複雑化、属人化が進んだ業務や、複数部門にまたがる業務をどう改善すべきか。生成AI搭載でプロセスマイニングはどう変わるのか。導入時のポイントや運用の注意点、導入前に揃えておきたいシステムを解説する。
長い年月を経て複雑化し、属人化が進んだ業務をいかに改善するか。特に企業の主要事業を支えるコア業務の処理に長い時間がかかっていたり、手戻りが多く発生していたりする場合は、収益にも影響を及ぼしかねないため、改善は急務だ。
担当者レベルによる草の根活動では改善が難しい、ビジネス全体に影響を及ぶ複雑な業務を改善する際に一つの選択肢となるのがプロセスマイニングだ。
前編では、BIツールとプロセスマイニングの違いや、プロセスマイニングを活用するメリット、プロセスマイニングによる改善を必要とする業務、プロセスマイニングによる業務改善に向いている企業の特徴を解説した。
後編では以下の4点について明らかにする。
プロセスマイニングを活用するためには、基幹系システムがきちんと整備されていることが前提となる。「SAP」や「Oracle」といったERPを活用して全社的に管理し、ある程度のイベントログデータが蓄積されているのが不可欠だ。
では、基幹系システムの整備が十分ではない中堅・中小企業がプロセス改善に取り組みたい場合はどうすれば良いのだろうか。舘野氏は「PCのログを分析して可視化し、業務プロセスの改善につなげる『タスクマイニング』と呼ばれる手法も候補の一つになるかもしれない」と語る。
プロセスマイニングは、その性質からトップダウン寄りのソリューションであり、部門長クラスの従業員や経営層が業務改善や業務改革を目的として使い始めることが多い。
「プロセスマイニングは、課題を抱えている部門横断型の業務に対し、関連する部署を巻き込みながらデータを揃えて分析することで初めて効果が出る製品です」(Celonis)
また、Celonisによると、プロセスマイニングはコンサルタントの提案の質を上げる情報ソースとしても注目されている。例えばアクセンチュアは、自社のツールやプラットフォームにCelonisのデータ主導による業務実行管理機能を組み込み、業務の可視化や意思決定に役立てている。
プロセスマイニングツールを選ぶ際には、どのような点に気をつけるべきか。
ツール選択では、あらかじめ目的を明確にしておくことが重要だ。例えば、「プロジェクトの最初期段階でピンポイントに活用する」といった限定された用途であれば、単体のツールが使い勝手がいいだろう。調達から販売、配送までの一貫した業務プロセスを改善する目的であれば、Celonisのような独立系ベンダーが適している。エンドツーエンドの業務プロセス最適化、いわゆるハイパーオートメーションのような高度な自動化を目指すのであれば、UiPathやServiceNowなどが提供しているプラットフォーム型の製品を採用するのが望ましい。
一方で、舘野氏によると、プロセスマイニングツールやタスクマイニングツールの選定では、ツールそのものの機能よりもエコシステムの方が重要になるケースがあるという。どういうことか。日本企業の場合、必要な機能をつなぎ合わせた独自性の高いシステムを構築しているケースが多い。プロセスマイニングを導入する際にはシステムを見直す必要があるため、事前のコンサルティングが欠かせない。また、タスクマイニングではPCのタスクログを取得する。タスクログは多様であるため、「何がどのプロセスに絡むか」をユーザーが特定するのは容易ではない。
「取得したログを使って、業務プロセスを可視化するにはノウハウが必要です。そのノウハウを持っているのは導入ベンダーです。対象になる業務に関する知識がどのくらいあるか、実際に過去にどのくらいのユーザーを支援してきたかといった、いわゆる導入コンサルティングの能力や実績が、ユーザーがプロセスマイニングをどのぐらい活用できるかに大きく影響します」(舘野氏)
プロセスマイニングは、イベントログをプロセスマイニングで利用できる形で取得することが重要だ。ほとんどのプロセスマイニングツールにはデータを取得する機能が搭載されているため、IT部門での内製化も可能だが、「どのデータを取得するか」の部分には専門的な知識が必要で、ベンダーやパートナー企業の協力が必要になる。
Celonisは、取得すべきデータやデータの適切な成形方法を知るためにも、一定のユーザー数が存在するツールを選ぶべきだと強調する。ユーザー数が少ないツールは問い合わせ先が限られてしまい、導入してもうまく活用できない可能性があるためだという。
「自社業務に詳しい販売代理店に一定のユーザー数が存在するツールを紹介してもらい、まずは1つのプロジェクトに適用してみるのがいいでしょう」(Celonis)
ツールの選択時には運用も考慮すべきだ。プロセスマイニングツールの運用では、日時や週次、月次でデータを取り込み、どのプロセスにどのような変動が発生しているかを常にモニタリングすることになる。そのため、IT部門などの協力を得て継続的にデータを抽出してアップロードする環境を構築する必要があるが、それは容易ではない。「データのパイプライン」があらかじめ組み込まれているツールではそのまま活用できるが、そうでない場合にはパイプライン整備のためのコストが追加で発生することもあり、注意が必要だ。
生成AIの登場は、企業のプロセスマイニング利用にどのような影響を及ぼすのだろうか。
プロセスマイニングの利用では、先に述べたようにツールにインプットするイベントログの抽出と成形が必要になる。イベントログには「いつ、誰が、どのデータに対してどのような操作を実施したか」の履歴が時系列に沿って記録され、プロセスマイニングツールはその内容を分析し、特定の業務がどのようなプロセスに沿って実施されているかをフローチャート形式で図示する。
イベントログの抽出と成形にはデータに関する知見が必要だ。また、プロセスマイニングツールは業務プロセスの分析と可視化を実施するが、「どこを改善すべきか」を判断するにはBPMやBPRに関する知識や経験が求められる。
舘野氏は、生成AI機能によってツールの活用前後に必要になるこうした作業を実施する際のハードルが下がることが期待できると話す。ただし、生成AIには事実に基づかない情報を生成する「ハルシネーション」のリスクがある。生成AIの回答が正しいかどうかを、根拠となるデータを辿ってきちんと判断できる人、具体的には対象業務やデータに関する知識が豊富な人材が不可欠だと警告する。
Celonisも同様に、生成AI機能の搭載によってユーザーがデータを分析するハードルが下がると語る。
Celonisが提供するプラットフォーム「Celonis Execution Management System」(EMS)は、データを連携する部分と取得したデータからプロセス観点で知見を提供する部分、知見をアクションにつなげていく部分の3つのコンポーネントで構成されている。ここに新たに「OCPM」(オブジェクトセントリックプロセスマイニング)の概念を反映させ、LLM(大規模言語モデル)の活用を開始したことで、複数部門にまたがるデータモデルの作成と自然言語によるデータの可視化が可能になった。
これにより、ユーザーは自然言語によるチャットを使って必要なデータを表やグラフの形でチェックできる。「納期順守率が低い理由は何か」「納品が遅れがちなのはどの企業か」「改善策を複数示してほしい」といった質問をすれば、生成AIから回答を得られる。
Celonisも生成AIの活用にはリスクがあると考えている。生成AIによるアウトプットに根拠になる計算式やコードを表示してユーザーが正しい情報かどうかを判断できるようにしたり、生成AIにどのような質問をしてどのような回答が返ってきたかのログを残すようにアドバイスしたりしているという。
「生成AIのアウトプットに基づいてビジネス上の意思決定をする場合、責任の所在を明らかにする必要があります」(Celonis)
舘野氏は、DX推進の機運が高まる中で、さらにプロセスマイニングに注目が集まるだろうと予測する。
「業務プロセスは可視化して初めて改善につながります。DX推進に取り組む企業が増える中、その手段の一つであるプロセスマイニングの市場は今後も拡大するでしょう。現段階では多少のコストがかかりますが、今からチャレンジをしておいて損はありません。特に、新たにシステムを開発する場合は、プロセスマイニングの利用を念頭に置くべきだと考えています。イベントログなどのデータを取得できる状態にし、個々の業務プロセスをしっかりと管理しておくことが重要です」(舘野氏)
さらに舘野氏は、プロセスマイニングツールを導入する場合、実現すべき目標の明確化を優先してほしいと強調する。プロセスマイニングの活用例が増えている製造業の調達業務や金融業のサービス業務のように、具体的な業務プロセスの中で「数年後までにコストを半分にする」といった明確な目標を掲げることが重要だという。
「日本は業務プロセスに対するこだわりが強い一方で、収益と結び付けて考える意識が薄いと感じています。海外のプロセスマイニング市場の規模が大きいのは、業務プロセスを改善する業務効率化を収益と結び付けて考えているからです。日本でも同様に、コスト削減だけでなく収益と結びつけて考えていくべきでしょう」(舘野氏)
また、舘野氏は、プロセスマイニングツールに生成AI機能が搭載されることで、社内のイベントログの解釈が容易になるだけでなく、外部から情報を取り入れて業務プロセスの適合性を判断できるようになるかもしれないと話す。
「インターネットで公開されているさまざまな非定型データを取り込んで分析し、何らかのインサイトを得るといった作業のハードルが生成AIによって下がる可能性があります」(舘野氏)
これについてはCelonisも同意見だ。Celonisは従来、外部情報を取り入れて開発した、個々の業務のデータ分析に適したアプリケーションを顧客に提供してきた。これまでは開発者が顧客に適したアプリケーションを選択してチューニングするステップが必要だったが、「今後はアプリケーションの機能だけでなく、改善提案までを生成AIのインターフェースを使って提供していきたい」と話す。
その場合に気になるのがハルシネーションだ。提案の根拠になる計算式やコードを表示するだけでなく、与えられた情報だけで回答するのが難しければ、生成AIに「該当する項目がないので回答できません」と出力させるといった対応で誤った情報を提供するリスクを回避したいと考えているという。
プロセスマイニングは2000年頃から学術研究が始まり、ビジネスで活用されるようになったのは2010年頃という比較的新しい手法だ。舘野氏は、「企業が実装する標準的なガイドが明確にある分野ではない」と話す。
「そういう部分で生成AIが可能性を開くというか、企業が活用する入り口になる可能性はあるかもしれません」(舘野氏)
これまでは、主に外部のデータアナリストやコンサルタントがBPM(Business Process Management)やBPR(Business Process Re-engineering)の一環としてプロセスマイニングツールを活用して業務プロセスを分析していた。データを経営に役立てようとする企業が増える中で、生成AIによってデータ分析のハードルが下がったことは歓迎すべきだろう。生成AIを利用することで、必ずしもデータに関する高度な知識やスキルを持たない経営層や管理層が業務プロセス改革に取り組むことができるようになった。
今後も、プロセスマイニングへのニーズは高まり、市場は拡大する見込みだ。プロセスマイニングを利用する企業が増える中で、日本企業のプロセス改善がどのように進み、それが経営にどのようなインパクトをもたらすのか、注視していきたい。
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