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SansanがAI群雄割拠時代に「Notion AI」の活用に力を入れる理由

Sansanは、2020年ごろにNotionの部分導入をはじめ、「Confluence」や「GitHub Wiki」「Microsoft 365」といったツールをNotionに切り替えてきた。同社がNotionの活用に力を入れているのはなぜか。

» 2024年05月08日 08時00分 公開
[溝田萌里キーマンズネット]

 Notionはドキュメント作成・共有、プロジェクト管理、社内ナレッジ共有などの機能を持つクラウドサービスだ。社内の情報をNotionに集約することで、情報の透明性や情報共有スピードが上がるという理由で、大企業を中心に採用が進んでいる。

 一方で、Notionユーザーの1社であるSansanが同ツールを導入した最大の理由は別にあるという。同社は、2020年ごろにNotionの部分導入をはじめ、「Confluence」や「GitHub Wiki」「Microsoft 365」といったツールをNotionに切り替えてきた。2023年には当時リリースされたばかりの「Notion AI」をいち早く取り入れ、全社導入に踏み切っている。同社がNotionの活用に力を入れているのはなぜか。

 Sansan執行役員である西場正浩氏(VPoE/VPoP)がNotion Labs Japan主催のセミナーに登壇し、Notionを導入した経緯や導入するようにトップを説得するための口説き文句、社内での利用促進のコツ、ChatGPTと「Notion AI」とのすみ分けなどを語った。

導入工数やコストが低いわけではない……それでもNotion導入が必須だった理由

 SansanにおけるNotionの活用は、個人利用からはじまった。同社では、新しいサービスを積極的に利用するための予算が確保されていて、初期の利用のハードルはそこまで高くなかったという。

 現場でNotionのメリットが理解されはじめると、チームや組織単位での契約が進んだ。西場氏がトップを務めるプロダクト開発部でもNotionの利用をはじめ、アカウント管理を進めたことで、スケールのベースが整った。

 さらにこの段階で、プロダクト開発部が「Notionのデータベースの考え方がSansanのコンセプトと一部似ている」という認識の下、Notionが同社のビジネスに与える影響について社長に訴えたことが全社導入のきっかけになったという。

 Notionは、企業や従業員、顧客の情報の他、大規模プロジェクトやそれにひも付くタスクの情報をデータベースとして統合し、さまざまな視点(ビュー)で表示できることが特徴だ。一方、Sansanも名刺や顧客情報、営業履歴などを一元管理して、全社共有できるようにするというコンセプトを持つ。

 「あるエンジニアが社長に対して、Sansanの新機能をNotionでプロトタイプとして作り、社内PoC(概念検証)の場として使うことを提案しました。私自身も、社長に向けた資料では『生産性向上』といった言葉は一切使わず、技術投資のためだと強調しました」(西場氏)

 同時期に、生成AI機能を持つ「Notion AI」がリリースされたことも、全社導入を後押しした。

 「現在は、営業部門も含めた全社でNotionを利用しています。『Google スプレッドシート』は使ってよいが、『Microsoft Word』は使わずにNotionを利用するといったルールを作り、Notionにデータを集約している最中です。既存のツールをNotionに移行することは、コストも労力もかかり、正直、費用対効果があるかどうかは分かりません。それでも、技術的な投資として必須だと思っています」(西場氏)

 使い慣れたツールを手放すことは現場のユーザーにも負担が大きい。しかし意外にも、急進的な変化に対して社内からの抵抗はなかったという。その背景には、顧客の課題を解決するためにプロダクトをその都度進化させるという同社の文化があった。

「NotionがあればSansanはいらない?」 脅威となる技術を使い倒すことで見えてきたもの

 「Sansanは名刺管理ツールというイメージを持つ方が多いと思います。しかし、実際は変化を重ね、名刺管理以外の機能や製品ラインアップを拡充してきました。その裏では、従業員が常に自社のプロダクトを使い倒し、改善することを繰り返しています」

 顧客のニーズに応えるため、世の中で話題の技術があれば徹底的に活用し、自社プロダクトに取り入れることにも前向きだ。

 「2023年3月に『GPT-4』が出た際は、その日の夜に検証用の「Slack」チャンネルができ、API連携を試したり、セキュリティチェックをしたりしました。リリースから間もない頃は、経営陣に対して週次でGPT-4に関する説明会を設け、次々にLLM(大規模言語モデル)を使ったサービスのリリースを出しました」(西場氏)

 Notion AIもその中で試したツールの一つだ。Notion AIは、ワークスペースの文章に基づいて翻訳や要約、改善、アイデア出しなどを実現する他、自然言語で質問を投げると、AIがNotion内にあるデータをふまえた回答を生成する。

 当時は、「Notion AIを使えばSansanはいらないのではないか」という意見もあったが、検証を重ねるとSansanの本質的な優位性が見えてきた。

 「商談メモの要約を生成するだけならばNotionでも可能ですが、過去データを基にアップセルやクロスセルを狙うとなると、特定の情報のひも付けや可視化が必要になります。Notionはレイアウトの柔軟性が強みですが、ルーティン作業には特化したUIの方が使いやすい。情報検索に向くNotionに対して、Sansanはアラートを挙げるといった能動的な働きかけを実装できます。オールインワンのNotionにはない、営業DXに特化したプロダクトの価値をより明確にできました」(西場氏)

 試行錯誤の中で自社プロダクトの課題解決の道筋が見つかることもある。そのプロセス自体が同社の財産であり、こうした成功体験を積むことで、変化に対して強い組織ができると西場氏は話す。

現場にNotionを使いこなしてもらうための仕掛け

 Sansanでは、変化を恐れず挑戦する文化がNotion活用の下地を作った。一方で、新しいツールの使い方を現場がマスターできるかどうかはまた別の問題だ。そのため、Notionの利用促進のために西場氏は幾つかの仕掛けをした。

 一つは、Sansan事業部のプロダクト室にいるPMOに「ドキュメント管理を徹底したい」という要望を出したことだ。現場にいきなり「Notionを使いこなしてほしい」と依頼するのではなく、まずは適任者にミッションを渡してPDCAを回してもらうことで、社内におけるNotionの習熟度を上げていった。ヘビーユーザーに現場推進者としての役割を与え、各部署に配置するといったボトムアップの施策も実行した。

 「Notionを知らない人は使い方を想像できないと思います。私自身は、ミーティング中にNotionを使っているところを見せるようにしています。Notion AIに対して『今何をやったんですか』という質問が飛んだらチャンスです。ある従業員が、『Slackの通知が1000件ほどたまっていて、その確認が大変だ』と言っていたので、Notion AIで解決できることを伝えたところ、場が大いに盛り上がりました」(西場氏)

 Notionを使いこなすには、データベースへの理解などもあるとよいが、従業員の間でもITリテラシーには差があるので「簡単にできるようになるとは思っていない」。使い方やメリットを地道に伝える活動が重要だと西場氏は話す。

Sansan流、Notionの使い方と効果、ChatGPTとの使い分け

 こうした活動もあいまって、現在Sansanの社内ではさまざまなユースケースが生まれている。技術投資という目的でNotionを導入した同社だが、それ以外にも多くのメリットを得られた。

 まずは、情報の一元化と調査の効率化だ。Sansanは、年次経常収益(ARR:Annual Recurring Revenue)が前年同期比33.4%増と急成長中で、多くの新規メンバーが参画している。組織体制も頻繁に変更されることからドキュメントの管理が難しく、以前は過去の情報を探すのが難しかった。Notionは「あいまい検索」に強く、複数のページにまたがる内容もAIで要約できるので、情報の抽出が圧倒的に楽になったという。

 多言語環境でのドキュメント管理も効率化された。同社は近年、セブ島にグローバル開発センターを開設するなど海外への展開に注力しており、日本語ネイティブではないメンバーとのやりとりが増えている。「日本語のドキュメントに対して英語の要約を生成する」など、言語をまたいでNotion AIの機能を使うことで、翻訳の工数を大幅に低減できた。

 タスク管理やプロジェクト管理での利便性も感じているという。従来は、Google スプレッドシートでプロジェクトを管理していたが、その作りこみやメンテナンスに手間がかかっていた。Notionで管理性がアップしただけでなく、誰でも情報にアクセスしやすくなり、営業担当者によるユーザーヒアリングの結果をエンジニアがすぐに確認するといった、横のつながりが強化された。

 採用サイトの作成と情報更新にもNotionを活用している。外部サービスを使っていたころは採用サイトの更新に少なくとも1週間はかかっていたが、Notionはノーコードですぐに情報をアップデートできる。これが選考プロセスの改善につながった。

 「候補者に次の面接を案内するタイミングなどで、NotionのURLを共有して機動的に情報を提供しています。採用側もPDCAを高速に回せるようになり、選考プロセスの満足度や承諾率が圧倒的に上がりました」(西場氏)

 Notion AIに関しては、ドキュメント品質の向上に役立っている。例えば、プロダクト開発部の企画書をNotion AIにレビューさせ、文章の論理性と読みやすさの評価、曖昧な箇所の特定、チーム内で使う略語の排除などを実行することで、誰にとっても分かりやすいドキュメントを効率よく作成できるようになった。

 さらに、同社のSlackには毎月数百にも及ぶプロダクトのフィードバックが蓄積されるが、これをNotionに連携させてAIで検索できるようにしたり、議事録などの雑多なメモを構造化・深掘りしたりといった使い方も便利だという。

 セミナーではNotion AIの感情分析機能の紹介もあった。プロダクトへのフィードバックを「ポジティブ/ネガティブ」の軸で分類させたり、フィードバックの理由をタグとして付与させたりすることで、効率的に顧客ニーズを抽出できる。

 なお、「ChatGPT」と「Notion AI」との違いについては「使いどころが違い、どちらも必要だ」というのが西場氏の見解だ。

 「ChatGPTは、AIとの対話でアイデアの壁打ちをしたいときに利用しています。Google検索と同様に、一般的な情報の調査に便利で、基本的にその結果を保存することはありません。一方でNotion AIは、社内情報をふまえた回答を生成することが特徴で、その内容を盛り込みながらドキュメントを整えるという使い方が向いています」(西場氏)

共通データ基盤を構築し、Notionと連携させる構想も

 Notionでのさまざまな成功体験によって、変化を恐れずに挑戦することの重要性を再認識できたという西場氏。今後も、Notionでできることを検証し、技術革新につなげる予定だという。

 「より多くの情報をNotionに集約するために、Slackや『Salesforce』、MAツールなどの情報を共通データ基盤に吸い上げ、Notionと連携させるというアイデアもあります。これが実現できれば、Notionと他の社内ツールの情報の重複なども解消できるのではないかと思います」(西場氏)

本稿は、Notion Labs Japanが3月13日に開催した「Executive ラウンドテーブル」の内容を編集部で再構成した。

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