メディア

食券、アルコールチェック……ロケットづくりに挑戦する老舗製造業の下町DX

かつて炭鉱を支える事業で発展し、今は宇宙産業に挑戦している釧路製作所。同社のDXは、従業員の時間をじわじわと奪っていた3つの課題をITによって解決するところから始まった。

» 2024年06月14日 08時00分 公開
[平 行男合同会社スクライブ]

 「強いから生き残れる、大きいから生き残れるのではなく、変われるから生き残れると私は考えています」――。こう話すのは、釧路製作所の羽пiうしゅう) 洋氏だ。

 釧路製作所は1956年、三菱工業系の炭鉱子会社として北海道釧路市で設立された。当時の釧路市は石炭鉱業、水産業、製紙業などの基幹産業がいずれも日本トップレベルの業績を誇っていたが、現在は厳しい状況に置かれている。釧路製作所も鋼製橋梁や産業機械製造などへ移行したものの、これらのマーケットも芳しい状況とは言えない。そこで最近は、インターステラテクノロジズ社(北海道大樹町)にロケットのエンジンの燃焼実験装置を納入するなど宇宙開発分野での展開を強化している。

 さらに、社内ではDXチームを組織して、従業員の時間をじわじわと奪っていた3つの課題を独自のアプリケーションで解消することからデジタル化を始めたという。老舗製造業がどのようにDXに取り組み、どんな未来を描いているのか、釧路製作所の羽пiうしゅう)洋氏(代表取締役社長)と新保美玖氏(品質保証室)に聞いた。

宇宙産業に挑戦する老舗製造業はどこからDXに挑んだのか

 釧路製作所の主力事業である鋼製橋梁の製造規模は2020年の90万トンをピークに、現在は全国で15万トン以下にまで減少したという。地方都市は労働人口の減少スピードが速いこともあり、大きな危機感を持っていると羽ь≠ヘ語る。

 「強いから生き残れる、大きいから生き残れるのではなく、変われるから生き残れると私は考えています。その変化には『革命』『革新』『進化』の3つがあります。『革命』はなかなかできないけれども『革新』と『進化』はできます。『革新』は新規事業であり、ゼロからイチを生み出すことです。『進化』は既存事業です。進化することで生産性を向上させます」(羽ь=j

釧路製作所 羽 洋氏

 進化のためにデジタルの力が必要だと考え、釧路製作所は2023年4月にプロのアドバイザーを迎えて社内でDXチームを組織した。このチームがICTツールを活用して自律的に業務改善を進めている。

LINE WORKSを最初に活用したのは緊急連絡網

 釧路市は地震も多く、東日本大震災の際には津波被害も出ている。そこで、従業員の安否確認や緊急連絡をするツールの必要性から、2020年6月にスマートフォンを従業員全員に配布すると同時に「LINE WORKS」を導入した。

 釧路市では雪が多く降ると道路や駐車場がふさがることがある。そこで、翌日の予報を見ながら対策を採る習慣があるが、その際に従業員への連絡手段が必要になる。LINE WORKSは、LINEと違って個人単位で既読・未読が確認できるので、緊急連絡網としての利用に適しているという。

釧路製作所 新保美玖氏

 「DXチーム内の連絡にもLINE WORKSを利用しています。業務単位でトークグループを作成できるので、タイムリーな情報共有にとても便利です。電話をするほどでもない内容の連絡にも重宝しています」(新保氏)

緊急連絡網と安否確認(出典:釧路製作所の講演資料)

従業員の時間を奪う3つの課題をアプリで改善

 「本格的にLINE WORKSとkintoneでの業務改善に取り組んだのは、従業員の時間を奪っていた3つの課題、『事務用品の在庫管理』『アルコールチェック検知記録』『社員食堂の食券作成と精算業務』からでした。一つ一つは大きな問題ではないかもしれませんが、ちりも積もれば膨大な時間のロスにつながります。何よりも本来の業務でないことに従業員の時間が奪われていることが問題でした」(新保氏)

当時感じていた「忙しい」(出典:釧路製作所の講演資料)

 まずは事務用品の在庫管理だ。以前は、発注担当者が事務用品の保管場所に行き、在庫数を確認しながら発注していた。事務用品の置き場は往復で2、3分の距離にある。物によって消耗する期間が変動することも発注業務の負担となっていた。

 この在庫管理を効率化するためにLINE WORKSで「消耗品持ち出し登録Bot」を開発した。事務用品を持ち出す人がLINE WORKSのBotに情報を登録すると、kintoneのデータベースに反映される。そして消耗品の在庫が一定数以下になると、アプリが発注担当者へ通知する仕組みになっている。これにより、発注担当者はその都度在庫を確認する必要がなくなった。

事務用品の在庫管理の改善(出典:釧路製作所の講演資料)

 次に、ドライバーの飲酒検査が義務化されたことに伴って、アルコールチェックの検知記録の効率化にも取り組んだ。ドライバーは乗務前に測定したアルコールチェッカーの数値を記録するためのものだ。当初はExcelで管理する予定だったが、手間がかかりすぎると考え、アプリ開発に着手した。

 開発したアプリは「アルコール検知記録Bot」だ。アルコールチェッカーによる測定結果をLINE WORKSのBotに入力すると、kintoneにデータが蓄積され、集計も容易になる。数値は「0」であることがほとんどのため、0の入力はワンタップで完了できるように工夫した。

アルコールチェック検知記録を改善(出典:釧路製作所の講演資料)

 3つ目に開発したのは、社員食堂の食券作成と精算業務用のアプリだ。それまで同社では、総務担当者による手作りの食券を紙で運用していた。食券を印刷して、裁断して、ミシン目を付けて20枚セットにする……といった手間が担当者の大きな負担となっていた。

 同社は工場から食堂までの距離があるため、工場勤務のスタッフは往復10分ほどかけて食券を購入していた。15分間の休憩時間に10分かけて食券を買いに来る手間を省けないかと考えていた。

 そこで開発したのが「食堂Bot」だ。食堂利用者がLINE WORKSのBotから当日の利用予約をすると、kintoneのデータベースに登録され、代金はそのデータを基に給与から天引きされる。予約の操作はツーステップで完了するようにした。紙の食券を廃止でき、食券作成のための負担もなくなった。食券を購入する手間がなくなったことで食堂の利用者も増加したという。食堂Botは社内で一番使われるBotになっているという。

 アプリ開発時に気をつけた点について、「当社では18歳〜70歳まで幅広い年代の人がアプリを使用します。ですので、アプリの操作はとにかく『シンプルに、質問項目は少なく、かつ短く』を意識しています」と新保氏は話した。

 アプリを起点に新たな世代間コミュニケーションも踏まれたという。年配のスタッフは仕事ではベテランだがアプリ操作が得意ではない人もいる。一方、若い世代はアプリ操作が得意な傾向にある。「溶接の仕事では教わる側の18歳のスタッフが、70歳のスタッフにアプリ操作を教えるような場面もよく見られるようになりました」と新保氏は語った。

社員食堂の食券作成と精算業務を改善(出典:釧路製作所の講演資料)

さらにアプリを進化させて製造現場の課題に挑戦

 同社は今後、工場の資材管理などもアプリを使って効率化することを検討している。全員が使用しやすいアプリを目指して、現在は工場でのヒアリングをしている。

 「3つのアプリは小さな一歩ですが、この知見を少しずつ他にも生かしたいと思います。当初は不安もありましたが、アプリを運用するうちに工場や事務所の社員から『楽になった』と声をかけてもらえたことをとてもうれしく感じています。今後も『分かりやすくシンプルに』をモットーにDXを推進していきたいです」(新保氏)

 現在は、これまで使用していたグループウェアをLINE WORKSに移行している最中だ。工場で事故が発生したときに、LINE WORKSのBotのボタンを押すと、工場内の赤いパトランプが回って事故の発生を周知したり、「勤怠奉行」で一元化している労務管理をLINE WORKSに移行したりなど、さまざまなアイデアをあたためている。羽ь≠ヘ「できることは無限にある」と、今後のアプリ開発についての意欲を語った。

 「今のやり方を変えることに対する抵抗も上がります。反対する人に納得してもらうこともDXチームの従業員の成長につながるし、越えられない壁を乗り越えることで従業員も成長します。DXチームにはこれからも経験を積みながら頑張ってほしい。諦めなければ目標を達成できると思います」(羽ь=j

本記事は、LINE WORKSが2024年5月28日に開催した「LINE WORKS DAY 24」の内容を編集部で再構成した。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

会員登録(無料)

製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。