メディア

スマホで撮影、AIがマニュアル化 令和のノウハウ継承は「自動生成」が新常識に?

業務の暗黙知化したノウハウを可視化するための手段としてこれまで使われてきた「マニュアル」は、AIエージェントが注目される昨今でもなお重要な役割を担っている。AIが発達した今だからこそ知るべき、マニュアルの使い方とは。

» 2026年04月13日 07時00分 公開
[土肥正弘キーマンズネット]

 「マニュアル」は製造業ばかりでなく、暗黙知となりがちなノウハウを可視化し、組織全体で活用するための重要な情報資産だ。

 AIエージェントの活用が進む現在、その性能を最大限に引き出す上で、社内に蓄積された情報資産の整備と活用が重要性を増している。ベストプラクティスを過不足なく、オーソライズされた形で保管し適時に更新できる電子化されたマニュアルは、AIの知識ベースの一部としても重要な役割を担っている。本稿では、現代的なマニュアル作成の在り方とマニュアル運用のポイントをまとめていく。

動画、モバイル、AIが変える「ナレッジ共有」の現在

 業務のデジタルシフトが進む中、従業員同士の即時的なコミュニケーションや一時的なナレッジ共有は、チャットや情報共有ツールの普及により大きく効率化されてきた。その一方で、現場の業務手順やノウハウが分散し、属人的な知識や独自の手順が混在することで、セキュリティやガバナンスのリスクを招くことが課題となっている。

 また、システム化により業務手順の標準化が進んだ一方で、増え続ける業務量に対してシステムの操作法を正しく周知させることが難しくなり、作業サポート負荷の増大や操作手順ミスの発生など、業務を滞らせる要因も顕在化した。

 業務を基本的なルールやポリシーに準拠して安全に実行するための方策として、「マニュアル」がある。

 マニュアルには各種業務に最適なベストプラクティスや必須知識が整理されて詰め込まれている。定められた手順に従うことで、ミスを防ぎつつ効率的に業務を遂行し、セキュリティやガバナンスを確保できるよう設計されている。

 このようなマニュアルを組織の知識ベースとして活用することで、業務特化型のRAGを構築し、AIエージェントがユーザーの質問に対して、ベテラン社員のように精度の高い回答を返すこともできる。業務手順に関して、どのような情報源よりも、正確で偏りなく、リスクを生まない情報源となり得るのがマニュアルだ。

 マニュアルと言えば、かつては紙の印刷物が主流だったが、現在ではPDFやWebサイト、あるいはモバイルアプリ用の電子マニュアル(動画も含む)に取って代わりつつある。現場から離れることなく、モバイルデバイスでその場で参照して手順を確認したり、動画によって細かな作業手順や「コツ」を習得したりと、従来の紙のマニュアルでは実現できなかった活用が広がっている。

「ベテランの感覚」 言葉にできないノウハウをどう可視化するか

 しかし現実には、マニュアルが整備されていても、必要なタイミングで正確な情報共有(手順や知識・ノウハウ)が十分になされていないケースもある。主な課題は次の3つだ。

 1つ目は、マニュアル作成負担の増大だ。業務が増加し続ける一方で、それに対応してマニュアルを整備するためのリソースが十分に確保できないことだ。

 2つ目は、熟練者の技術・ノウハウが属人化(暗黙知化)している点だ。熟練者の技術やノウハウが暗黙知化してしまっていて、可視化に多くの業務時間が奪われる。熟練者にとって既存の業務ならマニュアルは不必要だが、熟練者の技能を他の従業員が「目で見て覚える」「質問して答えてもらう」だけではどうしても抜け漏れが生じがちで、熟練者が異動や退社によって現場を離れてしまうと核心的な技術やノウハウが失われる恐れがある。

 例えば公務員のように短期間での異動に伴う引き継ぎが急務となる職場や、コールセンターのように人の出入りが激しい職場では、業務が停滞するばかりでなく、ノウハウが失われ続け、深刻な問題となっている。属人化した技術やノウハウを文書や動画などを駆使して可視化し、余すところなく継承していく仕組みがいる。

 最後に3つ目として、マニュアルが更新されずに形骸化していることが挙げられる。一度作成したマニュアルが更新されず、時代にそぐわない形で手順や知識が継承されてしまう。目下の業務に最適な手順でなければならないマニュアルが、古い手順のまま使い続けられてしまうと、非効率になる場合や、セキュリティやコンプライアンス上のリスクにつながる場合もある。ユーザーが「古いやり方」だと気付くと、勝手な手順を実行してミスを冒す危険性もある。

課題解決事例と解決へのヒント

 では、現在のマニュアル作成ツールはどのような機能で課題を解決してくれるのだろうか。ベンダーそれぞれに機能差があるが、次のような機能はツール選択のキーポイントになるだろう。テンダが提供する「Dojo」の導入事例を基に解説する。

自動キャプチャーおよび操作記録機能

 PC操作を基本とする業務では、熟練者が操作するPCのバックグラウンドで、クリックやキーボード操作のタイミングに応じて画面キャプチャーや操作履歴を自動的に記録し、説明文を入力するコメント枠などを自動配置する。従来の、キャプチャーを貼り付け、テキストを入力するといった手間が省け、業務をしながらマニュアルを作ることも可能なため、現場の心理的ハードルを下げ、属人化の解消にも効果的だ。

図1-1 自動キャプチャーの設定画面例(テンダ公式サイトより)
図1-2 レイアウト調整画面例(テンダ公式サイトより)

 食品原料メーカーのサナスは基幹システムによる業務をはじめ、多様な業務マニュアルをマニュアル作成ツールで刷新した。マニュアル作成において削減できた作業時間は、会計システムの費用解析マニュアルで約180分、基幹システムの在庫受払処理の操作マニュアルで約60分、月次棚卸操作マニュアルで約300分だ。

 自動車部品メーカーのトヨタモビリティパーツは更新・作成が必要な約350件のマニュアルのツールによる作成・再作成に取り組み、編集作業と業務引き継ぎに要する時間を含めて1業務当たり約10.6時間の削減に成功した。

豊富なテンプレート機能と多様な出力形式

 用途によりデザインを固定したテンプレートが利用でき、出力も目的に合わせた多様な形式が選べる(「Microsoft Word」「Microsoft Excel」「Microsoft PowerPoint」やPDF、HTML5など)。作成者のスキルを問わず、一定の形式に統一でき、品質の平準化が可能だ。

図2 デザインテンプレートを目的に合わせて選択・適用するイメージ例(テンダ公式サイトより)

マルチデバイス対応(スマートフォン・タブレットでの作成・閲覧)

  PCだけでなく、スマートフォンやタブレット端末に対応する。PCがない現場や工場などでも手軽に手順を確認でき、現場への紙マニュアルの持ち込みに伴う管理リスクを削減し、作業効率を妨げない。また、ツールによっては現場での参照だけでなく利用端末でマニュアル作成や編集もできるため、現場での知見を追加することでマニュアルの鮮度を高めることも可能だ。

 土壌や素材関連事業をのJFEミネラルは、現場にマニュアルを持ち込んで作業する必要からスマートフォンを使ったマニュアル閲覧を可能にし、同端末でマニュアル作成と編集を可能にした。現場で気付いたことがあった際に、その場で写真を撮影し、注意事項としてすぐマニュアルに反映させるといった機動的な使い方だ。

図3 モバイル端末でのマニュアル閲覧・作成・編集が可能(テンダ公式サイトより/本文事例とは別の事例イメージ)

写真・動画の容易な取り込み機能

 スマートフォンなどで撮影した写真や動画を、手軽にマニュアルに取り込むことができる。デスクワーク以外の現場作業(製造ラインなど)の手順や細かい動きを視覚的に伝えることができ、作業者の理解度と生産性の向上に直結する。

 センサーメーカーのワッティーは、約1000種類のアイテムを生産する現場において、スマートフォンやタブレット端末を使ってマニュアルの閲覧だけでなく、撮影した動画や画像をすぐに取り込んでマニュアルを作成している。大幅な省力化とともに、生産ラインの変更に伴うマニュアルの追加や修正に迅速に対応可能になった

シミュレーションコンテンツ(動的コンテンツ)の生成機能

 実際のシステムを操作しているかのような疑似体験が可能な、教育用の動的シミュレーションコンテンツ(HTML5/DHTML形式など)を生成できる。実機操作ができない場合でも反復して操作練習ができ、効率的な教育と業務習熟(eラーニング)に役立つ。

 研修・教育事業を行うNTT ExCパートナーでは、顧客のトレーニングで実機環境が用意できない場合でも、マニュアルとともにシミュレーション(動的)コンテンツの作成ができるツールにより、実機を操作する感覚で画面遷移を確認し、大まかな作業イメージを経験させることができる研修方法を実現した。

多言語翻訳機能

 日本語だけでなく、英語やポルトガル語など複数の言語にマニュアルを翻訳する。外国籍の従業員に対しても母国語でスムーズに作業手順を共有できるため、言葉の壁によるコミュニケーションロスや作業ミスを防ぐことができる。

 ワッティーは、英語圏以外の国籍を持つ従業員が多いことから9種類の言語に対応した翻訳機能を利用し、加えて動画や画像を用いたマニュアルを作成することで、日本語の読めない従業員もスムーズに作業手順を理解できるようにした。

「三層分離」が必須な自治体システムなどへの対応

 自治体では情報セキュリティ対策としてネットワークを「マイナンバー利用事務系」「LGWAN接続系」「インターネット接続系」の3つに分離する仕組みが必要だ。これに対応するにはインターネットに接続されていない環境でも利用できるスタンドアロンでの運用(USBドングルの利用など)に対応できる仕組みやライセンスが用意されているツールが必要だ。

 美濃加茂市役所は、マニュアル作成ツール導入に当たり「三層分離」ネットワークの全てで利用可能なマニュアル作成ツールを選んだ。マニュアル作成時間が半分以下に短縮されたうえ、マニュアルの体裁が統一され、「業務の見える化」や将来的BPRへの発展、行政サービスの向上につながると評価している。

AIを活用した作成・品質向上支援機能

 生成AI技術の取り込みは、他のITツールと同様に機能拡張における一つのトレンドとなっている。既存のAIサービスと連携し、文章表現や分量の改善提案を行うほか、構成案の作成、見出しに対応した文章生成、要約、校正、翻訳などの機能を備えるツールも増えている。既に、スマートフォンなどで撮影した動画の音声や動きをAIが解析して自動で手順をキャプチャーして動画マニュアル化するといった機能は搭載されている。

ツールベンダーの協力、サポート

 ツール導入と社内普及にはツール機能の理解と操作スキルが必要だ。分かりやすいツールとはいえ、ITスキルに差がある多くの従業員に利用を拡大するにはセミナーや研修、トレーニングの機会が必要で、適時にアドバイスがもらえるサポート体制が重要だ。どれだけ手厚くサポートが提供されるのかは、ツール導入前によく確認する必要がある。

他のツールの中での位置付けと連携

 例えば「Slack」や「Microsoft Teams」「SharePoint」などのコミュニケーションやファイル共有用のツールを利用している企業では、マニュアル作成ツールとの連携を図ることで情報共有のレベルを上げられる。

 マニュアルをWordやPDFなどのファイルとして出力し、SlackやSharePointにアップロードして共有するほか、SlackやMicrosoft Teamsにマニュアルの更新通知を飛ばし、従業員が日常的に使うツールの中で変更に気付けるようにするアプローチも効果的だ。

 さらに、物理的な現場作業においては、「QRコード」生成ツールと連携させると、機械や棚にQRコードを貼り付けておくことで、スマートフォンやタブレットから直感的に該当のマニュアルにアクセスできる導線を簡単に作れる。タスク管理ツール内に該当マニュアルのURLをデフォルトで記載しておく工夫も有効だ。

 マニュアルは「作っておしまい」にせず、常に「生きた情報」として更新し続け、ユーザーから信頼されて使い続けられなければ意味がない。日常業務のワークフローやコミュニケーションプラットフォームにシームレスにマニュアルを組み込むことが肝心だ。

 マニュアル作成ツールの製品エキスパートへの取材では「整った文書を作らなければならない」という完璧主義ではなく、現場担当者が直感的にツールを使い、簡単に現実業務をマニュアル化することから始めるスモールスタートが成功へのステップだとのアドバイスを得た。先輩に手順を教えてもらいながらPCを操作するだけで、操作内容が自動的に記録されマニュアル化されるため、自分専用のマニュアルとして活用する方法も広がっているという。

 この「使われてこそマニュアル」という考え方は重要だ。マニュアル運用の最大の難所は現場の抵抗感と「形骸化」だ。一度マニュアルを作っただけで安心してしまい、内容が更新されずに結局古いまま使い続けられ、「お守り」として持っているだけという状況に陥ることが多い。また管理者や上層部の理解を得ることは大事だが、あまりに厳格な承認ルールで更新運用を定義したために更新作業が停滞するケースも多い。

 マニュアル作成ツールでは少なくともマニュアル作成の属人化は防げ、標準化された一定の品質のマニュアルが出来上がる。一気に全社展開するのではなく、特定の部署や情報システム部門などから小さく始めて、小さな成功体験を積み重ね、その実績をモデルケースとして提示することで、現場のモチベーションを高め、管理職を納得させていくことが可能になる。「マニュアルを更新することまでが業務」と定義し、「マニュアルを作成・更新することが、自分の業務効率化や評価につながる」社内文化を創造していくことが望まれる。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

会員登録(無料)

製品カタログや技術資料、導入事例など、IT導入の課題解決に役立つ資料を簡単に入手できます。

アイティメディアからのお知らせ