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トヨタ・コニック・プロ「AI PCが人を育てる」と言い切る理由 800台導入の狙い

トヨタ・コニック・プロはAIアシスタントの全社展開を進める中で、現状のPCでは処理が追い付かないという問題を抱えていた。選定の背景から導入後の効果、セキュリティへの取り組みまでを追った。

» 2026年03月27日 07時00分 公開
[平 行男キーマンズネット]

 トヨタ・コニック・プロは、AIアシスタントの全社展開を機に、PC環境の抜本的な見直しに踏み切った。きっかけは、2024年秋に「Microsoft 365 Copilot」(以下、Copilot)の先行導入を始めたところ、当時のPCでは処理が追い付かず、使いこなせなかったことだ。「Windows 10」のサポート終了も重なり、通常より1年早い3年でのPCの入れ替えを決断した。AI PCを2025年8月に約800台導入し、Copilotの本格活用と広告制作の内製化を軌道に乗せた。

 同社の福田智久氏(コーポレートデザイン本部 コーポレートデザイン部 情報システムユニット 主任)に、選定の背景から導入後の変化まで聞いた。

なぜ「AI PC」を選んだか Copilot導入で見えたPC選定の決め手

 トヨタ・コニック・プロは、トヨタ自動車と電通グループを株主とするトヨタ・コニックの100%子会社だ。トヨタ自動車のブランド価値向上を担う「ブランディング」と、技術・販売網を活用して新規事業を創出する「モビリティ・ビジネス」の2軸で事業を展開する。「トヨタイムズ」の運営や製品プロモーションなど、クリエイティビティーを軸とした多様な業務を手掛けている。

 同社は「どこでもオフィス」という考え方を10年以上前から掲げており、仕事は場所(オフィス)ではなく個人にひも付くという方針のもと、全従業員がハイブリッドワークを前提とした環境を整えている。PCについても同様の方針に基づき、3世代にわたりSIM内蔵型の2in1ノートPCを選択してきた。

 AIを業務に活用する動きが本格化したのは、2024年春のことだ。情報システムユニットの福田氏が中心となり、社内のセキュリティ部門と調整しながらCopilotのテスト導入を開始した。しかし、先行導入の段階で問題が表面化した。福田氏は次のように振り返る。

 「当時使用していたPCでは、Copilotを動作させると著しく重くなり、研修に支障が出る場面もありました。Windows 10から11への移行という問題もあり、PCを早期に入れ替える必要に迫られました」(福田氏)

 次期PCの検討に当たり、福田氏が最初に整理したのは、「現時点でのAI活用だけでなく、3〜4年のPCライフサイクルを通じて、AIをどの程度使える状態にしたいか」という課題だった。

 CopilotなどのAIを業務改善のツールとして浸透させ、さらに、商材開発でもAI活用を視野に入れると処理性能やNPU(ニューラルプロセッシングユニット)の有無もPC選定の重要な基準となる。

 CPUの選択においては、過去に業務システムとの互換性トラブルを経験していたことが大きな判断材料になった。基幹システムや資産管理ツールなどとの親和性を考えると、長年の実績があるIntel製のチップを選ぶ方向はほぼ固まっていたという。他社のCPUと比較検証し、自社環境との接続を確認した上で、「インテル Core Ultra 7プロセッサー」を搭載した「HP EliteBook X G1i 14 AI」を選定した。

 決め手となったのは、消費電力の少なさとグラフィック処理性能の高さだった。前世代からグラフィック性能が大きく向上しており、広告素材の制作やデータ分析業務への対応力が期待できる。また、常にPCを持ち歩くハイブリッドワーク環境ではバッテリー持続時間が業務の継続性に直結するため、省電力性能の高さは従業員からも強く求められていた。

 スペック面では、メモリは前機種の倍となる32GBに、SSDも1TBに拡張した。また、職種や役職による格差をつけず、社長から一般従業員まで全員が同一モデルを使用する方針を維持した。管理負担の軽減に加え、「みんな同じように仕事を頑張っているのだから、同じPCを使えばよい」という考え方がその背景にある。

Copilotアンバサダー制度が全社導入の土台を作る

 PC選定と並行して、Copilotの組織的な展開も段階を踏んで進めていた。2024年10月に、社内の幅広い部署から有志を募り、マネジャークラスを含む約120人を「Copilotアンバサダー」として先行導入した。参加は完全に任意とし、「上司から言われたから」という動機の人は集めないという姿勢を明確にした。

 福田氏自身が講師を務め、毎週木曜日の朝に約45分のオンライン研修を「Microsoft Excel編」「Microsoft PowerPoint編」「Microsoft Outlook/Teams編」などなど7週にわたって実施した。「Slack」におる情報交換も活用し、使い方を試すハードルを下げることを意識した取り組みだった。

 CopilotはOffice製品に付加された“AI”という最も取っ付きやすいツールのため、ここからAI導入をスタートし、AIに対する不安や疑念を払拭することで、「AI時代に対して、導入初期の段階で“くじけて欲しくない” 」という強い思いがあったという。

 3カ月間の検証後に実施したアンケートでは、「全社に入れた方がよい」という回答が約95%に達した。この結果を基に経営陣の承認を得て、2025年4月に全従業員へのCopilotライセンス付与が実現した。投資額は年間で約3000万円以上となった。

 全社導入後には、全9回のハンズオン研修を実施した。研修のタイミングがEliteBookへの切り替え時期と重なったため、切り替え前のPCで研修を受けた前半グループと、EliteBookで受けた後半グループの操作感に顕著な差が生じた。

 「後半のグループは非常にスムーズに課題をこなせて講師に褒められていました。PCの高速化の効果が、そのまま研修の定着に表れました」と福田氏は語る。

大容量データ処理と広告内製化で手応え

 AI PCの導入によって、業務上の変化が最も顕著に表れたのは、データサイエンス系・マーケティング系の担当者と、広告制作を担うブランディング担当者だった。

 マーケティング領域では、数万行・数千列規模のExcelシートを日常的に扱うが、前PCでは開くだけでフリーズするケースが頻発していた。EliteBookに切り替えた後は同様の処理が問題なく行え、処理速度は「体感値で1.5倍くらい向上した」という担当者からの声が上がった。

 広告制作の現場では、作業の流れが大きく変わった。新車発売時のSNS広告やバナー広告の素材制作は、以前は外部制作会社に委託していたが、グラフィック処理性能の向上により社内での対応が可能になった。

 福田氏は、「以前は外部の制作会社に発注していたため、タイムラグが生じ、イメージの食い違いも起きてきました。新しいPCにしてからは、担当者がAIも使いながらその場でデザイン案を出して、クライアントと意思疎通できるようになり、短納期への対応速度が上がっています」と語る。

 オンラインミーティングも快適になった。CPUとGPUの処理能力向上に加え、AIによる映像・音声処理が改善されたことで、Teams会議での映像の滑らかさや画面共有の安定性が増した。以前はTeamsでの画面共有が機能しないケースもあったが、そうした問題はなくなったという。

PCを「使い倒す」ためのレンタル活用

 約800台という大規模導入に当たり、同社は従来の方針通りレンタルを選択した。PCのレンタルは、前回のPC導入時から引き続き横河レンタ・リースに委ねている。

 購入すれば数億円規模の初期投資が必要になるが、レンタルなら初期費用を抑えて月々の支払いに分散できる。AI技術の進歩に合わせて更新サイクルを柔軟に調整できる点もレンタルのメリットだ。今回も通常の4年サイクルを繰り上げて3年での更新を決断したが、レンタルだからこそ即応できたという。

 常にPCを持ち歩く働き方では、破損リスクが固定オフィス勤務に比べて高くなる。自社購入の場合、修理手続きは自社で対応しなければならないが、レンタルであれば動産保険や代替機交換といったサポートがあらかじめ契約に含まれる。

 「スマートフォンのように常に持ち運びするものなので、破損リスクが高い分、動産保険を含めて手厚いサポート体制を整える必要がありました」と福田氏は語る。従業員数700人強に対して5〜6%分をストックとして確保しており、故障時は社内の代替機を手配しながら修理する体制も整えた。

AI活用の加速とセキュリティの両立が次の課題

 AI PCが稼働し始め、同社の視線は次のフェーズに向いている。Copilot以外のAIツールについても複数のPoC(概念実証)が並行して動いており、マーケティング領域向けのAIエージェントや、新しい基幹システムとAIエージェント統合なども検討している。全社標準AIツールのCopilotに加えて「Gemini」など他のAIを業務に取り込みたいという声も社内から上がっているが、コストや利用シーンを踏まえた慎重な設計が求められる。

 一方、AI活用が深まるほど課題として浮かび上がるのがセキュリティとデータ管理だ。同社は新車の開発情報など機密性の高いデータを扱う立場にあり、AIに入力してよいデータの範囲を定めるガイドライン整備が急務となっている。現状は社内ポリシーが厳しく設定されており、運用上の制約も大きい。福田氏は、「AIを使いたい現場と、情報漏えいを防ぎたいコンプライアンス部門の間で折り合いをつけながら、ツールごとのセキュリティ要件を整理しているところです」と述べた。

 今後の端末に期待することとして、福田氏が挙げるのはデバイス側でのAI処理機能の拡充だ。AI処理専用のチップであるNPUは現状、Teams会議での背景ぼかしやノイズキャンセルといった処理には活用される一方、Copilot等のクラウド型AIツールの利用時はほとんど稼働していない。セキュリティの観点から「社内データをクラウドに出さない」という方向性が現実味を増す中で、クラウドとデバイスのハイブリッドで処理できる環境が整うことへの期待は大きい。

 PC投資の意義については、経営への説得過程で一つの考え方が浮かび上がったと福田氏は言い、次のように続ける。

 「AI PCを今導入しないと、人が育たないという問題があると思っています。3〜4年のPCサイクルの間に生じる人材の成長差は、端末の価格差を超える形で出てくるはずです。その差はお金を出しても後から買えるものではない。それが経営陣への説得で最も響いた言葉でした」(福田氏)

 AIを使いこなせる人材を育てるためには、AIを快適に扱える環境を整えることが重要だ。トヨタ・コニック・プロがPC刷新を決断した投資判断の根拠には、そのような発想があった。AIを導入する際にはAIモデルや学習させるデータといったソフト面に目が向きやすいが、AI PCのような環境作りの基盤となりうるハード面から考えることも大切だ。

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