新組織の概要を説明し、企業がAI技術の実験を始めるべき理由を強調した。

» 2024年05月07日 07時00分 公開
[Jim O'DonnellTechTarget]
フィリップ・ヘルツィヒ氏

 SAPはAIの開発、導入を専門にする新部署を設置し、2024年1月にフィリップ・ヘルツィヒ氏を最高責任者に任命した。

 SAPで15年近く勤務しているヘルツィヒ氏は、クリスチャン・クライン氏(CEO)の直属部署に所属しつつ新部門を率いる。本記事では、ヘルツィヒ氏のQ&AによってSAPのAI戦略を解き明かす。

Q&Aで分かる SAPの戦略とAIの未来

 SAPの新しいAI部門は、全社的なAI開発の推進やSAPアプリケーションへのAIの統合、顧客への導入、指導に注力している。これはSAPが「ビジネスAI」と呼ぶAI戦略の中核をなし、SAPの生成AIアシスタントである「Joule」を通じて、ビジネスや業界に特化した成果を提供することを目的としている。

 今回のQ&Aでヘルツィヒ氏は、SAPのAI戦略や企業に対するアドバイスを語った。同氏は「AIの試験的な導入を待つ姿勢は間違った戦略」と語るが、その真意とは。

――AIと生成AIに関するSAPの現在の戦略とは。

ヘルツィヒ氏: SAPのAIへの取り組みは2014年から2015年にかけて始まったため、新しいテーマではないが、テクノロジーが変化するにつれて、戦略を転換してきた。

 新体制の戦略は以前と変わらず、財務やサプライチェーン、人事など、ビジネスアプリケーションにAIを組み込むことだ。AIを製品やビジネスプロセスに組み込むことで、顧客がより少ないコストでより多くのことを達成できるようにし、Jouleによってユーザーエクスペリエンスも変える。

 また、「SAP Business Technology Platform」(BTP)によって、顧客は独自の機能を構築できる。顧客が最新のERPと異なるバージョンを望むケースや、標準製品には含まれていない機能を構築したいケースがあるためだ。

――SAPのAI組織はどのような構造になっているのか。

ヘルツィヒ氏: 急速かつ巨大な変革を考えると、市場展開や商業、法務、マーケティング、サービスなど、社内のあらゆる視点を持つ人を集める必要があった。AI部門には、SAPや他ベンダーの人材を採用するため、AIマーケティングの専門チームやAI市場展開の専門チーム、地域別の導入に対応する専門チームが存在している。これによって、顧客は新機能を迅速に導入できる。

 また、AI活用のため、製品を横断するパートナーの管理機能もあり、パートナーが構築したいものと私たちのロードマップがどのように一致するかを確認している。この新しい権限と設定は、CEOへの報告に使うことができ、取締役会でSAPのさまざまな機能に焦点を当てることができる。

――SAPのビジネスAIのコンセプトについて教えてほしい。

ヘルツィヒ氏: 3つの例を挙げる。まず、私たちのAIアシスタントであるJouleのユーザーエクスペリエンスだ。ユーザーはJouleを活用することで、ビジネスの全領域に同時にアクセスできるようになる。

 私たちは、「SuccessFactors」専用のJouleや、「S/4HANA public cloud」専用のJouleを開発していない。1つのJouleを開発しただけだ。これが、なぜ重要なのかについて、あなたが採用担当者だった場合を例に説明する。

 採用担当者のあなたは、SuccessFactorsで人事業務に取り組んでおり、Jouleを使用して従業員の所属エリアを変更したり、求人を開設したりしている。

 タスクが完了した後、予算を確認する必要があるかもしれない。ただし、あなたは操作するアプリをいちいち変更せずに作業を継続したいとも考えるはずだ。このような場合、Jouleはファイナンスシステムに接続されているため、SuccessFactorsで財務状況を確認できる。さらに深く掘り下げたい場合は、財務アプリケーションに移動し人事関連の作業を継続できる。私たちはシステム間の境界を取り払い、全てのシステムをつなぎ合わせている。

 2つ目はミドルレイヤーに関するものだ。統合作業によって、私たちはエンドツーエンドで顧客にサービスを提供できるようになった。単に営業担当者の効率を向上させたり、フィールドサービスマネジメント担当者の業務効率を向上させたりするだけではない。「SAP Ariba」で採用から退職まで、設計から運営まで、調達から支払いまで、RFP(提案依頼書)の作成やガイド付きの購買など、全てのサービスを生成AIで提供できる。

 最後に、全ての顧客に共通して提供されるサービスの基盤に関するものだ。私たちは、この基盤を自社のために構築した。“規模の恩恵”を得られるためだ。

 しかし私たちは、全ての顧客が職務記述書やRFPの生成などで少しずつ異なるバージョンを望んでいることを知っている。このような場合、顧客は、BTPの生成AIハブに移動し、拡張ポイントを確認しながら基盤に変更を加えられる。セキュリティの理由によって全ての変更はできないが、自社固有の要素を追加できるポイントを提供している。

 また、SuccessFactorsのような標準アプリケーションに含まれていないカスタムアプリケーションを構築したい場合はBTPを活用して構築できる。これらの重い作業を実施した上で顧客に提供することで、顧客がアプリケーションを構築したい場合、抽象度の高い状態でも生成AIアプリを高速で構築できる。

――SAPの戦略において、AIサービスの進歩とクラウドはどのように関係しているのか。顧客はクラウドを利用する必要があるのか。

ヘルツィヒ氏: SAPの戦略におけるAIサービスの進歩とクラウドの関係は、2つのケースに分けて考える必要がある。

 1つは、箱から出してすぐに使用できる埋め込み型のケースだ。AIを定期的に利用している顧客は2万7000存在するが、オンプレミスの顧客は1%未満だ。オンプレミスでのAI導入の難しさが明確になっているため、顧客はすでにクラウドを選択している。

 データモデルが変更されたり、データの分布や列が異なったりすると、オンプレミスシステムではAIを利用できなくなる可能性がある。AIアルゴリズムが100万ドルの節約を約束したとしても、実装するためのプロジェクトに300万ドルかかるなら意味がない。

 私たちは、組み込みシナリオをサービスとして提供するように設計した。すぐにメリットを享受できれば、採用も進むだろう。また、BTPと「AI Foundation」を使用することで、レガシーシステムに対してカスタムアプリケーションを構築することも可能だ。技術的な制限はない。

――EU AI法のような規制は、SAPのAI戦略にどのような影響を及ぼすのか。また、顧客はビジネスでAIをどのように使用し始めるのか。

ヘルツィヒ氏: EU AI法では高リスクのアプリケーション、例えば人事系のアプリケーションでは、企業は余分な労力を減らすために利用を控えるかもしれない。しかし、私たちはEU AI法を歓迎している。

 SAPは2018年にAI倫理ポリシーを公開し、このポリシーは長年にわたって進化してきた。このポリシーで私たちは3つの重要なことを保証する。

 第1に、自分たちの価値観を明確にすることだ。テクノロジーは常に変化するが、価値観は変わるべきではない。これらの価値観には、偏見や差別的な言葉の使用の回避、人間が最終的な意思決定者である場合の人間による監視、AIが生成または推奨するものに対するソースの提供が含まれる。

 第2に、設計時と実行時では懸念事項が異なるという価値観を、アイデアから展開の段階までに適用することだ。

 第3に、それをどのように実施するかだ。当社にはAIガバナンス機関が存在し、全てのユースケースをこのガバナンス機関が確認している。この機関には、SAPの最高セキュリティ責任者や最高ダイバーシティーおよびインクルージョン責任者、最高データプライバシー責任者、法務顧問が含まれる。彼らは全てのユースケースを検討し、規定に合わないアイデアを撤回する。

 EU AI法が制定されたとき、私たちは既に対応済みだったため、何も変わらなかった。

――AIの影響はインターネット革命と同じ規模だと考えられるか。そして、企業は今後どのように備えるべきか。

ヘルツィヒ氏: AIはインターネットやモバイルと同様に破壊的な技術だが、導入や準備ははるかに迅速に進んでいる。その理由は、私たちがクラウドとモバイルを持っているためだ。現在はGPUなどが不足しているが、それは一時的な問題だ。

 この変化は非常に急速だが、企業はそれを無視してはいけない。これが私の第一のアドバイスだ。まだAIを利用し始めていない企業もあるが、とにかく始めてみて、どの部門でどういった付加価値をもたらすのか実験してみるといい。まだ何も始めていない企業は早急に着手すべきだ。

――しかし、あまりにも早く動きすぎたり、適切な準備やリスク管理をせずに行動したりすることは危険ではないか。

ヘルツィヒ氏: もちろんだ。強力なパートナーと協力して準備を整え、幾つかのテクノロジーを利用すべきだ。データプライバシーやセキュリティの観点から、これを始めない理由はもうない。環境はすでに整っている。

 例えば、SAPには生成AIハブがあり、従業員が「Anthropic」「OpenAI」「Aleph Alpha」「Llama 2」といったLLM(大規模言語モデル)を使用できるようにした。2023年は、5万人を超えるSAP従業員がこれを使用し、サービスや販売、マーケティングなどのさまざまな分野で250万件を超えるプロンプトを生成した。これをどのように管理し、企業の機密情報に対処するかを徹底したことで、営業面などで驚くべき成果を上げた。テクノロジーを選択し、学習を開始する基本的なレベルはすでに存在している。

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