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赤ちゃん本舗がIT業界未経験の人材を中心にDXを推進、最も重視したことは?

赤ちゃん本舗では2021年からノーコード開発ツールで業務のデジタル化に取り組み、社内のアプリ開発者が業務のIT化を促進させてきた。担当者がDXに取り組む中で「特に大切だ」と感じたことは何だったのか。

» 2024年06月18日 08時00分 公開
[平 行男キーマンズネット]

 赤ちゃん本舗は、妊娠や出産、子育てに関わるさまざまな商品やサービスを提供している子育て総合支援企業だ。同社がDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みをはじめたのは、コロナ禍がきっかけだった。

 2020年以降、コロナによる影響で顧客の生活スタイルは一変した。国内出生率も、コロナ以前の2019年に比べて2023年は88%にまで減少し、行動制限の影響で顧客の来店機会が失われた。オンラインショッピングも運用していたが商品を手に取って購入したいニーズに応えられない。

 テレワークの利用拡大や時差出勤の導入など、場所や時間を問わずに働ける環境も必要だった。生産性向上は売上に直結する課題なので早急な対応が求められる。

 赤ちゃん本舗はこれらの変化に対応するため、非IT部門が中心となってアプリケーションを開発し、複数システムを連携させて業務を自動化、省力化した。同社は非IT事業会社だが、今では30人のアプリ開発者を育成できたという。赤ちゃん本舗の伊藤 竜氏(マーケティング本部 顧客コミュニケーション部 シニアスタッフ)が、業務改革の中で特に重要だと感じたポイントを語った。

DX推進部門の過半数はIT業界未経験の人材 不安の中、DXを何から始めた?

 現在はDXを力強く前進させている同社だが、はじめたばかりのころは不安もあったという。

「システム導入に当たってDX推進部門を新設しましたが、5人の初期メンバーのうち私を含む3人がIT業界未経験で、当初は不安もありました。DXの必要性はメンバー全員が認識していたので、各自でスキルを磨きながら進めようと決意しました」(伊藤氏)

 DX推進部門で初めに取り組んだのは、業務を「攻めのDX」と「守りのDX」に分類することだった。

攻めのDX(出典:赤ちゃん本舗の投影資料)

 攻めのDXとしては、顧客接点の拡大と既存事業の高度化を目指した。自動販売機で商品を販売することで、外出先での突発的な商品購入ニーズに対応した。育児中で外出できないユーザーをサポートするため、「Wolt」や「出前館」「Uber Eats」などと提携してクイックコマースを開始した。

 守りのDXとしては、業務処理の効率化や生産性の高い業務への労働力の切り替えなどを目指した。そのために、意思決定スピードの向上や業務効率の改善、経費の削減、保管場所の削減・検索性の向上、コンプライアンスの強化、テレワーク対応の6つの観点でデジタル化を進めた。

守りのDXで狙う効果(出典:赤ちゃん本舗の投影資料)

 特に重視したのは、「意思決定スピードの向上」と「業務効率の改善」で、主な注力範囲は、経費精算と電子請求、電子契約、ワークフローの4つだ。ITに抵抗感を持つ従業員も多かったため、システムの選定時はユーザー目線での操作性や利便性に主眼を置いた。

 業務への適応を拡大するに当たって、安定的に稼働することも重要だと考えた。それらの基準を満たしたワークフローシステムがノーコード開発プラットフォームの「SmartDB(スマートデービー)」だった。伊藤氏は業務デジタル化の3つのポイントを次のように説明した。

ポイント1 テレワークへの対応を見据えた申請業務のクイックなデジタル化

 「SmartDBの導入が成功した一番のポイントは社内への浸透です。みんなに難しいと思われてしまうと利用が広がらないと考えました。私もITがあまり得意ではないので、身近な申請業務をデジタル化することから始めました」(伊藤氏)

 現在はさまざまな部門でSmartDBを利用したノーコード開発が進み、約70の申請業務がデジタル化されている。年間2700件ほどある稟議(りんぎ)申請は、申請から決済まで7〜10日間かかっていたが、SmartDBの活用によって約3日間に短縮され、意思決定のスピードが大幅に上がった。

 伊藤氏は特に各種申請業務のデジタル化には思い入れがある。新しいツールは担当者にとって初の経験なのでハードルはあったが、一歩踏み出せれば利便性を実感できる。結果的にそれが功を奏して社内への浸透が進んだという。

デジタル化した業務(出典:赤ちゃん本舗の投影資料)

ポイント2 BtoBプラットフォーム請求書との連携でより高度な業務改善を実現

 2つ目のポイントは、SmartDBを他のシステムと連携させることだ。財務部からインボイス対応のために電子請求書発行システムを導入したいとの相談を受け、DX推進部門では部分的なデジタル化ではなく、業務プロセス全体をデジタル化することが重要だと考えた。そこで、SmartDBと、既存の「BtoBプラットフォーム請求書」を連携させて、請求書発行の事前申請を含めた効率化を提案した。

 具体的なフローは次の通りだ。まず、担当者がSmartDBで申請書を起案する。申請書はBtoBプラットフォーム請求書の取引先情報などと連携されている。財務部長の決裁が下りるとRPA(Robotic Process Automation)が自動で取引先担当者にメールで通知して請求書を発行する。最終的には取引先担当者が支払い処理をして完了となる。

実現した業務フロー(出典:赤ちゃん本舗の投影資料)

 こだわった点は、多様な発行方法を実現することだった。請求書は主にシステムで受け渡すが、紙で送付することもあるため、SmartDBの申請書内に分岐設定を入れてさまざまなケースに対応できるように工夫した。

 システム連携によって大幅に業務スピードが上がり、業務改善の効果が現れているという。現在は電子契約システムを導入して、SmartDBとの連携に取り組んでいる。

「私自身、初めての試みでしたので、システムをうまく連携できずに悩んだこともありました。どうしても想定の動きにならないときは、財務部に代替案を提案するなどしながら、可能な限りやりたいことを実現できるように諦めずに開発しました。キックオフ時に、財務部とDX推進部門の役割を明確にしたことや、財務部と進捗状況を確認しながら進めたことが成功の要因だと思います」(伊藤氏)

ポイント3 「TERAKOYA」でデジタル人材の育成と拡大

 3つ目のポイントは、デジタル人材の育成と拡大だ。DX推進部門だけで実現できることには限界がある。業務を詳しく把握している従業員一人一人が自分の業務をデジタル化できる状態が理想だ。それを実現するために、多くの従業員にデジタル化の知識と経験を積んでもらうことが必要だと考えた。

 赤ちゃん本舗には、従業員同士が教え合う「TERAKOYA」という仕組みがある。そこにSmartDBの人材育成の勉強会を組み込んだ。勉強会は1カ月に2回のペースで10カ月間、合計20回開催した勉強会に14部門が参画し、現在までに30人のアプリ開発者を輩出した。

 「TERAKOYAに参加した従業員のうちSmartDBに興味があるのは約2割でしたが、とにかく『業務がデジタル化されると楽になる』という思いを伝え続けることで、徐々に共感してくれる人が増えました」(伊藤氏)

DX成功の秘訣は「実感」と「対話」

 DX推進部門は、テンプレートの作成や開発マニュアルの提供などをしてアプリ開発者を支援している。申請業務に必要な基本情報を組み込んだアプリのテンプレートは、システム導入以降、現在もアプリ開発のベースとなっている。

 開発マニュアルは、SmartDBの基本機能やよく使う機能をユーザーに分かりやすく説明することで、ノーコード開発に取り組むハードルを下げるものだ。伊藤氏は多くの従業員に「業務が楽になった」「業務のレベルが向上した」と実感してもらうことがDX成功につながると語る。

  伊藤氏は「今回のシステム導入を通じて、対話することの大切さを改めて感じました。担当者から業務の課題について相談を受けたとき、その課題を解決すれば確かに現状は改善されますが、効果は限定的です。違う視点から課題を見ると別のアプローチもあるので、その点について時間をかけて深く意見を交わすことが大切です」と話す。

 「時間がかかっても諦めずに対話することで共感が生まれ、新たな解決策が導き出されます。その解決策を実施して、実際に良い結果が出たと喜んでもらえたら、こちらもうれしくなります。対話しながら業務改善を進めることは、仕事の喜びも感じながら、新しい価値を生むことにもつながります」(伊藤氏)

本記事は、ドリーム・アーツが2024年4月4日に開催したオンラインイベント『リテール変革DAY』の内容を編集部で再構成した。

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